「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2015年01月31日

今日のワシントン・ポストが読むところいっぱいだという話

表題の通り。今日はWashington Postの記事のフィードが何度RTされていたことか。

まずはこの件。カルト宗教の話。


(Tom Cruiese's) conclusion: “Either you’re onboard, or you’re not onboard.”

Now, a new HBO documentary − “Going Clear: Scientology and the Prison of Belief,” which premiered this week at Sundance − takes a look at some of the consequences of not being onboard.

http://www.washingtonpost.com/news/morning-mix/wp/2015/01/28/the-horrible-things-a-new-documentary-says-about-tom-cruise-and-scientology/


WaPoが「HBOのドキュメンタリー」にリンクしているのはローレンス・ライトによる本だが、サンダンスでプレミアされたのはこの本に基づいて(or関連して)制作されたアレックス・ギブニー監督のドキュメンタリー映画である。

ギブニーといえばアメリカによる拷問を調査したTaxi to the Dark Sideなどがあるが、そのギブニーが今回はカルト宗教(サイエントロジー)を追ったのだ。

“You’ll see a lot of good people in this movie that were drawn into Scientology and then to have them transformed into people that they didn’t recognize,” Wright said. “… That process of belief and inculcation of behavior tells us a lot about human nature.”

http://www.washingtonpost.com/news/morning-mix/wp/2015/01/28/the-horrible-things-a-new-documentary-says-about-tom-cruise-and-scientology/

↑これなんか、「イスラム国」を自称する勢力(ネットスラングで「イスイス団」、本稿では「ISIS」と表記)に入った人の事例でも報告されてるようなことですね。コソヴォからの報告などを参照。

映画に出てくるアイルランドのジャーナリスト、ジョン・スウィーニーが今週末ダブリンでトークセッションを行なうということでアイリッシュ・タイムズにも記事が出ていたが、そちらもなかなかぐっとくる内容。ご一読を。




なお、WaPoの記事にもあるようにサイエントロジーはギブニーのこの映画に相当神経を尖らせているようで、Twitter上でももにゃもにゃする動きがあるそうだ。その名も「自由と倫理」ですってよ。興味のある人は私のTwilogをあさってください。英語でね。

(なお、私はこれ以上脅されたくはないです

それからこれ。新興宗教とは全然別件で、拙ブログはカルトよりこっちのほうが守備範囲。でもちょっとダークすぎて立ち入りたくないです。「ダーク」っていうよりcovertですね、もろに。よくWaPoのような場に出てきたと思います。







ソレイマニの件はアレとして、この記事に出てくる「自衛」についての指摘は、本当に怖いですよ。アメリカが今シリアを爆撃しているのも、「自衛」でつじつまあわせをしている(現にISISによってアメリカ人が殺されているので&シリア領内にいるアルカイダの一派についても「アメリカへの攻撃を準備している」という理屈付けで「自衛」を使っている。リビア介入のときのような「保護する責任 R2P」ではないです)。

The operation in Damascus highlighted a philosophical evolution within the American intelligence services that followed the Sept. 11, 2001, attacks. Before then, the U.S. government often took a dim view of Israeli assassination operations, highlighted by the American condemnation of Israel’s botched attempt in 1997 to poison the leader of Hamas, Khaled Meshal, in Amman, Jordan. The episode ended with Mossad agents captured and the Clinton administration forcing Israel to provide the antidote that saved Meshal’s life.

The Mughniyah killing, carried out more than a decade later, suggested such American hesi-ta-tion had faded as the CIA stretched its lethal reach well beyond defined war zones and the ungoverned spaces of Pakistan, Yemen and Somalia, where the agency or the military have deployed drones against al-Qaeda and its allies.

A former U.S. official said the Bush administration relied on a theory of national self-defense to kill Mughniyah, claiming he was a lawful target because he was actively plotting against the United States or its forces in Iraq, making him a continued and imminent threat who could not be captured. Such a legal rationale would have allowed the CIA to avoid violating the 1981 blanket ban on assassinations in Executive Order 12333. The order does not define assassination.

http://www.washingtonpost.com/world/national-security/cia-and-mossad-killed-senior-hezbollah-figure-in-car-bombing/2015/01/30/ebb88682-968a-11e4-8005-1924ede3e54a_story.html


"The order does not define assassination." 「拷問」も定義をめぐるワードゲームにされました。「テロリズム」は(アメリカだけの問題じゃないのですが)統一的には定義されず漠然としたもののまま世界各国で「テロ法」という法律になって「取り締まり」に適用されて、「グローバル・ウォー・オン・テラー」が行なわれている。(一方でここ日本には「戦争なんて70年前に過去のものになったのに」という無根拠なお花畑言説があり、誰かがそれについて語ることですら阻もうとする人たちがいる。)

“It’s fairly clear that the government has at least some authority to use lethal force in self-defense even outside the context of ongoing armed conflict,” said Stephen I. Vladeck, a professor of law at American University’s Washington College of Law. “The million-dollar question is whether the facts actually support a determination that such force was necessary and appropriate in each case.”

http://www.washingtonpost.com/world/national-security/cia-and-mossad-killed-senior-hezbollah-figure-in-car-bombing/2015/01/30/ebb88682-968a-11e4-8005-1924ede3e54a_story.html


WaPoはこれ、後続で何かあるかもしれないですね。

おまけ。パロディ・ニュースの棒読みタイム。




(・_・)

※この記事は

2015年01月31日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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