kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2015年12月21日

「朕は国家なり」的態度を見せ付けた挙句、'I'll be back' とブラッターは言った。

♪今年の汚れ、今年のうっちっにっ!♪ というCMソングがかつてあった。年末の大掃除に向けて、「あきらめていた換気扇の油汚れも、強力パワーで落とします」という洗剤などを売るCMだ。

そして今年も、ああ、換気扇…… (・_・) とそっと手を見る時期になり、ニュースでも「あきらめていたあの汚れが落ちた」系の話が流れてきた。

今年5月下旬、スイスのホテルに米当局が踏み込んでFIFAのお偉いさんたちをしょっ引いてから7ヶ月。その間、紆余曲折……というか、どうやってもこれは落とせんな、という展開になっていた。ニュースを追うのもばかばかしくなるようなムードだった。

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これはもうどうにもならんのではないか(FIFAはFIFAに対して何もできないのではないか)、と思っていたところに、「ブラッター、プラティニ両氏 8年間の活動停止処分に」という今日のニュースがあった。

国際サッカー連盟(FIFA)倫理委員会は21日、FIFA会長のジョセフ・ゼップ・ブラッター氏(79)と、FIFA副会長で欧州サッカー連盟(UEFA)会長のミシェル・プラティニ氏(60)の間に不正な金銭授受があったとして、ともに8年間の資格停止処分を科した。

……

FIFA側は、2011年にブラッター氏がプラティニ氏に200万スイスフラン(約2億4000万円)を超える資金を支払った件について捜査してきた。2人はこの金銭授受は口頭での契約に基づいた正当なものだと主張していた。しかし倫理委は今回、口頭での合意に有効性は認められないと判断した。

2015年12月21日 20:13 発信地:チューリヒ/スイス
http://www.afpbb.com/articles/-/3071057


FIFAの文書はこちら。普通に読める英語だと思うんで、どうぞ直接お読みください。

ブラッターには「汚職」の容疑があったのだが、この前の段階で、それは取り下げられていた。(「永久追放」ではなく「8年間」となったのは、こういう背景だろう。)

ブラッター会長はスイスのブリック紙に対し、倫理委員会のハンスヨアヒム・エカート裁定委員長の前で8時間にわたり行われた聴聞会について語り、同氏から冒頭で「汚職の容疑は取り下げられた」と伝えられたと語った。

2015年12月21日 15:57 発信地:ジュネーブ/スイス
http://www.afpbb.com/articles/-/3071005


(「8時間」ですってよ……)

FIFAの倫理委員会が調べていたのは、ブラッターがプラティニに、過去の仕事に関して現金200万スイスフランを渡したという件で、……と、書くのがダルくなってきたので、何がどうという話に関しては、唐突だがここで終わる。本当に、すべてがばかばかしい。

で、倫理委員会の結論(裁定)が出てほどなく、FIFAにbanされたブラッターがFIFA本部で行なった記者会見(茶番、茶番、茶番)がウェブでストリームされたので見ていたのだが、これが、言ってることが全然わからない(笑)。「朕は国家なり」というのは王権神授説の絶対王政の君主の言葉だが、ゼップ・ブラッターにとっては「朕はFIFAなり、FIFAは朕なり」なんだよね。




























※「おっさん話なげー」=2011年、「アラブの春」の要所要所で行なわれたアラブの独裁者のスピーチがいちいち話が長くて、生中継の放送局の通訳者さんもへろへろになり、Twitterでそれらの同時通訳(アラビア語→英語)を聞いていたついったらーもへろへろになったときに、ある日本語圏ついったらーさんがもらした一言。モニタの前でともにムアンマル・カダフィのいつ終わるのかわからないスピーチを聞いており、なおかつ「小学校の終業式での校長の話がやたらと長かった」、「卒業式での来賓の話がなかなか終わらない」といった原体験を有する人々の共感の涙を誘った。








※「意識の流れ」=読んでも読んでも読み終わらない。何とか最後まで読んでも、特に中身があるとも思えない。そんな記述。

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ともあれ、そんなこんなでブラッターとプラティニが8年間アウト、という裁定が下されたのだが、両者ともそんなのおとなしく聞くはずもなく、両者ともすぐにスポーツ仲裁裁判所に訴えてやる、ということで、まだまだ劇場は続くらしい。誰も欲していないのに。

そんな楽しいエンターテイメントの記録。「朕はFIFAなり」というブラッターの振る舞いを目撃せよ!

#FIFA: Eight year ban and fines for Blatter and Platini
http://chirpstory.com/li/297523






ニッカンスポーツの記事がコンパクトにまとめている。悪意ある戯画のように感じられるかもしれないが、これは的確なまとめだ。"I am president of FIFA, I am elected" といったことをブラッターはこれまで何度も繰り返し強調しているが、今日の会見でもやはりそれを強調していた。実に、「独裁者」っぽい。
http://www.nikkansports.com/soccer/world/news/1582222.html
 右頬にばんそうこうを貼った姿で登場した同氏は、約50分間にわたって熱弁を振るった。重い処分が下されたことを「残念に思う」としながら、「恥じてはいない。来年2月26日まで私がFIFA会長だ」と言い切った。FIFA総会で選ばれた会長に対し、倫理委が活動停止処分を下すことへの疑問も呈した。

 プラティニ氏への支払いについては「紳士協定があった」とこれまでと同じ主張を繰り返し、2011年のFIFA会長選での賄賂との指摘を否定。今後はサッカーに関わる活動を禁じられるが、記者会見の最後は「アイル・ビー・バック(私は戻る)」と結んだ。


ここで通用しなかった主張(「口頭での紳士協定」云々)をそのまま持ってCASに行くっていうのなら、正気を疑われるのは当然だ。

なお、記者会見のときに隣に座っていた女性はブラッターの娘だそうだ。何をしてる人なのかは知らない。




※この記事は

2015年12月21日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 23:00 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