「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

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2015年09月22日

「ネットでは誰もが、なりたい自分になれる」ということ。そう、「イスラム過激派の扇動者」にさえも。

9月11日、わけのわからないニュースがあった。米国の「9-11」事件で現場のレスキューに当たった消防士らによる追悼式典に、圧力鍋爆弾(ボストン・マラソン爆弾事件で用いられて有名になったが、圧力鍋をガワにする手製爆弾)を仕掛けるという計画をしている人物が、FBIのおとり捜査にひっかかったというのだが、その人物が、ネットでオーストラリア人のジハディ(イスラム過激派)になりすましていて、しかもジョシュア・ゴールドバーグという名前だというのだ。
http://www.bbc.com/news/world-us-canada-34226014

※ここまでしか読まずに「きー、モサド!」となる人がいるかもしれないが、それは的外れだということをあらかじめお断りしておく。

オーストラリアが、ネット上では、ジハディの最前線のひとつであるということは、ほぼ1年ほど前から広く知られるようになってきた事実である。「イスラム国」を自称する勢力(ネットスラングで「イスイス団」、本稿では「ISIS」と表記)に加わったオーストラリア人はかなりの人数にのぼるし、中にはイスラム教のバックグラウンドを持たない、孤独な高校生が、ネットで感化されてシリアに行き、自爆攻撃をやらされた/行なった例もある(「友達がほとんどいない」タイプのティーンエイジャーが感化された例は、オーストラリアに限らず他にも多くある)。オーストラリアの(つい先日、党内での「党首下ろし」で失脚した)アボット前首相が新たに導入した「対テロ」の法的枠組みでは、「(おそらく英国など国外からの煽動も受けて)過激化するオーストラリア人」という《問題》に取り組むために何をするか、ということが中心となっていた。オーストラリア人ジハディの裁判についての報道もちょくちょくある。

See also:
http://www.bbc.com/news/world-australia-34047734
http://www.theguardian.com/australia-news/2015/jul/25/adam-brookman-alleged-isis-nurse-arrested-after-returning-to-australia

なので、「オーストラリア人のジハディ」がいることは不思議ではない。不思議なのは、それがアメリカ人で、しかも「ジョシュア・ゴールドバーグ」という名前だということだった。

ジューイッシュ・アメリカンの人が、イスラエルの蛮行にうんざりして、イスラエルへの厳しい批判を行なうようになるということは、わりとよくある。しかし、「ジハディ」になるというのは聞いたことがない。なので私には意味がわからなかった

その件の続報が、21日にあった。これが、斜め上である。

Neo-Nazi, radical feminist and violent jihadist - all at once
http://www.bbc.com/news/blogs-trending-34292809


いわく、「あるときはネオナチ、あるときはラディカル・フェミニスト、はたまたあるときは暴力的ジハディスト」。この変幻自在の人物は、CIAやモサドの工作員……ではなく、精神的に問題を抱えた人物であるらしい。

9-11のメモリアルへの圧力鍋ボム攻撃計画を吹聴していた人物は、ネットでそういうキャラを演じていた(なりきっていた)ということで、それだけなら基本的にうざいだけで「実害」はなさそうなものだ。(実際、逮捕はされたものの起訴はされていないというが、それは「実害」の有無というより「精神的な問題」つまり精神疾患によることだろう。このBBC記事によると、これは鑑定を受けてから起訴・不起訴が決まるようなケースだ。)

しかし彼は「実害」を生じさせている。法的に証明可能かどうかはまた別の話だが、少なくとも、「被害者」はいる。ジューイッシュの画家だ。

ジョシュア・ゴールドバーグはフロリダ州に暮らすアメリカ人である。日がな一日ネットをやってたようで、3つの架空の人格を使い分けていた。

その人格のひとつが「ネオナチ」である。その人格のターゲットとされ「実害」をこうむったのが、モンタナ州に住む画家のベン・ガリソンさんだ。ガリソンさんは2008年の金融危機のころに、リバタリアンの視点での政治的風刺画を描くようになった。「大きな政府」を憂えるものだ。彼の作品には彼が激しく反対するような人たちが食いついてきた。つまり、右派過激派や白人優越主義者(要するに「アメウヨ」)だ。

