kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2015年11月27日

「We are one. わたしたちは、ひとつである」

本稿は、元々、10日ほど前にアップしようとしていたのだが、肝心の絵が見つからず、またほかにいろいろ起きたので、後回しになってしまった。これを今更アップすることで、ネット上で赤の他人が「今更」などと書き捨てていくかもしれないが、改稿の上、アップしておく。

もう随分前のことになるが、13日の夜(日本時間では14日朝)にパリでの同時多発攻撃(同時多発テロ)が、ネットでリアルタイムで実況されたあとすぐ、下記のような風刺画がTwitterで話題になっていた。私はこの絵を見たときにすぐFavするかRTするかしたはずなのだが、最初に本稿を書いたときにはログの中に見つからなくなっていたので、ツイート主がツイートを消してしまったのだろう。



シリア、ベイルート、ケニア、アフガニスタン、パレスチナ、イラクに爆弾が降り注いで炎上している。シリアに落ちてきた爆弾が跳ね返って飛んでいった先に「塔」が立っている。その塔だけにカメラを向けている「世界のメディア(国際メディア)」。(この絵ですら抜け落ちている場所はある。イエメン。バングラデシュ。ビルマ/ミャンマー。……)

この絵は、私の見ている範囲には、アラブの文脈で流れてきた。「ガザ」(パレスチナ)か「イラク」か「シリア」のいずれかのリストの画面に表示された。この絵が「アラブ世界やアフリカには目を向けない報道機関」を皮肉ったものであることは、その文脈がなくても、誰にでもわかるだろう。

しかし、日本語圏の少なくとも一部では、これは「パリについて騒ぐことを批判するもの」として流通した。



この、見るからに下品なクリック稼ぎのページ(「2ちゃん」の「まとめサイト」のひとつだよね)のヘッドラインは、はてブのトップページで見かけたが、私はクリックする気にもならず、今もなお中身は見ていない。このタイトルだけで充分だ。何が「ワロタwwwwwww」だ。(なお、はてブのコメント一覧では同意見の人も多く見かける。)

こういうふうに「負のエネルギー」をあふれさせることだけは得意な「言論の自由の場」であるインターネットというものには、ほとほとうんざりさせられる。

例えば「米ワシントンDCのホワイトハウスが、パリの同時多発テロを受けてフランスのトリコロールの色にライトアップ」とかいう大掛かりなことを行なったときに、ホワイトハウスに(あるいは米国のマスコミに)「パリだけでなくほかにも注目すべきことはある」と訴えることはあるだろう。Facebookがアバターをフランスのトリコロールに染めることができるようにしたことについて、「なぜフランスだけでそういうことをするのか」と批判の声が上がるのは、当たり前だ(アメリカではそういう「批判の声」を上げることが、一種のブームになったようだ)。しかしそれは「パリのことで騒ぐんじゃない」という主張をすることと同じではない。

……ということは、既に17日に書いたエントリと重複する。そこに貼りこんだツイートのひとつ:




本稿は、その文脈で、「ベイルートとパリ」についての人々の創造性が示された例を記録しておきたいと思って書いている。Humanity, compassion, そういったものだ。

なお、レバノンやシリアは元々フランスとの関係が深い(「元々」といっても、ここ100年くらいか)。フランスの支配下にあったからだ。最も広く用いられている言語はアラビア語だが、フランス語もそこそこ用いられている。










































































via https://twitter.com/search?f=images&vertical=default&q=paris%20beirut&src=typd

ちなみに、ベイルートでボムられた街は、「ヒズボラ支持者が多い地域」である。ヒズボラはレバノンでは、武装組織である以前に政党である。そして、ヒズボラ支持者であろうが何支持者であろうが、民間人を標的とした攻撃、街そのものを標的とした攻撃は、国際人道法でゆるされない犯罪である。





We are one. わたしたちは、ひとつである。





「なぜAのことを取り上げて、Bのことは無視するのか」というのは、多くの場合は個人の素朴な感情、素朴な疑問だろう。しかしその素朴な感情は、人々を分断させるために非常に便利に利用されうる。

そのことを忘れてはならないと思う。

See also:
2015年11月19日
「なぜパリのことは大ニュースになるのか」論 (1): 今のTwitterは情報戦がすごいということと、プロパガンダについて。
http://nofrills.seesaa.net/article/429906512.html


※この記事は

2015年11月27日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 16:00 | TrackBack(1) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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イスイス団は、子供に、子供を殺させる。
Excerpt: 今日、イラクでイスイス団の自爆攻撃があった。いや、今日*も*、イラクでイスイス団の自爆攻撃があった。BBCなど国際メディアも1本記事を立てるレベルで報じている(きっと国際メディアがろくに報じない自爆攻..
Weblog: tnfuk [today's news from uk+]
Tracked: 2016-03-27 00:27





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















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