「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2015年02月25日

「武装活動の停止」から10年になろうとするときに、まだ細々と続いている武装活動のニュース。

北アイルランドからは1週間に1〜2件は必ずボムスケアのニュースが聞こえてきているが、今日のベルファストでは「えっ」というところでボムスケアが発生している。




荒れていたウォーターフロントの再開発で建設され、2012年にオープンした「タイタニック・ベルファスト(タイタニック博物館)」の前だ。周囲には特に行政関係の建物もなければ政党のオフィスなどもない。

こういう「観光施設」でしかない場所が標的とされることは、それ自体非常に不吉なのだが(私はどうしても1997年のルクソール事件のことを思い出してしまう)、こと北アイルランドにおいては、政治的なターゲットでもなければ、(いわゆる)経済標的(ショッピングセンターなど)でもなく、敵対組織メンバーを襲うのでもないというのは、どう受け取ればいいのか、わからない。

今日は下記のようなことがあったそうだが(そしてこれは「前々からの予定」があってのものだ)、攻撃者がこれを狙ったのかどうかはまだわからない。






なんという

Keep calm and carry on.

(・_・)


と、こんな具合に細々と「テロリズム」は続いていて、その「テロ(恐怖)」の押し売りを買わないという高度に洗練された態度を王室のメンバーがこんなにさらっと見せる光景が展開されている。英王室は北アイルランド紛争でマウントバッテン卿が標的にされて殺されているし、その後、「大衆の支持」が必要だったPIRAは王室は標的にしないことにしていたものの、「狂犬」としか言いようのないむちゃくちゃな分派組織はそんなことは構っていなかったと言われている。今日のエドワード王子のように、何事もなかったかのように振舞うことは、そう簡単なことではなかろう。

さて、このような細々とした武装活動は続いているが、今年の7月で、「IRAの武装キャンペーンの停止」から10年になる。早いものだ。

IRA statement in full
Thursday, 28 July 2005, 12:01 GMT 13:01 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/4724599.stm
The leadership of Oglaigh na hEireann has formally ordered an end to the armed campaign.

This will take effect from 4pm [1600 BST] this afternoon.

All IRA units have been ordered to dump arms.

All Volunteers have been instructed to assist the development of purely political and democratic programmes through exclusively peaceful means.

Volunteers must not engage in any other activities whatsoever.


一方、今日はこんなニュースもある。(このニュースに私が気づいたのが、ジェイミー・ブライソンの「まーたリパブリカンは野放しかよ」という妄想入ったツイートだったというのが、何ともいえないのだが)






今日のニュースはこれだ。

No terror charges after man admits helping 'cigarette smuggler' in Derry McDaid had been accused over mortar bombs
Published 25/02/2015
http://www.irishnews.com/news/no-terror-charges-after-man-admits-helping-cigarette-smuggler-in-derry-1415424

彼が逮捕された直後のニュースはこれ。

Derry mortar plot accused refused bail
06 Mar 2013
http://www.u.tv/news/Derry-mortar-plot-accused-refused-bail/8ffbeea5-fad4-4a22-b26c-820ced14b960

当時、ブログに書いたが、2013年3月、「デリーのナショナリストのエリアで警察によって止められたヴァンの中から、迫撃砲4発が見つかった。そのヴァンは、屋根の部分に改造が施されており、迫撃砲はすぐに攻撃に使える状態だった」。

この発見で、シェイマス・マクローリンとガリー・マクデイドという30代のクレガン地区の男2人が逮捕され、爆発を起こそうと共謀した容疑、迫撃砲とパイプボムを所持していた容疑、テロ目的でヴァンを所持していた容疑ですぐに起訴された

このうち、マクローリンのほうは2014年5月に有罪を認めていた(その半年後に有罪判決で刑務所へ)。
Seamus McLaughlin (36) confessed to having four "ready to deploy'' improvised mortars and an improvised explosive incendiary device with intent to endanger life on March 3, 2013.

McLaughlin, who appeared handcuffed in the dock of Belfast Crown Court, was rearraigned on a number of charges and also pleaded guilty to possessing a Citroen Berlingo for the purposes of the commission, preparation or instigation in an act of terrorism.

http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/northern-ireland/republican-seamus-mclaughlin-pleads-guilty-over-failed-mortar-attack-30258632.html


この記事↑をみると、マクローリンが車を運転していて、マクデイドはそれと一緒にいた(偵察役の)バイクに乗っていたようだ。

そして今日のニュース。
http://www.irishnews.com/news/no-terror-charges-after-man-admits-helping-cigarette-smuggler-in-derry-1415424
Gary McDaid (37), who had faced charges of conspiracy and having explosives with intent to endanger life two years ago, will be sentenced next month.

The man he admitted helping evade cigarette duty was his former co-accused, 37-year-old Seamus McLaughlin.

McLaughlin, of Eastway Gardens in Derry's Creggan, was jailed for 12 years in November for having four "ready to deploy'' improvised mortars and an incendiary device with intent to endanger life in March 2013.

McDaid, of Glenowen Park in the city, was to have gone on trial in Antrim this week but Judge Desmond Marrinan adjourned the case, as he had done last September, before it could be opened by the prosecution.

Prosecuting QC Ciaran Murphy thanked the judge yesterday for the "time allowed" and asked permission for a 13th count to be added to the original indictment, which at one stage had been jointly faced by both McDaid and McLaughlin.

That extra charge accused McDaid of "encouraging or assisting an offence believing it would be committed contrary to Section 45 of the Serious Crime Act 2007", the particulars being that on March 3 2013 McDaid "drove a motorcycle believing that Seamus McLaughlin would commit an offence contrary to Section 170 of the Customs and Excise Management Act 1979, of being knowingly concerned in carrying cigarettes with intent to evade duty, and that this act would assist him to do so".

Following McDaid's guilty plea, Mr Murphy asked that the remaining four terrorist charges - conspiracy to cause an explosion with the four improvised mortars, possessing them with intent and under suspicious circumstances, and having an article, namely a Citroen Berlingo van, for the purposes of terrorism - "remain on the books and not be proceeded with, without further order of this court".

... No details were revealed about McDaid's role, or what he believed McLaughlin was doing when they were arrested on Derry's Letterkenny Road that day, and the mortars were uncovered in the rear of the Citroen Berlingo van.

However, previous court hearings were told that McDaid had been travelling behind the van on a motorcycle.


そもそも逮捕の際、警察が車を止めたということは、誰かがその車を使って攻撃が行なわれるということを警察に伝えていたということなのだが……

(・_・)


ところでこのGary McDaidという人、ディシデンツ界隈で「マガベリー刑務所で拷問された」ということでニュースになってた人だと思うのだが、そちらはどうなったのだろう。

あと、このマクローリンとマクデイドは現在「自称IRA」と言われている組織の人らしい(それは、デリーのクレガンなので言わずもがなかもしれないけど)。

(……という具合なので、クレガン出身のイスラム戦士の件など、ほんとに「えーー」となってしまうのだが。)

※この記事は

2015年02月25日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