「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2016年01月17日

「左派はケルンの集団性的暴行について語」ってますよね。あの事件を卑劣にも「好機」ととらえて騒いでいるPEGIDA系ほどではないにせよ。

1月16日のはてブのトップページで、SMAP解散説についてのブログや、非常に頻繁にトップページにあがってきている個人ブログと並んで、ブレイディみかこさんの記事が表示されていた。正確には「並んで」というより「一番目立つ位置に」と言うべきだが、これはおそらくタイミングの問題で(表示の順番は、ブクマ数などの要因で自動処理されているはずだ)、人為的なもの、「編集判断」のようなものではないから、あまり重要視しすぎるべきではない。それでも一番目立つ位置にこの見出しがあったということは、無視はできない。それだけ多くの人がこの、「左派は……」云々のパターン化・単純化がなされた記事を、一種「権威」づけられたものとして読んだだろうからだ。



当該の記事:
左派はなぜケルンの集団性的暴行について語らないのか
ブレイディみかこ
2016年1月16日 10時31分配信
http://bylines.news.yahoo.co.jp/bradymikako/20160116-00053462/

いや、左派(も含めた「人々」一般)はこの事件について語ってるじゃないですか。ブレイディさんがガーディアンの、つまり英国を代表する「左派」の新聞のコラムを引用している通り。

記事を最後まで読んで、率直に言って、私は「あー」と思った。「ああ」ではない。「あー」だ(それも下降するトーンではなく、平坦な「あー」)。それをはてなブックマークのコメント欄に書いた。

本稿見出しにカギカッコ必要だし、"ケルン集団女性襲撃でも、左派からまず出て来たのは陰謀説。難民受入に反対する右翼がわざと仕組んだ事件だったと" に出典が必要。ケルン事件は英国は報道遅かった。http://is.gd/QLxJTs

http://b.hatena.ne.jp/nofrills/20160116#bookmark-276487477
※はてブの上限である100字に収めるために助詞を省くなどしているので、文として読みづらい点はご容赦いただきたい。


これは自分のメモのようなものだし、読んだ人がわかるとは思わないので、以下、このブログ記事で
  1. 本稿見出しにカギカッコ必要だし、
  3. "ケルン集団女性襲撃でも…わざと仕組んだ事件だったと" に出典が必要。
  2. ケルン事件は英国は報道遅かった。http://is.gd/QLxJTs
の3点について、ここにふった番号の順番で詳しく見ていくことにしたい。

なお、わたしは、記述・ナラティヴは別として(←重要)、ブレイディみかこさんの書いておられること自体には大きな異論はないということは最初に述べておく。「女性の権利」を言う「左派」の(特に男の)間での性犯罪の軽視は、ジュリアン・アサンジが引き起こしたスウェーデンでのごたごたに関するくだらない「議論」でこれでもかこれでもかというくらいに既に見せ付けられている通り(あれは隠蔽しようがないから無視している「部屋の中の象」である)。また、「政治的庇護を申請するのは《善人》ばかり」ではないことは単なる事実だ(むしろ「《善人》しか政治的庇護の申請をしない/申請ができない」というのはよくないことだ)。ロザラムとロッチデールでは「こんなことを指摘すると偏見の持ち主、レイシストと呼ばれる」ということでの遠慮が最大の問題だったことも確かだ。そして、今目の前に現れた「問題」は、決して軽視されたりなあなあで済まされたりしてはならない「問題」であるし、ましてや「女が外を出歩くからこんな問題が起きるのだ」とかいう頭膿んでるんじゃね? っていう言い分にはただ軽蔑の目を向けることで対応すべきだろう。

1. 見出しにカギカッコが必要だと思う点について。
「本稿見出しにカギカッコ必要だ」は、「左派はなぜケルンの集団性的暴行について語らないのか」という見出しは、それが直接的には、筆者(ブレイディみかこさん)が下のほうで引用しているGaby Hinsliffの論説文、 "Let’s not shy away from asking hard questions about the Cologne attacks" から持ってきたものと読めるからだ。

