2010年08月21日 その「博士」は「芸名」かもしれないと常に疑ってかかること。
http://nofrills.seesaa.net/article/160170824.html
このエントリでは、調べ物の仕方についてという書き方をしているが、要はその「パトリック・フラナガン博士」の「博士」の実態が確認できなかったという話である。
その「パトリック・フラナガン博士」に、最近、また遭遇した。

このキャプチャ画像は、「今、最も注目されている美容法」的な広告経由で見たサイトのもので、宣伝文句に興味があって見たというより、宣伝文句が「あやしい」と思って見てみた。宣伝されているのは、「活性水素」云々にたぶん関連している分野の話で、「水素サプリ」とかいう、ちょっと私には意味不明のサプリメントである。広告では「つるつるお肌」とか「美白」とか「年を取らない」とかいったストーリー(「私は小じわが出てきているのに、エミは大学時代と変わらないわね」みたいな話)で、そのサプリがいかに「飲むだけであなたの日常生活をすばらしく良い方向に変えるもの」であるかをアピールしようとしている。私にはさっぱり意味がわからなかったが、この「サプリ」が売れ筋ではあるらしい。
たぶん多くの「理系」の人は「そんな宣伝が通用するはずがない」と言うだろうが、《人間の身体はほとんどが水でできており、「水素」は「水の素(もと)」なので身体によい》というような謎な話がまかり通っていてもおかしくないのが日本語圏での健康食品・サプリ宣伝の世界だ。まこと、「漢字」はミスリーディングなものとなりうる。
たとえば「酵素」。ここ何年か、ものすごい勢いで宣伝され、広まっている「酵素サプリ」、「酵素ダイエット」の類だが、これも、基本的には「生物の授業で習った『酵素』とは別の『酵素』がある」という話のようだ、よく知らないけど。(ただし「生物の授業で習った『酵素』」を前提していないトークが多く、それらはいきなり「酵素とは『発酵の素』です」と話し始める感じなので、「生物の授業で習う『酵素』」を前提としている人にはちんぷんかんぷんであるか、「あれ、『酵母』と言い間違えたのかな」などと解釈するか、そんなところだろう。)
「酵素サプリ」関連で最もよく名前を見かけるメーカー(テレビ番組やスポーツチームのスポンサーとしても知られているようだ)のサイトに、「誕生秘話」のページがあるので見てみるとわかりやすいと思う。このメーカーは「因島で300年以上つづいた日本酒の造り酒屋」の跡取り息子が新事業として始めたのがルーツであるという説明を、「伝統」や「受け継がれた技術」、「若者の志」といった《物語性》を絡めてたっぷり語っている。日本の宗教保守の思想などとも共鳴しそうな感じだが、「で、その『酵素』ってのは、アミラーゼとかのことですよね」と思って読むと、ちんぷんかんぷんだろう。私は「酵素」といえば「アミラーゼ」や「酵素パワーのトップ」(洗濯洗剤)しか知らないが、この《物語》はちんぷんかんぷんだった。酵素は蛋白質なのだが、「生き物」と言われても……いや、それは「酵母」だろうとか……。
やがて高校を卒業する頃、「自然の不思議を解き明かし、人と地球の環境に貢献したい」という志を胸に、静岡の農業試験場で育種を学ぶ日々が始まりました。そんなある日、種の善し悪しは”親からの遺伝”と”育つ環境”に左右されることを知ります。「育つ環境をととのえれば、種はもっと理想的に育つ。これを酵素のチカラで向上させることはできないか」持ち前の探究心に火がつきました。酵素の秘密を徹底的に解明するため、20歳の春、新吾郎は東京農大へと進学。大学では造園科に籍を置きましたが、学ぶのはもっぱら育種と発酵でした。
父が病に倒れ、因島に帰郷した後も、発酵に対する情熱は冷めません。古い酒蔵を実験室にすると、朝から晩まで閉じこもりきり。 26歳で妻直子と結婚してもなお、発酵への想いは過熱するばかりでした。 酵素は環境に左右されやすい生き物。コントロールが実に難しく、うまく発酵させるのにも四苦八苦です。 失敗を繰り返した新吾郎は自殺まで考えるほど、のめり込んでいました。
年月が経ち、新吾郎はようやく「万田酵素」の原点となる発酵食品をつくることに成功。……
