それが「グローバル・スタンダード」ではないということは、大人になってから知った。
「9/11」以前、私は、悲劇が繁栄とは違った形で私たちを人間性に繋げてくれる潜在力になる気がしていた。つまり、繁栄はともすれば孤立させるのに対して、悲劇は必ずや繋げてくれると思ったのだ。今ではいつもそうは問屋が下ろさないと分かっている。悲劇への不幸な反応は、自分自身の状況には独りよがりになり、世界の中に、いや被害の中にすら、自分の特別の場所があるのだという証拠を求めようとすることだ。……彼がアウシュヴィッツの生存者だと聞いて、「9/11」という大犯罪からどんな教訓を引き出したかと聞いてみた。彼は、アウシュヴィッツの被害者すべてと同じく、自分もまた「二度と御免だ」と思ったと言った。ところがやがて、この感慨が真っ二つに裂けて、まったく違う結論に変わるのに気づいた。一つは、こんなことはわが同胞には二度と御免だ。もう一つは、こんなことはどの民族の身にも二度と起きてはならない、だった。この二極の間で、私は少なくとも、私たちおたがいの生存が危機に瀕していることだけは示唆しておきたい。
――マフムード・マムダーニ『アメリカン・ジハード 連鎖するテロのルーツ』越智道雄訳、岩波書店、2005年、p. 10
※引用時下線で示した箇所は、原文では傍点である。
![]() | アメリカン・ジハード 連鎖するテロのルーツ マフムード・マムダーニ 越智 道雄 岩波書店 2005-07-07 by G-Tools |
「わが同胞には」二度と御免だとする心理は、「わが同胞」を守るためなら何をしたっていい(何でも正当化される)という政策として、現実に存在している(「自衛」のために、入植地を建設する必要など、まったくない)。それについて「国際社会」は、せいぜいが口先で非難する程度で何もしていない。ゴラン高原の占領について、先日映画『シリアの花嫁』を再見したあとでネット検索してみたのだが、ゴラン高原PKOに行っていた日本の自衛隊の書いた文章では、「占領」について単に既存の状態というか既成事実として受け入れているだけだった。
これは、"peace before justice" だ。21世紀に入り、ますます遠慮なくハバきかすようになった「現実主義(笑)」のあらわれのひとつ。つまり、justiceを問う前に、peaceを実現し、維持することが重要だ、という理念。
たとえばカンボジアのポルポト戦犯裁判の実施に際しては、「今さら古傷をつつきまわすな」という言説が横行した(日本語圏でも)。裁判というjusticeより、「昔のことは忘れて暮らす」というpeaceを優先すべきという主張で、基本的には、要するにjusticeから逃れようとしている側を正当化する言説である。
最近では、東電幹部の強制起訴について、人々がネットで話をしている場で、peace before justice的なものを支持する意見を見た。つまり「起訴せずに、訴追免除して全部しゃべらせたほうがいい」というアレ。アメリカ型(イギリス型でもあるが)の「司法取引」かね。
戦後ドイツでもpeace before justiceのムードは濃厚だったという。「戦犯」として訴えられるような人々は別として、市井の「ヒトラー政権を疑問視などすることはなかった一般市民」であった人々について、その子供の世代が60年代、70年代に「お父さんは当時、どうしていたの」などと聞いたときに、えらい反発をくらったという。「昔のことを蒸し返すんじゃない」。きっと日本でもそういうことはあっただろう(政治家の汚職・スキャンダルに関連した「水に流す」とか「禊は済んだ」とかいった表現について、かつて新聞や雑誌のコラムでもよく取りざたされていたものだが、そういう文脈で「戦争責任」についての「もう済んだ話だ」という態度は言及されていたことが記憶に残っている)。私の世代では、そういうことを語れたのは祖父母の世代なのだが、私の場合は、そういう話のできないうちに祖父は死んでしまい、祖母はそういう話を極端にいやがった。当時軍国少年だった世代の人には、普段どんなに穏やかであれ、広島の慰霊碑の「過ち」という文言に極端な反発を示すような人もいる。
ソーシャル・メディアという場は、ある人の発言があれば、それだけで世界の100パーセントであるかのように錯覚させる。同じ趣旨の発言、同じ内容の理念・信念が重ねられ、増幅されるような場。そこでは、先に引用したマムダーニの文でいうと、「わが同胞には」派と「どの民族の上にも」派は、「論破」しあうことはあってもまともに議論することはほとんどなく、交わることも、理解を深めることもない。「論破」どころかただ「罵倒」するだけのこともある。
