kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2015年12月29日

人の生命の問題を、「ホームページにアップする文書」でなんちゃらしようという耐えられない軽さ

撤回されたっていうことで、これまで公に書いたものをまとめておきます。

「撤回された」というのはこれ:
安田純平さん拘束 身代金要求の発表撤回 国境なき記者団
12月29日 17時53分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151229/k10010356351000.html

下記は「国境なき記者団(RSF)」のサイトのトップページのキャプチャ。構成が見づらい(と私は感じる)ページなのだが、一番上のJournalism is not a crimeのバナーは今一番熱心にやってるキャンペーンの話で、本編はその下だ。そして安田さんについてのRSFの報告の撤回は、ニュースサイトでいえば「トップニュース」の扱いと言ってもよいだろう。



でもね、これ、きっとネットには、「撤回」される前の話がずーっと残る。現に、「NAVERまとめ」で私が作成したページに、私の意図とは関係なく一方的に表示される「関連まとめ」なんかでは「身代金が要求されていたことが発表された」とかいうセンセーショナルな、クリック稼ぎの「まとめ」がハバきかしてる。(「発表」って、直接の関係者がその事実があると述べたわけでもないときに、見出しにするかね? クリック稼ぎは「上等」かもしれんが、1ミリくらいはご家族のことを考えたらどうなのかね)

※以下作業中。へべれけなのでいちいち作業が遅い。




……国境なき記者団は、28日、ホームページ上で、「通常のやり方で編集されたものではなく情報の確認が十分でなかった」として、「しっかりした情報が得られるまでこの発表は撤回する」と明らかにしました。

今月22日の発表は、すでに、ホームページ上から削除されていて国境なき記者団では「安田さんのご家族や友人などに謝罪したい」としています。国境なき記者団は、情報のどの部分について確認が不十分だったかは明らかにしていません。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151229/k10010356351000.html


NHKよ、RSFの話を「〜という情報があるとして」の形式でそのまま報じ、「拡散」したお前らもお前らだよ、マジで。動物園で珍しい動物の赤ちゃんが生まれたとかいう話じゃない。人命かかってんだよ。広めるなら最低限の確認してからにしろっての。

12月24日のNHK:


このあと、この話は英語圏のメディアでもがんがん報じられた。「NHKが報じている」ことは影響しているはずだ。後藤さんのこと、および日米同盟のことと関連付けた英語報道が届いた範囲はとても広く、アメリカの地方の新聞とかでも記事が配信されてた。それらの多くは、たぶん、「訂正」なんかされない。そもそも、「訂正」なんかされたって気づかない人が多いんだ。

以下、Twitterのログなど。日付に注目してください。


























ジャーナリストの藤原亮司さんのツイート:











藤原さんの述べておられるこの点(完全に妥当です)、こういうのいくらでもあるんっすよね。新聞記者やテレビの報道記者、フリーランスの記者などに「重大な情報が私の元にもたらされた」と接触があったので返信してみれば、結局は「トニー・ブレアは宇宙人だ」とか「世界を支配するロスチャイルドが黒幕でー」とかいう話だった、という笑い話がかつてどっかのブログ(英語圏)にあったんだけど、そのレベルの「どうでもいい噂」はその場で峻別できるとして、「微妙な噂」があった場合はかなり慎重に確認しますよね。私自身、Twitterでというお手軽な方法でだけど、麻生太郎の「ナチスの手口」発言が日本語でしか報じられていなかったときに英語で流したら「根拠などない嘘でしょう」という前提でかかってこられたことがあったし、その前にも海保のリーク映像のときにいち早くその件を取材してた英語圏の記者の人に「こんなん出てますけど」とツイートしても反応鈍かった(未検証ということであしらわれた)、ということがある。報道ってのは、それであたりまえだと思うんですよ。

しかしRSFの場合はおそらくそういう過程を経ていなくて、さらに、「現地情報」でもなくて、さらに別のソースとの突き合わせのようなこともしていないと思われる。

そしてそういう曖昧な「シングルソース」の情報が、「RSFがプレスリリースを出しているから」というだけで《信頼に足る情報》として扱われ、大手報道機関で「RSFによると……」の形式で記事になる。

しかも「人質」とか「身代金の要求」のような、あからさまに人命のかかった深刻な事案で。

あまりに軽くて、信じがたいけど、これ、現実なんっすよね。

個人的には、安田純平さんとはTwitterで何度か会話をしたことがあるという程度で、面識はない(ただし、ジャーナリストとしての氏を、私のほうから一方的に知ってはいる。2004年のファルージャでの拘束・身元確認時に英語圏で氏の名前が出てきたことも記憶している。そのくらい、「記者として知られていた名前」だ)。




安田さんご自身のことば。












「子供を殺すな、わー、ぎゃー」って言う人たちが、空爆、つまりアサド政権による攻撃(反体制側は戦闘機・ヘリを持っていないので、空爆はできない)が学校を標的としていることとか、子供たちのいる市街地に対して行なわれていることなどについては、見事に、沈黙してますからね。それも日本だけではなく、世界的に。英国のStop the War Coalitionなどでも。

そして、「アメリカの爆撃は子供を殺すから反対、じゃねぇよ! 実際に子供たちは既にアサド政権によって殺されてるんだよ!」っていうことを言うあなたを待っているのは、無視かTwitterでのリム(フォローはずし)か、「ネトウヨ」呼ばわりですよ。本当に。

恥ずかしくないんですかね、この左翼の側の反知性主義を煽ってる人たちは。

……っていう話をTwitter上でもリアルでもしたいんで、安田さん、そろそろ帰ってきてください。



あ、Twitterでの安田さんは @YASUDAjumpei です。

それと非常に紛らわしい @jumpeiyasuda というアカウントは、Friends of Jumpei を名乗り、居場所を「シリア」として、英日2言語で運営している、安田さんと関係あるとは到底思えないアカウントです(上に引用したツイートで藤原さんもご指摘ですが)。

てか、日本政府を批判したいんなら、自分たちでやりなさいよ、音信不通・消息不明になってる人を勝手に利用しないで。

それと、Al Nusra FrontのNusraの名前くらい、ちゃんと書きなさい、シリアについて何か書くんなら。

※この記事は

2015年12月29日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 23:49 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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