「首相」は党首なのでこの段階で特に注目されることはないが、主要な3ポストである財務(チャンセラー)、内務、外務は、政権交代が実現したらそのまま財務大臣、内務大臣、外務大臣になるのは誰かということを表すわけで、「シャドウ・キャビネット」の中でも特に注目される。そしてジェレミー・コービンは、財務に「労働党左派」の盟友ジョン・マクドネルを据え、内務には党首選を戦ったアンディ・バーナム、外務にはブレア政権時代から要職をつとめたブレアライトのヒラリー・ベン(偶然だが、トニー・ベンの息子である。ただし政治的には父親とはウマが合わない系)を配した。ほか、現時点で決まっている面々はこちらで紹介されている。
マクドネルは(コービンと同じく)本気で「社会主義」を実現させようとしている人で、1980年代はGLC(当時のロンドンの行政機関)で(全盛期の)ケン・リヴィングストンの下、財務を担当していたことがある。1985年にリヴィングストンと意見が対立して解任され、その後はどうも2人の間には不信が続いたようだ。86年にマーガレット・サッチャーがGLCをつぶすとカムデン行政区で仕事をするようになり、1992年に総選挙に立ったが53票の僅差で敗れた(このときの保守党候補に対するネガティヴ・キャンペーンが相当アレだったようで、訴訟になっている)。1997年に下院に当選し、ブレアの政策への「造反組」の常連として知られる。選挙区は自身の地元で、ロンドンの西の端だ。1951年生まれの64歳。
https://en.wikipedia.org/wiki/John_McDonnell_%28politician%29
この人は、「IRA支持」で知られる。米国でもピーター・キング(共和党)のようなのがいるが、英国の労働党にもこういう人がいるわけだ。「北アイルランド紛争」が過去のものとなり、IRAは「いなくなった」とジェリー・アダムズが断言している(が、例によって誰も信じていない)今、蒸し返すのはどうかと思う人もいるかもしれないが、もろにリアルタイムの問題だし、無視できることではないだろう。
This from John McDonnell - the new Labour Shadow Chancellor. Jesus H Christ. pic.twitter.com/9cu05COzHL
— Clíona McCarney (@clionamccarney) September 13, 2015
この単純明快なプロパガンダ! これが、IRAが常に政治的な標的や軍事標的だけをボムっていたというのならわかる。しかし、実際にはまったくそうではない。しかもマクドネルはハロッズ爆弾テロのような事件をロンドナーとして見ているはずだ。それにもかかわらずこれというのは、「どうしたんだろう?」と思わざるを得ないことだ(←ユーフェミズム)。
なお、こういう「IRAのプロパガンダ」は、日本語圏でも信じてる人は多い。私も、最初は特に何も考えてなかったし、詳しいことを知っていたわけでもないけれど、なんとなく「IRAは悪者じゃない」というところから始まった(パンクとかニューウェーヴとかの音楽を接点として英国について詳しくなった人には、そういう人はとても多いと思う)。
最もsickでtwistedなのは、「現在の平和はIRAが暴れたおかげ」という論法である。いや、わからないわけではない。Provisional IRAが「自衛」のために活動していなかったら、1969年のロイヤリストによる住宅街焼き討ちによる「カトリックの追い出し」のあとに作られたカトリックの住宅街(「ゲットー」)はひどいことになっていたかもしれない。PIRAとシン・フェインが「アーマライトとバロット・ボックス」の方針で、自分たちを「北アイルランドの政治を独占するユニオニストに無視される声のない二級市民」から「英国政府の交渉相手」に引き上げたという《歴史観・歴史解釈》も、シン・フェインのものとしてはスタンダードだ。だが、それを、英労働党の国会議員が?
この背景に何があるのかを私は知らないが、北アイルランドをめちゃくちゃにした英国の政権が労働党政権だったこと(紛争勃発時から1974年までがハロルド・ウィルソン、その後保守党のヒースをはさんで、1974年からまたウィルソン、1976年から79年がジェイムズ・キャラハン。そのあとがマーガレット・サッチャー)と関係があるかもしれない。つまり、「自分たちの党があんなにひどいことをしている」というのがどうしても我慢ならないという。。。根拠もなく変な推測はあまり書くべきではないし、書くとしたら根拠を得てからにすべきだから、この話はここで終えるが。
というわけで、「IRAシンパ」のマクドネルがシャドウ・キャビネットの財務大臣になったというニュースは、北アイルランドで大騒ぎになった。
New Shadow Chancellor John McDonnell once said the IRA should be "honoured " for their "bravery" and gave credit for peace to the IRA.
