2014年5月24日付、Japan in Depth掲載の下記の記事を見た。
http://japan-indepth.jp/?p=18460
この記事には、論点とか視点とかいうこと以前の重大な事実誤認が含まれている。「アイルランド共和国」での政治的な意思決定は、「イギリス」とは関係ないという点についての事実誤認である。
当該記事の見出しには
【アイルランド、国民投票で同性婚合法に】〜イギリス全土で合法化〜
とあり、また本文には
今回アイルランドで行われた国民投票の結果を受け、イギリス全土において同性婚が解禁されることとなった。
とある。これが著しい事実誤認である。
その点について、取り急ぎ、ものすごく大雑把に書いておく。(あまり厳密な記述にはしないので、読むだけ読んで終わりにして、引用とかはしないでいただけるとうれしい。)
現代の英国は、外交、防衛など「英国」の単位でやることはウエストミンスターの英国の国会が立法府となっている。課税に関しても基本的にはウエストミンスターだ(が、部分的には「地方分権」になっている)。
だが、人々の生活により密接なところにある社会的な制度に関する法的整備は、イングランド&ウェールズとスコットランドと北アイルランド、それぞれ別々だ。刑法も違ってたりする。
これらについては、イングランド&ウェールズはウエストミンスターの議会(国会)が立法機関であるが、スコットランドはホリルードの自治議会、北アイルランドはストーモントの自治議会で決めている。
これが、「英国はイングランド&ウェールズ、スコットランド、北アイルランドから成る」ということである。
イングランドおよびウェールズ(England and Walesウェールズ語: Cymru a Lloegr)は、イギリス(連合王国)を構成する4つの国(country)のうち2つを含む法域である。イングランドとウェールズを併せたものが旧イングランド王国の統治機構上の後継者であり、イングランド法という単一の法体系に従う。
権限委譲を受けたウェールズ国民議会(National Assembly of Walesウェールズ語: Cynulliad Cenedlaethol Cymru)が1999年に連合王国議会によって1998年ウェールズ統治法(en:Government of Wales Act 1998)に基づいて創設されており、ウェールズにおいては一定の自治が認められている。ウェールズ国民議会の権限は2006年ウェールズ統治法(en:Government of Wales Act 2006)によって拡大され、ウェールズ政府は今では独自の法令を提案し可決することができるようになった(en:Contemporary Welsh Lawを参照。)。
イングランドおよびウェールズにスコットランドと合わせればおおむねグレートブリテン島とその付属島嶼を構成し、さらに北アイルランドを加えれば連合王国を構成し、さらに3つの王室属領を加えると法的意義におけるブリテン諸島(British Islands)を構成する。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%8A%E3%82%88%E3%81%B3%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA
※「イングランド&ウェールズ」の中における「ウェールズの自治」については、リンク先参照。ここでは扱わない。
そして、「北アイルランド」は「アイルランド共和国」とはまったく別である。相互に政治的な干渉はない。サッカー協会ですら別々である。(ただしラグビーは「アイルランド全島」でひとつの単位となっている。)
今回、同性結婚がレファレンダムで合法化された「アイルランド」は、「アイルランド共和国」である。
そして、それは「北アイルランド」を含まない。
むしろ、同性結婚レファレンダムの結果が出た翌日、私の見ている範囲(つまり北アイルランド目線)では、英語圏は「北アイルランドだけ取り残された」という話でもちきりである。
北アイルランドにおいては、Civil Partnershipは、英国全土で導入されたときにいち早く実施されている。実際、「全英(イギリス全体)」のトップを切って儀式が行なわれたのは、ベルファストだった。なお、この当時は「シヴィル・パートナーシップ」が俗に「同性結婚」と引用符つきで呼ばれていたことにも注意されたい。
'Gay weddings' first for Belfast
Last Updated: Monday, 19 December 2005, 17:03 GMT
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/4540226.stm
しかし、北アイルランドは「宗教保守」の地である。シヴィル・パートナーシップでも、夏のPrideのパレードでも、「神様」を持ち出してプラカード立ててデモを打つ人々はいるし(だんだん目立たなくなってきているが)、ソーシャル・ネットでは、見るところを見れば、ホモフォビックな言葉は普通に行きかっている。それでも北アイルランド全体として、「同性愛は罪である」的なことを言ったり書いたりするのは、「ちょっと、どうなのか」というふうになってきてはいるかもしれない。それでも、コアの部分は何も変わっていない。
キリスト教圏では「結婚」とは、うちらが理解するようなもの(日本国憲法にある「両性の合意」によるものとか、日本文化にある「家と家のつながり」)ではなく、もっとはっきりと宗教的な意味合いを有する。(だから、「結婚」せず「生活のパートナー」として暮らし、子をなすということも普通にある。)
北アイルランドは「シヴィル・パートナーシップ」はそれなりに受け入れたかもしれないが、「結婚」という宗教的な意味合いのあることについては全然、何も前進していない。この4月末に次のようなニュースがあったばかりだ。
Gay marriage rejected by Northern Ireland Stormont Assembly
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/general-election-2015/gay-marriage-rejected-by-northern-ireland-stormont-assembly-31175600.html
しかもこれ、DUPのような宗教保守勢力だけが「同性結婚にNO」と言っているのならともかく、総選挙直前というタイミングで「有権者の反感を買いたくない」という事なかれ主義もあったかもしれないが、「リベラル」なはずのアライアンスも、SDLPも、腰の引けまくった態度を示して人々に呆れられていた。
同性間の「結婚」というのは、そのくらい「アンタッチャブル」なことなのである。だからこそ、「結婚ではないが、結婚に類似した制度」としてシヴィル・パートナーシップという制度が導入されていたのだ(それについての議論は、イングランドでの同性結婚が合法化される前の議論を参照。イングランド国教会の見解が示されたときの報道記事などがたくさん見つかるはずだ)。
また、「結婚」に関する問題以外にも、北アイルランドでは「同性愛」についての「偏見」が包み隠されることなくそこらへんに出てくることがある。つい先日、チャールズ皇太子のアイルランド西部訪問と同じタイミングで判決が出て北アイルランドでは大ニュースになっていたのだが、「保守的」な価値観を抱いている店主のケーキ屋で男性同士のカップルがメッセージ入りのケーキを注文したら受付を拒否され、「差別」で法廷沙汰となる、ということがあった。判決は「差別が行なわれた」ことを認めるものでしたが、ケーキ屋は「悪いことをした」とは思っていないし、支援者も「自分たちの正しさ」を信じている。この件については、事実関係は、gay cake row in belfastなどの検索ワードでGoogleで調べてみていただきたい。
