「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

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2015年11月03日

映画『リフ・ラフ』(ケン・ローチ監督)にある、グダグダの中のグダグダの中のグダグダ

ロバート・カーライルという人は、見てて気分がすかっとするような軽やかな動きをする人だ。「優雅だ」とか「美しい」だとか言う以前に、とにかく「軽い」。

ケン・ローチ監督の1991年の映画、『リフ・ラフ』(楽天SHOWTIMEで200円+税でレンタルできる)に関連して、先ほどちょっと書いたのだが、映画そのものとはあまり関係のない話題で書いたので、改めてエントリを立てておこうと思う。

リフ・ラフ [DVD] -
リフ・ラフ [DVD] -

IMDB: http://www.imdb.com/title/tt0100491/
Wikipedia: https://en.wikipedia.org/wiki/Riff-Raff_%281991_film%29 ←ネタばれ

予告編:


英語(イギリス語)で riff-raff といえば、an insulting way of referring to people of low social class or people who are not considered socially acceptable (社会階層の低い人々や、社会的に受け入れられないと見なされる人々のことを侮蔑をこめて呼ぶときの表現)だ。『ロッキー・ホラー・ショー』の「せむし男」の名前がRiff-Raffだし、ほか、映画のタイトル(ケン・ローチのこの作品以外にも)、バンド名や曲のタイトルとしてよく使われている

予告編が堂々と述べているとおり、この映画は「コメディ」である。が、受け付けない人はいると思う。さっき書いたことと重複するが、「ブラック・ユーモアだ」ということがわかりやすくないブラック・ユーモアが肌に合わないマジメな人には、特にラストはがまんならないかもしれない。あと、「この映画の製作において動物は一切傷つけられていません」というお約束ができる前の映画なので、今から見ると若干ショッキングなところもあるかもしれない。あと、ハリウッド映画みたいなのしか知らない人には退屈でならないと思う。

映画が描いているのは90年ごろのロンドンで、「あの時代」の「イギリスらしい」グダグダさが、ケン・ローチらしい「労働者階級の……」というナラティヴ(90年代の封切のころに見たときには、そこがベタすぎて今ひとつピンと来なかった。客観的になるにはまだ自分にとって「あの時代」が近すぎたのかもしれない。あと、まだまだものを知らなかったので、いろいろ細かい描写が理解できなかった)とより合わされて、1本の糸になっている。

映画の中心人物は「スティーヴン(スティーヴ)」と呼ばれる/名乗る男(ロバート・カーライル)。ロンドン東部(さっき書いたが、物語の場所はストーク・ニューイントンからセヴン・シスターズにかけてのエリアだ)の、ヴィクトリアンの建物の改装工事現場で働く日雇いの作業員(労働者)たちを、ひとりひとり「人間」として描きながら、スティーヴの身の上に起きることが語られていく。そして最後は、……【ネタばれ→】バカな犬(笑)【←ネタばれ。背景色と文字色を同じにしてあります】

スティーヴがどういう人なのか、映画の観客は何も知らずに見始めることになる。最初のシーンで、彼は革製品を扱う店の前で、ぼろぼろの寝袋で寝ている。続いて、彼は寝袋を含む荷物を持って、Prince of Wales's Hospitalという看板の出ている建物の工事現場に行く。そこでは建物の改装工事が進められていて、雇用保険など社会福祉をばっくれている雇用主が、いろいろ「ワケあり」の作業員を(正規の従業員ではなく)「日雇い」として連続雇用している。「毎週木曜日は給料日だ。同時に、しょーもない奴はクビになる日だ」と現場責任者(グラスゴー・アクセント?)は言う。現場は本当にずさんで、作業員の安全を確保するための行政の指示など、ほとんどスルーされている。衛生環境も最悪だ。

ラリー、モー、シェム、ファイアマン、デジー……そんな「底辺」に集まった作業員たちは、お互いを「人間」扱いし、助け合ったりからかい合ったり、だまし合ったりしている。新入りのスティーヴに住むところがないとわかるや否や、スクワット(←というものが何なのかはさっき書いた)の住居を斡旋してやったかと思うと、給料の小切手の換金代行(作業員たちはいろんな事情で本名を出せないので、自分では換金できない人が多い)をしてくれる同僚(……「同僚」というような高級な感じはしないかもしれないが、「仲間」という感じではない)への手数料が言い合いの元となる。



