セント・パトリック(聖パトリック)はアイルランドにキリスト教をもたらした聖人で、3月17日は命日(宗教的な用語を使うと「帰天した日」ということになるだろうか)。これが「アイリッシュのアイデンティティ」の日として祝われるようになったのは、アイルランド島の外に脱出した(せざるをえなかった)ディアスポラの間でのことだった。発祥の地は北米で、アイルランド島そのものが大騒ぎするようになったのは、ここ20年ほどのことである(「アイリッシュのアイデンティティ」というものは、アイルランド自身、特に都市部にとっては、わりと微妙なものだった。「ダブリンのプロテスタント」の手記など、探せば読めると思う)。私自身、「セント・パトリックス・デーにお祭り騒ぎして、何でもかんでも緑にしてしまう」文化・習慣は、「アメリカのもの」という印象が強い。かつて、こういうお祭り騒ぎをしているという情報が私にも得られたのは、ニューヨークやボストンやシカゴのような米国の諸都市だったからだ。現在は、「照明で、世界各地の名所やランドマークを緑色に染める」という「グローバル・グリーニング」なるキャンペーンをアイルランド共和国政府の観光当局が率先して行なっている。これは毎年、拡大の一途だ。
https://en.wikipedia.org/wiki/Saint_Patrick%27s_Day
セント・パトリックス・デーは、現在はアイルランドでは南北の区別なく共通して、パレードが行なわれたりする祝日(休日)になっているが、北アイルランド紛争のころまでは、北アイルランドの「ブリティッシュ」のアイデンティティの人たちは、行政機構も含め、無視していたという。今はベルファストでもセント・パトリックス・デーのパレードが行なわれる。(→【更新】今年のパレードについてのBBC News記事)
北アイルランドの「ブリティッシュ」を自認するユニオニスト/ロイヤリストのコミュニティで「われわれの文化が脅かされている」という(先鋭化した)言説が根強くあるのは、北アイルランド紛争という局面が終わってから「アイリッシュネス」に対する北アイルランドでの態度が柔軟になってきたことによる「包囲の心理」のあらわれのひとつで、その象徴が「旗を掲げる」という行為である。2016年1月に発起人が「終結」を宣言した「フラッグ・プロテスト」(旗デモ)は、そのような文脈にある。「アイリッシュ(緑)か、ブリティッシュ(オレンジ)か」という二者択一の二元論を刷り込まれているコミュニティにとって、「アイリッシュも、ブリティッシュも」というのは、そうやすやすとは受け入れられないようだ(と、「緑色一色に染まった光景」を、「クリスマスも初詣も」の葬式仏教徒はただ眺めている)。
でも、現在もなおそのようなかたくなさを見せている人たちがいるとしたら本当に一部の「強硬派」だけだろう。今は、ユニオニストの政治家たちもごくナチュラルに、セント・パトリックの日のお祝いをしている。よくイベントが行なわれるストーモントの議事堂の正面ホール(大階段)も16日、緑色に染まり、セント・パトリックス・デーのイベントの始まりを告げた。
Speaker McLaughlin opens St Patrick's event at Parliament Buildings. pic.twitter.com/3V2W9S6qen
— NI Assembly (@niassembly) March 16, 2016
下記の「緑色の照明を浴びたジャイアンツ・コーズウェイ」の写真(ジャイアンツ・コーズウェイの観光客向けアカウントのツイート)は、DUPのイアン・ペイズリー(ジュニア)がRTしていたので、NIのリストに流れてきていたものだ。「われわれはブリティッシュなので、アイリッシュネスを受け入れない」という態度は、ウケを狙う政治家がそのようなポーズを取るという表面的なことでさえ、もう歴史のかなたに行っている。
☘☘☘ Somewhere in the world it's already St Patrick's Day! ☘☘☘#gogreen4patricksday #globalgreening @NationalTrustNI pic.twitter.com/zj81K5CT4z
— Giant's Causeway (@GCausewayNT) March 16, 2016
ただ、ユニオニスト/ロイヤリストの側には、ずっと以前から、「シャムロック」のお祝いというものはあった(そのような歴史的事実が一種の糸口になり、北アイルランドにおいて「セント・パトリックス・デー」が対立の日ではなく楽しいお祝いの日として定着してきたという経緯は、あるかもしれない)。英国がアイルランドを支配していたころ(「アイルランドの独立」というか「アイリッシュ・フリー・ステートの成立」というか、「南北アイルランドの分断」というか……の前)の英軍のシンボルがシャムロックで、これは今も王族が軍服姿で登場する公式の場で身に着けているのを見ることもある(例えば結婚式のときのウィリアム王子)。その文脈にある図像を集めてツイートしているのが、アバターにレッド・ポピーとRFCのロゴを入れている「シャンキルのジョージ」氏だが、ここで彼がアイルランド語(ゲール語)を使っていることに注目しよう。
@BelfastLive @mofitzmaurice HAPPY ST PATS DAY TO YOU ALL
— GEORGEfromdaSHANKILL (@impongo2) March 17, 2016
'Beannachtam na Feile Padraig!' pic.twitter.com/szyFKXSwNp
英国のエスタブリッシュメントが、アイルランドを「わがもの」として扱っていた時代に「アイリッシュネス」を公式の「歴史」の中に書き込んでいたことは、英軍以外にも確認できる。例えば下記は、DUPの政治家であるジェフリー・ドナルドソンがRTしている英国会の観光客向けのアカウントのツイート。ウエストミンスターの議事堂内にある、アイルランドにとって重要な三人の聖人(「Banbaの名前もある」という指摘にも注目)のモザイク画の写真だ。

