「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2015年05月28日

誰も惜しんでいないが、トニー・ブレアが「カルテットの中東和平特使」を辞任する。

トニー・ブレアが「カルテットの中東和平特使」を辞任する。
http://matome.naver.jp/odai/2143274928986134101


この「まとめ」を作るときに、報道機関のツイートがことごとく顔写真をつけているので、自分の中で、この戦争犯罪人の顔写真の1日分どころか1か月分の許容量を超えてしまった感じがする。

ともあれ、ハアレツはほんとにブレアが大好きなんだなということはわかった。

BBCは「何もしなかったってみなさんおっしゃいますが、元々何かができるポストではなかったので」などとかばった上で、「ブレアのおかげで規制が撤廃され、西岸地区の観光業が賑わい、特使としての目標、パレスチナ経済の振興に貢献」などとヨイショしているが、brown-noserはFIFAのセップ・ブラッター周辺のを見せられてるだけでももうたくさんですよ。

トニー・ブレアの件で読む価値があるなと思った論説は、IBTのだ。



ブレアが始めたイラク戦争のせいで、イラクを拠点にするスンニ派の宗教主義の過激派が出てきて、今はその過激派がイラクとシリアを荒らし回っているだけでなく、レバノンなどでもかなりアレで、パレスチナ、特にガザ地区でもオーガナイズしようとしている。アフガニスタンでもタリバン相手に勢力を伸ばそうとしている。

そこには、そういう武装勢力とは関係のない、一般市民も大勢いる。

ブレアなんかどうでもいいから、そういう一般市民のことを気にかけるべきだよね。

※この記事は

2015年05月28日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