ここではどいつもこいつも、誰も「正義」などもたらさない。かといって狡猾なだましあいをしているわけではない。ただ、作業をしている。ただ、生きている。

そんなある日、スティーヴは作業現場で(あの頃実際にとても流行っていた)ベルベット/別珍の巾着バッグを見つける。中には封書が入っていて、その住所に彼は直接そのバッグを届ける(このときの、一応よそ行きっぽい服装が、とてもリアルだ)。その住所はぼろぼろのテラスト・ハウスで、ドアのノックにおびえたように応答した住民(バッグの持ち主)は「大家かと思った……会いたくないので」と、彼を追い返すような態度を取ったことをすまないと思っていることを伝え、「お茶でもいかが」と招じ入れる。

ここで英国の人なら普通に予想しているのとは違う「お茶」が出てくるくだりが、じわじわと面白い。というか、身に覚えがあるよ、フラットの台所で、リヴァプール出身者やアイルランド人に対して。日本茶にミルクとか、入れるわけないじゃん!(ギリシャ人はミルクなしのteaは普通だよと言ってくれたが、イングランド人やアイルランド人には「ミルクなしのteaなんて頭がおかしいんじゃないか」という扱いをされた!ほうじ茶ですけど!)

こうして知り合ったスーザンという東洋趣味の女性は歌手志望で、近々ストーク・ニューイントンの店で歌うことになっているという。「友達を連れて見に行くよ」というスティーヴに、スーザンは「よして」と控えめな態度を見せる。

【↓↓↓ネタばれ。文字色と背景色を同じ色にしてあります↓↓↓】
そして彼女が歌う当日、スティーヴはシェムやモーやラリーと一緒に、満席の店で彼女のステージを見ている。だが彼女の歌は……途方もなくヘタクソだった。フロアからの「帰れ」コールに耐えかねてステージから逃げ出すスーザン。

と、そこで歩み出てマイクをとったのが、現場でも政治について熱く語り、組合の必要性を説く労組活動家のラリーだ。「あんなふうに、ひとりの女の子を泣かせてどうしようというのか。彼女はこれでダブリンに帰ってしまうかもしれない。でも私は彼女の歌を聴きたい。もう一度、ステージに呼び戻そうではないか」

そして楽屋から出てきたスーザンの肩をスティーヴは優しく抱いて励まして、彼女をステージに送り出す。

【↑↑↑ネタバレ、ここまで↑↑↑】

そして彼女が自然に歌いだしたのが、「わたしの歌が調子外れだったら、あなたは席を立って出て行くだろうか」という歌だった。



ここで物語が終わっているなら、「勇気と感動をありがとう」系の作品になっていただろう。

だが実際には、これはほんの始まりだ。

こうしてスティーヴンとスーザンは接近し、「恋愛関係 relationship」と呼ばれる関係になり、スーザンがなけなしの家具や東洋趣味の布などを持って引っ越してきて(この「引越し」がまた、「友達からのちょっとした手伝い」なのだが)、2人はスティーヴンのフラットで一緒に暮らし始める。【ネタばれ→】「あなたはわたしのことを何も知らない」、「きみもぼくのことを何も知らない。刑務所にいたこととか。でも2人はここにいる。それぞれ、ここまで来た We made it here」。しびれる台詞じゃないですか。【←ネタばれ】

DVDのパッケージから連想されるドラマは、たぶんここまでだろう。「そして2人は、底辺でも強く生きていくのでした」。

しかしこのときに既に伏線は張られている。スーザンが「運勢が上向き」と言ったときに、スティーヴンは「下降してたんじゃないの」と答えていた。スーザンは「明日にでもわたしはツアーに行かなきゃならないかもしれない」と真剣な顔で言っていた。スーザンがスティーヴに「盗みはやめて」と言い、スティーヴが「盗みはやめる」と言った(映画的には)次の瞬間には……(ここ、たぶん笑うところ)

こうして、スーザンとスティーヴの間はきっとうまくいかないんだろうなという予感を漂わせておいて、映画は「そのほかの人々」を語りだす。現場作業員の中の黒人3人組の1人で、一番若いデジー(デズモンド)は、「自分探し」をしたくてたまらない年頃だ。黒いベレーに「アフリカ大陸」を象ったバッジをつけている彼はルーツを求めてアフリカに行きたいと目を輝かせる。ジョーは「技師でも会計士でもないのに、行って何をするんだ」と諭す(あとのシーンの会話でわかるが、ジョーはアフリカで専門職についていたが、ロンドンに来て建設作業員をしているようだ。何も知らないデジーの「あっちの家は小屋なのか」といったぶしつけな質問にも付き合ってやってる)。ファイアマンは楽しく過ごした思い出を面白おかしく語る。