— Stephen Nolan (@StephenNolan) September 13, 2015
perhaps worth remembering that John McDonnell has been re-elected three times since his famously controversial comments on the IRA
— Krishnan Guru-Murthy (@krishgm) September 13, 2015
そのマクドネルを「盟友」とし、自身1984年(ブライトン爆弾事件の直後)にジェリー・アダムズをロンドンに招いているジェレミー・コービンが労働党党首となったことは、それだけで、今非常にめんどくさくややこしい状態(「IRAアレルギー」の症状が強く出ている状態)にある北アイルランドに、変な波を送っている。
そんな中、シャドウ・キャビネットの人事で最初に伝えられたのが、「北アイルランド担当大臣の解任」の報だった。
http://t.co/tnRg60VDCf Shadow NI secretary Ivan Lewis tweeted his role had been "offered to someone else" ... he was willing to remain
— nofrills (@nofrills) September 13, 2015
Ivan Lewis Kendall supporter offered to remain as shadow Northern Ireland Secretary due to province crisis. Corbyn has rejected offer.
— Patrick Wintour (@patrickwintour) September 13, 2015
珍しく、アルダーダイス卿が「反射」的に書き込んでいる。
@BrianPJRowan All 'PIRA murder' suspects released unconditionally; @IvanLewis_MP sacked by Corbyn - What's up next? - http://t.co/YRCuaSIU0A
— John, Lord Alderdice (@AlderdiceLord) September 13, 2015
最初は "sacked" と報じられていたのだが、実際には「条件が合わなかったので、留任の話が流れた」と言うべきことだったようだ。これは、Twitterでの「140字に詰め込んで《報道》の出来上がり」という今の風潮がもたらした「誤報」すれすれの不正確な報道だった。
「条件が合わなかった」というのは、現職のイヴァン(アイヴァン)・ルイスは、この年末までは留任して続けてもよいと申し出たが、コービンは「年末までなどという短期間ではなく、より長期的に取り組める人をこのポストにつけたい」と考えていた、ということのようだ。
I understand @IvanLewis_MP offered to stay on until current NI crisis was over (poss til Xmas) but JCorbyn felt needed longer-term appntmnt
— Paul Waugh (@paulwaugh) September 13, 2015
And JCorbyn didn't take up @IvanLewis_MP offer, instead felt the Shad NI job was so important it needed longer-term appointment
— Paul Waugh (@paulwaugh) September 13, 2015
Twitterなどがなかったころなら、最初から「留任せず」と伝えられていただろうが、Twitterで状況がはっきりわかってないのにとりあえず「解任」という第一報を流すようになった今のニュースのあり方は、果たして「よいもの」なのだろうか。
本人の言葉は下記だが、これも社会的に礼を失するようなことはないにせよ、曖昧で含みがあって、おそらくコービンの評判を高めたくないんじゃないかという文面のように私には見える。
Earlier today I offered to remain as Shadow Sec of State for NI for the time being in the light of the current political crisis.(1)
— Ivan Lewis (@IvanLewis_MP) September 13, 2015
I thought it was the right thing to do. Jeremy has decided to offer the role to someone else. I wish my successor well at this crucial time.
— Ivan Lewis (@IvanLewis_MP) September 13, 2015
で、それだけなら「マスコミが早とちりして、裏も取らずに騒いだのかー」で済む話だが、これはそうはならなかった。
イヴァン(アイヴァン)・ルイスという人は、私は今まで気づかなかったが、ジューイッシュなのだそうだ。
https://en.wikipedia.org/wiki/Ivan_Lewis
で、コービン支持者の中にいるおかしな連中が、「シャドウ・キャビネットのポストを失ったのがユダヤ人だ」ということで騒ぎ出した。ルイス議員のTwitterのアカウントに宛てて、目を背けたくなるような発言がなされた。
The horrendous anti-Semitic abuse being received by @IvanLewis_MP has absolutely no place in 2015. pic.twitter.com/Cc2BpHFeta
— Dylan H Morris. (@dylanhm) September 13, 2015
ここでひどいことを書いているアカウントは、これ以上にひどいこと(もろに「反ユダヤ主義」の言説。単に嫌がらせとしてしか機能しないような)を別のツイートで立て続けに書いている。なお、このアカウントは「煽り」屋を自認しているようで、相手にしちゃダメなアカウントだ。
The anti-semitic abuse @IvanLewis_MP is getting on here tonight is disgusting. It has no place in the Labour Party.