ガリソンさんの写真や風刺画を使ったFacebookのページが作成されたが、そこには憎悪(差別)と反ユダヤ主義のコメント類が大量に寄せられたという。さらに、ガリソンさんのなりすましのアカウントが作られ、人種差別の暴言を吐きまくった。家族も標的とされた。ガリソンさんについてのネット上の嘘 (lies: 日本語ではたぶん「デマ」) は制御不能となっていた。彼の名前をGoogle検索すると、嘘や誤情報のページばかりが表示される。商業アーティストとしての仕事からは干されてしまった。

ガリソンさんはthe Online Hate Prevention Instituteの調査員に調査を依頼した。調査員は、彼に対する憎悪(差別)をネットで拡散している白人優越主義者たちのことを調べた。すると、ガリソンさんに対する暴言などをけしかけている扇動者の1人は、フロリダ州で親と同居したままの20歳の男性だということがわかった。彼の名前は、ジョシュア・ゴールドバーグ。ネオナチになりすまして煽っていたのだ。

ジョシュア・ゴールドバーグはまた、オーストラリアの女性ジャーナリスト、Elise Potakaさんと、彼女の情報源のひとりになりすましていた。Potakaさんは別のジャーナリストの支援を仰ぎ、「なりすまし屋」のゴールドバーグのオンライン人格と話をするようになった。

Potakaさんを支援したジャーナリスト(マクマホンさん)はそのことを「典型的なインターネット・トロール(ネット荒らし)が相手だということはすぐにわかりましたが、この荒らしは非常に洗練されていました」と語っている。「会話を始めたときは、極右のメンバーが相手なのだろうと思いました。しかし話が進むにつれ、これは思想的な正義の戦士の話では全然ないと思うようになりました」

ゴールドバーグがなりすましていた人格の3番目が「オーストラリアの目撃者 Australi Witness」。。。シリア情勢ウォッチャーはお茶ふき不可避ですわね(前に書いたことあるんで、これについてはここでは説明はしませんよ。知らない人は調べてね)。

「オーストラリアの目撃者」は「オーストラリア在住で、ISISを支持している者」という人格で、はた迷惑極まりないことに、「人権団体や、リベラルなムスリムの人権活動家のために働いてきたと主張していた」。

(そういうのに、メラニー・フィリップスとかパメラ・ゲラーとかリチャード・スペンサーとかが食いついて、さらに話を増幅させるんだよ。)

この「目撃者」の人格で、彼は暴力煽動を行なっていたという。

5月に、テキサス州ガーランドでパメラ・ゲラー主催の「ムハンマドの戯画コンテスト」に対し銃で攻撃しようとしたとして2人が射殺されたが、この2人がTwitterで「オーストラリアの目撃者」のツイートをRTしていたことがわかっている。

(この2人は、それより、本物のISISの扇動者にインスパイアされていたことがわかっているのだが……こないだRAFのドローンで殺された「ハッカー」ね)

(いいかげん、記事が長くて飽きてきたのだが、もう少しがんばるのでもう少しお付き合いいただきたい)

「オーストラリアの目撃者」のアカウントは、ガーランドの事件について「俺がそそのかした」と言い始めた。それがFBIの関心を呼び、ゴールドバーグは逮捕されることになった。

「オーストラリアの目撃者」など、ゴールドバーグの「ネット上だけの人格」は、あちこちに足跡を残している(その点、「本物の工作員」とは考えづらい)。8月下旬には、BBC Trending Blogに「オーストラリアの目撃者」を名乗るメールがあったという。そのメールに、「ガーランドでの攻撃をインスパイアしたのは自分だが、9月11日に米国中西部の大都市のひとつで、圧力鍋ボムを爆発させるということをお知らせしたい」とあった。BBCは、そのメールには「ばかばかしい主張や信じがたい大言壮語」があったとしながら、「いずれにせよ、警察には知らせた」そうだ。

