「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

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2015年10月19日

"Go west" と "go south"...「西」か「南」か、英語の慣用句は楽しい。

「英語」と一口に言っても世界的にはいろいろな「英語」があり、文法はほとんど違いがないとはいえ単語や熟語、言い回しが異なっていることが多いというのは、語られつくした話である。特にその「異なり」が大きいのがBritish EnglishとAmerican Englishであるというのも、例の「誰が言ったのかは実はよくわからないが、アイルランドの皮肉屋が言いそうなことだ」的な理由でオスカー・ワイルドが最初に言ったことにされてたっぽい、ウィンストン・チャーチルの演説の一節にも登場した「アフォリズム」っぽい一文を参照するまでもなく、語りつくされている。

例えば英国人やオーストラリア人が "She's gone ​outside for a ​quick fag." というと、アメリカ人は目を白黒させるだろう。アイルランドに至っては、 "Can I bum a fag?" などと言うので、アメリカ人は逃げ出すだろう、というのはよくあるベタなジョークだ。

アイルランドは、観察している限り、基本的にBritishだが、ところどころがBritishとは異なる。例えば「サッカー」のことはsoccerと表現することが多いようだが、それはおそらく単にfootballと言ったのではゲーリック・フットボール (GAA) と区別がつかないためだろう。「サッカー協会」はThe Football Association of Ireland (FAI) だ(ちなみに、「英国の一部」である北アイルランドのサッカー協会はThe Irish Football Association (IFA) である)。ゲーリック・フットボールというのは下記の映像の競技で、「サッカー」よりは「ラグビー」に似ている(実際、下記の映像が日本語圏で「ラグビー」と紹介されているのを見たことがある)。



次に示すのはRTEのスポーツ欄の一部だが、右側のカラムに「GAA」に関するニュースでヘッドラインでfootballが用いられている例(一番上)と、「サッカー」に関するニュースで「Soccer」というカテゴリ名が用いられている例(一番下)が確認できる。



……というのが前置きの前置き。

さて、18日の日曜日、ラグビーのワールドカップの準々決勝が行なわれた。一次リーグをプールDのトップで勝ち抜けたアイルランドは、アルゼンチンとの試合だ。

周知の通り、また先日も少し触れた通り、南北に分断されているアイルランドは、ラグビー代表では南(アイルランド共和国)も北(北アイルランド: 英国の一部)もなく、全島でひとつの「アイルランド代表」を組織している。

シンボルとなる旗は「アイルランド」の記号としておなじみの三色旗ではなく、アルスター、レンスター、マンスター、コノートの4つの地域の紋章とシャムロックを配した図案だし、キックオフ前のアンセムも、政治性をおびまくっている「国歌」ではなく独自の「Ireland's Call」が用いられるようになって20年になる。



実際には微妙な問題もないわけではないにせよ、ラグビー代表戦となると、私が日々見ている「北アイルランドのリスト」で、サッカーやGAAの話題では発言しないようにしていると思しき人も含め、政治的な立場にかかわらずいちどきに盛り上がっている。

で、18日の日曜日もそういう光景が見られたのだが、試合は、アイルランドにとっては残念な結果に終わってしまった。試合経過はこちら。出だしでつまずいたアイルランドは、前半を10対20のダブルスコアでの劣勢で折り返すと、後半に一気に追い上げ、一時は20対23と僅差にまで詰め寄ったが、あとはずるずるとアルゼンチンに引き離されて最終的には20対43で敗れた。

これを報じるアイリッシュ・タイムズの記事に、おもしろい言い回しが使われているのを見た、というのが、本稿の主題である。(やっとたどりついた。)



見出しは、「アイルランド、ワールドカップの栄光への希望が潰えた」という意味。

ここで用いられている "go south" は、To become unfavorable; to decrease; to take a turn for the worse. という意味の熟語だが、British Englishではsouthではなくwestを用いるのが主だ。

といっても、最近ではニュース記事に関しては英国でも「米語」を使うことが非常に多くなっているので(「米語」の世界標準化が一段と進んできた)、アイリッシュ・タイムズがここで「米語」を使っていることに何らかの意味があるのかどうかはわからない。

"Go west" というと、Pet Shop Boysのカバーでも有名な、Village Peopleの曲(1979年)のタイトルだ。PSBのバージョンはロンドン五輪でも何かの折に流されたくらいに「一般的なヒット曲」というか「みんなが知っている、元気の出る、アップリフティングな曲」として世界中に知られているといってもよいと思うが、元々のVillage Peopleの曲は19世紀の西部開拓時代のアメリカでの新聞の論説にちなんだタイトルで、「西部のサンフランシスコをゲイ解放のユートピアとみなして憧れた1970年代のゲイの間での気分が表現されているとも一般には理解されている」という。歌詞も「一緒に西へ行こう、新しい生活を始めよう、そこは冬も陽光が降り注ぐ楽園だ」みたいな感じである。



