「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2014年06月12日

「部分的に」? 「多くは」? 「コアの部分は」? ……「秘密法廷」をめぐるブリティッシュな言説

立憲主義で法治国家な世界では、裁判の公開は大原則のひとつである。わが(「わが」である)日本国憲法はそれについて次のように規定している。
第八十二条  裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。

○2  裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。

実際には、裁判は公開されていても、その記録は大きく制限されており、そのことをめぐる議論はたえない。日本の法廷でメモを取ることが解禁されたのは1989年だし、撮影は今なお禁止されている。「法廷の傍聴席からのライヴ・ツイート」はまったく考えられない。

一方、立憲主義、法治国家、民主主義などなどを「価値観」(the British values)に数えることへの異論はほとんどどこにも見当たらないであろう英国では……と書き進めることができないのが「英国(連合王国)」のややこしさで、以下、完全に正確ではないのだがかなり正確な言い方として「イングランドでは」とする(詳細は本稿末尾を参照)。

イングランドでは、2010年12月にはジュリアン・アサンジのスウェーデンへの身柄引き渡しに関する判断が示される法廷内からのジャーナリストによるライヴ・ツイートが許可され、その後も事前に許可を仰げばライヴ・ツイート可ということで運用されていたものが、翌2011年12月に「判事が特に禁止しない限りは、記者による法廷内からのライヴ・ツイートは可能」ということになった。「公開」の原則である。(一方で、法廷内での撮影は依然認められていないので……これはイングランド&ウェールズでもスコットランドでも北アイルランドでも同じだ……、英国の裁判の報道記事は「被告人席の被告はグレーのスーツに紺色のネクタイで、うつむいて座っていた」みたいなことの画像情報は、写真ではなく法廷画である。これは廷内撮影ができるアメリカとはまったく異なる。)

さて、このような「公開法廷」の対概念が「秘密法廷 secret courts」である。英国では秘密法廷は認められていないことになっているが、実際には北アイルランドで行なわれてきた「ディプロック法廷」がそれに近い存在だ。(厳密にそれに該当するか否かに関する議論はあると思う。)
http://en.wikipedia.org/wiki/Diplock_courts

「ディプロック法廷」の名は、1972年にそれを導入することを決定したディプロック判事の名前にちなむ。これは、特定の罪状 (scheduled offences) については、一般の法廷のような「陪審が有罪・無罪を判断し、判事が量刑を判断する」という形ではなく、「陪審なし、判事1人だけで判断する」という形での裁判を行なうというもので、要するに「テロ容疑」についてそういう形で裁判するよ、ということだ。

この「特殊」な法廷で、紛争期の北アイルランドでは検察側の言い分だけに基づいたようなお手軽な有罪判決がばんばん出されたし(リパブリカンの被告がこのような冤罪被害にあうことは多かった。今なお「判決がひっくり返された」というニュースがときどきある)、検察側が情報を隠したり歪めたりしたことで「証拠不十分」になるケースも少なくなかった(ロイヤリストが起訴されたときに裁判がぐだぐだになる。例えばLVFのビリー・ライトがなぜ「殺人」で有罪にならなかったのか、など)。ディプロック法廷は、2006年には廃止が検討されたが、なんだかんだ、今もなお続いている。(2006年の記事、今読むと非常に興味深い。まさに2014年の今、具体的にはOTR問題に直結している。)

なお、同様の「陪審なし」の「例外的」な法廷はアイルランド共和国の側でも行なわれていて(1938年憲法規定の特別刑事法廷)、北アイルランド紛争時のリパブリカン武装組織(特にProvisional IRA)所属の容疑者は、「南」に出てこの形での裁判にかけられることがよくあった。その1人がマーティン・マクギネス現北アイルランド自治政府副首相だ。

