「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2014年09月04日

パニック報道、その後に。(あるいは「あの組織は本当に生物兵器を "開発" なんてことをしているのか」)

先日、いわゆる「原子力ムラ」で読まれるために制作されている媒体で、ざっくり、「英国には科学のためのすばらしい制度があるのでメディアも騒ぎません」的なことが語られているのを読んで、お茶をふくのも忘れてぼーっとしてしまった。

「パニック報道」といえば英国が本場のひとつだ。ちょうど上の媒体が出たころは、「エボラ」についてのパニック報道があったばかりだ(それを是正するのもまたメディアなのだが)。


英国は「イエロー・ジャーナリズム」発祥の地である。タブロイドではネタのでっち上げや「おとり捜査」まがいの工作は当たり前だし、不法・違法な手段、違法すれすれの手段を使っての「取材活動」も常態化している。「高級紙 quality paper」と呼ばれる媒体でも、「釣り」見出しや恐怖煽動は珍しくもなく、News Internationalでの「電話盗聴」を暴いたガーディアンの最初の記事はいわば「釣り、煽り」だったことが公的調査でわかっているし(反ガーディアンの立場の人々がかなりねちねちやってる)、今も、デイリー・テレグラフやタイムズのような媒体の一面がちょっとひどいのではないかということが話題になっている。




(インディペンデントは、Twitterアカウントはクリック狙いで扇情的ゴシップ写真をばんばん流してくるようになってデイリー・メイルのサイトの右側のサイドバーと区別がつかない状態になっているが、印刷媒体ではまだ多少は考えているようだ。ソトロフさんの写真でバーレーンのものを選んでいることには感銘を受けすらした。)

だが、確かに、「原子力」に関しては英国の報道は極めて慎重である。原発大国の英国では、「トラブル」はけっこうよく起こるしよくニュースになっているのだが、そのニュースで絶対に「パニック」を煽らないということが最優先されているのは、ある程度の量の報道などの英文に接している人なら文章から感じられるはずだ(プレスリリースの引き写しと、淡々とした事実の記述のみで構成され、「人間の感情」の言葉の余地がない)。たとえば今年1月、セラフィールドで放射線量が上昇したときのニュース(これは本当に原子力施設とは関係なく、自然界のラドンが原因)や、昨年4月にハートルプールの原発で火災が発生したときのニュースなどを参照されたい。

そういうのを見ているから、日本の「原子力ムラ」の人が自分のフィールドに限って「英国はすばらしい制度を有していて冷静だ」と感心してみせているのも、ああ、まあそうかもしれませんわね、と思えなくもない。しかし、当方の「自分のフィールド」、つまり「普通のニュース」では、英国はとにかくパニック報道は激しい。特に政府の広報の意図が絡んでいることが明らかな場合、非常に効果的な言葉遣いで人間の心理を直撃する(冷戦時代の英国の「政府広報」のスローガンを見ると感心せざるをえないが、そんな感じ)。

とっくの昔に虚偽だと判明している「イラクの大量破壊兵器は45分で」云々説はその代表例だが、ほかにも2000年代には、「ダーティ・ボム(の可能性)」の報道もあった。ダーティ・ボム(汚い爆弾)とは、大雑把には「放射性物質の管理のずさんな国から、危険な物質がテロリストの手に渡り、核爆発で被害を引き起こすことではなく放射性物質をばら撒いて一定区域を汚染することを目的としたボム」のことである。実際にイラク戦争のときに「むき出しのイエローケーキ」などが出てきていたのだから「あんなのがテロリストに渡ったら大変」という危機感は誰もが抱いていて、BBC Newsのウェブサイトはそれ専用のヘッダー画像を作って特集ページみたいなのを置いているほどだったが、実際にロンドンの町で放射性物質が(いかに微量とはいえ)ばら撒かれたあと、なぜか「ダーティ・ボム」の話はされなくなった。元々、そんな脅威は現実的なものではなかったのかもしれない。

