※記事:
米国:「ビンラディン殺害にパキスタン協力」暴露記事(→ミラー)
確かにシーモア・ハーシュは人々の耳目を集めることができる記者だ。下世話な言い方をすれば、この人の書いたものは「売れるコンテンツ」だ。それに「国際欄のトップに来ていること」は、単に共同通信記事の配信のタイミングもあったかもしれない。だが、この記事は……びっくりしたので、わざわざ手間かけてツイートしたくらいだ。
そもそも当該の記事を「暴露記事」と呼んでいいのかどうかも私にはわからない。ハーシュの記事は(がんばったけど全文を読むことができず、ざっと「目を通した」だけだが)、まとめると、「〜ということが関係者の話でわかった」という記事で、その「〜ということ」は他者による検証可能性が著しく低いのだ(ハーシュの情報源が匿名だったり、事実誤認が目立ったりしている)。その場合、「〜という可能性が高いと指摘する記事」ではあっても、「〜という事実を暴露する記事」ではなかろう。「問題提起」は「事実の指摘」ではない。
ともあれ、当該のシーモア(セイモア)・ハーシュの記事については、既に「Twitter上のジャーナリストらの反応や記事の抜粋のツイート」を中心に、まとめておいた。当該のハーシュの記事へのリンクも、下記「まとめ」にあるのでそれをご参照いただきたい(ここからリンクしたくない)。
「5年間軟禁の挙句に売られた」……? シーモア・ハーシュ、「オサマ・ビンラディン殺害」の“真相”とは
http://matome.naver.jp/odai/2143132879161241101
なお、当該の記事はアメリカのジャーナリズムの媒体にではなく、イギリスの言論誌(London Review of Books)に掲載されている(その点は共同記事にも書かれている)。こんなビッグネームが「暴露記事」を書くなら、LRBではなくNew Yorkerだろう。(ちなみに、ハーシュが「シリアの毒ガス」についてよくわからないことを憶測を積み重ねて書いていたのもLRBだった。あんときに指摘された疑問点、そのままになってるんじゃないっすかね。)
このハーシュの記事は、私が何かをしてもしなくても、いずれ日本語化されるだろう。なのでここでは、この記事についての「ツッコミ」を少し紹介しておこうと思う。
なお、「ツッコミ」以前に、翻訳する場合は必ず問題となると思われる部分についての指摘が出ているのでそれを。固有名詞の混同だ。
この点、詳細はリンク先をご参照のほど。CTCが2つあり、1つはウエストポイントで1つはラングレー。なかなか厄介な問題だと思う。原文でこの2つを混同しているのなら、訳文では注を入れるべきだろう。できれば著者(ハーシュ)に確認したほうがよいかもしれない。なお、この指摘をしてくれているアンドルーさんはオーストラリアのその分野の研究者である。
この話はここまで。
さて、シーモア・ハーシュについて、非常に気になるのは、「あのシーモア・ハーシュが」というナラティヴだ。「あの伝説的スクープ報道で知られるあのシーモア・ハーシュが、今度はこんな記事を書いた」というのは、シーモア・ハーシュの「ブランド化」、「このブランドなら安心、信頼できます」という扱い方だ。Democracy Now! などにそれは顕著である。(なお、私は DN! にあらかじめ批判的なスタンスではない。)
Coming up at 8 am EST: Seymour Hersh on the killing of Osama Bin Laden. Watch live at http://t.co/Xup8cdtnFB pic.twitter.com/vrxlIWdP1G
— Democracy Now! (@democracynow) May 12, 2015
説明不要だと思うが、ハーシュは40年以上前のものすごい仕事で知られるジャーナリストである。すなわち、ベトナム戦争での米軍による一般市民(民間人)の虐殺(「ミ・ライ村」、つまり「ソンミ村」の虐殺事件)をすっぱ抜いた記者だ。より近いところでは、2004年にはイラクのアブ・グレイブ刑務所での拷問(米国の公式の用語では「虐待」)を暴露する記事をNew Yorkerに連続で書いた。これらの仕事には私は個人的に最大限の敬意を抱いている。だが、他のトピックでは正直「?」だったりもする。
http://en.wikipedia.org/wiki/Seymour_Hersh
(アブ・グレイブの拷問については、ハーシュの記事が出る何ヶ月か前に、当時頻繁にやり取りしていた日本語圏のブロガーさんのコメント欄に、何の説明もなく、写真のURLが貼られていたことがあると聞いた。英語圏でもそういう「リーク」はなされていただろう。2004年といえば、「イラク戦争後、イラクのブログが雨後のたけのこのようにたくさんできた」時期であり、イラク戦争について何か意見のある西洋諸国の一般人のブログもたくさんあり、戦争賛成の側も反対の側も、オンライン・フォーラムで活発に意見をやり取りしていた。「インターネットでみんなが発言し、集合知でユートピア」の「Web 2.0」の時代だった。)
