kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2016年03月14日

北アイルランド、「歴史」の奥に潜んでいたパーソナルな物語と、今ここにあるホモフォビア(ジェイムズ・モリノー)

北アイルランドの政治家に、ジェイムズ(ジム)・モリノーという人がいる。「北アイルランドの成立」(アイルランドの南北分断)以来ずっと政治の中心であり続けたUUP (the Ulster Unionist Party) で、1979年から95年まで党首をつとめた。当時は北アイルランドは自治が停止され英国の直轄統治だったが、もしそのころに自治政府が機能していたら「北アイルランド自治政府のファースト・ミニスター」になっていたと思われる立場の人である。つまり、決して無視できるような政治家ではない。
https://en.wikipedia.org/wiki/James_Molyneaux,_Baron_Molyneaux_of_Killead

モリノーは1997年の政界引退後に一代貴族に叙せられたため「バロン・モリノー」になっているが、家柄が貴族だったというわけではない。1920年生まれの彼は、第二次世界大戦中は英空軍の軍人で、ナチスドイツのベルゲン=ベルゼン収容所の解放の目撃者である(そのことについて、インタビューで語ったりしている)。政治的にはガチ保守で、保守党の例の「月曜会 the Monday Club」の重要なメンバーだった(UUPは保守党とがっつりくっついている)。

90年代後半に、主にIRA視点から北アイルランドに強い関心を向けるようになった自分は、モリノーについては「今北産業」状態だった。そして「3行」で語られるモリノーは、「保守強硬派、反アイルランド・ナショナリズム、反ダブリン」だった。アングロ・アイリッシュ合意(1985年)に反対する市民の大集会(ベルファストのシティ・ホール前)で、イアン・ペイズリーと肩を並べて「何たる愚行!」と同合意を批判し、「受け入れられない」と言い切った政治家である。つまり、1998年のベルファスト合意(グッド・フライデー合意)以降の「歴史」の流れから見れば、「間違った側 the wrong side」に立っていた政治家である。

そんな感じで、最初から「過去の人」として、ニュースではなく文献に出てきていたモリノーには、特に関心を払ったことはなかった。「北アイルランドの強硬派」なんぞ、正直、イアン・ペイズリーだけでオナカイッパイである。

2015年3月に94歳で死去したときも、特に大きな関心を払った形跡はない。「一応重要人物の訃報として押さえておくかな」程度だった。




そのジム・モリノーが、死後1年が経過したところで、またニュースになっている。それが、「ええっと、この人、オレンジ・オーダーですよね」っていう内容だ。口さがない向きは「ゲイ疑惑」云々という言葉を使いたがるかもしれないが、個人のセクシュアリティ、セクシュアル・オリエンテーション自体はどうでもよい。問題は、聖書を根拠に「同性愛排斥」(「同性愛者は治療対象とすべき」と主張するような)を公然とかかげ、今も北アイルランドでの同性結婚の実現を邪魔している「宗教保守」の勢力の「中の人」であるばかりか「リーダー格」の一人が、ということだ。しかもこの人の人脈は、おそらく歴史の闇の奥深くに封印されることになっている「保守党政権下での人権侵害スキャンダル」の当事者たちにつながっている。そういう意味でこの件は「公益性」のある話題である。個人の(しかも「故人」の)プライバシーそれ自体に関心があるわけではないということは強調しておく。

没後1年を迎えたときに、突如ふってわいたのは、この話題である。







この件、最初に記事を出したのはアイリッシュ・ニューズだ。つまり、北アイルランドの「緑」と「オレンジ」でいえば、「オレンジの側ではない」方の媒体。







アイリッシュ・ニューズは最近やたらと「飛ばしてる」感があるのだが、この記事は酷(こく)すぎると思う、という感想はTwitterに書いた

「死人に口なし」というが、実際には「死人には反論することができない」のだ。

ここでは、クリストファー・ルークという自身がゲイであることを公にしている人(イングランドの人だが祖父が北アイルランド出身)が、「私の愛しいジミー」という調子で一方的に語っている。