以上、取り急ぎ。この件、記事筆者の齋藤実央さんのサイトにあるメールフォーム経由で、齋藤実央さんにもお伝えしてある。
小言めいた言い方になるかもしれないが、少なくとも、「アイルランド共和国」と「イギリス」は別の国であるということをはっきりと認識することなく、これら2つの国について書くようなことは、私は、すべきではないと考える。両者は(曖昧なままにされている)台湾と中国以上に「別の国」である。たぶん、オランダとベルギーくらいに「別の国」である。
See also:
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http://t.co/CZODv70G8B ←アイルランド共和国同性結婚レファレンダムの件の記録はこちらに(RTEのニュースのツイート、デイヴィッド・ノリス、ドラァグ・クイーンのパンティ・ブリスなどなど) at 05/24 08:47
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.@japan_indepth 「イギリス全土で」は誤情報です。北アイルランドは自治議会で通っていません。http://t.co/HV8Up8BbXD >[齋藤実央]【アイルランド、国民投票で同性婚合法に】〜イギリス全土で合法化〜 http://t.co/WLCpY3lh0M at 05/25 00:14
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「シルバーデモクラシー」云々の話じゃないんだけどね。「若者が投票した」から通ったわけじゃない(そういう統計はないはず)。投票率が低ければ、教会の組織力を持つNoの前にYesは分が悪いというのがあったけど、宗教保守の思想に年齢は関係ない。20代のガチ保守組織もある。 at 05/25 00:54
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それに、あれを「シルバーデモクラシー」云々で説明する場合、同性結婚レファレンダムと同時に行なわれた大統領被選挙権年齢引き下げレファレンダムが、ものすごい大差でNoになったことを、どう説明する? http://t.co/807OKSZy7C 大統領は「政治」を行なう人ではないけれど at 05/25 00:58
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RT @NI21official: Great piece by @henrymcdonald on Marriage Equality
The pressure's on!
http://t.co/4GJaotxTZ6 at 05/25 01:00
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今回のアイルランドについての一連の報道で一番心を動かされたのは、80年代、本当に環境が厳しかったころから大声を上げてきたデイヴィッド・ノリス(1944年生)の心からの笑顔だった。カナダでの婚姻が認められなかった女性上院議員(お名前失念)が改めてパートナーに結婚を申し込んだ光景が… at 05/25 01:08
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…流れたけれど、その女性上院議員も「シルバー世代」だ。私の観測範囲ではやたらと見かけるシン・フェインだって、絶対に誰もNoと言えない2トップは、30年前は「若者」だったが、今は60歳を超えている。 at 05/25 01:10
Took this pic of @SenatorKZappone & her wife quietly leaving Dublin Castle today. This is what we voted for.
#MarRef pic.twitter.com/muEPvEGplb
— Ronan M (@Romul87) May 23, 2015
Senator asks ex-nun to remarry her on live TV after Ireland vote yes to gay marriage http://t.co/fCwUzcBeZl pic.twitter.com/eCc7ofMSzx
— ITV News (@itvnews) May 23, 2015
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逆に、No陣営の中に「30代の子育て世代」だっていただろう。「父と母と子」というかたちに至上の価値を見出す人々は、宗教性とも厳密には関係なく、そこにいて、そして発言している。 at 05/25 01:18
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突然始まった「シルバーデモクラシー断固粉砕」みたいな、かつての学生運動丸出しの「二元論」を、今の若者が買う必要はない。あなたがただって、「現役」であり続けて気がつかないうちに「老害」世代になる。そんなことより、制度を変えたいのならファクトを集め、そこから分析すること。 at 05/25 01:25
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「はじめに言葉ありき」ではない。はじめにあるのは、「ファクト」だ。それを、「言葉」から始めようとするのは、活動家だとか運動家である。分析者や研究者ではない。 at 05/25 01:27
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ちょうどRTされてきた。レイ・キンセラは例の「父親と母親がいてこその家族」という団体をやってる経済学者(ダブリンの大学教授)だ。 http://t.co/vLaRjomF4F この団体はまったく根拠のないデマで恐怖を煽動していた。
https://t.co/6KsPZkBicz at 05/25 01:37
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Civil partnershipが「(事実上の)結婚」と訳されていた時期があるので、イングランドやアイルランドのmarriageについての記述が混乱する部分があるのではと思ってみてみると、やっぱこういう事例ある。http://t.co/yM0ohUwnXy at 05/25 02:36
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"ゲイトリー氏は…同性愛者であることを公表し2006年にパートナーのアンドルー・カウルズ氏と法的に結婚した。" http://t.co/yM0ohUwnXy 彼は2006年にロンドンで(アイルランドではない)シヴィル・パートナーシップ http://t.co/e9NzglKjeN at 05/25 02:38
※この記事は
2015年05月25日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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