単に引用したのではなく、筆者がそれに共感しているのだとしても、この場合、カギカッコは必要だと思う。なぜならば、当該の文を最後まで読んでも「左派」が定義されていないからである……というか、筆者が特別な定義をしていない限り、「左派」と位置づけておくしかないような新聞の記事・コラムがバリバリ参照されているからである。「左派」が語っているのを参照しておいて、見出しで「左派は語らない」と言うのは、端的に言って、わけがわからない(「ミスリーディング」というレベルではない)。

(なので私は、この見出しは、カギカッコ嫌いな編集者がカギカッコをトルツメにしたのではないかとちょっと思っているほどだ。ゲラの上で「勝手にカギカッコをトルにしないでください」vs「読みにくいからトルにしてください」という戦いが展開されることは、けっこう「あるある」だと思う。)

……と書いていても、英国の新聞について詳しくない人(日本語圏の圧倒的多数は、英国の新聞について詳しくなんかない)には、それこそわけがわからないかもしれない。具体的に説明しておこう。把握している人はしばらく飛ばしていただければと思う。

筆者は、第5〜6パラグラフで8件のリンクを貼っている(下図)。8件中1件はメディアの報道記事ではなく自治体の報告書なので、母数は実際には8件ではなく7件と考えたほうがよく、また別の1件はなぜかアメリカの地域メディア(シカゴ)の記事なのでここでは除外するとして、英メディアの報道記事へのリンクは6件である。その6件のうち、3件が「左派」のメディアである。「右派」が(「偏向報道BBC」というブログやデイリー・メイルのコメント欄などで)叫んでいるように、BBCも「左派」に入れたら、4件だ。

【図】※クリックで原寸大


1件目のリンク先のデイリー・テレグラフ (telegraph.co.uk) は保守党支持の新聞で「右派」。正直、保守党の内部の話や軍事の話とオビチュアリー以外はあまり読まないので、こういうトピックの論調はよく知らない。

2件目のデイリー・メイル (dailymail.co.uk) は「英国の右派といえばこれ」といえる新聞(タブロイドだが)で、基本的に、「移民というものは害をもたらす」論に立っている(2010年の総選挙のときに、当時首相だったゴードン・ブラウンが、街で話をしたある有権者のことを車の中で「偏見まみれのばあさん」みたいにけなしているところが録音されててえらい騒ぎになったことがあるが、あの「移民が嫌い」な有権者の言ってることがまさにデイリー・メイルそのものだった。そういう点、「移民排斥論」は「左派」も「右派」もないのが実際のところだが、本稿は元々の用語法に合わせて「左派」云々の用語を使っておく。あの有権者の言ってた「移民」は「EU圏内で移動の自由が保障されたポーランド人など」のことだったりしたので、本当にもう、取り繕いのないレベルでことばも意味も建前も崩れてグダグダで、「右派」だ「左派」だと言って何かを述べたつもりになれる状況ではないのだが)。

リンクの3件目はBBCで、ここは通例、「右派」だ「左派」だといった区分けの対象にしない(が、こういうトピックでの基本的な価値観は「左派」であろう。国内政治では明確に「右派」、というかシティのビジネスの利害を最優先するが)。

4件目は自治体の報告書なので、ここでは数に入れない。

5件目6件目はガーディアン (theguardian.co.uk) で、英国でこの媒体を「左派」に位置づけなかったら、何が「左派」になるのかというくらいの新聞。この新聞はこの両事件ではかなり突っ込んだ取材を行ない、十分に見せる紙面づくりをしていた(一面に持ってきたり、ウェブ版では特集を組んだり)。

7件目はスコットランドのデイリー・ヘラルド(イングランドのデイリー・ミラーのスコットランド版で、「左派」のタブロイド)かと思ったが、デザインが違うし、よく見たらドメインがdailyherald.com (rather than ".co.uk") 。About的なところを見ると、これはアメリカのシカゴのメディアだ。ここでの検討は英国のメディアを前提としているので、このリンク先は除外する。(直接関係ないが、この記事はかなり充実していてよいと思う。)

そして最後、8件目はインディペンデント (independent.co.uk) 。この新聞は支持政党はLiberal Democratsで、価値観は(この文脈での)「左派」だ(つまり「人権」、「男女の性差の解消」といったことに熱心、という姿勢を持っている)。

