kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年06月02日

アラン・ジョンストン記者のビデオが出た。

Alan Johnston banner
※この↑バナーをクリックすると、BBCのサイト内、ジョンストン記者拉致事件のタイムラインのページに飛びます。
当ウェブログでのジョンストン記者関連の過去記事(タグつけてあります)。

3月12日にガザで何者かに拉致されてから、一切音沙汰がなく安否が心配されていたBBCのアラン・ジョンストン記者のビデオが出ました。ジョンストン記者を拘束している武装勢力、the Army of Islamがウェブサイトにポストしたものだそうです。

Video released of BBC's Johnston
Last Updated: Friday, 1 June 2007, 14:16 GMT 15:16 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6710863.stm

YouTubeのBBC World Newsのチャンネルにも、つい10分ほど前にポストされました:
Alan Johnston video released
http://www.youtube.com/watch?v=Bn4S0iCu9FI

画面の右側に武装勢力のロゴ、左側にジョンストン記者の映像(赤いスウェットシャツのようなものを着て、上半身だけ)。画面の下には黄色い背景の枠があり、そこにはアラビア語が出てきますが、これはジョンストン記者のしゃべっている内容を翻訳したもの(字幕)と考えるのが妥当だろうと思います。(私はアラビア語は全然読めないので、実際にそうであると断言はできませんが。)

聞き取りしたものを、この下にポストします。

聞き取り結果(風邪薬で頭がぼーっとしているので、聞き取り違いがあるかもしれません。間違いに気づかれた方、コメント欄でご教示ください すでにBBCのトランスクリプトが出ていますので、正確なところはそれをご参照ください):
First of all, my captors have treated me very well. They've fed me well, there's been no violence towards me at all, and I'm in good health.

In three years here, in the Palestinian territories, I witnessed the huge suffering of the Palestinian people, and my message is the suffering is continuing and that it is unacceptable. Every day there are Palestinians arrested and imprisoned for no reason. People are killed on the daily basis. The economic suffering is terrible, especially here in Gaza, where the Israelis [0:46-0:52, 音声が乱れていて聞き取れず]... people here in absolute despair after maybe forty years of the Israeli occupation which has been supported by the West.

The situation in Iraq is even worse. We see every day maybe a hundred or more Iraqis being killed in the violence there which followed the failed invasion of Iraq by America and Britain. Ordinary people who are losing everything can't live their lives properly because of not just the violence but the shortage of everything they need for normal lives, for bringing up their children.

And in Afghanistan, the situation is again terrible, you see on your television screens. Ordinary people [1:48-1:54, 音声が乱れていてところどころ聞き取れず] are suffering as the armies of America and ...[inaudible].

In all this we see the British government endlessly working to occupy the muslim lands against the will of the people in those places [このあとしばらく、文を読んでいるというよりは1語づつ読み上げているような調子で] from, history, the British, erm, worked(?) to bring about the state of Israel which is the cause of all the suffering of the Israeli, of the Palestinian people, and we, the British are completely to blame along with the Americans for the situation in Iraq, and the British are the main force in Afghanistan causing all the trouble to ordinary simple Afghans who simply want to live.

最後のほうの、the cause of all the suffering of the Isarali, of the Palestinian peopleの中、of the Israeliのところはジョンストンさんの言い間違いなのか、そういう原稿であるのか、判然としません。

これをざっと日本語化したもの:
まず、私を拘束している人たちは私をとても大事に扱ってくれています。食事もたっぷり出してくれていますし、私に対する暴力もまったくありません。私の健康状態は良好です。

ここ、パレスチナの地域(領土)での3年間で、私はパレスチナの人々のとても大きな苦しみを目の当たりにしてきました。その苦しみは今も続いていますし、それは容認できるものではありません。毎日、パレスチナの人々は何の理由もなく逮捕され投獄されています。毎日のように人々が殺されています。経済的苦難はひどいものです。特にここガザでは、イスラエル人が[音声の乱れのため聞き取れない箇所]で、ひどい状況です。西洋が支援してきたイスラエルによる占領が40年も続き、その結果の完全な絶望の状態に人々はあります。

