「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2014年04月10日

アイルランド共和国大統領の「歴史的」訪英について……、まだ書けていません。(ズコー)

今週は、アイルランド共和国大統領が英国を国賓として訪問している。「史上初」である。「史上初」といっても、独立国としてのアイルランド共和国が自身の大統領を持つようになってからまだ「数十年」の単位なのだが、英国とアイルランド(ここでは「共和国」ではなく「アイルランド」全体)の間には、数百年に及ぶ「歴史」がある。その「歴史」を語りなおし、紡ぎなおそうという取り組みがこの数年、部外者の目に見えるような形で、結実しつつあるなかでの、ひとつの大きな節目となる訪問だ。

今回のマイケル・D・ヒギンズ大統領の訪英は、2011年5月、英女王がアイルランド共和国を、共和国成立以来(というより自由国成立以来)、英国家元首として初めて行なった公式訪問への返答としての公式訪問である。2011年5月、当時の大統領メアリ・マカリースがエリザベス女王を迎えたときは「両国とも国家元首が女性であること」(銃を取り、戦ってきた「男たち」ではなく「女たち」であること)もこの「関係改善」のシンボリズム背景にあるという分析があったが、2014年の今、英国を――「イングランド」を――訪問しているマイケル・D・ヒギンズ大統領は、単に見た目がかわいらしくて(あの方は内実はものすごい政治的闘士なのですが)、にこにこしているエリザベス女王と並ぶとまるで「幼馴染」といった風情で、まるでぎすぎすした緊張感や外交的なよそよそしさを感じさせない。

……と、ここまで書いて止まっている。火曜日に、大統領のウエストミンスターでの日程(国会議事堂の講堂での、上下両院議員に向けてのスピーチと、ウエストミンスター・アベイの見学)がRTEとBBCでオンライン中継されているのを見て実況ツイートはしていたが、それを一本の読める記事にしようとして、そのための調べ物をし始めたら、ドツボにはまってしまった感じだ。全然、進まない。



@ken_sugarさんのご指摘どおり、私は基本的に「アイルランド成分を必要とする英国ジャンキー」で、ラファエル前派展を見に行っては「うほぅ、額縁祭り」と涙するクチだが、その昔、アイルランドに実在した「イングランド排斥運動」みたいなのを見ると混乱するのだ。

というわけで、あなたがこれをお読みになっているということは、要するに、まだ書けてないということです。

「英語ジャンキー」、「英国ジャンキー」ではなく、「英国のジャンキー」といえばこの人ですね。

阿片常用者の告白 (岩波文庫)阿片常用者の告白 (岩波文庫)
ド・クインシー Thomas De Quincey

深き淵よりの嘆息―『阿片常用者の告白』続篇 (岩波文庫) 地獄の季節 (岩波文庫) ポオ小説全集 1 (創元推理文庫 522-1) 桶物語・書物戦争 他一篇 (岩波文庫)

by G-Tools


これもな。



でもこんなのを見せられちゃうと……うへへ、うへへ・・・


*CC BY-NC-ND 2.0 by UK Parliament
※英国会議事堂内の講堂(と、字数節約のためにTwitterでは書いていますが、Royal Galleryといいます)。スピーチはこの部屋で行われました。壁にある大きな絵、「ネルソンの死」を描いた画家、ダニエル・マクリースは(ネタばれ回避のため伏せる。ネタばれも何もないけど)……あれ、ウィキペディアでは「プレラファエライツ」としてリストされてる。。。PRBとは違うと思うんだけど……
http://en.wikipedia.org/wiki/Daniel_Maclise

※この記事は

2014年04月10日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 20:30 | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。