kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2014年02月21日

アイルランド共和国の軍人が、パイプボムに関連して逮捕・起訴されている件

アイルランド共和国には軍隊がある。「アイルランド共和国軍」である。アイルランド語では Óglaigh na hÉireannという。アイルランド語の名称は、大変に紛らわしいことに、北アイルランド紛争の当事者であったIRA(「アイルランド共和軍」だが、日本語では「アイルランド共和国軍」の訳語を当てられていることも多く、それは「誤訳」ではなく「政治思想・信念上の選択」であることがほとんどなので、つまり一筋縄ではいかない)の「正式な」(=彼らの声明文などに出てくる)名称と同一であり、なおかつ現在もなお「武装闘争」を継続しているいわゆる「ディシデント・リパブリカン」の組織にその名を名乗るもの(略称ONH)がある……というか、いわゆる「IRAを名乗る武装組織」はすべて、 Óglaigh na hÉireannなのだが。

ともあれ、アイルランド共和国軍はアイルランド共和国の国防にあたることになっている軍隊である。「軍隊」というより「自衛隊」という方がしっくりくるかもしれない(実際、Defence Forcesという位置づけである)。ニュースでは、災害救助の話題で出てくることがときどきあるが、圧倒的に、国内での爆発物処理と、国連のPKO参加の文脈である。PKOではこれまでにコンゴやレバノン、ソマリアなどに派遣されている。今、ゴラン高原にいる国連部隊はアイルランド軍だ(2013年9月から)。あとは国の行事に出てくるが、空軍など1000人もいない規模である上に戦闘機を持っていないので、fly overをするのが輸送機だったりして、あまり軍々しくない。
http://en.wikipedia.org/wiki/Defence_Forces_%28Ireland%29
http://en.wikipedia.org/wiki/Irish_Army

……というわけで、こんなニュースがあると非常に目立つ。「というわけ」でなくても、こんなニュースなら目立つか。。。うん、仮にこれが米軍のことであっても英軍のことであっても、目立つね。

County Donegal: Irish soldier on explosives charges
19 February 2014 Last updated at 20:08
http://www.bbc.co.uk/news/world-europe-26263005


いわく、アイルランド共和国軍の現役の軍人が、爆発物所持で起訴された。起訴されたのはドニゴール州在住のマーク・キャシディで、レターケニー地裁の特別裁判に出廷。起訴事実は爆発物所持2件、ショットガンのカートリッジ87年の所持。彼の他、もう1人軍人が、月曜日に見つかった爆発物に関連して逮捕されたが、起訴なしで釈放されている。

これが、「イングランドで軍人が……」という場合は真っ先に疑われるのは極右との関連だが(実際、そういう事件があったと思う)、アイルランドである。「あれ」の関連だろうと何の根拠もなくても誰もが思うところだろうが、実際そうだと言われると、「うにゃあ」とならざるをえない。

Irish soldiers detained over dissident republican links after pipe bomb found
Henry McDonald, Ireland correspondent
theguardian.com, Wednesday 19 February 2014 11.50 GMT
http://www.theguardian.com/uk-news/2014/feb/19/irish-soldiers-dissident-republicans-pipe-bomb


こちらはBBC記事より時間的に早い記事で、起訴前、身柄拘束の段階での報道だ。

ガーディアン記事の段階では、拘束されているのは2人(男女一人ずつ)。ドニゴールの、北アイルランドとのボーダーから遠くない場所のガソリンスタンドでパイプボムが発見され(ガソリンスタンドをやるなよ……中東かパキスタンでそういうボム攻撃があって、現場写真見たことあるけど、ものすごいことになる)、それから24時間もしないうちに2人が逮捕された。法的根拠はsection 30 of the Offences Against the State Act、つまりアイルランド共和国の「テロ法」である。

アイルランド共和国警察は、ボーダーを超えてデリーにいる「新IRA」(元Real IRAとRAADなどが統合された組織。ガーディアンはthe new IRAと小文字のnewを使っているが、別の媒体ではthe New IRA, the 'New' IRA, the New Real IRAなどという表記もある)と関係があるとして逮捕した2人を取り調べているが、その線だけではなく、兵士同士の諍いという筋もあるという。

また、今回見つかったパイプボムは、昨年同じドニゴール州のレターケニーで見つかった同種のデバイスとの関連もあると見られている。

……という報道。パイプボムは、水道管のようなパイプに爆薬を詰めて作る爆発物で、北アイルランドではしょっちゅう使われているが(リパブリカンによってもロイヤリストによっても)、アイルランド共和国でもReal IRAおよびその発展形である「新IRA」が使っていることがときどき報じられる。

というところで、「アイルランド共和国は北アイルランドの『テロ』とは関係がない」というのはまったくの《神話》というか《虚偽》なのだが、軍人が関わっているというのはちょっとめったに出ない話なのでメモをしておく。

本当は、警察とリパブリカン武装組織との「結託 collusion」を調べたスミスウィック特別法廷の調査報告書のことなども視野に入れられればよいのだが、あれはちょっと手に余りすぎるので措いておくことにする。(何しろ「証拠はないが、そういう事実はあった」という結論なので、法の原則的にわけわからんのですよ……アイルランドではなく英国政府、特にMI5の変な動きもあったり。)
http://en.wikipedia.org/wiki/Smithwick_Tribunal



Google Newsで見てみたら、こんなのがある。

Terror group make death threat against Irish soldier
The Defence Forces said gardaí and Military Police investigations are ongoing.
Jan 29 11:20 PM
http://www.thejournal.ie/death-threat-irish-soldier-1288390-Jan2014/
The Defence Forces confirmed to TheJournal.ie that allegations of a threat against a serving soldier in Donegal are being investigated by the security forces.

The soldier has allegedly been threatened by a terrorist group and the authorities are taking the situation seriously.

※この記事は

2014年02月21日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 06:00 | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