kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2015年11月23日

ピーター・ロビンソン、DUP党首として最後のスピーチ

11月21日(土)、ベルファストのラ・モン・ホテルでDUPの党大会が行なわれ、今年の「ストーモントの危機」を乗り越える合意をとりつけた直後に新年をめどに引退する意向を表明したピーター・ロビンソンが、DUP党首として最後のスピーチを行なった。

グッドフライデー合意に反対していたDUPが、北アイルランド自治政府でシン・フェインとともにここまで来たということは、いろいろなことが今ほど生々しく感じられなくなった時点で(「枯れた」時点で)、改めて振り返る必要があると思うが、そのときにピーター・ロビンソンという政治家がどのように描かれるかはまだわからない。

党首としての最後のスピーチのライヴ・ツイート、写真などを、下記に書き加えてある(4ページ以降)。

【北アイルランド】ピーター・ロビンソンが政界引退を表明した。
http://matome.naver.jp/odai/2144799904623571601?page=4


「まとめ」の中で、スピーチの原稿の文面にもリンクしてあるが、最後の最後にやはり「健康問題」が言及されている。ピーター・ロビンソンは今年、2度も倒れて病院に搬送されている(心臓が悪い)。けっこうつらかったのではないかと思う。

スピーチは、「DUPはここまできた、すごい」という自画自賛と、「UUPはここがだめ」というライバルへの牽制で構成され、最後に「ピーター・ロビンソン個人の感慨」がたっぷり語られているが、そのセクションへの変わり目で、"We know that to everything there is a season. For me this political journey is coming to an end." という言葉がある。

2007年5月8日、北アイルランド自治議会が再起動されたときのセレモニーで、ファースト・ミニスターとなったイアン・ペイズリーがスピーチにおいて引用した『コヘレトの言葉』の一節。
To every thing there is a season, and a time to every purpose under the heaven:
A time to be born, and a time to die; a time to plant, and a time to pluck up that which is planted;
A time to kill, and a time to heal; a time to break down, and a time to build up;
A time to weep, and a time to laugh; a time to mourn, and a time to dance;
A time to cast away stones, and a time to gather stones together; a time to embrace, and a time to refrain from embracing;
A time to get, and a time to lose; a time to keep, and a time to cast away;
A time to rend, and a time to sew; a time to keep silence, and a time to speak;
A time to love, and a time to hate; a time of war, and a time of peace.
What profit hath he that worketh in that wherein he laboureth?

https://en.wikisource.org/wiki/Bible_%28King_James%29/Ecclesiastes


イアン・ペイズリーが始めた旅を、ピーター・ロビンソンが終えたんですね。

5年ほど前の「超リベラル」な発言で党内や支持層から反発を買って、相当トーンダウンしている(どころか逆戻りしている)のだけれど、あそこでトーンダウンしていなかったらどうなっていただろうと……ユニオニストの政治家は、リベラルな姿勢を見せると失脚するということになっていて(デイヴィッド・トリンブルがよい例)、それはもう、紛争後のアルスター・ユニオニストの自縄自縛なのではないかと。有権者の票を得るために過激なことを言い、実際の政治の世界ではそんなに過激では通用しないが、過激なことを言わないと票が入らないという変な循環があって、そこから抜け出せない。

ピーター・ロビンソンの次の代では、そこが変わってくるかもしれない。ピーターは本当は、パワーシェアリングという今の統治の形を終わらせて、「普通」の「与党と野党」の形式の政治にしたがっていた。グッド・フライデー合意で作られた政治体制の時代はもう終わりだ、ということにしようと考えていた。そうするためにはナショナリストへの歩み寄りも必要で、そこで「有権者の反発」を買ったし、党内もなんかいろいろアレな感じになっていた。

政治家を引退すればもうそういうのとも距離を置けるわけで、あとは自宅の池の鯉(日本のニシキゴイを飼っている)とアイリスと仲良く過ごすのだろう。

まあ、それでも、NAMAの件は簡単には終わらないと思うけれども。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/northern-ireland/peter-robinson-rejects-outrageous-nama-payment-accusation-31609462.html


※この記事は

2015年11月23日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















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