※どうでもいいけど、英語のliberalをアメリカ語の意味にとって「左翼」と訳す日本語話者が多いようだけど、英国でliberalといったら「左翼」じゃなくて「自由主義者」です。世界史の教科書に出てきた「ホイッグ党」の理念。もちろん「トーリー(保守党)」とは対立する。

というわけで、リンクの8件中、2件がカウント外で、1件はBBC、残る5件のうち「右派」が2件、「左派」が3件だ。

そのようにして書かれている記事の見出しが「左派はなぜ……語らないのか」であるのは、整合性があまりないように思う。だから、「見出しは他人の発言の引用で、カギカッコが必要だ」と私は結論したわけだ。

2. ケルン事件は、英国では、どの報道機関でもニュースにするのが遅かった。
「いや、そうではない。英国での過去の事件についての話ではない。この記事は『左派はなぜ、ケルンの事件について語らないのか』という問題提起だ」と言われるかもしれない。しかし、「左派」は実際にはケルンの事件について語っている。ということは、問われているのは「今語っている」かどうかではないのだろうか。

しかし、「ケルンの事件」について何日も「語る」ことをしていなかったのは、筆者(ブレイディみかこさん)が最初に参照しているガーディアン掲載のデブラ・オーのコラム(1月9日付け)が明確に指摘している通り、「左派」も「右派」も同じだ。

ケルンでの集団的性暴力事件は12月31日から1月1日にかけて(大晦日から新年にかけて)発生しているが、英国でそれが報じられたのは1月5日になってからで、それは「右派」のテレグラフも、「左派」のガーディアンも、「どっちでもない」BBCも同じ。その点は、できる範囲でだが、検証可能な形で確認はしてある。(ドイツでの報道については私は確認していない。)

独ケルンでの大晦日の「中東系の男たち」による集団的性暴力を、英メディアはどの程度「報じなかった」か。
http://matome.naver.jp/odai/2145236211776268501




ちなみに、上記ページを作るときに確認したところ、@BBCWorldでの最初のフィードは下記のツイートだった。タイムスタンプは日本時間で9:03 PM - 5 Jan 2016 (UKの時間では同日正午過ぎ)。事件があってから5日後で、80人ほどの女性たちが被害届を出したことを受けたものだ(こんなに大人数が一度に被害にあったという届けが出たことから、ドイツ国外でもニュースになったのだと思う)。




この「英国の報道」の具合については、詳しくは「NAVERまとめ」のページをご参照いただきたいが、テレグラフ(「右派」)もガーディアン(「左派」)もBBCも、同じくらいのタイミングで(=1月5日に被害届が出されたあとに)記事にしている。

そして、いったん報じられたあとは、「右派」も「左派」もBBCも、しばらくの間、その場にいた人のインタビューの映像や、現場の写真なども含め、大晦日の夜に何が起きたのかを熱心に伝えていた(その流れを断ち切ったビッグニュースは、ネットで見ている限りでは、1月8日金曜日の「シャルリーエブド編集部襲撃から1年」、そして週明け月曜日の「デイヴィッド・ボウイ死去」、火曜日の「イスタンブールの中心部での自爆攻撃」だった。その間に週末のドイツでの移民排斥主義者のデモ、それに対するカウンターのデモと、女性への性暴力の根絶を訴えるデモの報道を挟んでいる)。

その後は「どう語るか」の問題が前景化していると思う。それと量的な問題。ドイツでのペギーダのデモに合わせて、「ペギーダUK」(Twitterでは「愛国者の声」を名乗っている)界隈が騒ぎ出したようなので、「左派ではない人々」の発言が増えて、相対的に「左派」の発言が少なく見えたか、目立たなくなったか、あるいは全然見えなくなったということはあるだろう。デイリー・メイルのようなメディアがview数を稼ぐ絶好の機会として、細切れの、だが重複した記述が満載の、かさばった記事を何件もアップして「量」だけを増やすということもある(例えば、ジハーディ・ジョンについてのメイルの記事の多さを参照)。そうすると、「左派」の発言が「ない」ようにも見えるかもしれない。

「左派」の発言で私が見たものをあげておくと:











※もっと前の日付のもあったのだけど、さかのぼるのが大変なので割愛。

3. 文中で述べられていることについて、出典が必要。
単にバランスの問題として、筆者が勝手に連想した(だけの)ロザラム(ロザーハム)の事件やロッチデールの事件について事細かにリンクを入れて出典を示すのなら、ケルンの事件への反応として出てきているという「陰謀説」についても出典を示さないとおかしいと感じた。

ケルンの集団女性襲撃でも、左派からまず出て来たのは陰謀説だった。難民受け入れに反対する右翼が、わざと仕組んだ事件だったというのだ。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/bradymikako/20160116-00053462/


この記述からは、筆者が直接にその「陰謀説」を見聞した、としか読めない。直接耳で聞いたのなら、この筆者のスタイルとしては具体的な部分をしっかり描いて説得力を持たせるだろうが、それがなされていないので、ネットやメディアの記事で伝聞で知ったのだろうかとも思う。あるいは単に文字量の問題か。

伝聞で知ったのなら、記述をそのように改めるのが意味をはっきりさせるために望ましいと私は感じるのだが(「……陰謀説だったそうだ」といったように)、それ以前に「要出典」である。というのは、「陰謀説が流れているという陰謀説」なども普通にあるからだ。「左翼の連中はこんなことを言ってるらしい」とか「どうせ右翼の連中はこういうふうに反応してるんだろう」とかいった不確かな《噂》は、言論のあるところでは絶え間なく流れているし、個人の意識の中でもある。私の中にも、もちろんある(私は私なりの偏りと偏見を持っているから)。

こういう「細かい」ところに気をつけなければならないのは、落とし穴はそういうところにあるからだ。無用で非生産的な(そして多くの場合的外れな)「レッテル貼り」の多くは、「思い込み」や「勝手なパターンづけ」」によって生じる。そして、そういうのは「対立を煽る」ため、「楔を打ち込み、分断を生じさせる」ために利用される。

以上、3点である。

以下は追記。

ブレイディさんの文章には、最初のほうに、こんな記述もある。
これを知った英国の人々の最初の反応は「ああ、来たか」みたいな既視感だったのではないだろうか。

というのも、ムスリム系移民による大規模な性犯罪は以前から起きていたからだ。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/bradymikako/20160116-00053462/


「ムスリム系移民による大規模な性犯罪は以前から起きていた」。確かにロザラム(Rotherham)とRochcale(ロッチデール)のひどい事件があった。だが、「以前から起きていた」と現在完了形、あるいは現在完了進行形で語るほどの頻度・継続度で「ムスリム系移民による大規模な性犯罪」が起きているのだろうか。私は疑問に思う。

一方で、これはどうだろうか。



ちょうどたまたまBBCの新着が来ていたのだが、このような事例についていちいち「イングランド人による」云々と言って非難するだろうか。信仰する宗教をベースに類型化しようとするだろうか(あるいは「無神論者」かもしれないが)。

あるいは、これはどうだろう。上のはイングランドで《白人》の男がやったことだが、これは北アイルランドで《白人》の夫婦がやったことだ(この件、あんまりつっこんで記事を探して読むと気分悪くなるかもしれません)。



これはどうだろう。ルーマニア人による人身売買。この人たちについて、宗教を理由に何か批判されたりしているのだろうか。同じ宗派・教派の人たちが「人身売買をするような連中」と扱われていたりするだろうか。(ルーマニア人という国籍でのステレオタイプはあるかもしれない。)



それから、法廷に立つこともないまま、つい先日病気で死んだロード・ジャナーはどうだろう。ジャナーは、1960年代から80年代にかけて何十人という子供に性暴力を加えていたが、英国の政界の名士だった。最後まで裁かれることのなかった彼の犯罪行為について、彼の国籍や民族性、信仰で語る者がいるだろうか。あるいはここで私はこう問うべきだろうか、「ブリティッシュ・ジューはなぜロード・ジャナーの卑劣極まりない性犯罪について語らないのか」と。(ロード・ジャナーはリトアニア系ユダヤ人で、英国でのホロコースト教育の第一人者だった。)