そこに「何、盛り上がってんの?」的に離れたところから声をかけるのが「白人」の作業員だ。彼(彼の文化)が加わったことで会話は「サッカー」という日常に戻る……と思いきや、ここでアクシデントが発生する。このあたりの積み重ね方が見事で、このまま(とんでもないドタバタ喜劇をはさみつつ)最後まで見ていくと「映画らしい映画を見た」気になれるはずだ。

ストーク・ニューイントンのパブでのステージで「帰れ」コールを浴びせられたスーザンをステージに呼び戻すムードを作った労組活動家のラリーは、現場でいかに安全が度外視されているかを現場監督に訴え(「電気ドリルに触るとビリっとするんですよ」)、「木曜日にすべてが解決する」と言われる。

スティーヴに住むところを斡旋し、スーザンの引越しでも率先して手伝ったシェムも、やらかしてしまって現場から去る。

アフリカに憧れ、「自分のルーツ」を求めていた(=たぶん英国の社会には居場所がないと感じていた)デジーは……映画を見てご確認いただきたい。

そしてスーザンは……これも映画で。

ラリーが元気付けたことが、おそらく、スーザンの「運気が上昇した」という確信を引き起こしたのだが(それを強化したのがスティーヴンとの関係、同棲生活のスタート)、それがよかったことなのかどうか。

そういうところで徹底して「御伽噺」にしていないのがこの映画だが、同時にこれは「よく構成された喜劇」であり、「寓話」的ですらもある。

95分と短い映画だが、いろいろとぎゅっと詰まっている。

エンドロールの最後に、次のような献辞が流れる。



ビル・ジェシーはこの映画の脚本を書いた人で、実際に建設作業員をしていた。映画の完成を見る前に、48歳で亡くなったそうだ。
http://www.imdb.com/name/nm0422161/



トリビア。下記のシーンの豪勢な劇場は、ハックニー・エンパイアだ。サッチャー政権下で破壊されかねないという事態になっていたヴィクトリア朝の建物(ミュージック・ホール)で、Grade II*に指定されている(Grade IIの上)。



この壮麗な劇場の写真は下記にいろいろある。
http://www.arthurlloyd.co.uk/HackneyEmpireTheatre.htm

映画の中でスーザンが歌っていたストーク・ニューイントンからは、バスで10分くらい南下したところだ。(映画に出てくる73番のバスは通らないようだが、別の路線のバスがある。)

それから、スティーヴンの部屋に貼られている2枚のポスターは、シンプル・マインズのもの。ストーク・ニューイントンのパブのステージの後ろにも、シンプル・マインズのポスターが貼られていたが、あのころ売れていたメインストリームのバンドのひとつで、映画の中のスティーヴと同じく、グラスゴーの出身である。



寝室にあるこのポスターは下記の曲のもの。
https://en.wikipedia.org/wiki/Belfast_Child



こんなディテール、初見では気づかなかった(ストーリーに集中するからだろう)。



ケン・ローチの映画は、楽天SHOWTIMEでは6本が配信。Amazonでも配信されているが、楽天のほうがずっと安い。

ファザーランド (Fatherland, 1986) @楽天SHOWTIME
→ドイツが東西に分断されていたころの映画で、「ベルリンの壁」や「チェックポイント・チャーリー」が出てくる。物語はけっこう複雑だけど、『大地と自由』(配信なし)にもつながってる。


リフ・ラフ (Riff-Raff, 1991) @楽天SHOWTIME
→本稿で見ている映画。ちなみにDVD/ビデオのパッケージの写真は日本公開時のチラシの写真でもあるが、映画本編にはないシーンのような……。この映画については本稿でビデオも入れたので、下記は関連ビデオ。

ケン・ローチ流「パノラマ・オヴ・ソーシャル・ライフ」の原点は、ホガースだったのか……。

レイニング・ストーンズ (Raining Stones, 1993) @楽天SHOWTIME
→これは未見なのです。見たら書くかも。



※これら、角川が配給しているケン・ローチの映画は、YouTubeでも日本語字幕つきの配信があるんですね(アクセスは日本国内からのみ)。

レディバード・レディバード (Ladybird, Ladybird, 1994) @楽天SHOWTIME
→これも未見。


天使の分け前 (Angel's Share, 2012) @楽天SHOWTIME
→これは新しいので見てる人が多いのでは。大爆笑コメディ。


ジミー、野を駆ける伝説 (Jimmy's Hall, 2014) @楽天SHOWTIME
→「これを以て引退」とケン・ローチが宣言していた作品。すばらしかったですね。封切時のエントリをご参照のほど。

※この記事は

2015年11月03日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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