シカゴ・トリビューンは、サンディ・フック事件否定論のサイトの主は、シカゴを拠点とするカシム・K・イグラム (Cassim K. Igram) という57歳の男であることを突き止めた。
彼はネットや出版物で、キャス・イングラム博士 (Dr. Cass Ingram)、カセム・カリール (Kaasem Khaleel) など、いくつかの偽名を使い分けている。ハーバル・レメディのときは「キャス・イングラム博士」、9-11事件やボストン・マラソン爆弾事件は米国政府またはイスラエル政府のしわざだと主張するときは「カセム・カリール」というように。
……その正体であるイグラムは整骨医の技能を有しているが、イリノイ州での免許を1999年に剥奪されている。理由は、栄養サプリメントの代金としてある女性に数千ドルを払わせようとしたことが、「アンプロフェッショナルで倫理にもとる不名誉な行為」と判断されたこと。
……イグラムは(「キャス・イングラム博士」の名前で)ハーバル・レメディや栄養について何冊もの本を出しているが、それらはノース・アメリカン・ハーブ&スパイス社という会社の製品を紹介している。そして、その会社は米連邦貿易委員会によって、オレガノ・オイルに関するデタラメな主張を行なったとして訴えられている。
……
http://matome.naver.jp/odai/2142623486769204201?&page=4
このような「デタラメな主張」をする者も、法律に抵触する発言でない限り、基本的に「言論の自由」によって守られている。「言論の自由」から「デタラメ」を排除するのは法律や行政ではなく、「人の良心」や「判断力」である。というか、それでしか「デタラメ」を排除できない。息をするように嘘をついてもなぜか説得力があるように聞こえ、マスメディアのお覚えもめでたいような人物は、マスメディアでの発言機会を有している限りは「デタラメ」を吹聴し続けるだろうし、マスメディアに出なくても自分の発言が(必要な範囲に)届くようなネットワークを持っていれば、地下化した状態で「デタラメ」を垂れ流し続けるだろう。「言論の自由」はそういうことさえも擁護する。
それでも、この件について調べていたときに、2013年4月のボストン・マラソン事件についてネット上でものすごい勢いで垂れ流されていた「陰謀論」をいちいち否定する記事が、大手報道機関でたくさん出ていたことを再確認した(例えばABC, ガーディアン, Wired, ほか。「陰謀説」をいろいろまとめたのがsnopes)。「デタラメの垂れ流し」は目に付くが、一方で、「それはデタラメですよ」と指摘するために「言論の自由」が行使されている光景も目に見えるようになっているのだ。それを見るかどうかは、また別の話かもしれないが。
さて、「アビューズ」とは何か。最近、日本語圏でも「カタカナ語」や、あるいは「英語の綴りのまま」で見かけるようになってきた。
これらの例では、インターネット・サービス業者により、それぞれの文脈で「嫌がらせ」とか「不正利用」と表現されている。実際、「インターネットでのabuse」を離れて「abuse」単独でも、この語は「日本語では完全に1対1で対応する語がない」語だ(そしてそれは当たり前のことである。cryという基本語だって「泣く」のか「叫ぶ」のかわからない。「叫ぶ」のが本義かというと、黙って涙を流していててもcryと表現するのでそうでもないと混乱するし)。
「アビューズ」= abuse = ab-use. 実際の語源は、Collins English Dictionary - Complete & Unabridged 10th Edition によると、"c14 (vb): via Old French from Latin abūsus, past participle of abūtī to misuse, from ab-1 + ūtī to use" と、ラテン語由来で昔のフランス語に入っていた語が昔の英語にも入ったということだが、単に今の英語として見ても、英語を少しでも習った人なら必ず知っているuseという語に「離れて」を意味するラテン語由来の接頭辞のab- (abnormal, absentなどに含まれている) がついているので、ざっくりと「逸脱した使い方」といった語の意味のイメージはすぐに浮かぶだろう。まさに日本語では「濫用(する)」(ただし「濫用」は表記基準によって「乱用」と書きあらわされる)、「悪用(する)」の意味だ。「薬物乱用」を意味するsubstance abuseや、「権力(職権)乱用」のabuse of powerがこの用例のひとつである。