そのような「パニック報道」の最新のものが、「エボラ」と「イスラム国」である。エボラについては、本エントリの上のほうにツイートを埋め込んだが、ガーディアンでジェイムズ・ボール記者が冷静に分析している(タブロイドが「ヒースローで乗客が倒れた。エボラ・パニック」と見出しを打ったが、前半と後半は関係なかった、とか)。

いわゆる「イスラム国」については、8月21日に明らかになったジェイムズ・フォーリーさん(米国人)の殺害の実行者が「イングランド訛り」(おそらくロンドナー)であることから、英メディアは一時期「パニック」調になっていたが、さすがに数日で自制心を取り戻したようだ(「自制心」だと思っておきたい)。あまり煽りすぎると英国内でイスラム教徒のコミュニティに対してどのような暴力が加えられるかわからないし(首切り集団などいなくても、ロザラムのひどい事件などで英国内での「イスラム教徒」への圧力は高まっている)、そもそも「イングランド訛りのジハディ」が誰なのかを特定したとかしないとかいったところで情報が出てこない(はっきりしない)のを見ると、いろいろと察さなければならない状況だということはわかる(シリアで英国が何をやってるかという点)。

そんな中、8月29日(黒旗首切り集団が2人目の米国人殺害を公表する数日前)に、米国の雑誌Foreign Policyでの記事を元に、「黒旗首切り集団と生物兵器」に関する「パニック報道」が発生した。シリア内戦にはまるで無関心な日本語圏ですらマスメディア(通信社)が報じ、ネットでは(おそらくクリック稼ぎ狙いの)いいかげんな「まとめ」が量産された。

FPの記事は、何度もシリア北部を取材してきた米国人ではないジャーナリスト2人によるもので、今年1月に(←重要)イドリブで戦闘の末、黒旗集団を追い出した(今年1月ならまだ「アルカイダから分裂」する前だったんじゃないかな)ときにアジトで見つかったといってFSA(反アサド武装勢力だが宗教勢力ではない)の人が見せてくれたというノートパソコンの中身(その中に「生物兵器作成マニュアル」が含まれる)についての報告だ。取材場所は国境のトルコ側。

記事自体は「煽り」調ではなかったのだが、FPがつけた(ツイートした)見出しが完全に「パニック報道」だった。

しかし、問題のパソコンに入っていた「生物兵器作成マニュアル」は、本当に「使える」マニュアルなのかどうか……FPの記事を元にパニック報道を繰り返した各メディアでは、それを検証したのだろうか。

……という点を、まとめてあるのでお読みいただきたい。

【パニック報道に注意】「イスラム国が生物兵器を開発」という話は、どの程度「リアル」なものなのか。
http://matome.naver.jp/odai/2140973301240608101


「トイレその後に」があるように(使うか使わないかは別として)、「パニック報道その後に」があってほしいと思う。

トイレその後に 特大 無香料 450mL 【HTRC3】トイレその後に 特大 無香料 450mL 【HTRC3】

トイレその後に 特大 フレッシュグリーン 450mL 【HTRC3】 消臭力 トイレ用 スプレー 無香料 330mL 【HTRC2.1】 トイレその後に 携帯用 無香料 23ml トイレその後に 香りに変身 シトラスクリア 330mL 【HTRC2.1】 トイレその後に 香りに変身 リフレッシュジャスミン 330mL【HTRC2.1】

by G-Tools


んで、「パニック報道」、「恐怖の煽動」が行なわれたあと、「なーんだ、あれは煽りだったんだ」と人々に思わせるような煽りに寄与しない普通の情報が出てきたときに、それらが当初の「パニック報道」と同じくらいに取り上げられればよいのだが、残念ながら実際にはそうではない。

「イスラム国が生物兵器を使うかもしれない!!!!!!!」とパニクっていた報道機関が、「あー、あのマニュアル、使えないってわかってるやつですね。あの手順で作業しても生物兵器はできませんよ」という情報を同じくらいの熱心さで取り上げたケースは、残念ながら私は見ていない。

そういうことについてネットにものを書いても、注目されない。というか、閲覧自体されない。






※この記事は

2014年09月04日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 19:01 | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