イラクでの状況はこれよりさらに悪い。毎日、100人かそれ以上のイラク人が殺されるのを私たちは見ていますが、それはアメリカと英国によるイラク侵略、失敗した侵略のあとに起きている暴力によるものです。何もかもを失っている普通の人々は、まともな生活を送ることはできません。それは単に暴力のせいだけではありません。普通の生活を送り子供たちを育てるために必要なものが何もかも不足しているためです。

アフガニスタンでも、状況はひどい。テレビの画面でご覧になっているでしょう。普通の人々が[音声の乱れのため聞き取れない箇所]、アメリカと[聞き取れない]の軍隊が[聞き取れない]し、苦しんでいるのです。

これらすべてについて、私たちは、英国政府が際限なく、その場所にいる人々の意思に反して、ムスリムの地を占領するために尽力しているのを見ます。[単語の列挙のようで意味が正確には取れない箇所→]歴史上、英国は、イスラエル国を実現させるために尽力してきましたが、それがイスラエル人の、パレスチナ人の苦しみの原因なのです。そして私たち英国人は、米国人とともに、イラクの状況について全責任を負うべきであり、また、英国はアフガニスタンに展開する軍隊の主軸であり、それがただ生きたいと思っているごく普通のアフガニスタン人に非常なトラブルを引き起こしているのです。

印象ですが(=証拠があるわけではないのですが)、このステートメントはジョンストン記者が書いたものではなく、武装勢力側が用意したものだと思います。



BBCにスクリプトが出た。音声に忠実。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6711047.stm

ガーディアンにも出てるけど、読んでわかる文章として、かなり編集入っている。
http://media.guardian.co.uk/site/story/0,,2093218,00.html

で、これらのスクリプトを見ると、BBCのサイト&YouTubeのBBC World Newsに上がっているビデオは、最後のところがカットされていることがわかります。実際にウェブサイトに投稿されたものは、最後にジョンストン記者がご家族に何かを言っているのが入っているか、あるいはそれがカットされているようです。

「カットされている」というのは、BBCのトランスクリプトに[An on-screen caption says: "BBC refused to take this message to his family."]、つまり「BBCはこのメッセージをご家族に届けることを拒否したという字幕が入っている」とあることから。ただし、音声がここで切れているのはBBCの判断によるものなのか、武装勢力がサイトに掲示した時点でそうなっていたのかは、トランスクリプトのページには説明がないためわかりませんが、報道記事によると元々音声が切れていて、字幕も元々(=武装勢力がサイトにアップしたときから)入っていたようです。(んー、BBC側と事前に接触しているということのアピールですかね。。。)

また、BBCのトランススクリプトによると、ビデオの最後は
ジョンストン記者:My captors say that my release is subject to the following...
私を拘束している人たちによると、私の身柄の解放は次の条件で・・・

[The video then plays an audio message from an unidentified man speaking in Arabic.]
[ビデオにはこのあと、アラビア語の音声が入っている。男性の声だが誰の声かはわからない。]

We want Britain to free our prisoners and we specify Sheikh Abu Qatada al-Filistini, and at this position we won't forget our prisoners in the other infidel states and we say to them, free our prisoners or we will deal with you the same.
われわれは英国に、われわれの囚人を解放することを望む。特にアブ・カタダ師を特定して解放を要求する。また、われわれは、英国以外のインフィデルの国々にいるわれわれの囚人たちのことは忘れない。われわれの囚人たちを解放するか、英国と同様の目にあうかのどちらかであると宣言しておく。

We don't specify a state without the others. And we say if you want the ransom to free them we will give you to the last piece of gold as the Prophet, peace be upon him, told us to do.
国家名はここでは特定しない(without the othersの意味が私には取れない)。また、囚人たちの解放に際し身代金を要求するのであれば、われわれは持っている限りの金品で支払う。預言者がそうせよとおっしゃっておられるからだ。

最後のところの、the Prophet, peace be upon him, というのは、死者に言及するときには必ず「魂に平安あれ」と言うとの習慣によるもので、特に「意味」はない部分です。



AFPさん記事:


で、同じくAFPさんで、ハニヤ首相(ハマス)の金曜礼拝後の記者会見での「記者を解放すべき」という発言を報じる記事(ハニヤ首相のこの内容の発言はこれまでにもあったと思います)。
http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2233265/1643980



ガザではこの数ヶ月、パレスチナの武装勢力同士の衝突が続いていて、ジョンストン記者はその衝突が激化しつつあるときに拉致されましたが、5月半ばからはガザにはイスラエルからの攻撃が加えられており、状況はいわば「パレスチナ人同士の内輪もめ」に「パレスチナのある勢力からイスラエルへの攻撃」と「イスラエルからパレスチナ(ガザ地区)への攻撃」が加わるという、相当にめちゃくちゃな状況になっています(→5月18日、ガーディアン記事、および5月28日、BBC記事)。

今年になってからのガザ地区の荒れ方は本当にひどく、国連、それもUNRWAのスタッフが狙われるといった状況になっていた(これは、これまで以上の「過激派」の存在を示唆している)だけでなく、ジョンストン記者の拉致という事件が発生し、西洋のメディアの記者はガザ地区には行けないような状況で、すぐ上にリンクしたのと同じ記事(5月7日BBC)ですが、ジャーナリストを固定客としていたガザ地区のタクシーは、お客がいないのでまったく商売にならないとのこと。(4月17日のインディペンデント記事 by ドナルド・マッキンタイアも参照。ジャーナリストだけでなく、支援活動をしている人たちも撤退を余儀なくされている。)

4月25日のBBC記事などによると、そうでなくとも、ガザ地区でずっと起居していた西側メディアの記者はジョンストン記者だけだったそうで(ほかの記者さんたちはエルサレムなどから取材に通っていた)、そのジョンストン記者が拉致されたという事態により、ガザ地区に入るジャーナリストの数が激減してしまっているという。この点については、土井敏邦さんの3月24日(ジョンストン記者拉致から12日後)の「日々の雑記」にも詳しい。(土井さんは、前回・前々回の取材ではガザ地区に滞在し、地元の人をコーディネイター・通訳者として雇っていたが、今回の取材ではそのような取材は大変に難しいということを、別のジャーナリストさんの話を聞いて判断なさっている。)

また、土井さんの3月24日の「雑記」では、最近のガザ地区での誘拐がいわば「マフィアの荒稼ぎの手段」であることが報告されていて(これまで利権という甘い汁を吸ってきたある一家が、ハマスに対する制裁のせいで食っていけなくなって、別の手段で稼いでいるらしい。この話は英語圏の記事でも読んだ記憶があるが、どれだっけ。。。)、ジョンストン記者の拉致も発生当初はそのひとつだろうと考えられていた。というか、私もBBCでいくつか記事を読んでそう思っていた。だから1〜2週間で決着するだろうと予測していたのだけれど、4週間経過しても音沙汰がなく、その時点でBBCが「署名活動」を開始したあたりから「これはちょっと違うかも」と思い始め、そのすぐあとにはイラクに関連して何度か読まされたような「記者殺害声明」(結局ガセでしたが)が出て「これは一体どういうことになっているんだ」と本心から思い始めた。

パレスチナ自治政府(PA)は記者の身柄を拘束している勢力は知っていると述べているし、何らかの手段で話もしているようだが(「交渉」かどうかはわからない)――したがって英国政府およびBBCも何らかの手段で話をしていると思われるのだが――、なんていうのかな、パレスチナの人々の間の「エリート」への「不信」につけこむような形で何かがありそうな気がしてるんで(唐突なたとえ話だが、北アイルランドで「ワーキングクラス」という基盤をアピールして武装組織が「支持」を拡大させていったように)、そういう「反エリート」(彼らの定義する「エリート」は誰でもありうる)を標榜した、ある意味ポピュリストな過激主義の勢力だったりすると、非常にやっかいなことになるんではないかという気がしていた。

そういう中で今回のビデオが出てきたのだけれど、これはどう解釈すべきなのだろう。撮影された日付は表示されていないし、ジョンストンさんは髪の伸び方で時間の経過が察せられるといった風貌でもないので何ら手がかりがない。ビデオから私がわかるのは、言語で表現されていることは別として、ある程度の照明のあるところで撮影されているのだろうということ(ただ単に室内で撮影したという映像には見えない)と、ジョンストンさんは元気だ(弱りきっているわけではない)ということだけだ。