が、英語のabuseはそれにとどまらず、mistreatの意味をも表す。つまり「誤った待遇」、「虐待」で、ネットでおちょくられたように、米国政府がやっていることについてNYTが絶対にtorture「拷問」という語を使おうとしなかったころに、広くマスメディアで「拷問」の代替表現として最も頻繁に用いられた語がabuseであるほか、「児童虐待」はchild abuseだし、「動物虐待」はanimal abuseだ。
また、abuseから派生した形容詞のabusiveを含む「abusive language(罵詈雑言、悪態)を用いる」という意味をabuseという語だけで表す場合もある。なので、He abused me. という文は、単独では「彼は私を虐待した(暴力を振るった)」なのか「彼は私に罵詈雑言を浴びせた」なのか判断できない(その判断をするためには文脈が必要である)。
が、それらは必ずしも明確に区別される必要はないのかもしれない。「言葉による虐待」は行なわれうるし、実際に行なわれている(「拷問」の文脈でのそれについては、verbal abuseについての記述を参照)。それが認識されるかどうか(「言葉」だけでは「加害」にならないという認識があるとしたら、それが改められるかどうか)がひとつのポイントだが、ここでは深入りしない。
そこに不可避的に出てくるのが、「言論の自由」である。「言論の自由」があるから、私はあなたに向かって「おまえのかーちゃんでべそ」というabuse (abusive language) を言っても警察に逮捕されないし起訴もされない場合、私はあなたに向かって「おまえのかーちゃんでべそ」と言ってよいのかどうか。
普通、人間の社会ではそれは他者に対するrespectの問題として判断される。あるいは「人はどこまで子供っぽく、愚かな振る舞いを許容されるか」の問題。だが、そのレベルの問題にいちいち「言論の自由」を持ち出して「おまえのかーちゃんでべそ」と叫ぶことは私の《権利》であると主張するということもあるし、「おまえのかーちゃんでべそ」と言っている当人でない人が、「あの人には(にも)言論の自由があるので……」と、その人の口をふさぐ手立てがないことを弁解することもよくある。
英国はそうでもないが、米国では「言論の自由」はまさに金科玉条である(日本語圏ではこのような「自由」の金科玉条化に対し「傾国の勢いで自由を信奉」云々と過激に否定する言説、彼らの言う「自由主義」の否定の言説が、昭和12年でも平成27年でも本質的には変わりなく存在しているので、注意が必要である)。
米国では、「言論の自由」は合衆国憲法修正第一条 (the Bill of Rights: 権利章典) で保証されている。
修正第1条
(信教・言論・出版・集会の自由、請願権)
合衆国議会は、国教を樹立、または宗教上の行為を自由に行なうことを禁止する法律、言論または報道の自由を制限する法律、ならびに、市民が平穏に集会しまた苦情の処理を求めて政府に対し請願する権利を侵害する法律を制定してはならない。
このように、「国家」が制限してはならないと明確に規定されている「言論の自由」だが(また、権利章典は「連邦政府」に関するものだということにも注意が必要だが、その検討は本稿の範囲を超えている)、現代のインターネットのような場では「個人が個人に対して何を言ってもよい」というところに落とし込まれることもある。「よい」というのはこの場合、「法的に責任を問われることはない」という意味だ。ひらたくいえば、私があなたにむかって「お前のかーちゃんでべそ」と言ったところで「訴えられたりしない」のだ。
しかし、インターネットでは、誰か個人がその発言を行なうために利用しているサービス・プロバイダー(TwitterであれFacebookであれ)が「利用規約」を定めているのが通例で、私があなたに向けた「お前のかーちゃんでべそ」という発言がその「利用規約」に違反する、ということはある。その場合、私はそのサービスの利用ができなくなるだろう。
……というのが前提のところで発生しているのが、「オンライン・アビューズ online abuse」という「問題」だ。その場合、サービス・プロバイダーがいかに対応するかが決定的に重要になるが、ケース・バイ・ケースで当事者が納得する解決法はありえても、完璧な解決法などというのはないだろう(そもそも「アビューズ」が発生しないというユートピア世界でもない限りは)。
そして、例えば「Facebookでの書き込みで行なわれるアビューズ」や「Twitter上でのアビューズ」はFacebookやTwitterが対処することができる(実効性はともかく、可能性として)にしても、誰かが自分で開設しているウェブサイトでは、明確に違法な内容ならばともかく、「お前のかーちゃんでべそ」的なabusive languageについては、対処することができるサービス提供者がいない。