仮に、この "close companion" だという人が匂わせている(言い切ってはいないのがまた何とも……)ような恋愛関係がなかったとしても、モリノーには反論や明確化をすることができない。

その点、「酷(こく)」だと思ったのだ。

今回「親密な間柄」だったと名乗りでたクリストファー・ルーク氏は、3月9日に「ベルファストの新聞」(とアイリッシュ・ニュースは書いているが、ベルファスト・テレグラフである)の「追悼」欄(一般の人が誰かへの追悼のメッセージを掲載できるコーナー)に、旧約聖書のサムエル記の一節を踏まえ、 "I grieve for you.. you were very dear to me. Your love for me was wonderful, more wonderful than that of women" という文を寄せた。さらに続けて、 "I love you more today than I did yesterday, but less than I will tomorrow, my dear Jim, your eternal protége Chrissie." と、非常にロマンティックで甘美な一文。






ルーク氏曰く、現在48歳(もうすぐ49歳になる)になる氏が故人と出会ったのは、今から30年以上前(1984年)、ルーク氏17歳のときだったという。当時、モリノーは64歳。英保守党のガチ保守(「イーノック・パウエル支持者」とアイリッシュ・ニュースは説明している)な人たちの集まり(つまり「月曜会」)がロンドンで行なわれたときのことだ。

このあとがすごい。

Despite the age gap, the pair bonded over their passionate belief in Northern Ireland's immutable position within the UK, mutual hatred of Tory Europhile Edward Heath and admiration for controversial firebrand Enoch Powell.

Both wanted to see the abolition of the Foreign Office, which, like Powell, they felt was "a nest of vipers looking after the interests of foreigners rather than its own subjects".


…… (・_・)

一方で、2人の具体的な関係については、ルーク氏は「旧約聖書のダビデとヨナタンのように、ジミーと私とは非常に非常に親密な関係でした」というだけではっきりとは言わない。第一に政治理念を共有していた二人は、よき師弟関係にあったということは確実だろう。

ジム・モリノーは英国下院の議員でもあり、ロンドンには拠点(住居)があった。そこで「政治を超えた関係」を結んだとルーク氏はアイリッシュ・ニュースに語っている。

ルーク氏は北アイルランドには行ったことがなかったが(←ここ、ポイントっぽい)、1985年に当時の英国とアイルランド共和国首脳がアングロ・アイリッシュ合意に署名すると、頭に血が上った状態で北アイルランドに乗り込んだ。ここで若干のドタバタがあったが、UUPのオフィスに到着すると、モリノー党首(当時)が「クリッシー、一体全体どうしてこんなところに」と驚いていたと回想している。その場にはUUPの別の人がいて、モリノーは「クリッシー」の宿泊場所を手配するなどしているので、その人々が存命なら、このいきさつについて証言できるかもしれない(が、その後、証言は出ていないようだ)。

以上がアイリッシュ・ニューズの記事の概略である。

ジム・モリノーという人に興味があったわけではないので、この人が結婚していたかどうかも私は知らなかった。確かに、資料写真で見るこの人が「夫人を同伴」している様子はなかった。が、資料写真で私が見たことがあるのは、オレンジ・オーダーのパレードのときの写真か、イアン・ペイズリーと一緒にやった大集会のときのものか、政治家として仕事をしているときのニュースの写真だ。そんな場に「夫人」がいないことは当たり前だ。と、改めてウィキペディアを見てみると(今回の件で編集合戦になっているのだが、それが始まる前の段階でも)「結婚したことはない」と書かれている

アイリッシュ・ニュースの記事が出た日に、BBC Northern Irelandではラジオ番組Talkbackでルーク氏に話をきいている。放送後30日間はPodcastとして落とせるようになってるので、関心がある方はDLして聞いてみるといいと思う。聞き手はいつものウィリアム・クローリーさん。