さて、NIのリストには、アイルランド島の反対側(南東の端)、ケリー州ディングルから、歴史的なパレードの写真も流れてきた。19世紀末の土地戦争 (the Land War) で、日の出から日没までのパレードが禁止されていた時代(「パレードの禁止」というより「集会の禁止」かもしれない)、午前6時に行なわれていたパレードが、今も「アイルランド島で一番早く行なわれるパレード」として続いているそうだ。
http://www.dinglepost.com/post/45672982392/the-early-morning-6am-st-patricks-parade-in
http://ireport.cnn.com/docs/DOC-1108650
Dingle's 6am Parade. Dates back to the Land War of the 1870s when parades were banned between sunrise and sunset. pic.twitter.com/fPVOcLKaa3
— Seán Mac an tSíthigh (@Buailtin) March 17, 2016
同じく夜間〜夜明け前のダブリン空港。
@DublinAirport celebrating #StPaddysDay#ProudToBeIrish #Ireland #saintpatricksday pic.twitter.com/FBi8tPFs2Y
— Claire Moore Tallent (@Digital_Tallent) March 16, 2016
ダブリンのジャーナリストが撮影したショッピングモールでのこんな光景も、誰かのRTで流れてきた。
St Patrick's Day brings out the best in all of us. #Irish 🇮🇪🍀 pic.twitter.com/OuSEvAjahs
— Rachel Lynch (@Rachel_Lynchx) March 16, 2016
ダブリンからはこんなのも。昨年の写真だそうだが、「シラフのときに食うと、あれ、こんな味だっけと思う」という評判が相次いでいるケバブ屋で注文するセント・パトリックを激写。
Still one of my favourite #StPatricksDay #dublin images. Taken in 2015, by John Kaye. pic.twitter.com/kC9gz0Db5o
— Ciaran Walsh (@kowalshki) March 16, 2016
聖パトリックが埋葬されているという言い伝えがあり、それにちなんだ地名がつけられているダウン州のダウンパトリックでは(このツイートはSDLPのマーガレット・リッチーのRT経由):
#Downpatrick has gone #green! #GoGreen4PatricksDay #GlobalGreening #StPatricks pic.twitter.com/Bbuas3TfXI
— SaintPatricksCountry (@PatricksCountry) March 15, 2016
デリーの城壁も(これは現在アメリカで毎年恒例のセント・パトリックス・デー外交活動中のマーティン・マクギネスのRT)。
Bishop's Gate tonight as #theDerryWalls took part in #GlobalGreening #GoGreen4PatricksDay Pic by @NiallOfTheGlens pic.twitter.com/PzYpIQ7WC2
— The Derry Walls (@thederrywalls) March 16, 2016
ベルファストのアルスター・ミュージアムでは、恐竜ちゃんが緑色を浴びている。
Not one to be left out, our Edmontosaurus joins in the #GlobalGreening #GoGreen4PatricksDay @TourismIreland pic.twitter.com/n3KqVndyRy
— Ulster Museum (@UlsterMuseum) March 16, 2016
そしてオンラインでは、Google doodle:
#StPatricksDay - the 'L' in #Google becomes a dancing shamrock & everything it touches turns green. pic.twitter.com/PgbcrEuGI3
— Mark McFadden (@MarkMcFadden) March 17, 2016
さらに……
Google Chromeまでアイルランド成分が浸出している。きみ、そこいつも緑色じゃないじゃない。 pic.twitter.com/x00ztUzgo2
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) March 17, 2016
「緑色一色に染まった世界」の中で、ブレていないのはアムネスティ・インターナショナルのパトリック・コリガンさん。
US unwilling or unable to apply the necessary third party pressure on Israel to secure lasting peace: Avi Shlaim @UlsterUni @ImagineBelfast
— Patrick Corrigan (@PatrickCorrigan) March 16, 2016