閑話休題。

さて、1998年のベルファスト合意(グッドフライデー合意)で北アイルランド紛争が終わって以降、英国で「テロ法」が想定し、また規定する(特定指定組織としてリストに入れる)テロ組織・テロリストは、アイリッシュのそれから、インターナショナル/グローバルのそれへと完全に変わった。イングランドで「テロ」を行なう可能性がある団体は、アイルランドのリパブリカンというより、「アルカイダの思想に共鳴する団体」という想定になった(むろん、実際には極右のテロも何度も起きている)。なお、余談だが、イングランドで「アルカイダの思想に共鳴」している活動家の多くは、有罪判決を出せば国外退去にできる「外国人」ではなく、英国生まれ and/or 英国育ちの英国人である。

さて、本日のニュース。





「大きなテロ事件の裁判は、部分的に、秘密で行なうことができると控訴院が判断を示した」。

「部分的に」?










ぱんぱかぱーん。




今日はお茶ふいてるヒマもないんだけど、お茶ふいた。

上記BBC記事は「今日判断が示される予定」という形式の記事予定地だったものが、判断が出たあとに見出し・リード文が上のように差し替えられ、その1時間半ほどあとにドミニク・カシアーニ記者がしっかり書いたみっちりした記事になって見出しも差し替えられている。


書き出し部分にはさっきの "core" がどうのこうの、という記述が残っている。
An unprecedented attempt to hold the first ever completely secret criminal trial in the UK has been blocked by the Court of Appeal.

Judges said that the "core" of the terrorism trial could be partly heard in secret but parts must be in public.


つまり、当局は完全秘密の裁判を求めていたが、控訴院はそれを認めなかった、という切り口での情報提示だ。これは逆に言えば「一部認めた」ことになり、Sky Newsなどが伝えていた "partly" は正しいということになる。(「裁判の『核心』部分は、部分的には非公開裁判となりうるが、その他の部分は公開されなければならない」と第二文にある。)

ではAPの "largely", サイモン・イスラエル氏の "mostly" はどうか。

その点については記事内の囲みコラムにこうある。
What can and can't be reported [sic: 以下、can and can'tの形式になってない]

- Swearing in of the jury and reading the charges
- Part of the judge's introductory remarks
- Part of the prosecution opening speech
- Verdicts and sentencing, if there are convictions
- No reporting of "core of the trial"
- Court may approve small number of journalists to witness in-camera hearings, but their notes will be kept at the end of each day
- Court may review need for continued secrecy at the end of the trial

「陪審の宣誓、罪状の読み上げ」は裁判のしょっぱなだし、「判事の導入」、「検察のオープニング・スピーチ」もそうだ。「判決と量刑」は裁判の締めくくり。これらは報道することができるという。つまり、ここから判断するに、報道が差し止めになる "core of the trial" とは「裁判の中身」だろう。しかも、その場その場で「これは報道してよいかどうか」の判断がなされるように読める。

これは、APの "largely", サイモン・イスラエル氏の "mostly" のいずれも、たぶん正しいと判断せざるを得ない。裁判において「重要」なのは最初と最後だが、量的にはその中の部分が多いからだ。質的には……わからない(被告が問題の日の朝何時に家を出て…みたいな話がたくさんあっても、ということだが)。

さて、今回「ほぼ非公開」で行なわれることになったこの裁判、当然、どんな事件についての裁判なのかがまだ明らかにされていないのでよくわからないのだが、当初、伏せられていた被告の名前は既に開示されている。

They said media also should be allowed to name the two defendants as Erol Incedal and Mounir Rarmoul-Bouhadjar.

...

Until Thursday, the men were previously only known as AB and CD respectively.

In their decision, judges said that the trial of the two men was of an exceptional nature and the core of it must be held in private. But they added that they had "grave concerns" about the cumulative effect of anonymising defendants and holding the hearings in secret.

...

Mr Incedal and Mr Rarmoul-Bouhadjar were arrested in October 2013 in circumstances that were widely reported at the time. Mr Incedal is charged with preparing for acts of terrorism contrary to the Terrorism Act 2006 and a further allegation of collecting information useful to terrorism.