この様子をティム・ブラニガンさんは:




…… (・_・)







で、ここまでだったら、あくまで「過去」についての「政界秘話」、「暴露話」だったのかもしれない(残念ながら「邪気のない思い出話」と扱うのは無理だと思うが)。

しかしここは、「過去」が常にフレッシュなままで、「歴史」が「歴史」にならない北アイルランドである。

……って、そんなことが関係してるのかどうかはわからないけど。

私、正直、「こんなん、UUPの人たちもスルーするでしょ」って思ってたんですよ。「本人でないのでわかりません」的に。

しかし……





もうね、この記事のナラティヴが、テキスト分析カモーン、という感じですよ。書き出しがこれ。

The family of former Ulster Unionist Party leader Lord Molyneaux are said to be dismayed and upset at claims by an English Right-wing activist about his relationship with the war hero peer who died last year.


つまり、モリノーは「戦争の英雄」(ベルゲン=ベルゼン収容所解放作戦にあたった軍人)、彼との「親密な関係」を暴露したルーク氏は「イングランド人の右翼活動家」。

Christopher Luke, who is gay, this week placed a memorial notice for Lord Molyneaux in the Belfast Telegraph ...

The family's anguish was added to by the fact that the notice was placed on the first anniversary of Mr Molyneaux's death.

Last night senior unionist sources cast doubt on claims by Mr Luke about his relationship with Lord Molyneaux, with one of his closest political friends saying he had never even seen the two men together.


いや、「この2人が一緒にいるところを見たこともない」とかいう話をする人ではなく、アイリッシュ・ニューズがルーク氏がベルファストに乗り込んできたときにUUPのオフィスにいた人として名前を挙げてた人や、モリノーが若いルーク氏(北アイルランド紛争さなかのベルファストに突然やってきた保守主義の20歳未満の少年……下手したらIRAのターゲットにされる)を安全に泊めてやってくれと手配したUUPの人に接触することもできるわけですよね、BTなら(ただし、そういう人々ももう故人かもしれない。でもその場合、その旨、記事にそっと書くと思うんだよね)。


さらにBT必死。「いかにこの人物が信用ならない人物であるか」をこれでもか、これでもかと……。BTも「追悼」欄(クラシファイド広告みたいなもの)が利用されるだけ利用されて、ネタとしてはアイリッシュ・ニュースとBBCに持っていかれているので腹の虫が収まらないのかもしれないけど。

The Belfast Telegraph can also reveal that Mr Luke (48) was expelled from the Orange Order following what he at first described as a "personality clash", but later admitted was sparked by his publication of the home address of former UUP leader David Trimble.

It is also understood that Mr Luke has a sideline as the author of gay corporal punishment fiction, and writes under the name 'Clansman Chris'.

Mr Luke did not deny the claim, saying only that it was "a private matter". But an associate of his said: "Christopher is something of an attention-seeker and after the story broke in a newspaper he spoke on radio of brotherly love."

...

Speaking to the Belfast Telegraph last night after a round of media interviews, Mr Luke, who lives in Tunbridge Wells, Kent, said he had no regrets about going public about his claimed links to Lord Molyneaux.

...

Asked about why he left the Orange Order, Mr Luke cited "personal reasons". Pressed on the matter, he said there had been "personality clashes" with other members of the Grand Orange Lodge of England.

Pressed further, he admitted he had been expelled for printing David Trimble's home address in a newsletter he published.


さらに、モリノー家の人々(ジム・モリノー自身は結婚していないし子供もいないのだが、兄弟がいたので、そのご家族かもしれない)は「報道で初めて知った」と言い、「メディアから記事・放送にする前に一言問い合わせがあればそのようなことにならなかった」との苦言(確かに、家族のことについて、報道で最初に知らされるというのはちょっとひどい)。

さらに、延焼上等な発言をぶちかましたのがジェフ(元UUPで、トリンブルの「和平」路線に反対してUUPを出てDUPに行った)。

DUP MP Jeffrey Donaldson, who was a friend of Lord Molyneaux for many years, told the Belfast Telegraph last night: "Jim Molyneaux was an upstanding, decent and honest man, and in all my time of knowing him there was nothing that suggested any kind of relationship with Christopher Luke, though he would have known of Christopher because he is prolific in writing letters to MPs about Northern Ireland.

