kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年05月07日

宗教と政治――ベルファストのプライド・フェスティヴァル

1つ前のエントリと関連する話を、宗教をバックグラウンドにしたヘイトが根強い北アイルランドから。

Extra funding for Gay Pride... from a DUP ministry
Thursday, May 03, 2007
By David Gordon
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/article2508300.ece

ベルファストのプライド・フェス(1991年から毎年続いている:ベルテレさんはGay Prideと表記しているが、正式にはGayはトルツメになっているような気がするんので以下も「プライド」で)に行政からの資金、というのは別にニュースではないのだが、その金額が去年より大幅にアップしたというのはニュースだ。しかもプライドは管轄がministry of cultureで、5月8日再始動のストーモント・エクゼクティヴ(自治行政府)ではそのministry of cultureのトップ(大臣)にはDUPの人が就任するんだよね。そのミニストリーからプライドに非常に協力的な態度というのは大ニュース。

DUPというのはキリスト教ファンダメンタリズムの一宗派である「フリー・プレスビテリアン・チャーチ」を創設したイアン・ペイズリーが政治活動のために立ち上げた政党である。創設者のペイズリーは80歳を迎える現在もなおばりばりの現役でDUPの党首をしていて、5月8日には北アイルランドのファースト・ミニスター(首相のポスト)に就くことになっている。

で、このイアン・ペイズリーという人は「アルスターへの神の愛」を叫びながら、カトリックへの憎悪(最も有名なのは「ローマ法王はアンチ・クライスト」という発言)を叫んできた人物なのだが、この一派は強烈なファンダメさんだから、もちろん同性愛も憎悪の対象となってきた。(といっても、彼らと対峙してきたカトリックの側が同性愛に対する憎悪ゼロだったというわけではないのだが。)

つまり、「DUPの人がプライドを、いかなる形であれ、サポートする」ということは、ゲイの誰かが出会い系で彼氏を見つけたとかいうのとは比べ物にならないくらいにニュースバリューがある。(メイルさん、いかがか?)

ベルテレさん記事のタイトルにはそれがにじみ出ている。記事本文から少し引用。

Festival organisers were yesterday offered a £5,110 allocation for this year's celebrations - £2,110 more than the 2006 funding.

The financial support has been made available by an offshoot of the Department of Culture, which will have DUP MLA Edwin Poots as its Minister from next week.

Mr Poots is a member of the Free Presbyterian Church and has been a vociferous opponent of recent gay rights legislation in Northern Ireland.

He signalled yesterday that he will not intervene over the Belfast Gay Pride funding, despite strong opposition from within his Church.

While stressing that his views on same sex relationships were well known, the incoming minister pointed to equality legislation provisions.

"There is little point making decisions that will end up being overturned in a court of law," he stated.

個人の思想信条・主義主張より「政治」が上位にきたんだろう。DUPの大臣は「文句は言わない、口は出さない」というスタンスをとることで、「ゲイのお祭り」を承認するほかはないのだ。DUPのトップはイアン・ペイズリーなのに、DUP所属政治家はDUPらしい「ゲイはアンチ・クライスト」という政策は取れない。なぜならそれが「政治」だから。

なお、PinkNewsではこの大臣(予定)について「ホモフォビアの言説で知られるエドウィン・プーツ」としている。私はこのプーツという人のことは自治政府の人事発表まで聞いたこともなかったのだが(スラオさんでは「びっくり人事」と受け止められていた)、ロビンソン副党首みたいな「打算の(右翼)政治家」ではなく、本気でファンダメの人なのかもね。
http://www.pinknews.co.uk/news/articles/2005-4281.html

この記事↑には「抵抗勢力」のフリー・プレスビテリアンの聖職者の意見も紹介されている。
Free Presbyterian minister Ivan Foster told the Belfast Telegraph:

"If it turns out that financial support for a celebration of sodomy is sanctioned by a member or office bearer of the Free Presbyterian Church, then it will underscore the utter futility of the power sharing agreement that has been put together by the DUP and Sinn Fein.

"Far from the DUP elevating the morals of society, it seems that the DUP is going to come down to the level of morality that society demands."