……ということを、「原爆投下から70年」のTwitterを見ていて、改めて感じた。
70年目の原爆忌に、#Hiroshima のハッシュタグを見る(英語圏で語られる「ヒロシマ」)
http://matome.naver.jp/odai/2143885157400857201
(あと、すでに本ブログでエントリにしてあるが)
「原爆投下は必要なことだった」という一面的な《語り》を乗り越えようとするBBCの記事
http://matome.naver.jp/odai/2143877248936693801
ほとんどは「二度と核兵器は使ってはならない」という気持ちを示す言葉だが、例によっていろいろとイラッと来るような「いつまで経っても同じことの繰り返し」の言葉などもあった。
だが、そういうのはイラっとして終わりである。私を最も不安定な気持ちにさせたのは、このツイートだ。
70 years on a Peace Bell tolled in #Hiroshima today.
What was it Heaney said of History !!#Peace pic.twitter.com/SXgbuxda1S
— Martin McGuinness (@M_McGuinness_SF) August 6, 2015北アイルランドでの、1998年グッドフライデー合意以後の "Peace before justice" 路線のアーキテクトにして推進者であり、すっかり「和平活動家」になっているマーティン・マクギネス(元IRA司令官)は、シェイマス・ヒーニーのあの詩(私のTwitterのバックグラウンドにもなっている)を、この日に引用した。
見たときに私がおぼえた感情は、「えもいわれぬ」と表すべきだろう。
「ヒロシマ」はrevengeを求めてなどいなかった。むしろrevengeを始終口にしているのは、原爆を投下した側である。「リメンバー・パールハーバー」という言葉は、東日本大震災の津波についてさえ言われていた(どんな人がどんなつもりでそんなことを言っていたのかはわからないが。つまり「ネタとして」なのか、「宗教的信念として」なのか、など)。
そのrevengeという感情を覆い隠す「イチジクの葉」として、正当化の理屈が大きく取り上げられた。「原爆を使わなかったら、もっと多くが死んでいただろう」。
その「歴史認識」も、徐々に変わりつつあると伝えられている。そのことについて、オンラインでアメリカの人と話をしたこともあるし、毎年、「言われているほど『リメンバー・パールハーバー』ではない」ということが伝わってくる文なども読む。
原爆投下に対するアメリカ人の見方に変化が
ネットアンケートで30歳未満の約半数が原爆投下を「間違っていた」と回答
2015年8月6日(木)16時20分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
http://www.newsweekjapan.jp/stories/us/2015/08/post-3827.php
インターネットマーケティングリサーチ会社の「YouGov(ユーガブ)」が先月発表したアメリカ人の意識調査によると、広島と長崎に原爆を投下した判断を「正しかった」と回答した人は全体の45%で、「間違っていた」と回答した人の29%を依然として上回っていた。
しかし調査結果を年齢別に見ると、18〜29歳の若年層では、45%が「間違っていた」と回答し、「正しかった」と回答した41%を上回った。また30〜44歳の中年層でも、36%が「間違っていた」と回答し、「正しかった」と回答した33%をわずかに上回った。
それよりも上の年齢層では、やはり原爆投下を「正しかった」と考える人が多数を占め、45〜65歳では約55%、65歳以上では65%が「正しかった」と回答した。
……一方同じ調査で、アメリカ人全体の62%が「核兵器の発明」そのものを「悪い事」だった、と回答している。……
シェイマス・ヒーニーは書いた。
https://en.wikiquote.org/wiki/Seamus_Heaney
So hope for a great sea-change
on the far side of revenge.
Believe that a further shore
is reachable from here.
※この記事は
2015年08月09日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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