「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

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2007年05月08日

BBC Liveでその瞬間を見ている。

日本時間午後7時過ぎから、BBCウェブサイトのLiveで、ストーモントの議場での閣僚指名・宣誓を見ている。予定通り粛々と進行している。最初に議長がイアン・ペイズリーのファーストミニスター受諾の意思を確認、ペイズリーの受諾の発言。続いてマーティン・マクギネス。以下、ピーター・ロビンソン、コナー・マーフィーなど続々。今私が見ているのは、パワー・シェアリングの最終仕上げだ。

議長は議会での各政党の長を指名(DUP=ペイズリー、SF=アダムズ、UUP=エンピー、SDLP=ダーカン)、それぞれに「○○大臣」の指名をと問いかけ、各政党の長が「だれそれを指名したいと思います」と答え、議長が「だれそれさん、受諾しますか」と問い、指名された人が「受諾する」旨の発言を行なう。

各閣僚の指名の段階になってからは、シン・フェインの人たちは、まずアイルランド語(ゲール語)で発言し、直後に英語で発言している。マッギネスは英語だけ。

一連の指名が終わると議員らはお茶の時間で、BBCのスタジオ解説が「グリーンティとオレンジジュースですかね」とか言ってる(笑)。ファーストミニスターのオフィスにペイズリーが入ってくる。スタジオではこのあとの式次第を解説。このあとブレアとバーティ・アハーンらがファースト・ミニスターのオフィスでお茶会。

スタジオでは「この合意がなされたこと、それもこのように穏やかに進められたことを評価したい」、「何人もが不必要な死を遂げた。本来ならこの合意は何年も前になされていてよかった」というコメンテイターの意見(画面に出るテロップがストリーム画面では小さすぎて読めないのでコメンテイターが誰なのかわからない)。

ファーストミニスターのオフィス。5人が座って談笑。ペイズリーと、あと左から・・・誰だ、画面が小さすぎて。あ、マクギネス、バーティ・アハーン、ブレア、ヘインだ。一番入り口に近いところにペイズリー、遠いところにマクギネス、両者の間にアハーン、ブレア、ヘイン。

お茶会、すげー和やか。ペイズリーが何かおもしろいことを言って(私には聞き取れないアルスター訛りで)一座を爆笑させている。お茶が運ばれてきてみながミルクを入れたりとか、すごくふつう。ってか私もお茶いただきたくなる。

カメラ切り替わって広間。議員さん大集合で立錐の余地なし。最前列にアダムズとPUPのドーン・パーヴィス。あとは画質が悪いからだれがどことかわからん。ペイズリー夫人(レイディ・ペイズリー)、マッギネスのお母さんも来ている(「ファーストレディー」的に)。マッギネスのママとアダムズが挨拶のハグ。

ジョン・リードも来ている(元NI担当大臣、現在は内務大臣)。挨拶して回っている。

スタジオでは今後についての話。しばらくはハネムーンだろうが、閣僚は大変な仕事になるだろう、という話。「市民にとってほんとうに利益になる決断をしなければならない」など。

広間でセレモニー開始。最初はSky is the limitというハンディキャップのある若い音楽家グループの演奏会(管弦楽)。あのコワモテのジョン・リードがいい笑顔で見てる。カメラは外へ。いいお天気。教会の人たちにインタビュー。

壇上、Sky is the limitの人たちが手話を添えてYou raise me upという曲を歌う(テレビでの音声はどう聞いてもCD)、左からペイズリー、マクギネス、ブレア、アハーン。たぶんBBCはものすごく入念なリハーサルをしている(カメラワークがすごい)。というかここまでやられるとなぁ、ワールドカップの開会式とか見てる気分。

演説開始。一番手はファーストミニスターとなったペイズリー。背後でカメラにフレームインしているブレアの笑顔がうざいが、花道だからいいか、今日は。ペイズリーが自虐ネタで笑いを取る。これのスクリプトはあとでどっかに上がるだろう。「ついに今日この日、私たちは恒久平和に向けてスタートします」みたいなの。感動的な演説だ。この人のカリスマは、60年代から、こういうふうにあっていてほしかった。

うがー、アダムズのアップ、柔和な顔。目がきらきらしている。いやん。

ペイズリー演説、最後にthe Byrdsの歌ったTurn Turn Turnの詩を引用している。To every thing, turn, turn, turn, there's a season, turn, turn, turn... "Never, never, never" から、"turn, turn, turn" へ。

アダムズの柔和な顔。

次、マーティン・マクギネス登場。最初に「ご来場の皆様を歓迎」というところで、パレスチナと南アの代表がここに来ていることを私は初めて知る。マッギネスのママのアップ(どうでもいいが瓜二つだ)。非常に真面目な演説だ。「IRAは暴力に戻ることはない」ということを確信させる、非常に力強い演説。ペイズリーのアップ、感慨深げである。はいそこ、背後のブレアはにやにやしない。