はっはっは。話をこんなにでかくするなよ。まあ、ファンダメさんとしてはおそらく、IRAの武装闘争停止とかUVFの活動停止とかいったことと自治政府の復活という大きな流れのなかで、どさくさにまぎれてソドミー祭(笑)が入ってきた、という受け止め方をしているのだろう。「オカマは増えるし移民は増えるし、我々の社会はどうなってしまうのか!」みたいな。コンテクストとしては「ただでさえ『マイノリティ』のカトリックの人口がどんどん増えてわれわれのマジョリティが危ういというのに」というのもあるだろう。プロテスタント側で「オカマに目覚める」ような例がプライドのせいで続出したら、人口が減少してしまうしね。「シン・フェインの陰謀」という説は出てないのかな。

英国(グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国)でCivil Partnership Act 2004が可決・成立したあと、2005年12月に最初の「同性結婚」が行なわれたのは、北アイルランドだった。イングランドでもウェールズでもスコットランドでもなく北アイルランド、ということはすごくインパクトがあった。プロテスタントのファンダメな宗派(DUPのフリー・プレスビテリアンに限らず)とカトリックの北アイルランドで!

そういう「変化」に人々は必ずしもついていけない。ファンダメンタリズムによって社会が保たれていると信じている人たちは、もちろん全員ではなく一部だろうけれども、「これを放置しておいたら私たちの社会は崩壊する」という危機感を募らせた。あまりはっきりとは報道されてなかったのだけれども、同性愛者をターゲットにした襲撃事件もけっこうあったという記述は報道記事のいくつかで見かけてきたし(よりによって北アイルランドであるため、「ターゲットにした襲撃」というのは本気で怖い話だが、政治的動機の襲撃ほど本気モードではなかったらしい。つまり「拉致ってきて後頭部に一発」とかではなかったらしい)、そういう危機感が、「北アイルランド和平プロセス」によって生じたフラストレーション――「リパブリカンに妥協するのか」というフラストレーション――と結びついたらおおごとになるかもしれないと思っていたが、今のところ、ものすごいおおごとにはなっていないようだ。セクタリアン祭り(オレンジパレード)は相変わらずおおごとになるのだが。

2005年のプライド・フェス(シヴィル・パートナーシップまであと4ヶ月という段階)のときには、BBCも詳しく「抵抗勢力」のことを伝えていた。彼らはプライドが「パレード」であるという点をついて、北アイルランドの宗派パレード(オレンジ・マーチなど)を規制する法的枠組を、プライドにも適用させようと動いた。当時の当ブログから(文中のリンクなどは元のURLを参照):
http://ch00917.kitaguni.tv/e173998.html
Northern Ireland's gays march on
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/4739815.stm
※この記事、読者からのコメントも目を通すといいかも。

〈中略〉

北アイルランドでプロテスタントとカトリックの間の壁を超えたクロス・コミュニティのイベントはそんなに多くなく,ベルファスト・プライドはその数少ないもののひとつであると地元のゲイ・コミュニティの人たちはよく言う。

〈中略〉

しかし,the Troubles(=「カトリックとプロテスタント」の軸での武力をともなう衝突)がおさまったことで,あらたなスケープゴートを探すようになってきているとの見方もある。パレード主催者は「宗派間の緊張はもはや口実にならなくなっていて,人々は怒りの矛先をエスニック・マイノリティやセクシャル・マイノリティに向けるようになってきているのではないかと感じられる」と語る。

〈中略〉

パレード反対団体のひとつであるSTP(stop the parade)のラーナー氏は,「gayとはgood as youのことだと言いますよね」とのBBC記者の言葉に「good as youですか,なるほど。確かに私は,モラルのレベルにおいて同性愛者より自分が勝っているとは思いません」と答えた。【うわー。。。ニック・グリフィンとかがこういう感じだよね。】

〈中略〉

ラーナー氏の団体の目的はゲイの人々に聖書のおしえに気づかせることである,と氏は語る。また氏は,STPは「憎悪を抱いている」というレッテルを貼り付けられるが,自分のようなクリスチャンから見れば,「家にいて何もしないほうがよほど大きな憎悪を示している」のだと語る。【「憎悪」hatredという語の解釈をめぐるゲームにしたいのか? 前者の「憎悪」は「ホモセクシュアル排斥」,後者の「憎悪」は「神への反抗」(<新約聖書)。】