Mr Rarmoul-Bouhadjar is charged with collecting information useful to terrorism and possession of false identity documents.

http://www.bbc.com/news/uk-27806814



つまり、被告2人は2013年10月に逮捕され、それは広く報道されたが(→これだと思う。ロンドンで広域の大捕り物があった。4人逮捕されたんだけど起訴は2人なのかな)、起訴されて裁判という段になって、検察が「すべて非公開ですべき」と主張し、司法の判断が仰がれた。その判断が今日出されたのだが、判事たちはこの2人の裁判は例外的な性質のもので、コアの部分は非公開にすべきと判断したが、被告人を匿名にしておくこと、審理を秘密で進めることについては「重大な懸念」があると述べた。被告人のうちの1人、 Incedalは「2006年テロ法」によるテロ行為の準備、およびテロリズムに有益な情報の収集で起訴されている。もう1人のRarmoul-Bouhadjarは、テロリズムに有益な情報の収集および偽造した身分証明書の所持での起訴。

これだけでは、一体何がそんなに「例外的」なのか、まったくわからないが、ジャーナリストは当然つかんでいるだろう。

この「非公開法廷」の問題が最初に広く報じられたのは、6月。BBCには6月4日付で "Secret trial plan for English court" という記事が出ている。5月末に、「被告人の名前を非公開にすべき」という件について、異議申し立てが行なわれた(→なので今回の判断は控訴院が示している)。
The details emerged at an appeal against an order issued in May by Mr Justice Nicol which banned the identification of the defendants and access to the trial. The media were banned from reporting the existence of that order until the Court of Appeal hearing.


うはん。

こういうネタは……


タコはどうでもいいから(笑)

6月4日のガーディアン記事。
Major terrorism trial could be held in secret for first time in UK legal history
http://www.theguardian.com/law/2014/jun/04/major-terrorism-trial-secret-first-time-legal-history

「UKの裁判としては史上初」的な見出しになっているし、中身もそうなのだが、この時点で検察が求めていた「非公開法廷」は、上述の「ディプロック法廷」の比ではないくらいに「秘密」、ということだったのかもしれない(その点、はっきりとした解説が見つけられていない)。つまり、裁判が開かれたことすら秘密にする、というもの。

検察がそこまでしようとしているのはどんなことなのか、いろいろと想像は膨らむが、今は黙っているべきだろう。誰も話題にはしていないようだ。

「こんな先例があった」ということを示すサイドバーの「関連記事一覧」は別だが(ただしこれは、おそらくは機械的に処理されて並んでいる、「裁判」というトピックに関する「関連記事一覧」である)。


http://www.theguardian.com/law/2013/nov/07/secret-court-procedure-torture-complicity-allegations

とにかく、変な先例が作られなくてよかったと思う。コモン・ローは「先例」がひとつ作られるとあとはずるずるになる可能性が高いので。



【おことわり】
「イングランド&ウェールズでは」としなければならないのだが、本稿では煩雑さを避けるため「イングランドでは」と表記した。正確ではないが、「英国では」と書くよりは正確だし、「ウェールズ」を表記することがどれほど本質的かわからない場面で「イングランド&ウェールズでは」とするのはあまりに字数を食いすぎて単に読みづらくなるだけだという判断である。決してウェールズを軽んじているわけではないことをご理解いただきたい。




※この記事は

2014年06月12日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 21:00 | TrackBack(1) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック

例の「一部非公開裁判」の判決が出たけど、まだ「非公開」なので何が何なのかさっぱり
Excerpt: 2014年6月、なんだか奇妙な「非公開裁判」のニュースがあった。2013年10月に逮捕されたときは、その逮捕(「テロ法」によるもの)が大きく報じられた容疑者2人が起訴され裁判という段になって、検察が「..
Weblog: tnfuk [today's news from uk+]
Tracked: 2015-03-29 10:06

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