「最大限の敬意を抱いている」けれども、それは「ハーシュは無謬であると考えている」ことは意味しない。誰だってそうであるはずだ。というか、そうでなくなったらそれはもう「信者」である。そして「信者」というのは「コンテンツを買ってくれるお客様」でもあるので、「業界」は優遇する。アップルの新製品が出るといっては行列を作る人々を、アップル社もアップル社の商品紹介が柱となっているメディアも、邪険に扱ったりはしない。(そういえばかつてスティーヴ・ジョブズの考えを絶対に否定的に見ない「アップル信者」が、現代の一般ユーザーが親しんでいるIT技術のすべてがジョブズのおかげだ、みたいなことを言ってて閉口したことがあるが、「カリスマ企業人」ならともかく、ジャーナリストに対してそのような「思い入れ、気持ち」を抱いてしまうことは、非常に危なっかしい。)
「ハーシュが書いているのだから」ということで記事にアクセスするのは普通に健全なことだと思うが、「ハーシュが書いているのだから、(ソンミ村の虐殺事件のスクープのように)正しいはずだ」と決めてかかることは、どう控えめに言っても健全なことではない。
しかし、ハーシュの記事のツッコミどころを指摘するなら、「お前はアメリカ政府の味方なのか」みたいなことを言われることは覚悟しておいたほうがいい(そんな言論状況は不健全だが)。ハーシュを批判するのはアメリカ政府なので、ハーシュ批判者はアメリカ政府の回し者に違いないと言われる。とんでもないことだが、シーモア・ハーシュというのはそういう「存在」だ。なお、私はそういうのには慣れてはいるが、「慣れている」からといってイラっとこないわけではない(くだらない言いがかりをつけられ、いわれない侮蔑の言葉を浴びせられて普通にしていられほど人間ができてはいない)。
当たり前のことを確認しておかねばならない。「米国政府の説明はおかしいが、ハーシュの記事もおかしい」ということは普通に成立するということを。
だが、なぜかあの世界観の中では、「米国政府の説明が正しいか、ハーシュの記事が正しいかのどちらかだ」ということで物事が判断され、動いているようだ。あたかも、「果物といえばみかんですよね。メロンなんてありえない」というのが成立しているかのような具合である。「みかんは果物だが、メロンも果物だ」と言うと、「メロンが果物だなんていうバカは政府の手先だ」と、知らない人からも罵倒されることになるような場で、誰が発言などしたいと思うだろう。
閑話休題。今回のハーシュの記事について、具体的に、「ここがおかしい」ということは既に何人もが指摘している。そしてそれは、「その記者が書いているから正しい」のではなく、「検証性という点から考えて正しい」という内容だ。(ついでにいうと、その記者が信頼性が高いのは、「検証性」という点を第一に書いているからだ。)
そのひとつとして、英デイリー・テレグラフでパキスタンを拠点としていたロブ・クリリー記者の指摘を見ておこう。クリリー記者は今は拠点は米国のようだが、テレグラフでは「パキスタン・コレスポンデント」とクレジットされている。
http://www.telegraph.co.uk/journalists/rob-crilly/
所属媒体を基準にして、やたらと「アメリカ政府の回し者」だ何だと言いたがる人もいるが、クリリー記者については過去の仕事をちゃんと見てからどうぞ(例えばこれとか。あと、2011年3月リビアで反カダフィ側武装勢力が友軍誤爆やらかしたときの現地聞き取り調査もこの人の仕事。ベンガジでこの人が事実確認してなかったら、「撃墜されたのはカダフィ軍のミグ戦闘機」ということになってたかもしれない。反カダフィ側武装勢力は、そのくらいの嘘は平気でついてたから)。
I read Seymour Hersh's OBL theory so you don't have to http://t.co/6KKDzx9C5O
— Rob Crilly (@robcrilly) May 10, 2015
記事についている写真は、アボタバードのビンラディンの家の瓦礫。以下、クリリーさんのブログをざっと日本語化しておこう。
※以下は完全な日本語化ではない。各自原文に当たられたい。