だからこの曲のタイトルの "Go West" には本当に「西へ行く」の意味しかないのだと思うが、「英語 British English」のイディオムとしては、"go west" には「ダメになる」の意味がある。ケンブリッジ辞書を見てみよう。

"go west" in British English

If something goes west, it is ​lost, ​damaged, or ​spoiled in some way

http://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/go-west


ケンブリッジ辞書では、例文として「見たかった舞台のチケットが入手できなかったので、その舞台を見る希望が潰えた」というものを示している。

「ラグビーのトーナメント戦に負けて、先に行く希望が消えた(go southした)」という例とよく似ている。

この、"go west/south" について、ちょっとおもしろいので検索してみると、マイケル・クイニオンさんのWorld Wide Wordsのページが出てきた。私がインターネットを使い出したころに、ニューズレター(日本流にいえば「メルマガ」)に登録して、むさぼるように読んでいた語源系のサイトだ。どんなに図書館に通っても簡単には調べられないようなことがぽんぽん向こうから飛び込んでくることに素直に感動・感激したし、素朴すぎるので辞書では確認できないような疑問を投稿して、メールで直接ご回答いただいたこともある(深謝)。インターネットといえば、こういう「知の共有」ができる場だったころは、世界が明るく見えていたものだ(ため息)。

Q: When I (in the UK) refer to something as having been destroyed or lost or otherwise rendered permanently unserviceable, I say it’s gone west. In similar circumstances Alistair Cooke (speaking from the USA) talks about things going south. Where do going west and going south spring from (my dictionary gives several possible alternatives for west, but does not recognise south); and are there differences (in meaning or usage) between these two phrases?

A: Both have the same meaning, but go south has largely supplanted the older go west in the USA and seems likely to do so everywhere else fairly soon. In Britain, it tends to be younger people that use go south, leaving us older ones sounding geographically challenged. ...

http://www.worldwidewords.org/qa/qa-sou1.htm


ページ末尾の著作権情報によると、この質問回答は2003年に書かれたもので、この時点で「世界的には "go south" が多く、"go west" は英国だけで、その英国でも若い人たちは "go south" を用いるようになっている」と説明されている。それから12年が経過しているので、さらにその傾向が進んでいるかもしれない。

だからといって「"go west" なんて言わない」などと反応するのもまたおかしなことだが。

クイニオンさんの記事には、詳しく語源解説がなされているので(結局は「不詳」でも、考えられることなどがたいへんに手際よく整理されている)、ぜひ全文をお読みいただきたいと思う。"Go west" は元々「日没」と関係していたと考えられるが、かつてロンドンでは処刑される死刑囚は刑務所から絞首台まで「西へ行く」ものだったこと、"go south" という表現が一般化したのは本当に最近で1990年代だということなどが解説されている。

こういうの、ほんと楽しいね (^^)

"Go west/south" の検索結果からはさらに、2011年の言語系質問回答フォーラムの結果も。米メリーランド在住とプロフィールにある人が「聞いたことがない」と述べていたりするのも興味深い。

偶然の一致とはいえ、日本を含む東アジアからは「西へ行く」といえば「西方浄土」で孫悟空な感じがするのも、ちょっとおもしろいことだ。そういえば日本語には「オシャカになる」という表現がある。

マイケル・クイニオンさんの本。1点目は「辞書」だけど「読むための辞書」。2点目は「語源に関する解説本」。「言語ってすげぇぇぇ」という人間としての当たり前の感動が、「日本語ってすげぇぇぇ」というナショナリスティックな語りに乗っ取られ、「日本語だけがすげぇぇぇ」という誤った方向に行っているのに接したときなどに、頭蓋骨内にへばりついた変な「念」みたいなのを洗い流すためにページを繰ると、ほどよい浄化作用が得られる本である。以下、AmazonのKindle版もあるのはあるので、リンク先でチェックしてみていただきたい。

0192801236OPB DICT OLOGIES AND ISMS (Oxford Paperback Reference)
Michael Quinion
Oxford University Press (Japan) Ltd. 2002-08-22

by G-Tools

0141012234Port Out Starboard Home: And Other Language Myths
Michael Quinion
Penguin UK 2005-11-01

by G-Tools

0198610629QUINION : GALLIMAUFRY-VANISH VOC
Michael Quinion
Oxford University Press (Japan) Ltd. 2006-09-14

by G-Tools

1846141842Why Is Q Always Followed By U?: Word-perfect Answers To The Most-asked Questions About Language
Michael Quinion
Particular Books 2009-08-25

by G-Tools


※電子書籍は楽天Koboでも→ 【はじめての方限定!一冊無料クーポンもれなくプレゼント】Why is Q Always Followed by U? ...

ああ、これも電子書籍がKoboにあるのか。ペンギン・ブックス。

※この記事は

2015年10月19日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