http://www.manda.co.jp/company/history.html
なおこの《物語》には、「新吾郎」さんが何年生まれでいつ大学に行っていたのかという情報が一切ないのだが、「沿革」のページを見ると「1961年(昭和36年) 松浦新吾郎会長が発酵の研究に着手」とのこと。そのころには「酵素は蛋白質である」ということはとっくにわかっていたはずで、この時点で「この酵素とあの酵素は違う」ということを明確化してくれていれば、こんにちの「酵素」をめぐる混乱もなかったのではないかと思う。
また、このメーカーとは別の「酵素」関連のメーカーのサイトには、「3種類の酵素」という説明のページがある。「人間の体内酵素には、消化酵素と代謝酵素の2種類の酵素がある」という話(消化酵素についてはアミラーゼなどの名称が上げられているが、代謝酵素となると話がいきなり曖昧になるので笑える。「代謝」が「ウイルスと戦う」とか、意味よくわからないし)に続いて、「3つ目の酵素『食物酵素』」なる説明が出てくる。
新鮮な生の野菜や果物・お刺身、また納豆や味噌などの発酵食品に含まれる食物酵素は、消化を助け、体内の消化酵素の無駄遣いに歯止めをかけてくれます。お寿司や生の果物を食べた後、お腹がすぐにスッキリするのも、食物酵素が消化を助けているからなんです。
http://www.okgenki.com/enzyme/kind/index.htm
「焼き魚に大根おろし」ならわかるけど、寿司や果物?
味覚や感覚は人それぞれであるにせよ、寿司食べておなかすっきり?
味覚や感覚は人それぞれであるにせよ、寿司食べておなかすっきり?

※最近Twitterで見かけるこの写真が、今年一番共感した写真だ(笑)
「酵素」の話が長くなってしまったが、この件については検索すると、片瀬久美子さんの2013年3月4日のブログ記事、「巷に流行る『酵素栄養学』、なんか変です」や、五本木クリニック院長ブログの2014年6月24日記事、「なぜ多くの人が「酵素栄養学」に惑わされるのか、やっと理解できました!!」といった詳しい解説が見つかるはずなので、関心に応じて検索をお試しいただきたいと思う。
さて、本題の「パトリック・フラナガン博士」。
当方、全然「理系」ではないし(いまだに「理系」「文系」という大学受験用の便利な枠組み、あるいは「理系」ファンタジーの外の実社会ではカビ生えて30年は経過しているような古臭い二分論を使うなら「文系」。笑)、「水素」と聞いてまっさきにイメージされるのはこれ↓だから、「あの美肌芸能人がはまってる水素サプリ」みたいな話を聞いても、♪コミュニケーション・ブレイクダウン、イッツ・オールウェイズ・ザ・セイム♪
![]() | レッド・ツェッペリン レッド・ツェッペリン ワーナーミュージック・ジャパン 2005-05-24 by G-Tools |
つまり、要するに「どうでもいい」んだけど、「水素が美容によい」というのは、「お肌のシミやくすみ、慢性的疲労感は、『身体の酸化(サビ)』のあらわれ」で、「人間が呼吸で取り入れた酸素の2〜3%が『悪玉酸素』になり、それが増えすぎると『身体の酸化』を引き起こして生活習慣病や老化、シミ(メラニンの過剰生成)やシワ、くすみの原因となる」、「『悪玉酸素』は体内で細胞のDNAまで傷つける」(修復の話は出てこない)のだが、それに対抗できるのが「水素のパワー」だという……

いや、ビタミンCやビタミンEなどの「抗酸化物質」ならわかるけど……。キーワードは「還元力」だそうで、そこで「酸化還元電位」といった「難しそう(なのですごそうに聞こえる)な専門用語」が宣伝に絡みだすけど、それについての説明はない。(笑)
ここで「文系」(笑)的には、大きく3つに分けて「理解できないから、話をきかない」か、「理解できないけど、何かすごそうなので、話をきいてしまう」か、「理解できないから、がんばって勉強する」かという選択があり、こういう「水素のパワーで健康になりましょう」的な商品のお客さんとして想定されているのは、第一に、「何かすごそうなので、話をきいてしまう」人たちであり、第二に「がんばって勉強する」人たち。第一の人々にはそのまま「すごそう」なセールストークを(本筋と関係あるのかないのかわからない「よさそう」、「安全そう」系の情報を絡めて)ぶつけるし、第二の人々には信頼できそうな体裁の(でも実は身内が書いた)書籍などを勧める。。。というのがパターン。
