「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

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2014年08月11日

イングランド北部の原発で不具合が発見され、停止



通信社の配信記事ではなく、ガーディアン記者が書いている短い記事だ。

検査員がチェックしたところ、イングランド北部にあるヘイシャム1原発(Haysham 1)とハートルプール原発(Hartlepool)の原子炉の合わせて4基でボイラー・ユニットに不具合 (fault) が見つかり、調査を行うためにその4基が停止されたとEDF Energyが述べた。これによる近隣の停電は発生しないが、調査は8週間程度かかる見込みとの由。

今回停止の原因となったボイラー・ユニットの不具合は、今年行われた原子炉の1基の定期検査の間に偶然発見されたもの。引用されている部分だけではなくEDFのステートメントを全部読まないとよくわからないが、記事中にEDFステートメントへのリンクがないので(珍しい)わざわざ探さなければならず、私は今はその作業はしていられない。
EDF said in a statement: "Although routine inspections of other boiler spines have not previously indicated any similar defects, EDF Energy has taken the conservative decision to shut down Heysham 1 reactor 2 and Hartlepool reactors 1 and 2, that are of similar design, over the next few days to carry out further inspections in order to satisfy itself and the regulator that the reactors can be safely returned to service."


ヘイシャム1原発はランカシャーにある。この1月、ボイラー・ポンプの不具合のため停止(したが停電は発生しなかった)。また昨5月、ヘイシャム1は建物から煙が出てシャットダウンされた……と記事にはあるが、火災でニュースになったのはハートルプールだったよね……2013年4月。

2013年4月20日(土)、英国の原子力発電所での火災(ハートルプール原発)
http://matome.naver.jp/odai/2136664043794389101


今回の「不具合発見による停止」について、詳細を調べるには、上記「まとめ」にある地域メディアなどからたどるのが早いかもしれない。

※この記事は

2014年08月11日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