「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

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2015年09月15日

IRA支持に反ユダヤ主義……ジェレミー・コービンが労働党トップになって24時間経つか経たないかのうちに、実に騒がしい。

さて、ジェレミー・コービンが労働党党首になって、労働党は「オフィシャル・オポジション Official Opposition」なので、「影の内閣/シャドウ・キャビネット Shadow Cabinet」を組閣する。

「首相」は党首なのでこの段階で特に注目されることはないが、主要な3ポストである財務(チャンセラー)、内務、外務は、政権交代が実現したらそのまま財務大臣、内務大臣、外務大臣になるのは誰かということを表すわけで、「シャドウ・キャビネット」の中でも特に注目される。そしてジェレミー・コービンは、財務に「労働党左派」の盟友ジョン・マクドネルを据え、内務には党首選を戦ったアンディ・バーナム、外務にはブレア政権時代から要職をつとめたブレアライトのヒラリー・ベン(偶然だが、トニー・ベンの息子である。ただし政治的には父親とはウマが合わない系)を配した。ほか、現時点で決まっている面々はこちらで紹介されている

マクドネルは(コービンと同じく)本気で「社会主義」を実現させようとしている人で、1980年代はGLC(当時のロンドンの行政機関)で(全盛期の)ケン・リヴィングストンの下、財務を担当していたことがある。1985年にリヴィングストンと意見が対立して解任され、その後はどうも2人の間には不信が続いたようだ。86年にマーガレット・サッチャーがGLCをつぶすとカムデン行政区で仕事をするようになり、1992年に総選挙に立ったが53票の僅差で敗れた(このときの保守党候補に対するネガティヴ・キャンペーンが相当アレだったようで、訴訟になっている)。1997年に下院に当選し、ブレアの政策への「造反組」の常連として知られる。選挙区は自身の地元で、ロンドンの西の端だ。1951年生まれの64歳。
https://en.wikipedia.org/wiki/John_McDonnell_%28politician%29

この人は、「IRA支持」で知られる。米国でもピーター・キング(共和党)のようなのがいるが、英国の労働党にもこういう人がいるわけだ。「北アイルランド紛争」が過去のものとなり、IRAは「いなくなった」とジェリー・アダムズが断言している(が、例によって誰も信じていない)今、蒸し返すのはどうかと思う人もいるかもしれないが、もろにリアルタイムの問題だし、無視できることではないだろう。





この単純明快なプロパガンダ! これが、IRAが常に政治的な標的や軍事標的だけをボムっていたというのならわかる。しかし、実際にはまったくそうではない。しかもマクドネルはハロッズ爆弾テロのような事件をロンドナーとして見ているはずだ。それにもかかわらずこれというのは、「どうしたんだろう?」と思わざるを得ないことだ(←ユーフェミズム)。

なお、こういう「IRAのプロパガンダ」は、日本語圏でも信じてる人は多い。私も、最初は特に何も考えてなかったし、詳しいことを知っていたわけでもないけれど、なんとなく「IRAは悪者じゃない」というところから始まった(パンクとかニューウェーヴとかの音楽を接点として英国について詳しくなった人には、そういう人はとても多いと思う)。

最もsickでtwistedなのは、「現在の平和はIRAが暴れたおかげ」という論法である。いや、わからないわけではない。Provisional IRAが「自衛」のために活動していなかったら、1969年のロイヤリストによる住宅街焼き討ちによる「カトリックの追い出し」のあとに作られたカトリックの住宅街(「ゲットー」)はひどいことになっていたかもしれない。PIRAとシン・フェインが「アーマライトとバロット・ボックス」の方針で、自分たちを「北アイルランドの政治を独占するユニオニストに無視される声のない二級市民」から「英国政府の交渉相手」に引き上げたという《歴史観・歴史解釈》も、シン・フェインのものとしてはスタンダードだ。だが、それを、英労働党の国会議員が?

この背景に何があるのかを私は知らないが、北アイルランドをめちゃくちゃにした英国の政権が労働党政権だったこと(紛争勃発時から1974年までがハロルド・ウィルソン、その後保守党のヒースをはさんで、1974年からまたウィルソン、1976年から79年がジェイムズ・キャラハン。そのあとがマーガレット・サッチャー)と関係があるかもしれない。つまり、「自分たちの党があんなにひどいことをしている」というのがどうしても我慢ならないという。。。根拠もなく変な推測はあまり書くべきではないし、書くとしたら根拠を得てからにすべきだから、この話はここで終えるが。

