kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2015年03月26日

「普通の22歳男子に戻りたい」と言ってアイドル・グループからメンバーが抜けて、ネットには彼に対するお約束のヘイトスピーチ。

「BBCのTop Gearのジェレミー・クラークソンがクビになった!」というのが流れてきて数時間後には、「One DirectionからZaynが脱退した!」が流れてくるという、何ですかこの芸能ニュース・ラッシュは、という日だ。



ゼイン・マリクが「普通の22歳男子に戻りたい」と言ってグループを脱退したことには「キャンディーズか、都はるみか!」とつっこまざるをえないが、それだけならブログにしない。

ブログを書いているのは、芸能系というより殺伐系の話題になっているからだ。クラークソンのbigotryではない(正直、あれは話題にすればするだけ「炎上商法」に寄与することになると思う)。ゼイン・マリクへのいやがらせ(彼の民族と宗教的バックグラウンドについてのヘイトスピーチ)だ。




残念ながら当方の日本語の環境では、Googleで検索してもエルダシャンさんの報告の内容は追試できないのだが(日本語圏では、ここには日本語ウィキペディアの内容が表示されている)、彼についてこういうことがネット上に書かれるということはこれまでにも何度もあったことだから「意外」ではない。

One Directionは、テレビのオーディション番組に出てきた男子を集めて作られたグループで、メンバーは10代後半だった。以降の活躍は、ブラウン管……というかテレビの画面のこちら側ではその年齢の子供たちの成長と風貌の変化などもひっくるめて見ていたわけで、かなり「身近」な存在に感じられているという。中学生や高校生がファンであれば、その親も「名前くらいは覚えるか」という気持ちでテレビを見てみるだろうし、5人もいたらいろいろと見るところがあっておもしろいだろう。ソーシャルネットの使い方やファンとの接し方も上手なようで、話題性も豊富なアイドルだ。

One Directionは2012年ロンドン五輪の閉会式にも出てくるくらい「国の代表」扱いをされていた。そういうボーイ・バンド(アイドル・グループ)に、Asian(「アジア人」の意味だが、英国では「南アジア人」の意味)のメンバーがいるということは、「時代が変わったなあ」という感覚をもたらしたものだ。(アイドルではないにせよ著名なグループでは、Queenのヴォーカリストのフレディ・マーキュリーがインド系だが、彼はインド系の響きのしない名で活動していた。)
In the early 2010s, Asian boy band members, Siva Kaneswaran of The Wanted and Zayn Malik of One Direction, have gained considerable mainstream popularity worldwide

http://en.wikipedia.org/wiki/British_Asian#Celebrities_in_popular_culture


以前もむろん、「Asianの芸能人」と認識されていた人は大勢いたにせよ、単に「芸能人(セレブ)」と認識され、「女の子がきゃあきゃあ言う存在」として取り上げられていた人(単に「セレブ」として芸能ニュース専門メディアに載るような人)は、あまりいなかったのではないかと思う。むろんそういうことには、マネジメントの「売り方」なども関わっているにせよ。

ウィキペディアによると、ゼイン・マリクはイングランド北部のブラッドフォードでパキスタン系英国人の父親と白人の母親の間に生まれた。姉が1人と妹が2人という家庭だそうだ。公立の学校に通っていて(つまり庶民)、自分のAsianの風貌がコンプレックスだったようだが、「12歳で転校してから外見に自信を持つようになった」とウィキペディアには(伝記本を典拠として)書かれている。テレビのオーディション番組X Factorには「おもしろいことが経験できるかなと思って参加した」といい、つまり子供のころから「芸能界を目指していた」わけではないようだ。

彼はイスラム教の信仰を明らかにしているが、そのことでアメリカ人のブロガー(私は名前を聞いたこともない)が「若者にイスラムを宣伝している」などと言いがかりをつけ(そもそも、「アメリカ人のブロガー」が口出すところじゃないでしょ。ほんとに気分が悪くなる)、同時に保守的イスラム教徒からは「信仰に対して不真面目だ」と批判されているらしい。
In June 2012, Malik's approach to Islam was criticised by blogger Debbie Schlussel, who accused him of advertising Islam to young fans; at the same time, he was criticised, on Twitter, by conservative Muslims, for not taking Islamic doctrine seriously enough.

http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_One_Direction_members#Zayn_Malik


2014年夏のガザ攻撃のときはこういうツイートをして:



Twitter上で脅迫を受けることになった。



その前から彼は「ムスリムである」ということでTwitter上ではひどいことを書かれていた。下記はその一例。(バックグラウンドはイングランドでのAsianの集団による組織的児童性虐待事件。調査報告書が公開されたころのことだ。)



今回のワン・ダイレクション脱退表明で私が見かけた彼へのヘイトスピーチは、「方向性が違った(メッカの方向だけが彼の方向だ)」という質の悪い悪趣味なジョークと思われるものから、「ジハディ・ジョンの正体が判明した」という完全なヘイトスピーチまで、いくつかあった。いずれも「イスラム教徒(であるパキスタニ)」へのヘイトがベースで、少しでもパブリックな性質のある文章などではスルーされるのが当然というものだ。

現時点で一番ひどいのが、「自爆ベルトを装着したゼイン」のコラ画像だ。

hsz.png


see also:
「反権威」と「トンデモ」と、「言論の自由」と「オンライン・アビューズ」と。
http://nofrills.seesaa.net/article/416137105.html