London Review of Booksにシーモア・ハーシュの記事が掲載された。アボッタバードでのオサマ・ビンラディンの生活と死についての真相を暴く、というものだが、信じがたい内容だ。その記事の最も重要なディテールは、段落ひとつにまとまっている。次の通りだ。この春、私はDurrani(注: 90年代にISIのトップを務めていた人物)に連絡をとり、米国の情報源からビンラディン襲撃について私が聞かされたことを詳しく伝えた。すなわち、ビンラディンは2006年からずっと、アボタバードのあのコンパウンドでISIに幽閉されていたということ。Kayani氏とPasha氏(注: 2人ともパキスタンの当局者)は事前に(アメリカの)急襲について知っており、ネイヴィー・シールズの急襲部隊を乗せたヘリコプター2機が、警報を発動させることなく、パキスタンの領空に侵入できるようにしていたということ。CIAがビンラディンの居所を知ったのは、ホワイトハウスが2011年5月以降ずっと主張しているようにビンラディンのクーリエを追跡した結果ではなく、パキスタンの情報当局にいた人物のタレコミによるということ。その人物は、米国が提供する2500万ドルの懸賞金と引き換えに、情報を売ったのだということ。そして、急襲を命令したのはオバマだし、実行したのはシールズであることは確かだが、オバマ政権の説明のほかの多くの点は虚偽であるということ。
そのあと、この記事は、この種の記事の優れたお手本のような流れを見せる。まずは並外れた話と、一筋縄ではいかない問いから始まる。つまり、いったいいかにして、パキスタン軍のエスタブリッシュメントの目と鼻の先で、頭隠して尻隠さずの状態でビンラディンが生活しているなどということが可能だったのか。そしてそこから、陰謀論と、匿名の誰かの発言と、そういう事実があるのならそうなのでしょうねということが並べられ、なるほど、ありえなくはないなと思えるようなストーリーが紡ぎだされる。だが、ファクトは一切、含まれていない。
主要な情報源は匿名である(注: ハーシュの記事の書き方で最も強く、また最も頻繁に批判されているのが「匿名情報源に頼っている」点。誰もverifyできないからだ)。その情報源は「引退した諜報機関の幹部」と書かれているが、それはどんな意味にもなりうる。さらにアレゲなのは、その情報源はビン・ラディンを発見して殺すための初期の情報について「多くを知る立場にあった」という。それもまた、じっくりと言葉に向かい合ってみれば、まるで何も意味していない(注: わかる。翻訳やってると、わかる)。(記事を読むとわかるのだが、興味深いことに、この情報源はサウジアラビアとパキスタンの関係についての権威でもあり、パキスタン軍についても米国の支援計画についてもバラク・オバマのメディア・ブリーフィングの戦略についても通暁しており、ジミー・カーター元大統領やそのほかもろもろについても長々と語れるほど詳しい人物であるという。)
というわけで、読者に与えられるものは何か。この記事の内容に確証を与えているのは、また別の匿名の当局者と、退役したISI職員だけだ。検証可能なファクトを提供するものは何もない。ただ、曖昧な示唆があるだけだ。ISIが米当局者から、アルカイダやタリバンと共闘関係にあると非難されている、など(別に驚くようなことではない)。
また、ハーシュには事実誤認がいくつもある。たとえば米国は、ビン・ラディンがアルカイダと接触を保つためにクーリエ(伝言係)のネットワークがあるなどとは言っていない。兄弟2人だけだ。
だが、こんなのでも「な、なんだってー」と思ってしまううっかりさんもいるだろう。
これこそが、まさに、陰謀論。何かoddなものから、「ありえなくはない」という説明を紡ぎだすのだ。
ちなみに、「ありえなくはない」というだけで、「真相はこうだ」ということにはならない。
そうなんですよね。「書かれている内容」(「ありえなくはない」と思わせられるような内容)より、「どのように取材し、論理を組み立てて書かれているか」に注意しないと、「陰謀論」には簡単にはまってしまう。
「ありえなくはない」ことなんかいくらでもあるわけで、それを適当につなぎ合わせたら、好きなように「物語」は作れる。ちょうど、夜空の星を好きなようにつなぎ合わせれば「竪琴」ができたり「ヒグマ」ができたりするように。
http://matome.naver.jp/odai/2143132879161241101
にはロブ・クリリーさん以外にも何人かのツッコミを記載してあるので、そちらもご参照のほど。
お約束として一応書いておきます。私が「陰謀論」を否定していることは、私が「実際にあった陰謀」を否定することにはなりません。その点については過去に書いています。
2014年11月22日 「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。
http://nofrills.seesaa.net/article/409380676.html
![]() | アメリカの秘密戦争―9・11からアブグレイブへの道 セイモア ハーシュ Seymour M. Hersh 日本経済新聞社 2004-11 by G-Tools |
※この記事は
2015年05月13日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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