スピタルフィールズはそのころの重くて湿ったような雰囲気を漂わせながら、80年代、90年代以降は、シティとは毛色の違う「オルタナティヴ」な運動の拠点として流行ったし、今もそういう場所だ。場所がよいので再開発の計画も何度か持ち上がってきたし周辺域はずいぶん手が入れられてしまったようだが……というところで、Norton Folgate(通りの名)のあたりがまた危機にさらされていると知った。
.@paulgoldberger 72% of Spitalfields historic fabric now threatened w. demolition: #SaveNortonFolgate @SpitalfieldsT https://t.co/dGwLrlQ4M9
— Theodore Grunewald (@TedGrunewald) March 24, 2015
その流れでスピタルフィールズの各種運動系のアカウントなどを見て回っていたら、次のようなすばらしい記事に遭遇した。
We've fallen in love with this wonderful collection of vintage dog photos: http://t.co/bTPxFFlNrT pic.twitter.com/F1Yy6wPdGA
— Woman's Weekly Mag (@Womans_Weekly) March 25, 2015
以下はその話。
紹介されているのは、2012年8月のSpitalfields Lifeのブログ記事だ。
http://spitalfieldslife.com/2012/08/14/libby-hall-collector-of-dog-photography/
ブログは、クラプトン(Clapton: 以下、地名が分からない方はGoogle mapでも見ながらお願いします)に住んでいるリビー・ホール(Libby Hall)さんという女性が集めた古写真のコレクションを紹介する。
リビー・ホールさんは元々は米ニューヨークのマンハッタン、アッパー・イースト・サイドの出身。1967年に、新聞の風刺画家をしていた夫のトニーさんと一緒に今住んでいるクラプトンの家に引っ越してきた。
そして、キングズランド・ロードの露天市、通称「キングズランド・ウェイスト Kingsland Waste」マーケットで、大量の古写真を手に入れた。
といっても「買った」わけではない。あの露天市を知ってる人なら分かると思うが、何が捨てられてて何が売られているのか区別がつきがたいあそこで、彼女は、売り手が捨てようとしていた古写真をレスキューしたのだった。なんでも、アルバムを売りものにしていた露天商が、貼り付けられていた写真は捨てていたそうだ。
たぶん、ウエストエンドのおハイソで博物趣味というか収集趣味のあるところでは、こういう露天市は、少なくとも20世紀終わりにはありえなかっただろう。
そうやってレスキューした写真のうち、犬を中心にまとめたものが、ブログで紹介されている写真コレクションの元になった。
http://spitalfieldslife.com/2012/08/14/libby-hall-collector-of-dog-photography/
My husband Tony and I used to go to Kingsland Waste, where we had a friend who did house clearances, and in those days they sold old photo albums and threw away the pictures. So I used to rescue them and I began sorting out the dogs – because I always liked dogs – and it became a collection. Then I started collecting properly, looking for them at car boot sales and auctions.
彼女が集めた写真のことを知った出版社が出版企画(2000年に出版)をもちかけたことが発端で、彼女はコレクションを何冊かの本にまとめているという。本の収入が入るたびに、そのお金で写真のコレクションを充実させているそうだ。
一例がこの本でしょうね。
Postcard Dogs Libby Hall Bloomsbury Publishing PLC 2004-11-01 by G-Tools |
【アップデート】版元にリンク。村上リコさんからご教示いただきました。(ありがとうございます。)
Libby Hallさんの写真コレクションは小さな本になって何冊か出版されていて、サイズ感も印刷・装丁もオリジナルの古写真そのままの雰囲気が出ているので非常におすすめですhttp://t.co/XYmCoK8gMs @nofrills
— 村上リコ (@murakamirico) March 25, 2015
※上記、Postcard Dogsという本は、書影を入れるためにamazonにリンクしていますが、版元に直接オーダーもできます。
彼女の最初の本が出たあとで「動物の映った古写真」は突然注目されて値段が急騰、しかしそのころには彼女は既に5,000〜6,000点のコレクションを有していた。
リビーさんは大変な犬好きで、幼いころからずっと犬と一緒に暮らしてきたという。ただ、このブログが取材に訪れたときには、長く一緒に過ごしてきたペンバリー(Pembury)を数週間前に看取ったばかりで、犬はいなかった。コメント欄にリビーさんが投稿しているが、その後、保護施設からPipという犬(ネグレクトされていて、筋肉がまるでついていなかったという)を引き取ったようだ。
彼女の写真コレクションには、ヴィクトリア女王やチャールズ・ディケンズのような、教科書に名前と顔写真が出てくるような人のものもあれば、どこの誰ということもわからない一般の人の写真もあるし、犬や猫だけのものもある。(猫と遊んでいる犬の写真もある。)
19世紀末の象徴主義芸術の画家たちのモデルとしても知られている女優のエレン・テリーもいれば、きっちりとしたスーツを着て胸にポケットチーフをさしたアフリカンの青年(少年かも)もいる。(英国への黒人の移民の歴史は、第二次大戦後の「ウィンドラッシュ号」を起点として説明されることがままあるが、その前は「英国に黒人がいなかった」わけではない。極右は、英国でも日本でもそういうところをごまかして語っているので注意。)
写真が今のようにありふれたものではなく、写真技師さんに来てもらうか、写真館に行かないと撮れないような「とても特別なもの」だった時代から、犬はカメラ目線で「いいお顔」をしてみせていたということだけでも、楽しいコレクションだ。
一点拝借しよう。
とにかく全部を見ていただきたい。
Spitalfields Lifeのこのブログのコメント欄より:
Hari from Canada
August 14, 2012
Very positive article – thank you for sharing Libby’s life, I am richer because of this.
本稿で最初に引用しているツイート(再開発についての話題)のリプライ先のツイート:
Hawksmoor's great Christ Church Spitalfields, now surrounded by gentrification. When I first saw it, it was derelict pic.twitter.com/jmBGxjWKVX
— Paul Goldberger (@paulgoldberger) March 24, 2015
この教会が、拙著で書いた「鐘の音」の教会だ。まさにこの通りを歩いているときに、突然鳴り響いて、レンガの壁に反響して回ってくるあの「音」は、東京でスピーカー経由の攻撃的な音(駅のホームの発車間際の暑苦しい「音楽」を模した音や、新宿や渋谷などの街で店頭のスピーカーががなりたてる割れてるだけの「音楽」)に慣れきっていた耳には、革命的に響いた。人が歩いたり車が走ったりする上に付け加えられる「町の音」は、こういうものであったはずだし、こういうものであってほしいという音だった。
それと、上記の写真の右手にある木、これが切られそうになっていたのが住民の抵抗で止められた、という話題もある。
The Trees of Spitalfields Are Saved http://t.co/7aC4IehcFN @thegentleauthor pic.twitter.com/JrUXrEr0z0
— E E Preservation Soc (@EastEndPSociety) March 24, 2015
最近、こういう話が日本で通じなくなってきた。「日本はすばらしい」ので、そもそも「日本以外のこと」に聞く耳を持つ人が極めて少ない。何が話題になるにしても結論が「日本はすばらしい」でないとウケない。
なんと貧しい、殺伐とした光景であることか。
※この記事は
2015年03月26日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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