One Directionは、5人のメンバーそれぞれ整った顔をしているが、中でもゼイン・マリクは「完璧」と呼ばれている(ことを私はTwitter上の大勢の英国の10代女子に教えてもらったw)。




女装して「完璧」な美人になってるので、本当に単に「整っている」のだろう。









誤読の可能性を指摘されたので、追記。

私が本エントリで述べているのは「辞めた」あとに「ヘイトスピーチ」が出てきたということ、彼に向けられたその「ヘイトスピーチ」は新しいものではないということであり、彼がヘイトスピーチゆえに辞めたということではない。(そんなもんに負けるほど、本人はか弱くはないと思う。ただ、うちらは「多文化主義」の側面を見るならば、その足元にある下水みたいなのも見ておく必要はあると思う。ここ日本で、自分がその下水に飲み込まれないようにするためにも。)

以下、私は別に1Dのファンでもないし、詳しく調べるようなヒマもないのでファンが見たら怒るような雑なことを書くかもしれないが、ざっと報道記事を見た限りでは、彼が辞めた理由は、彼が明らかにしている限りでは「いい年の男が、プライバシーが保てない」ということのようだ。

ゼイン・マリクには婚約者がいる。同じ芸能界にいる女性歌手で、デビューの経緯も同じようなもの(テレビのオーディション番組)のようだ。彼女と仲良くしているセルフィの写真は本人がツイートしたりしているようで画像検索すると普通に出てくる。

ちなみに婚約者の女性歌手は、婚約を明らかにしたあとで「ゼインの熱狂的なファン」に絡まれて、ソーシャル・ネットを使うのをやめてしまったらしい。今も彼女の名前でいくつかのアカウントが稼動していて、マネージメント事務所へのリンクが設定されていたりするのを確認したが、誰がやってるのかは私は知らない。Twitterのverificationマークのついているものも見当たらなかった。(仮に本人ともマネージメントとも関係のない人が運営しているアカウントがあるということでも、彼女のファンの子が「語録」とか「写真集」として彼女の名前で運営しているアカウントもあるだろうし、すべてが「悪意」とは判断できない。)

「ゼインの熱狂的なファン」が婚約者に凸するということも22歳男子には負担だろうが(うちら、そういうごたごたはトレント・レズナーの結婚のときにうんざりするほど見せられましたな……)、古典的な問題点として、世界をツアーして回り、自国にいるときはレコーディング・スタジオかリハーサル・スタジオかテレビ局の収録、というような生活をしていると、「自分の時間」、「自分の家族と過ごす時間」がまるで取れない。ザ・ビートルズがライヴ・ツアーをやめてレコーディングだけに絞った理由のひとつがこれだったはずだが、One Directionの場合、10代の少年のときはまだ何とかなっていても、結婚を考えるようになったときに「このままじゃ無理だ」と思うようになった、という経緯があったとしても不思議ではない。

ゼインの場合は、この3月にアジア・オセアニアのツアーの最中に、ツアーから離脱していた。去年大ニュースになったのだが(私はテレグラフで見た記憶がある)、ゼインともう一人のメンバー(サッカー小僧)が「移動のヴァンの中でジョイントふかしまくり」という映像(本人たちいわく「冗談でジョイントをふかしてる真似をしていただけで、実際には普通のタバコ」)が出た。今回のツアーでは彼ら2人がフィリピンで「わたくしはがんじゃはやりません」という誓約をさせられたというのがニュースになっていた。
http://www.people.com/article/one-direction-zayn-malik-quits-tour-louis-tomlinson-weed-bond-philippines

そのときにほぼ同時に騒ぎになっていたのが、ツアー先のどこかでゼインが金髪の女性と仲良くしている写真が出てきたとかいう話。タブロイドのかっこうのネタになったようだが、これが「浮気の証拠だ」という騒動を引き起こし、婚約者との間がぎくしゃくしているらしい。

それが、彼の言う「プライバシー」の中身だろう。

いまどきのアイドルは、ファンが見たいと思うような写真は積極的にソーシャルメディアにアップしているし、ファンとの交流も一生懸命やってる。芸能人も普通に地下鉄に乗ってることがよくあるロンドンでは1Dのメンバーも地下鉄に乗ってる。それでも、メディアは「まだ足りない」とばかりに芸能人を追い掛け回す。そしてそれがネットでもview数をたたき出す。

そういう生活に、というか、この先もそういう生活が続くということに、彼はうんざりしたんじゃないかと思う。

5年間One Directionでやってきて今22歳、「自分で考えて自分で使える時間」がほしいと思って当然だろう。

ファンの子たちが「5人揃ったセルフィはもう見られないんだね」と言ってるのを見ると、
(´・_・`) となるが、そうやって泣いたこともいつか思い出になるから。




グループは4人で活動を続けるというが、あの4人では、正直、よくあるボーイバンドに過ぎないような存在になると思う。




音楽面での検討はテレグラフのニール・マコーミックさんがしている。




あの手のポップスは、メンバーが抜けたくらいではそうそう変化しないっすよね。ただ、あの「グループ」は「音楽」で人気があるというより「グループ」として人気があるので、その点がどうなのか。





※この記事は

2015年03月26日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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