ロード・アルダーダイスは、北アイルランド和平プロセスを雛形にして和平プロセスが進められているコロンビアでシンポジウムに出席している。コロンビアの内戦は、継続期間は北アイルランド紛争と同じくらいかもしれないが、悲惨さでは正直、比較にならないほどひどい。軌道に乗っている和平プロセスが無事に進展し、当事者たちが納得と心の平安を得られ、コミュニティにとっての亀裂が癒されることを、心から願っている。
Speaking today at the very impressive Center of Memory, Peace & Reconciliation in Bogota. We need one in N Ireland. https://t.co/2ly4CZqASP
— John, Lord Alderdice (@AlderdiceLord) March 17, 2016
"El desarme fue fundamental en proceso de Irlanda del Norte" @AlderdiceLord en @centromemoria pic.twitter.com/3tNAl8eS6i
— Víctimas Bogotá (@VictimasBogota) March 16, 2016
北アイルランド警察では、ヘイト・クライムに関するコンファレンスを行なっている。
A packed house at #PSNI hate crime conference, Newforge hears @evagrosman talk about work of @Unite_NI & @CDPB_NI. pic.twitter.com/iK4XHmWLda
— Stephen Martin (@ACCMartinPSNI) March 16, 2016
Supt Paula Hilman brings the first PSNI Multi Agency Hate & Signal Crime Seminar to a close. #KeepingPeopleSafe pic.twitter.com/NICo8nhDnI
— PSNI (@PoliceServiceNI) March 16, 2016
Paul Giannasi, Ministry of Justice discusses reporting incidents at Hate & Signal Crime Seminar. #KeepingPeopleSafe pic.twitter.com/Tx78m9s2O1
— PSNI (@PoliceServiceNI) March 16, 2016
Final guest speaker at Hate & Signal Crime Seminar - Neil Jarman discusses sectarian hate crime #KeepingPeopleSafe pic.twitter.com/nNepmhsU6P
— PSNI (@PoliceServiceNI) March 16, 2016
2/2 “We are encouraged by events like this that give the community & PSNI opportunity to come together & share learning & improve services.”
— PSNI (@PoliceServiceNI) March 16, 2016
Jonathan McIvor from Siren Associates discusses the Syrian Refugee Crisis at the Hate & Signal crime seminar. pic.twitter.com/vTmO2W6xWM
— PSNI (@PoliceServiceNI) March 16, 2016
ACC Stephen Martin opens the first PSNI multi agency hate and signal crime seminar this morning. #KeepingPeopleSafe pic.twitter.com/Uv6QqvMfPX
— PSNI (@PoliceServiceNI) March 16, 2016
そして私の手元には、シェイマス・ヒーニーの本がある。Between my finger and my thumb, the green book rests...
Happy #StPatricksDay. Am starting Seamus Heaney's "The Gov't of the Tongue", recently found at a 2nd-hand bookstore. pic.twitter.com/w7YRIhzjJD
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) March 17, 2016
The Irish nightingale
— Seamus Heaney (@HeaneyDaily) March 17, 2016
Is a sedge-warbler,
A little bird with a big voice
Kicking up a racket all night.
なお、本稿のはじめのほうで「緑かオレンジか」の二者択一を刷り込まれていて「緑もオレンジも」は受け入れがたいという「強硬派」のことに言及したが、そういう人たちはオレンジの側だけにいるわけではない。
セント・パトリックス・デーのTwitterのBBC News NIのフィードより:

この数時間後のBBC News NIのトップページ(クリックで原寸):

※この記事は
2016年03月17日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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