〈中略〉

「私たちにとっては受け入れがたいものです」とラーナー氏は語る。【だから反対運動を組織化している,と。で,「私たち (us)」って誰?】

――記事はこの後,ベルファスト・プライドはラーナー氏の言うようなthe sexual gesturing, nudity and innuendoではないということを行間に漂わせた記述(プライドのサイトで写真を見れば,そんなに強烈な服装の人はいないということがわかります。というか「文化祭」っぽい)の後,欧州各地での様子を説明。

いわく,ドイツのケルンではパレードには強烈な服装の人もいたが,通りにいた人々は特段の反応はしていなかった。このように,モダンなヨーロッパではゲイの人々はコミュニティの一部として受け入れられ,ほかの人たちとは異なったように,かつ同等に暮らしていける。しかるに,リガ(ポルトガル)やブカレスト(ルーマニア)では激しい抗議が起こり,ワルシャワ(ポーランド)ではパレード自体が禁止された(が結局パレードは行われた)。モスクワ(ロシア)では2006年に初のゲイパレードが行われようとしているが,市長はこれを禁止する構えである。

【つまり,近代化されたところではさらりと流されるのに,そうでないところでは抗議運動があったり行政が禁止したりする,ということ。これは遠まわしに,「北アイルランドのプロテスタント勢力=キリスト教原理主義勢力」への批判をしている箇所だろう……“近代化された”英国であるはずなのに,と。】

〈中略〉

パレード主催者は「社会はようやく,差別は許容されないものなのだということがわかりつつある。私たちの暮らす世界は多様性の世界であり,他者を受け入れなければならないということがわかりつつある」と語る。

〈中略〉

今年のベルファスト・プライドは論争となったが,ひとつ明るい材料を残した。コミッションでの仲裁の際に,パレード主催者がキリスト教(の信仰に基づく)抗議者たちと同じ場で話をしたのである。両者とも,これは今までになかったことだと述べている。合意に至ったとはとても言えないが,抗議のプラカードや旗は降ろされた。

PIRAの武装闘争終結宣言で,「カトリックかプロテスタントか」が終わろうとしているときなのだが〈中略〉,状況は,決して楽観的ではいられない。

「ゲイかヘテロか」「白人か有色人種か」は,実は北アイルランドではかなり前からある。13 January, 2004にはBBCに,Race hate on rise in NIという記事が出ているので参照されたい。

一例としては,ベルファストのチャイニーズ&フィリピーノのコミュニティに極右のスローガンとスワスティカがスプレーで描かれたこともあったし(2004年),ベルファストでの人種差別・同性愛差別の襲撃は週に5件以上起きているという統計も出ている(2004 年)。2004年10月には,ベルファスト南部にチャイニーズ文化センターが作られたが,そのときには何者かによって,このエリアに住み働いているチャイニーズは,『このコミュニティのブリティッシュネス(Britishness)をだめにする』と書かれたビラがまかれた。(BBC記事)

このとき,極右政党DUP所属のカウンシル議員は「地元の人々が反対しているのだから,別な場所を選ぶべきでしょう」とコメントしている。(上記BBC記事参照。)


「同性結婚」スタート後の2006年は、こういう「抵抗勢力」のことはあまり伝えられていなかった。というか、2006年8月は「航空機爆破計画の発覚」のニュースを追うのに忙しくて、プライドの記事はほとんど読んでなかったと思うのだが、「プライド・フェス最終日にパレードがありました」という記事に「抵抗勢力の意見」がちょこっと書き添えられているのを見ただけだ。下記のとか。

Thousands attend Gay Pride march
Last Updated: Saturday, 5 August 2006, 17:05 GMT 18:05 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/5247280.stm
However, Reverend David McIlveen, of the Free Presbyterian Church, said: "These people are flaunting their sexuality in a way that we deem is unacceptable and contrary to the teaching of the Bible.

"Therefore it is our responsibility to point that out to them."