それから、ジョンストン記者のような人が取材を行える状況にあれば、次のような報道はもっとはっきりしたものになっていただろう、ということ。

Gaza boys 'shot dead by Israelis'
Last Updated: Friday, 1 June 2007, 14:27 GMT 15:27 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6712485.stm

このとても短い記事のおおまかな内容:
パレスチナ筋によると、ガザ地区北部で、イスラエル軍によって、パレスチナ人の少年2人が射殺された。射殺された少年たちの身元はまだわかっていないが、8歳から13歳であろうと推定されている。

イスラエル軍スポークスマンは、ベイト・ラヒヤ(Beit Lahiya)付近で、ガザ地区とイスラエルの境界のフェンス(border fence)の近くで、何人かのパレスチナ人がフェンスに向かって近づいてきた(crawling:本当に這っていたのか、ゆっくり近づいてきたのかは英文からは断定できない)ので止まれと言ったが止まらず、フェンスの近くに疑わしい物体(suspicious device)を置いたため、それらの人々に向けて発砲したと語っている。

別のスポークスウーマンは、3人を特定し、1人は軽傷でイスラエル領内の病院に搬送されたが、2人はパレスチナの救急車で運ばれたのちに死亡した、と述べている。

ガザ地区の病院の医療スタッフは、2人は胸を撃たれていたと述べている。

ロイター報道によると、子供たちはフェンスの辺りで鉄くずなどを探していたとのこと。


ソースがイランなのだが、射殺された少年の遺体というキャプションのついた写真が掲載されている。(写真のクレジットはないが、誰が撮影したのだろう。)写真が極限までトリミングされているが、この写真を見る限り、この子が銃を持っていた様子はない。
http://www.presstv.ir/detail.aspx?id=11718§ionid=351020202
※死体の写真を見るとびっくりしてしまうという人はこのリンクはクリックしないようにしてください。

アル・ジャジーラでは棺におさめられた2人の少年の遺体と、それを囲む何人かの大人たちと、何人かの子供たちの写真(クレジットはAFP)を掲載している。AJによると射殺された子は12歳と13歳だそうだ。また、イスラエル軍は「射撃があったときに現場には子供はいなかった」と断言しているそうだが、死体になってしまったこの子たちは、大人に見えるほどの体格はしていないように見える。
http://english.aljazeera.net/NR/exeres/5F85B5A9-B5FB-46CA-B14D-B7304E52385A.htm
※棺の中であっても、死体の写真を見るとびっくりしてしまうという人はこのリンクはクリックしないようにしてください。

アルジャジーラ記事に掲載されている写真は、建物の2階から見下ろしているのだろうか、真上から撮影されているが、棺の脇に肩を落としてたたずむ子供たち(撃ち殺された子たちと同年代だろう)のひとりが、まっすぐに、カメラを見上げている。

少なくとも、現場にはAFPと契約している写真家がいたということはわかる。

IHTにはAP記事が掲載されている。死体になってしまった子たちの家族は、2人は13歳で、海岸に出かけるといって家を出たと述べている(下にリンクする地図を見るとわかるが、事件のあった町から海岸までは5キロもない)。また、イスラエルの病院に運ばれた負傷者は、病院の話では16歳だそうだ。
Two Palestinian boys killed by Israeli Army near Gaza fence
http://www.iht.com/articles/ap/2007/06/01/africa/ME-GEN-Israel-Palestinians-Killed.php

事件のあったBeit Lahiyaの場所は、下記の地図を参照。ガザ市のすぐ北で、ガザ地区の北端にあるイスラエルの不法な(=グリーンラインを超えて建設された)入植地(Erezという名前:地図では水色で表示)に隣接している。「ベイト・ラヒヤ近くのフェンス」というのは、ここからずっと海岸線まで続いている「分離壁」のことだろう。
http://www.palestinercs.org/images/Maps/gazamaplg.jpg

この町がどういう写真・映像として報道されてきたかは、Googleイメージ検索を利用して確認することができる。


※この記事は

2007年06月02日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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