そういうところに存在しているのが、「政府や大手マスコミの言うことを疑え」とか「政府があなたに知ってほしくない真実がここにある」などと呼びかけ、「反権威(気取り)」のオーディエンスを集めて商売している「陰謀論者 conspiracy theorist」のウェブサイトだ。
彼らのバックグラウンドはいろいろある。政治的なバックグラウンドがあるケース(こういうのは触れずにおくのが賢明というのが身にしみてわかっているので詳しくは触れない)もあれば、「商売」でやってるケースもあるし、両方を兼ねているケースもある(「活動家でありメディア・コメンテーターである」というような人など)。その商売で売られるのは「情報」であったり、何か「効能」がある「商品」であったりする。
そういった「反権威(気取り)」の(人数的にはおそらく問題にならない程度の少人数の)人々が信じている(か、信じているふりをしている)「陰謀説」の中に、2012年12月の米コネティカット州ニュータウンで起きた「サンディ・フック小学校銃撃事件」を否定するものがあるのだ。
自宅でガン・マニアの母親を殺し、その銃を持って小学校に乱入したアダム・ランザという20歳の男に、20人の学童と6人の教職員が殺されたという非常に痛ましい事件だが、それについて「マスコミ報道はうそだ」、「子供たちは殺されてなんかいない、元気で暮らしている」、「追悼集会や葬儀の写真と言われているものに映っているのは身内を失った気の毒な人々などではなく、連邦政府の陰謀のために雇われた役者だ」など、読んでるこっちが頭がおかしくなりそうな主張が、ネットの一部では展開されている。
多くが、事件直後の初期報道の混乱で大手報道機関が流した誤情報をそのまま「真実」としていたり、実際に会ったこともなければ声も聞いたこともないような赤の他人の写真を見て「このAという人物は、Bという人物と風貌が似ているから、2人は同一人物だ(と考えられる)」などと主張しているというしろもので、もちろん信じる人などほとんどいない。というか、あれはああいう「陰謀論」が「趣味」の人たちが(「現実に起きたこと」をネタにして)遊んでいるだけで、悪趣味だし、できればやめてほしいと思うが、他人としてはほっとくしかないというものだ。
しかし、それを変えたのが「個人が別の個人について何かを書くことが自由にでき、場合によってはその個人に対して直接、パブリックな(誰でも見られる)場で、メッセージを送信できる」という、インターネット・サービスの登場だ。
かつて、「ネットで個人の情報発信ができるようになりました」と言われた時代(geocities.comが主導的だった時代)には、静的なウェブページに「電子掲示板」をつける程度で、そのサイトを見に行かないとその人の主張は読めないし、その人の主張はそのサイトを見に行く人たちの間でしか広まらない、というのが基本だった。あるいはニュースグループやメイリング・リストでの情報のやり取りもあったが、それもそのネットワークの外への拡散性はほとんどなかった(実際に知人同士の間でのメールの転送や、口コミでの広がりはあったにせよ)。
続いて、2000年代に入ってコメント欄やトラックバックを備えたweblogが普及し、「Web 2.0」と言われた時代(blogger.comの時代)は、「サイト更新」の手間が大幅に軽減され(HTMLを書いてFTPするという煩雑な作業が、ブラウザでフォームに入力するだけでできるようになった)、なおかつ「読者からのフィードバック」も「サイトとは別に掲示板を用意する」こともなく得られるようになり、ブログの運営者同士が相互に訪問しあったりトラックバックを送りあったりして情報のやり取りは格段に活発化したし、RSSリーダーも普及したので「更新のお知らせ」は自動的に流れてくるようになったが、それでも、「そのブログを読みに行かないと情報を得られない」ということは変わりなかった。
仮に私がAさんという人について「Aのかーちゃんでべそ」と書いているサイトやブログがあったとして、掲示板やコメント欄でそれを読みに来る人と「Aのかーちゃん、でべそですよねー」ということを「ネタ」に楽しくおしゃべりしていたとしてもそのお仲間の外には広がっていかなかったし、誰か「よそ者」が来て「Aのかーちゃんに失礼ですよ」などと文句をつけたとしても「いやなら見るな」と返せたし、あるいは「さてはお前、Aの回し者だな」ととりあえず糾弾して追い返す、ということもあった。
※書いておかないと何を言われるかわからないから書いておくが、私はそのようなサイトをやっていたことはない。これはたとえ話である。
