kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年04月20日

「アラン・ジョンストン記者の生存を確信」とアッバス議長が明言

Alan Johnston banner

パレスチナ自治政府(PA)のマフムード・アッバス議長が、「アラン・ジョンストン記者の生存を確信している」と明言しました。

Missing BBC correspondent 'alive'
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6573115.stm

記事によると:
アッバス議長は訪問先のスウェーデンでの記者会見の際、「パレスチナの情報当局は、ジョンストン記者が生存していることを確認した」と述べた。

アッバス議長は、ジョンストン記者をとらえているのがどの集団なのかは把握していると語ったが、詳細は一切語らなかった。

ガザでは、情報当局のモハメド・アル=マスリが、先に出された「ジョンストン記者死亡」の報は根拠のないものだ、入手可能な証拠からはジョンストン記者は安全な状況で生存していると判断できる、と述べた。



ジョンストン記者のお父さんはアッバス議長の発言を「よいニュースだ。議長はそれが真実だと確信しない限りは明言はしないだろうから」と歓迎した上で、「生存の証拠がほしい」とおっしゃっておられます。拉致されてから6週間近くになるのに、何ら音沙汰がないというのはご家族にとってはあまりにおつらいことでしょう。

一方でBBCも議長の発言を歓迎し、「アランが無事で健康でいることと、アランの即時解放を求めます」とコメントしています。

ただBBCのKeith Adams(キース・アダムズ)は、ガザは大変な混乱状態になり、何が真実で何がただの噂であるかが判断しづらい状況だと述べているとのこと。

というのが最新の状況です。BBCは「長期戦」の構えに入りつつあるのかもしれません。

このエントリの冒頭に貼り付けたバナーはBBCがブログで提供しているもの。コードは下記にあります(単にコードを記事入力欄に貼り付けるだけでOKです。単純なHTMLなのでJavaScriptとかが通らないブログでも使えます)。
http://www.bbc.co.uk/blogs/theeditors/2007/04/how_you_can_help.html
※ただスタイルシートの設定によっては、バナーの外側に枠線が出てしまうので、それがいやな人はソースの<img src="〜" width="〜" height="〜">の中にborder="0" というのを付け加えて、<img src="〜" width="〜" height="〜" border="0">としてください。(文字・数字・スペースなどすべて半角英字を使うこと。)

バナーをクリックすると、ジョンストン記者拉致事件のタイムラインのページに飛びます。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/in_depth/world/2007/alan_johnston/default.stm

記者の記事を読むには、BBCの記事検索で "alan johnston" と入れて "news only" にした上で、拉致された2007年3月12日より前の記事を探す(現時点で5ページ目より前)のが確実です。(BBCは数ヶ月前にサイトを再編したときにadvanced searchの機能をなくしてしまったので、こういうときに不便でしょうがない。以前は日付などを指定して検索できたのですが。)



AFPから。写真は記者解放を訴えるパレスチナ人男性@ガザだそうです。ジョンストン記者(44歳)のお父さんと同年輩でしょうか。




英国の報道機関では、過去にも記者が武装勢力に拉致され、長く拘束されるということがありました。例えばガーディアンのローリー・マッカーシー(イラク特派員)が拉致されてしばらく拘束されていたり。(マッカーシー記者は数日で解放され、現在はエルサレムで仕事をしています。)

拘束が長期に及んだ例としては、例えば1986年にベイルート(レバノン)で拉致され、5年間にわたってIslamic Jihadに拘束されていた英国人ジャーナリスト(WWTNというテレビ局の記者)。当時のニュース:
http://news.bbc.co.uk/onthisday/hi/dates/stories/april/17/newsid_4693000/4693188.stm

このとき、この英国人ジャーナリストと一緒に監禁されていたのが、当時ベイルートのアメリカン大学で教えていた北アイルランド人(アイルランド人)のブライアン・キーナンという人(で、同姓同名のIRAの人がいるというのが無駄にややこしい話)。
http://en.wikipedia.org/wiki/Brian_Keenan_(hostage)

さらにややこしいのは、キーナンさんは英国とアイルランドの二重国籍なので(北アイルランドの人だから)、面倒を嫌ったのか、英サッチャー政権は「あたくしどもは関係ございません」的にアイルランドに丸投げしていたらしい。しかもキーナンさん、バックグラウンドはユニオニスト側で、彼の解放のために尽くしたのがアイルランド共和国ということで、ユニオニストが「共和国、やるなあ」と思うようになり、その後の「北アイルランド和平」を促進した面も、という、あまりに複雑な連鎖反応。


※この記事は

2007年04月20日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 10:29 | Comment(2) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
パレスチナ人による「アラン・ジョンストンの解放を」というサイトが立ち上がったそうです。フォームで自由に投稿できるようになっているサイト。
http://free-alan.com/

早速いやがらせ・いたずら投稿がいくつかあるようで(Friendsのところを参照。非常に幼稚な「私はナナシのテロリスト、アランはずっと私をサポートしていた」とか「アランはアンチ・イスラエル」とかいうのや、よくわからんアジ演説がある)、ここに名前を加えることが有効なのかどうかよくわかりませんが、Linksのところの記事リンク集は見ておくといいかも。

このリンク集にパレスチナ人のジャーナリスト、Tamer Almisshal さんのサイト(英文)があって、そこにロバート・フィスクのインタビュー@ロンドンが。

Tamer Almisshal interviews Robert Fisk
http://www.tameralmisshal.com/pages/robert%20fisk.html
Posted by nofrills at 2007年04月23日 14:16
PA副首相が記者の無事を明言しました。詳細は別のエントリで。
http://nofrills.seesaa.net/article/39991419.html
Posted by nofrills at 2007年04月25日 11:36

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















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