というわけで、「IRAシンパ」のマクドネルがシャドウ・キャビネットの財務大臣になったというニュースは、北アイルランドで大騒ぎになった。






そのマクドネルを「盟友」とし、自身1984年(ブライトン爆弾事件の直後)にジェリー・アダムズをロンドンに招いているジェレミー・コービンが労働党党首となったことは、それだけで、今非常にめんどくさくややこしい状態(「IRAアレルギー」の症状が強く出ている状態)にある北アイルランドに、変な波を送っている。

そんな中、シャドウ・キャビネットの人事で最初に伝えられたのが、「北アイルランド担当大臣の解任」の報だった。






珍しく、アルダーダイス卿が「反射」的に書き込んでいる。




最初は "sacked" と報じられていたのだが、実際には「条件が合わなかったので、留任の話が流れた」と言うべきことだったようだ。これは、Twitterでの「140字に詰め込んで《報道》の出来上がり」という今の風潮がもたらした「誤報」すれすれの不正確な報道だった。

「条件が合わなかった」というのは、現職のイヴァン(アイヴァン)・ルイスは、この年末までは留任して続けてもよいと申し出たが、コービンは「年末までなどという短期間ではなく、より長期的に取り組める人をこのポストにつけたい」と考えていた、ということのようだ。






Twitterなどがなかったころなら、最初から「留任せず」と伝えられていただろうが、Twitterで状況がはっきりわかってないのにとりあえず「解任」という第一報を流すようになった今のニュースのあり方は、果たして「よいもの」なのだろうか。

本人の言葉は下記だが、これも社会的に礼を失するようなことはないにせよ、曖昧で含みがあって、おそらくコービンの評判を高めたくないんじゃないかという文面のように私には見える。






で、それだけなら「マスコミが早とちりして、裏も取らずに騒いだのかー」で済む話だが、これはそうはならなかった。

イヴァン(アイヴァン)・ルイスという人は、私は今まで気づかなかったが、ジューイッシュなのだそうだ。
https://en.wikipedia.org/wiki/Ivan_Lewis

で、コービン支持者の中にいるおかしな連中が、「シャドウ・キャビネットのポストを失ったのがユダヤ人だ」ということで騒ぎ出した。ルイス議員のTwitterのアカウントに宛てて、目を背けたくなるような発言がなされた。




ここでひどいことを書いているアカウントは、これ以上にひどいこと(もろに「反ユダヤ主義」の言説。単に嫌がらせとしてしか機能しないような)を別のツイートで立て続けに書いている。なお、このアカウントは「煽り」屋を自認しているようで、相手にしちゃダメなアカウントだ。








コービンの支持者たちの中に、こういうのがいるということは、はっきりしていた。「左翼の間の反ユダヤ主義」は、あまり真剣には取られていないが(極右の間での反共産主義と反ユダヤ主義ほどにはシリアスに受け止められていない)、確実に存在はしている。2000年代以降はこういう人々は「911は自作自演だ」といった「陰謀論」などを奉じる掲示板やメーリングリストをハブとしてネットワーク化している。ネットでの「声」の大きさは、相当なものがある。今回、コービンが党首選に勝ったのは「ネット(だけ)で声が大きい人々」を超えたリアルな支持の拡大(支持層の流入)によるものだが、「ネット民」は「俺たち大勝利」の気分に酔って、四方八方暴言を撃ちまくっているのだろう――上で見たルイス議員に対する暴言をしているアカウントは、まさにそんな感じだ(暴言以外のツイートも、下品で正視に堪えるものではない)。

こういうのを切り離さない限りは、この問題はいつまでも続くと思うが、簡単に「切り離せる」ものでもない。別の言い方をすれば「根深い」。そのことは、例えばウィキリークスを追ってきた人はよく知ってるだろうし(数日前もWLはすごいURLを拡散してたね、ガーディアンの嘘を暴く、みたいなサイト。あれ、背後は何だろうね)、シリアについて「アメリカはシリアに戦争を仕掛けるな」という運動でもいろいろと見られた。

すでに党首選の段階で、コービンの「パレスチナ支援」の活動の中で、名うての「反ユダヤ主義者」との接点があったことが槍玉にあげられていた。数多くある「パレスチナ支援」のイベントのひとつの主催者のひとりがその人物だった、といったことだった。コービン側はその人物が反ユダヤ主義者だとは知らなかったと述べているが、誰かを捕まえて「反ユダヤ主義者である」と糾弾する人々はそれではおさまらないだろうと私は思ったが、実際、いきなり来ていた。

党首選の結果が出て24時間もかからなかった。


















ちなみに、イヴァン・ルイスが退任したあと、シャドウ・キャビネットの北アイルランド担当になったのは、ヴァーノン・コーカーである。シャドウで北アイルランド担当をしていたこともあるし、こないだまで防衛のポストにいた人で閣僚経験者だ。
https://en.wikipedia.org/wiki/Vernon_Coaker


※この記事は

2015年09月15日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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