数年前のTwitter Joke Trialでの「明らかに誰が見ても冗談」(「これ以上飛行機の欠航が続くなら、空港を爆破しちゃうぞ」という軽口)と通じるものもなくはないかもしれないが、」「オーストラリアの目撃者」のアカウントは、実際にジハディの人がRTしてしまうほどのクオリティだったということは軽視できないだろう。

BBCに寄せたメールと同様のこと(圧力鍋ボム計画)を、ゴールドバーグは、イスラミストのミリタントになりすましたFBIのインフォーマントに対しても主張していた。そちらでは、ボム製造法について語っちゃってて、だからFBIがある程度深刻に受け取ったようだ。

しかし、そのあとがもうめちゃくちゃ。

When he was arrested, the affidavit says, Goldberg admitted being behind the fake identity, but claimed he was hoping the Islamist militant he thought he was talking to would blow himself up in the process of building the bomb. Failing that, Goldberg told authorities, he would call police at the last minute, stop the attack, and be hailed as a hero.
http://www.bbc.com/news/blogs-trending-34292809


ゴールドバーグの弁護士は、「本人は精神の健康の問題でケアを受けているところだったので、逮捕されたことで家族はショックを受けている」と述べている。

フロリダの地域報道では、近所の人たちもゴールドバーグを外で見かけたことはほとんどないと述べていると伝えている。両親の家に息子が同居していることすら知らなかったという人もいるという。

(アダム・ランザを思い起こさずにはいられない。ジョシュア・ゴールドバーグがガンマニアでなかったのが幸いか)

オーストラリアのフェミニストの支援者として、数ヶ月に渡ってゴールドバーグとオンラインで会話を重ねてきたジャーナリストは、「彼は社会的には大変に孤立していた」ということを報告している。

"He was a very socially isolated individual," says Luke McMahon, the journalist who chatted with him for months online. "He was someone who found refuge on the Internet and established connections with a community that he wasn't able to develop in the real world. Unfortunately that community that he became involved with is a very negative and destructive community."

彼ら「なりすまし」の被害者は、本人とネットで話をした結果、「ゴールドバーグに思想らしい思想があるとすれば、それは言論の自由という理念の極端な解釈に基づくものだ」と結論しているという。

しかし、3つのオンライン人格の発言が相互に矛盾するなどしており、ゴールドバーグが自分の書いてることを本当に信じていたのかどうかも疑わしい。

ゴールドバーグは、テロ関連の違法行為の疑いで逮捕されたが、まだ起訴はされていない。精神的に裁判に耐えられるかどうかの鑑定を受けている最中だ。

なりすまされた被害者の支援者(ジャーナリストのマクマホンさん)は、本人と話をした結果、同情を禁じえないと語っている。「フロリダなんていう天候に恵まれた環境にいるんだから、部屋でネットばかりしてないで外に出てみれば、というと、欝がひどくて外に出られないと言うのです。そういう状態にある人を前にしたときに、同情せずにいることは難しい」

しかし、ゴールドバーグのおかげでネットでむちゃくちゃ書かれて仕事の口も失った画家のガリソンさんのように、同情なんてとんでもないという人もいる。「『精神疾患を抱えている人なのだから、気の毒に思わずにはいられない』と人は言うでしょうが、実際私はあんな目にあったんです、とんでもない。この人物から、5年間にわたってひどいことをされてきたんです。仕返しをしてやりたい。奴が逮捕されてよかったと思います」

……という記事。
http://www.bbc.com/news/blogs-trending-34292809

これで「オーストラリア人ジハディがカンサス・シティの9-11メモリアルに攻撃予告」とかいうわけのわからない話は、一件落着か……全然「落着」しないけど。



ネットでは誰もが、なりたい自分になれる。日本語圏でも、15年も前から名うての「荒らし」だった人物が、ふと気づけば「政府に対する抜きがたい不信感を抱いた人々が聞きたいことを言ってくれる存在」になってたことがあった。芳しからぬ人物が、ネットでは「信頼される情報源」となっているようなことも、世界のどこにでもあるだろう。

そもそも「オーストラリアの目撃者」が名前を拝借した「ほにゃららの目撃者」からして、「オンラインだけの人格」だったわけで。




※この記事は

2015年09月22日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 05:15 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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