ブレア。個人的にはしょーじきどーでもいいよと思わせる、感極まっているときの声。と思ったらいきなりペイズリーと自分をネタに笑いを取りに行く(笑)。しかしペイズリー、マクギネスと続いたあとではなんと聞き取りやすいことか。演説の内容は特にメモるべきこともない・・・と思ったが、歴史認識のところはあとからゆっくりスクリプトを見たいな。あと、「私ひとりで成し遂げたのではない」みたいな話でジョン・メイジャーに言及。メイジャーは来てないのかな。確かに、メイジャーはサッチャーのやり方をひっくり返そうとした。そこから始まったわけで。あとはペイズリーにYesと言わせたことについてのくだり(ペイズリーに感謝したい、という基調)、シン・フェインのトップ(アダムズとマクギネス)のリーダーシップへの評価、political causeはpoliticalな形で、という原理原則論、あとは締めの部分。非常にいいことを言っているのだけれども、イラクのことを思うと「このクソ二枚舌野郎が」と怒りがこみ上げてくるので、脳内の英語スイッチをOFFにする。

次はバーティ・アハーン。お手本のようなきれいな演説だと思う。「北アイルランド問題」では共和国は常に難しい立場にあったのだがそこは触れず、「紛争から平和へ」の一般論的なことでまとめている。あとは「貢献者に感謝したい」で、「最大の貢献者」としてトニー・ブレア、true friend of peaceだそうで、そろそろ英語スイッチOFFるか。ああもういや、画面に満面の笑みのブレアのどアップ。評価される私、みたいなの。こういうときほど、BBCのストリームの画面が小さいことに感謝することはない。

あ、1921年に言及している。英語スイッチ入れないと。アダムズのアップ。あ、終わっちゃった。(^^;

4人が壇上からおりる。セレモニーの次の幕まで休憩。画面では壇上にいた4人が、Sky the Limitの人たちと握手したりしている。イアン・ペイズリーはほんとに、どうしてああいう戦闘的な態度を保っていたのか、こういう和やかな姿(孫をかわいがるおじいちゃんにしか見えない。ダウン症の子から握手を求められて満面の笑みで話しかけたり)を見ると、本当に「紛争」というものの根を思う。

スタジオの解説、「ここまで変わるものですね」的な話。

カメラはデリーに。スタジオは「ロンドンデリー」というが、現地のレポーターは「デリー」という。デリーもさわやかないい天気という感じ。街頭であらかじめ招いていた人にインタビュー。プロテスタントのコミュニティワーカーの女性と、もうひとり、どういう人なのか聞き逃したけどナショナリスト側の男性。「もう殺し合いをするようなことはない、新しい時代だ」というような内容。男性のほうは「警察」についての質問を受ける。それからデリーのビジネス(商業)の意見を言うための男性にインタビュー。

何かそろそろ疲れてきたのでちょっと休憩。この時点で1時間半以上釘付けだ。

と思ったらLiveもここで終了。

Liveの内容:
Live coverage from Stormont as the new Northern Ireland Executive and Assembly come into being.

Jim Fitzpatrick and guests bring the colour of the occasion as the ministerial team is nominated.


LiveのURL:
http://www.bbc.co.uk/mediaselector/check/player/nol/newsid_6630000/newsid_6634100?redirect=6634145.stm&news=1&nbram=1&bbram=1&bbwm=1&nbwm=1
↑もう終了しました。ってキー打ってるときに地震だし(@東京)。震度2くらい?



というように大臣が正式に決まって(顔ぶれはこちら)、「ピースプロセス」は終了した。これからは「プロセス」はトルツメで「ピース」になる。

今日はこのあとは議会が開かれる。月曜日に急な病気で亡くなった議員(DUP所属)がいるので、大臣指名とそのあとの儀式は当初予定より30分遅れてリスケジュールされていた。

※この記事は

2007年05月08日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 21:01 | Comment(0) | TrackBack(2) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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ピーター・ロビンソン、DUP党首として最後のスピーチ
Excerpt: 11月21日(土)、ベルファストのラ・モン・ホテルでDUPの党大会が行なわれ、今年の「ストーモントの危機」を乗り越える合意をとりつけた直後に新年をめどに引退する意向を表明したピーター・ロビンソンが、D..
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Tracked: 2015-11-23 21:29

マーティン・マクギネスの棺はデリーのボグサイドを巡り、葬儀は北アイルランド紛争と和平のプロセスをたどった。
Excerpt: Googleマップを開き、"derry ireland" を検索する。Googleが送り返してくるのは、"Londonderry, UK" だ。 私の検索ワ..
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Tracked: 2017-03-24 20:31

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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