で、実際の宣伝はどうなっているかというと……

このキャプチャの「ポイント2」と「ポイント4」は、「水素」がどうのこうのには関係ないだろとツッコミを入れたくなるのだけれど、商品全体として「よさそう」な印象作りに貢献している。(なお、このページは健康食品のメーカーの宣伝にありがちなことだが、やたらと縦に長い。「楽天市場」型のページというか、そういう作りである。)
さらに同じ広告の少し下では、「酵素」という「最近流行りで、美容・健康関連でよく耳にするワード」も投入される(そしてこの「酵素」は、「酵素栄養学」とは別の、生物の教科書に出てくるほうの「酵素」である)。この抗酸化の「酵素」が、年をとると減ってくるので、「酵素」を食べ物で補給しましょう……というのではなく、抗酸化してくれる別の物質を補いましょう、というのが「水素サプリ」のコンセプトらしい。

※キャプチャの画面右下は、モデルさんを撮影した素材写真(手を口に当ててビックリしている女性)と思われるもの。当方で加工をほどこした。
で、この水素サプリに入っているというのが、(水素そのものではなく?)水素発生原料(原文ママ)の「マイクロクラスター」で、その開発者が「パトリック・フラナガン博士」だという。

※画像は再掲。
「1994年 マイクロクラスターテクノロジーでノーベル賞ノミネート」って書いてあるけど、「ノーベル何賞」なのかは書いてなかったり、いろいろ。それに、「ノーベル賞の選考は秘密裏に行われ、その過程は受賞の50年後に公表される。よって『ノーベル賞の候補』というものは公的には存在しない」わけで、逆に言えば「自称」だけでも当面はバレず、「すごそう」という印象だけは与えられるという便利ワードでもある。
で、2010年に書いたエントリでは、この「パトリック・フラナガン博士」は「不老の水」の「中の人」だったようだが、その「不老の水」に含まれているのがどうやら「水素」ということのようで、その「水素」だけを健康食品(サプリメント)として売っているのが、当該の「水素サプリ」のようだ。
……というところで、2010年と同じく、ウィキペディア(英語)を見てみよう。何か新しい情報が書き足されているかもしれない。この「パトリック・フラナガン博士」がどこで博士号を取得したのかが前回は確認できなかったが、今ならできるかもしれない。
2010年8月のウィキペディアのキャプチャ:
現在(2015年8月):
5年経過して、ずいぶん変わったように見えるが、肝心な情報はわからないままだ。ページ上部にある注意書きは、わかりやすく要約すれば「これはトンデモ情報である」と「内輪が書いている」という可能性について注意を喚起するもの。
「パトリック・フラナガン博士」については「アメリカ人で、ニューエイジの本の執筆者であり、発明家である」と説明され、「科学者」であるとか「医師」であるとかいった説明はない。前回(2010年)は「発明家」とあったが、そこに「ニューエイジの本を書いてる人」というのが加わってて、まあ、方向性は明確になっている。
書いている本は「古代エジプトの神秘の力」方面(ピラミッド・パワー)のようで、発明家としては特許をいくつか (several) 持っているということがわかる。
日本のamazonで「パトリック・フラナガン」で検索すると「不老の水」についての90年代の翻訳書(あるいは著書。ものすごいプレミアがついている)が出てくるが、英語版ウィキペディアに列挙されている著書リストはピラミッド・パワーの本が4冊と、別の人の著作に図解を提供している(らしい)「新時代の科学」的な本が1冊だけだ。
で、もちろん「博士」についてはなんら記載はなく、それどころか「Dr. Patrick Flanagan」ではなく単なる「Patrick Flanagan」としてしか扱われていない。
というわけで、5年前の謎は今もそのままだ。