「セクシャリティをひけらかす行為は聖書のおしえにそぐわない」、「それを指摘することは我々がすべきこと(responsibility)」。

というわけで、ファンダメさんとしては「ゲイであることを見せる行為は聖書のおしえにそむくものだ」という考えは変えていないし(変わるもんでもない)、ここでは明文化されていないけれども、たぶん同性愛そのものについても「聖書のおしえにそむく」と考えているのだろう。

BBC記事やBBC記事への読者からのコメントを見る限り、そういうのは「ごく一部の人たち」であって、プライド・パレードは多くの参加者を集め(外国からも人が来るのでそれもファンダメな人たちが「俺たちの社会が壊される」と考える理由のひとつ)、ベルファストの人たちはそれを歓迎している。

「夏のベルファストの風物詩」といえるくらいに大きくなれば観光産業としてもばんばんざいだし、「セクタリアン・ヴァイオレンスに明け暮れた閉鎖的なテロの街」というイメージを払拭するためにはinclusiveなプライド・フェスティヴァルはシンボルとしてすばらしいものだ。「過去に生きる」ことを否定する人たちが歓迎するのは当然だ。

しかし、DUPのミニスター、それもこれまでホモフォビア言説でぶいぶい言わしてきたような人がプライドを「認めた」となると、意固地な人たち(主義主張・思想信条の人たち)はますます「政治」への不信を募らせるかもしれない。おそらく数としては少数だろう。けれどもその「少数」が膨れ上がるという現象や「少数」であっても手にしているもの次第ではものすごいことになるということは、北アイルランドはいやというほど経験している。「神様の軍隊」みたいなのができないよう、真剣に願う。(イラクのムクタダ・サドルの私兵集団「メフディ軍」は「神の軍隊」というような意味。「ムジャヒディーン」もそういうような意味。しかしそれらはイスラム教の専売特許じゃないのよ。結局はdefend our faithなのだから。)(日本でもあったよね、宗教が正当化した無差別殺人は。)



「神様」といえば5日付けでこんな記事がBBCに出てる。

Unholy row at clergy soccer game
Last Updated: Saturday, 5 May 2007, 19:11 GMT 20:11 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/6628929.stm

ノルウェーで、キリスト教の聖職者とイスラム教の聖職者のコンファレンスの締めとしてサッカーの親善試合が行なわれたのだが、キリスト教側のチームに女性のプレイヤーが入っていたらしい(女性だけのチームということではないと思う)。で、イスラム教側が女性との対戦を拒否(サッカーでは身体的接触があるため)、キリスト教側が女性プレイヤーをメンバーから外したが、これでキリスト教チームの主将が怒ってチームを離脱してしまった。

コンファレンスでは宗教間の対話の促進などが話題となっていたそうだが、その締めのイヴェントが「サッカーの親善試合」というのはおもしろくていいんだけれども、なぜキリスト教側は最初に女性プレイヤーを入れたチームを編成したのだろう。イスラム教での「異性との接触」についての決まりごとを知らなかったのだろうか。あるいはそれを知っていて「女性差別はよくない、もっとオープンに」ということを行動で語ろうとしていたのだろうか。

「異性との接触」の決まりごとを知らなかったとしたらあまりに不勉強だし、「女性差別はよくない」でやったのだとしたらナイーヴに過ぎる。あれは「差別」という図式で必ずしも捉えられるものではない。(と、「差別」という日本語を使いながら私は非常なもどかしさを感じているのだが。英語でいうとdiscriminationというよりsegregationだと思うから。)

ノルウェー教会では、試合の2日前にイスラム教側から異議が伝えられていたという。「しかし試合中止にはしたくなかったので、全員男性のチームで試合をすることにしました」

こうして、当初のチームから女性プレイヤーが外され、男性だけのチームを再編成したが、主将がおかんむりでウォークアウト。試合の数時間前になって教会は試合の中止を発表した。
"We realise now that it will be wrong to have a priest team without women," the statement said.

"The reactions we have had today shows us that this is being interpreted as a gender-political issue. This is why we cannot go through with the soccer match."

えー。それってgender-political issueですかね。religious issueでしょう。

教会は驚異のポジティヴシンキングで「この経験でお互いに文化というものについて学ぶことができた」というコメントを出しているが、これでまた「イスラム教は女性を差別する宗教」という「解釈」がされることは止められないだろう。何たる失策。本気で「対話」したい人たちのやることとしてはあまりにお粗末。

なお、「ノルウェー教会」という日本語を当てたのはChurch of Norwayです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Church_of_Norway

ルーテル派で、There are more than 1200 clergy (19 % women) in the Church of Norway. とのこと。

※この記事は

2007年05月07日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 02:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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