そう、英国ではエスタブリッシュメントの性暴力がひどい。多くの場合は当事者が死んで、「過去のこと」になってから出てくる。子供番組の司会者だったジミー・サヴィルの「本当の顔」が暴かれたのは彼が死んだ翌年の2012年だった。そして、その報道をやったBBCのジャーナリストたちはその後、干されていると2015年8月にデイリー・メイルが報じていた。これについて、サヴィルのエスニシティや宗教で何かを言っている人たちは……あ、これはいたわ。(ジミー・サヴィルはカトリックで、サヴィルの件が明るみに出たのはタイミング的に、アメリカやアイルランドでのカトリック教会内部の性暴力の検証が進められていたときで、いろいろと重ね合わされていた。)

また、サヴィルの一件が明らかになってから警察が動いて、何人かの芸能界などの性暴力犯罪者が逮捕・起訴されて有罪になっているから、現時点では「もう終わったこと(もう出尽くしたこと)」という印象はあるかもしれないが、本当にその印象が正しいのかどうかを問う声はないのだろうか。





エスタブリッシュメントといえば政界。テッド・ヒースの件はどうやら証人が「信頼できない証人」1人しかいなかったようでどうにもならなさそうな感じだが、ウエストミンスターのペドファイル・リングはそれで終わりではないはずだ。そして、あの児童虐待の当事者の多くが保守党の人のはずだが、「右派」は語っているのだろうか。語っていない場合、「右派はなぜ語らないのか」という声は上がっているのだろうか。

※ここで参照したような事例ははてブで "abuse" というタグをつけてメモしてある。「名門の学校の教師が生徒に……」という事例もいくつかある。ウェールズの学校の校長(警察の捜査の手が伸びてきて自殺)、マンチェスター音楽学校の教師(逮捕されそうになって自殺)、など。そういえばこういうのもあった。ムスリムじゃないから騒がれなかった。この7人について、デイリー・メイルはどんな記事を出したんだろう。




それから、ロザラムでの事件であれ、ロッチデールの事件であれ、「レイシズムだ、ポリティカル・コレクトネスだ、と、自分の体面ばかり考えてぐずぐずしている大人たちをバックに、少女たちが犠牲になり続けていたと思うとなんともやり切れない話」だというのはその通りで、私はロザラムの事件の被害者の1人(10代の女子。加害者によって心理的に支配されていた)のインタビュー記事を「左派」のガーディアンやBBCで読み、衝撃を受け、いろいろと連想もして、つらくなった。彼女の経験したこと、彼女の語っている内容は、「虐待」などということばでは言い表せないものだった。被害者が助けを求めて当局に訴えても、相手にされなかったのだ。それは、ロックスターの性犯罪を警察に届けたグルーピーが、警官から相手にされなかったのと、構造的には同じことかもしれない。

その場合、問題はどこにあるのかというと、「左派」だとか「ポリティカル・コレクトネス」だとかいうこと以上に、行政の「事なかれ主義」だろう。行政が、責任を持とうとしなかったのだ。

それが問題であるときに、「左派はなぜ語らないのか」とわめいてみせることは、EDLやペギーダ、ケイティ・ホプキンスあたりがやっていればいいことではないか。つまり、そんなことをしても何の解決にもならない。「左派の偽善が〜〜」と言って溜飲を下げたいのならそれはできるかもしれないが、それだけだ。

社会として解決しなければならない(再発を何としても防がねばならない)真の問題は、これ↓↓でしょ? 違うのかな。あの事件で、どうしてこうなるのか?

No officers to be charged over Rochdale child abuse failure, say police
http://www.theguardian.com/uk-news/2015/mar/13/no-officers-charged-over-rochdale-child-abuse-failure-greater-manchester-police


(まじでひどすぎるよ、この話。うちらの感覚は東電さんなどのおかげでマヒしてるかもしれないんだけど、それでもひどいと思う。誰も責任を取らない)

それと、ブレイディさんの文章で最初のほうに引用されている文章は、デブラ・オーによるものだ。彼女は皮肉・諧謔をよくする書き手で(関係ないが、ウィル・セルフの配偶者でもある)、私の観測範囲ではときどきイスラエル右派の支持者をムキーっとさせている。

引用されている記事は1月9日付けで、5日に報道されだした事件についての論評としてはタイミング的にかなり遅い。ということは、かなり「議論」的なものが蓄積されたあとに書かれているということになる。

