軍事化していた時期のベスブルックについては、この地にオペレーション・バナー(「北アイルランドの治安維持」を目的とする英軍の作戦)で駐屯していた元英軍人の手記に詳しい。IRAの活動が活発でBandit Countryと呼ばれた地域の一角にあるベスブルックは、紛争さえなければ基本的にのどかな緑の野山で、ひつじちゃんや牛ちゃんがのんびりしているのが似合うような「アイルランドの田舎」だが、実際には北アイルランド紛争で最悪の流血を見た(といっても、こういうのは比較の問題ではないのだけど、2011年以降のシリアや2014年のガザを、ソーシャル・ネットのおかげでめっちゃ近くで見てしまった者としては、これが「最悪」という事実に改めて向かい合って、戸惑いのようなものを覚えてしまう)。この英軍施設内のヘリポートは、往時は欧州で最も発着の多いヘリポートだったという(北アイルランドでは英国側の軍人・治安関係者や政治家などは陸路で移動するとIRAの襲撃を受けるので、移動の際にはヘリがよく用いられた)。2007年にIRAが「武装闘争終結」を宣言した直後に、「本当に終わった」ことを形にするためにデコミッションされた英軍施設のひとつが、この英軍基地だった。
そのベスブルックで、2014年7月、ついに「旗騒動」での死者が出た。
County Armagh: Man drowns in Bessbrook flag incident
29 July 2014 Last updated at 11:50
http://www.bbc.com/news/uk-northern-ireland-28531001
ベスブルックの町には大きな池がある。周囲は緑地で、美しい山も見えて、何というか、「憩いの場」と呼ぶにふさわしい公園だ。この池に小さな浮島のようなもの(実際には土はなくて、木が水中から生えているだけかもしれない)がある。岸からすぐで、カナヅチでなければボートなどなくても行けるだろう。
誰がやったのかはわからないが(ロイヤリスト、プロテスタントがやったのではないということだけはわかる)、この浮島の木に、アイリッシュ・トリコロールの旗が立てられた。
かつてIRAが暴れまわったこの土地で、この旗を立てるという行為はあまりに挑発的である。シン・フェインのミッキー・ブレイディ自治議会議員は旗が立てられてすぐに「除去すべき」と述べていた。しかし旗はその後も放置されていた。
見るに見かねた地元の人が、それを除去しにいって、溺死したのだ。
亡くなったのはオズワルド・ブラッドレーさん(68歳)。その場にいた10代の男性が救出に向かい、ブラッドレーさんを岸に引き上げて、救急車が近くの病院に搬送したが、搬送先の病院で死亡が宣告されたという。
BBC記事には、SDLPの政治家のコメントとして「ベスブルックは両派が共存してきたコミュニティで、宗派ごとの関係はとてもよい」とあるが、だからといって誰か個人が、その人にとって "「紛争での暴力」しか連想させないシンボル" であるものを許容できるわけでもない。
しかもブラッドレーさんは、あの "FAIR", わかりやすくいうと「IRAの被害者の会」のメンバーだった。(FAIRの設立者で2012年11月まで代表を務めていたウィリー・フレイザーは、サウス・アーマーの出身だが、2012年12月以降の「旗騒動」においては主要な活動家のひとりで、ベルファスト市議会の「英国旗の掲揚は特別の日だけ。1年365日掲揚しておくのはもうおしまい」という決定に激しく反発している人物だ。)
Mr Bradley was a member of the County Armagh victims' group Families Acting for Innocent Relatives (FAIR).
He was involved in the campaign seeking justice for the victims of an IRA gun attack near his village, that became known as the Kingsmill massacre.
http://www.bbc.com/news/uk-northern-ireland-28531001
Kingsmill Massacreは、1976年1月に起きた、あまりに陰惨な事件だ。アーマー州キングズミルで、工場から集団で帰宅する労働者12人の乗ったマイクロバスが武装集団に止められた。覆面の武装集団は乗っていた人たちに車の外に出るよう命令し、その上で「この中にカトリックはいるか」と訊いた。事件生存者によると、「ロイヤリストが何かの報復のためにカトリックを殺そうとしている。名乗り出た者が殺される」と思われたが、実際には逆で、名乗り出たカトリック1人はそのまま逃され、残った11人のプロテスタントが、一列に並ばされた状態で銃撃を受けた。全部で130発以上の銃弾が発射され、車は(車も)蜂の巣になった。生存者は1人で、その人も18発も被弾していた。この陰惨な事件は紛争を激化させたが、結局実行犯は誰も起訴されていないままだ。特定されたのかどうかもわからない(資料が開示されていない。される見込みもない)。
https://en.wikipedia.org/wiki/Kingsmill_massacre
BBC Newsの記事ではあっさりとした記述だが、ベルファスト・テレグラフではこのキングズミル事件と亡くなったブラッドリーさんとの関わりについて、もう少したっぷり書いている。
Bessbrook drowning victim considered the tricolours a "direct insult to the memory" of Kingsmills massacre victims: http://t.co/toMvYuS4wf
— Belfast Telegraph (@BelTel) July 29, 2014
ベルファスト・テレグラフでは、2日連続で、1面トップがこの悲劇的な死についてのニュースだ。
Belfast Telegraph front page, Tuesday July 29, 2014. pic.twitter.com/yY9sW6VKQX
— Belfast Telegraph (@BelTel) July 28, 2014
Belfast Telegraph front page, Wednesday July 30, 2014. pic.twitter.com/iZWLKoPYkm
— Belfast Telegraph (@BelTel) July 29, 2014
※もう少し書き足します。
※この記事は
2014年07月31日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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