"I'm also aware from my contacts within the Orange Order that Christopher Luke's membership of the institution was ended some time ago in a less than amicable way. He is certainly someone who would not be highly regarded amongst members of the Orange Institution in England.
"Many people that knew Lord Molyneaux well will be disappointed that his good name is being undermined in this way. He had a long and distinguished career and served both the nation as a war hero and the community as a leader.

...


モリノーに男性の恋人がいたとして、それが「彼のよき名前をこのような形で貶める」ことになるのか?

このホモフォビア。これがデフォなのが北アイルランドのユニオニストの政界なんですけどね。





ねー。

なお、クリストファー・ルーク氏は同性愛のエロ小説の作家でもあるとのことで (Mr Luke has a sideline as the author of gay corporal punishment fiction, and writes under the name 'Clansman Chris'):




こう書かれると…… (・_・)

さらにまた、ロイヤリスト側のメディア、ニューズレターでは(本気で笑いそうになった):




この写真は、最初のアイリッシュ・ニューズの記事付属のスライドショーにも入ってるのだが、モリノーが亡くなる少し前、最後にルーク氏が高齢者施設で面会したときのもの。94歳のモリノーは、ルーク氏を認識しなかったとアイリッシュ・ニューズの記事でルーク氏は語っている。

で、ベルファスト・テレグラフには、若いころモリノー系の政治活動家だったアレックス・ケインさんが「ルーク氏はなぜはっきり言わないのだろう」というような、ものすごく長くてTwitterに入らないくらいの文字量の見出しの論説記事を書いている。




見出し全文はこれ→ "Luke absurdly coy on nature of relationship with Molyneaux - confining himself to nudge, nudge stuff and biblical references followed by false outrage when pushed about what precisely he is saying"

(・_・)

もう必死、としか見えないんですけど。あまりに必死すぎて見出しが長すぎてフィードできなかったのではないかとは思うけど、「いつもは記事を出すとしつこくツイートして宣伝してるアレックス・ケイン氏が、この記事についてはフィードもしてない」というツッコミが入る始末。





なぜこんなにユニオニスト(UUP周辺)が必死なのかというと、それも無理もないことで、モリノーの時代はちょっとつつけばアレが出てきますからね、あの大スキャンダル(ひどい人権侵害)が。
https://en.wikipedia.org/wiki/Kincora_Boys%27_Home
The Kincora Boys' Home was a boys' home in Belfast, Northern Ireland that was the scene of serious organised child sexual abuse, causing a scandal and attempted cover-up in 1980, with credible allegations of state collusion, and still the subject of legal proceedings as of 2015.


さらに、これ。




※ハーヴェイ・プロクターについてはウィキペディアご参照のほど。有罪です。こうなってくるとモリノーは、「関係省庁がうっかり資料を破棄してしまった」ウエストミンスターの政治家たちの児童虐待という疑惑にもつながってるかもしれない。

というわけで「昔話」というか「暴露」が、現在のユニオニスト政治家界隈のホモフォビアをあぶり出し、「過去」に行なわれていた人権侵害のあれこれにもつながるかもしれないということで、7月12日のボンファイア並みに燃えやすくなってるのではないかと。

しかもアイリッシュ・ニューズがすごい。この媒体は、IRAによる人権侵害(モイラ・カーヒルさんへのレイプ、ジェリー・アダムズの弟による実子への性虐待・レイプなどを含む)についてこのくらい本気になったらららららら、らららむじんくんらららむじんくんらららら。






ジム・モリノーが亡くなったときのニュース:

※この記事は

2016年03月14日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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