そのタイミングで、「ああ何てこと。これはレフタゲドンだ Oh dear. It’s leftageddon.」という、見るからに大げさでtongue in cheekな書き出しを持ってくるのは、「左派」について(「右派」によって)言われていることに距離を置いて眺めているということであろう(私が訳すなら「レフタゲドン」などと言わずに、「困った、左派としてはこれは究極の選択じゃないか。一方には女性の権利、もう一方には戦争から逃れてきた人々の権利。2つの重要な価値が今、ここで対立している」というようなトーンにしていただろう)。

デブラ・オーはそうして「(やや挑発的な)つかみ」を完璧にしておいて、かなり鋭い考察を行なっている。それはリンク先で読んでいただきたいが、中心的な部分はここだ。
The stereotypical right tends to blame the stereotypical left for all its woes in an uncomplicated way. The stereotypical left tends to respond with similar clod-hopping generalisation. But the hopeful columnist can still believe it possible to salvage some nuance; perhaps even, heaven forfend, some useful and solid points on which both left and right can agree.

「類型的右翼というものは、何か悪いことがあるととりあえず、類型的左翼のせいだと言い出すものだし、類型的左翼も同じように脊髄反射めいた一般化をして反応する。しかし、まだまだ希望は捨ててないコラムニストとしては、私はそれでも、ニュアンスというものをいくらかはサルベージすることが可能だと思っているのだ。そして、何たることか、左翼も右翼も双方が合意できる有益で簡単にはゆるがないポイントというものですら、今ならまだ救えちゃったりするかもしれない」


……と述べたあとでデブラ・オーは、ケルンでの事件がまずは単に犯罪であるということ、ああいうことをした連中はそのまま逃げられると思っていたようだということ(実際、警察の動きが遅かったという)、そして性犯罪についての取り組みが甘いという一般的状況そのものには難民は何も関係ないということ、あれだけ大勢の人が移動してくれば、その中にああいうことをするような人も入っているということは想像できるだろうということを、時には逆説的な文体で6項に分けて書いている。その第4項が「そもそもこの事件は公にされるのが遅かった」という指摘だ。
Fourth, common-or-garden reluctance to take seriously complaints from women about sexual assault is unlikely fully to explain the reluctance with which this scandal has been revealed to the public. Worries about stirring up racial bigotry were surely a factor, too. Quite obviously, such concerns were not unfounded. But trying to ignore or suppress politically unwelcome news is always a bad idea. Plus, it’s possible that the perpetrators understood, too, that a febrile, populist political climate could be exploited to their own advantage.

(日本語化するのめんどいんで休んでいいですよね)


つまり、デブラ・オーはこの文章において、「なぜ左派は」云々と言っているというよりは、「左派も右派もなく、なぜ性暴力が軽視されるのか。なぜ難民である誰かが何かをすると難民全体の責任を問うような流れができるのか。そんな知的怠慢が許されるのか」ということを言っている。冒頭の「つかみ」はアレだが、そのあとは誤読の余地はない。

そのような読みが、なぜなされていないのか。というか、そのような普通の読みの上に、なぜ立脚していないのか。

オーの文章の結びはこうだ。「左派ガー」とかいう話はしてない。

Consistent intellectual effort needs leadership. Unfortunately, help with such effort from secular and religious leaders in the Middle East and north Africa seems to be in very short supply. In Europe, the leader who both champions and embodies such efforts far better than anyone else is Angela Merkel. It’s sad that folk are willing to seize on the tawdry, cowardly actions of a bunch of destructive, selfish, dangerous sexual abusers to disparage and traduce her bravery, optimism and humanity. Merkel is the one to take guidance and inspiration from, not them.


そもそも「犯罪者」の事案を、「外国人」の問題として語るというのは、使い古されたゼノフォビアの手法だ。単純でわかりやすいし(でもfundamentally flawedなんだけど)、ペギーダだのEDLだのはそれを煽っている。一方で、忘れてはならないのは、こういうことだ。











そうそう、Rochdaleといえば
http://www.theguardian.com/politics/2015/nov/06/simon-danczuk-why-would-jeremy-corbyn-discipline-me-its-all-part-of-the-new-politics

政治家なんだけど、大物政治家の犯罪(性犯罪を含む)を暴露するという勇気を持った人。「左派」ですよ。労働党の議員。


※この記事は

2016年01月17日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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