kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2015年03月21日

ある拷問被害者の死……「正義」がもたらされるその日を、生きて迎えていただきたかった。

2014年12月、米CIAのやってきたことについて「拷問」であるということがついに公の文書で認められたことは、グアンタナモなど米軍の施設で「拷問」にさらされてきた人たちに、いくばくかの《救い》をもたらしていた。彼らは「私は拷問にかけられた」と述べても、「あなたに加えられたのは《拷問》ではありません。《尋問手法》です」と言われてきた。それが「はい、確かにあなたに加えられたのは《拷問》でした」となるだけでも、《救い》になる……ひどいことだが、「最低最悪」が「最悪」程度になることでも《救い》になりえてしまう。

同じころ、アイルランド共和国が1970年代に欧州人権裁判所(ECHR)に起こした「拷問」に関する訴えを、新証拠を持って再提示するというニュースがあった。北アイルランド紛争、オペレーション・デメトリウス、インターンメント、ギニアピッグ、「フーデッド・メン」(これらの言葉の意味は、下記のNAVERまとめのページに書いてある)……2015年2月にはあの「有名な人権弁護士」(有名俳優の配偶者でもある)がチームに加わって、いよいよ本格的に動き出しそうだな、というところまで来ていた。

その矢先のジェリー・マッカーさんの訃報である。残念でならない。

北アイルランド、1971年8月9日に一斉拘留された「拷問の実験台」のひとりが、71歳で亡くなった。
http://matome.naver.jp/odai/2142682154578918301


アムネスティ・インターナショナルのKartik Rajさんのブログ記事がすばらしい。
https://www.amnesty.org/en/articles/blogs/2015/03/gerry-mckerr-hooded-men-obit-northern-ireland/

Kartik Rajさんは故人とは2014年に初めて会ったということで、決して「深く知っている」わけではない。その上で、ジェリー・マッカーさんという1人の人間がどんなことを経験してきて、どのように考え、どういう言葉を発しているかを綴っている。

It was a pleasure to see him again in Belfast in December, when, against the Hooded Men’s expectations, the Irish government asked the European Court to review its 1978 judgment. Jim McIlmurray, who acts as the case coordinator for the group, recalls Gerry’s reaction the moment he heard the news: “Justice, finally we will get justice.” Gerry, looking dapper in his blue-grey jacket, was beaming along with the other men as we arranged a meeting between them and Thomas Hammarberg, who had led Amnesty International’s 1971 delegation to investigate abuses in internment. Thomas said that day: “Time doesn’t heal all wounds if justice isn’t done.” Their story was coming full circle, and there was a glimpse of justice and truth on the horizon. Seeing Gerry that day under a clear, blue Irish winter sky, gave me a sense of what a tonic a whiff of hope and a glimmer of justice can be.


「正義だ、ようやく正義を手にできる」。

その日を見ていただきたかった。

同じ引用部分にあるトマス・ハマバーグの言葉も重要だ。「時間がたてば傷は癒えるというが、正義がもたらされなければ傷は癒されない」。

Kartik Rajさんはブログで、イエイツの "for peace comes dropping slow" を換骨奪胎している。Peace, truth and justice.

Truth and reconciliationでは必ずしもなく。

2014年6月にアイルランド共和国の公共放送、RTEが放送した調査報道ドキュメンタリー、The Torture Filesは、「まとめ」に書いてある通り、RTEのサイトで見られる。見るべき番組である。

YouTubeには予告のみ上がっている。冒頭に出てくる白髪の男性が、ジェリー・マッカーさんだ。



このとき、既に健康状態は良くなかったようだ(声が……)。しかし彼は寝込むことはせず、精力的に政府に対する働きかけに参加した。彼を含むHooded Menは、「正義」の追求をあきらめなかったのだ。

New evidence made public by the Irish broadcaster RTÉ’s Investigations Unit last June showed that the UK withheld vital evidence from the European Court which could have been decisive in reaching a finding that the men had been tortured. Gerry McKerr’s harrowing testimony on The Torture Files, describing stress positions, still rings in my ears: “We had to assume the position in complete silence. It was suffocating, sweating profusely, gradually we became disorientated, and after an hour we would collapse.” Such stress positions were just one of the “Five Techniques” the UK security forces meted out against detainees held in a purpose-built internment facility in Northern Ireland.

Despite his poor health, Gerry made the trip to Dublin from his home in Lurgan and spoke at our press conference, after which the men wrote and hand-delivered a letter to the Taoiseach (Prime Minister) imploring Ireland to request a reopening of the case. Rita O’Reilly of RTÉ and I recalled Gerry after the press conference, patiently directing a bad driver out of a parking spot, when, frankly, what he really needed to do was sit down and catch his breath. He really was tireless.
https://www.amnesty.org/en/articles/blogs/2015/03/gerry-mckerr-hooded-men-obit-northern-ireland/


「拷問」については、この本がすごくいい。北アイルランドの「フーデッド・メン」、シカゴ警察(つい最近も何かニュースになってた)、イスラエル当局によるパレスチナ人の扱い(今もニュースがない日はない)の3つの「拷問」を軸にした研究者の本。

0520230396Unspeakable Acts, Ordinary People: The Dynamics of Torture
John Conroy
University of California Press 2001-09-03

by G-Tools


1970年代初めに英軍・RUCによって北アイルランドでどんなことが行なわれていたか、当時の証言と記録はウェブで読めるようになっている。
http://matome.naver.jp/odai/2142682154578918301/2142687875027811703





※この記事は

2015年03月21日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