そういう「常識」が、「ソーシャル・メディア」の登場と普及で、通じなくなってきた。「陰謀論者」は彼らだけで群れて、その悪趣味な娯楽を共有しているだけではなくなってきた。TwitterやFacebookというプラットフォームを利用し、積極的に出てきて、自分たちが「なかった」と思っている事件の被害者や、自分たち「実態はない」と信じている社会的問題を訴える人たちなどを、言葉や画像で攻撃している。
米国の場合、そもそもそれは「悪趣味な娯楽」などではなく、「政治的なアジェンダ」だったのだろうということが、オバマ政権でのみょうちきりんな「反オバマ」の主張(「連邦政府への反感」をベースにした「オバマは共産主義者だ」、「オバマは隠れムスリムだ」といった主張)の横溢で、はっきりと見えてきた。「反権威」の見せ掛けをもった主張(「マスコミを疑え」、「政府を信じるな」)を「拡散」させ、政治的な影響力を持つようなものにすることが彼らの目的のひとつだろう。
そして、どういう理由でか、事件被害者個人やその支援者個人にソーシャル・メディアで付きまとったり、オンラインで誹謗中傷(最も彼ら自身は「誹謗中傷」などとは思わず「真実」と思っているかもしれないが)を浴びせかけたりすることで、自分たちの目的が達せられると思っているらしい。そして活発な発言を行なう。彼ら「事件はhoaxだ」と主張する人々は、hoaxersと呼ばれている。
下記は、スポーツ界の著名人が「サンディ・フック小学校事件はhoaxだ」というスタンスでツイートしたあとで、陰謀論界隈の外側にいた著名人である彼の発言がいかに大きな影響力を持ったかを、あの日アダム・ランザに殺された教師のヴィッキー・ソトさんの支援者のアカウントが述べたツイートである。Chass63さんはお子さんをサンディ・フック小学校で殺された人だ。
Hey .@RealCJ10 do you see what you did? Now the hoaxers are encouraging harassment of @chass63. pic.twitter.com/aveew8NSiI
— Team Vicki Soto (@TeamVickiSoto) February 9, 2015
サンディ・フック事件の「否定論」を展開している有力サイトは、フロリダ州にあるドメイン取得代行業者の名前で登録されているが、「中の人」(サイトでは「ドクターK」として登場している)は、シカゴ・トリビューンが調査報道しているところによると、代替医療関連で問題を起こして、医師免許を剥奪された元医師(整骨医)だ。(陰謀論系の話でちょっと掘ったら代替医療に行き着くということは、全然珍しくない。日本でも「真相は隠蔽されている」的な「説」の流布と、高額なサービスや栄養補助食品の販売がセットで行なわれ、人々の心の中の「真相」をめぐる不安が利用されたことが、最近あったばかりである。)
そのサイトは、サンディ・フック小学校事件だけでなく、マスメディアで報じたありとあらゆる事件について「なかった論」、「報道されているのは嘘だ論」を並べ立てているようだ。そのベースは、虫唾が走るような反ユダヤ主義。
なお、「アビューズ」はオンラインでなくたって起こる。家庭内だって起こる。オハイオ州のリーラー・アルコーンに起きたことはそういうことだった。リーラーはオンラインで家庭の外に居場所を持っていたが、ネット接続環境を5ヶ月にわたって奪われてしまったことが17歳の彼女にはとても大きかったようだ(彼女はネットではいじめられなかったし、学校でもいじめられはしなかったようだ。ただ、家族がどうしても彼女を受け容れず、「治療」しようとした)。
だから「アビューズ」を「オンラインに限定的なもの」と認識してしまうのは、よくないと思う。それでも、オンラインでの「アビューズ」の広まりかたは、「人として知り合いでなくても、言葉だけで広まる」という特質を含め、注意しておくべきだろうと思う。
この写真とあの写真の人がそっくりに見えるからといって、「同一人物だ」と考えるのがネットだ。(その2人は同じ声をしているのか? 同じ背の高さなのか?)
それと、そういうのも「悪意のある偽情報」も、ただの「間違い」もひっくるめて「デマ」と呼び習わす日本語圏の慣行は、廃れていってほしいと私は思う。
※この記事は
2015年03月23日
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1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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