なお、私が宣伝を見かけて、本エントリでサイトの宣伝を参照している「水素サプリ」については、美容関連の消費者レビューサイトとしては最大手の「アットコスメ」に、「水素とか、マイクロクラスターとか、よく分かんないです…。普通にビタミンB6とビタミンEが取れるサプリメントと考えた方がいいですよね」(2013年)、「(サンプルを2包もらっただけで)効果出るとかはちょっとわからなかったですが、まあ飲みやすかったです」(2013年)、「2粒×20袋で4000円はちょっと高いので、なかなか購入はできません。サプリは気分を上げるために飲みたいので、もう少し手軽なもので探そうと思います」(2014年)と3件のレビューがある。
レモンの香り・味のするものを飲みたかったらレモンを買ってきてスライスして水に入れればいいし、あるいはレモンを使った飲料を買ってくればいい。ビタミンのサプリなら、余計なもの(水素なんちゃら)が入っていないビタミンのサプリを買えばいいわけで、これらのレビューを見て「水素サプリ、買おう」と思う人はあまりいないだろう。
だが、効果があるのかないのかはわからないけど「きれいな女優さんが愛用している」という情報があり、漠然とした「いいらしいよ」ということが広まり、話題になればなるほど、「試してみようかな」という気持ちを抱く人は増えるだろう。つまり「潜在的顧客」が。
それから、「パトリック・フラナガン博士」関連では、「水素」のほかにもうひとつ「シリカ」というキーワードがあるということを、Wikipediaのtalkのところを見て知った。(というかここで話題にされていることは、2010年にエントリを書いたときに参照したdebunkのページにも出てきていたのだが、そのときは全然気にしなかった。)
「シリカ」は要するに「珪素」だが、「アットコスメ」を見てみると、この「シリカ」というのがキてる。あるミネラルウォーターのレビューのページだが:
商品紹介より:
シリカの含有量が97mg/Lに加え、サルフェートやバナジウム、炭酸水素イオンも豊富に含みます。これらの成分に加えてカルシウムやマグネシウムもバランスよく……
※引用部、太字強調は引用者による。
あるレビューより:
美のミネラル『シリカ』が、97mg/Lと、世界トップクラスな含有量の天然水。美と健康のミネラルをミネラルウォーターで摂り入れられたら一番良いですね。さらに、その他にも『サルフェート』や『バナジウム』、『炭酸水素イオン』などの美と健康のミネラルがたっぷり含まれています。これだけのミネラルを含みながら、硬度130と、飲みやすい……
http://www.cosme.net/product/product_id/10083391/review/504818367
この辺のカタカナ語、見てると頭が痛くなってくるのでこの辺で。(「サルフェート」は「注目の美容成分」らしいですよ。普通に硫酸塩ですけどね。)
普通に水道水をやかんで沸かしてお茶淹れてこようっと。
そうそう、「パトリック・フラナガン博士」、5年前はそこまで調べなかったのか、調べても出てこなかったのかはわからないけれど、比較的若いころ(40歳くらい?)のお写真を見ると、名前が示すような「アイリッシュ」ではなく、インド系の風貌ですね。ご両親のどちらかがインド系、どちらかがアイリッシュかもしれないけれど、「水素」なんちゃらの水の研究が、インドというかヒマラヤの山岳地帯の特徴のある水についての研究から始まっているということも含めて、ヒッピー思想の時代(1960年代後半から70年代)にインドがもてはやされた流れだったりするのかなあ、なんてことを考えてみたり。
そういえばラドヴァン・カラジッチが一般人の間に潜伏していたときに「代替医療のダビッチ先生」に化けていたんだけど(下記URL参照)、その「ダビッチ先生」も「インド、東洋」や「アメリカのニューエイジ」を巧みに利用していた。
http://nofrills.seesaa.net/article/103438678.html
※この記事は
2015年08月11日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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