— Anna Yearley (@AnnaYearley) September 13, 2015
In sacking Ivan Lewis, Corbyn will, in one move, have aroused concerns among two separate groups - unionists, and the Jewish community
— Michael Crick (@MichaelLCrick) September 13, 2015
Just seen some vile anti-Semitic tweets aimed at Ivan Lewis. No place for that in politics, society or anywhere else
— Mark Ferguson (@Markfergusonuk) September 13, 2015
コービンの支持者たちの中に、こういうのがいるということは、はっきりしていた。「左翼の間の反ユダヤ主義」は、あまり真剣には取られていないが(極右の間での反共産主義と反ユダヤ主義ほどにはシリアスに受け止められていない)、確実に存在はしている。2000年代以降はこういう人々は「911は自作自演だ」といった「陰謀論」などを奉じる掲示板やメーリングリストをハブとしてネットワーク化している。ネットでの「声」の大きさは、相当なものがある。今回、コービンが党首選に勝ったのは「ネット(だけ)で声が大きい人々」を超えたリアルな支持の拡大(支持層の流入)によるものだが、「ネット民」は「俺たち大勝利」の気分に酔って、四方八方暴言を撃ちまくっているのだろう――上で見たルイス議員に対する暴言をしているアカウントは、まさにそんな感じだ(暴言以外のツイートも、下品で正視に堪えるものではない)。
こういうのを切り離さない限りは、この問題はいつまでも続くと思うが、簡単に「切り離せる」ものでもない。別の言い方をすれば「根深い」。そのことは、例えばウィキリークスを追ってきた人はよく知ってるだろうし(数日前もWLはすごいURLを拡散してたね、ガーディアンの嘘を暴く、みたいなサイト。あれ、背後は何だろうね)、シリアについて「アメリカはシリアに戦争を仕掛けるな」という運動でもいろいろと見られた。
すでに党首選の段階で、コービンの「パレスチナ支援」の活動の中で、名うての「反ユダヤ主義者」との接点があったことが槍玉にあげられていた。数多くある「パレスチナ支援」のイベントのひとつの主催者のひとりがその人物だった、といったことだった。コービン側はその人物が反ユダヤ主義者だとは知らなかったと述べているが、誰かを捕まえて「反ユダヤ主義者である」と糾弾する人々はそれではおさまらないだろうと私は思ったが、実際、いきなり来ていた。
党首選の結果が出て24時間もかからなかった。
1/2 Minister for JewsなんてのがTrendsに入ってるから見てみたらこの有様で(プロパガンダ、ガセネタ、陽動注意)
https://t.co/atCCsIKnH2 pic.twitter.com/YrZjs4C9Id
— nofrills (@nofrills) September 13, 2015
2/2 「タイムズ・オヴ・イスラエル」(要注意媒体)の記事がばーんと出てるんだけど、最初までさかのぼったらThe Sun運営の煽動メディア(バイラルメディアの形式)だ。しかも最初はThe Sunの名前が出ないURLでフィードしてる。 pic.twitter.com/WshnTC5nM5
— nofrills (@nofrills) September 13, 2015
呼吸するのを忘れるほどのすごい「デマ」だね、これ。The SunというかSunNationのURLを出さずに、見出しだけフィードすることで簡単に「ソース・ロンダリング」できるし、見出ししか見ない人はURLクリックする人よりずっと多い pic.twitter.com/yRf1CfN5Bx
— nofrills (@nofrills) September 13, 2015
Minister for Jews?!
[5 seconds of searching]
ah, the first rightwing beat-up of the season
— spring enjoyer (@marrowing) September 13, 2015
Is she actually being serious in quoting an apparently baseless SunNation story re: Minister for Jews? *head-desk* pic.twitter.com/bnHbOiSxFn
— nofrills (@nofrills) September 13, 2015
ちなみに、イヴァン・ルイスが退任したあと、シャドウ・キャビネットの北アイルランド担当になったのは、ヴァーノン・コーカーである。シャドウで北アイルランド担当をしていたこともあるし、こないだまで防衛のポストにいた人で閣僚経験者だ。
https://en.wikipedia.org/wiki/Vernon_Coaker
※この記事は
2015年09月15日
にアップロードしました。
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