しかし、NINといえばこれまでにもお蔵入りのものを本人がリークしてきた(ことは確実と言われている)ほか、スタジオ音源がリークされたりといったこともあったわけだが、「リークは困るよ、ぷんぷん」ではなく、公式に「リークってのは考えてみればおもしろい手段だ」という方向に行くあたり、すばらしいとしか言いようがない。今回の「リークの嵐」は18ヶ月のスパンで続くというし(その間にもう1枚のアルバムが制作・発表される予定)、それが終わるころには「音楽産業」のありようが少しは変わっているかもしれないという期待も抱ける。
で、NINのトレント・レズナーは「DRM反対」の立場に立ってきたミュージシャンのひとりだが(2007年3月29日のガーディアン記事などを参照)、つい数日前、英国の大レーベルのひとつEMIが「販売するデジタル音源からDRMを取り除く」ことを発表した。
http://business.guardian.co.uk/story/0,,2048730,00.html
その前、2月にAppleのスティーヴ・ジョブスが「DRMが存在するために、ある会社のオンラインショップで買った曲は他社のプレーヤでは聴けないといった問題がある」といった現状を踏まえ、「DRMを完全に放棄する」を含む3つの提案をしている。その前には、「DRMは公正な競争と相容れない」というEUでの見解(なのか、正式な勧告なのか、私はちょっと深く追っていないのでわからないのだが)もあった。(著作権者が直接故意にリークしている音源についてまで「公開停止せよ」とのメールをいちいち送りつける米国だけに主導権を持たせておいたら、この点は何も変わっていなかっただろう。)「DRMは著作権者(アーティスト)のために必要だ」という建前は建前に過ぎない、ということがようやく明らかになったわけで、そのこと自体は素直に歓迎すべきだと思う。
各レコードレーベルも、EMIという巨人の動きを受けて、これからいろいろと動きを始めるかもしれない。
そこらへんがまとめられている記事がガーディアン(4月5日)に出ている。
Label leads way with DRM-free music
Bobbie Johnson
Thursday April 5, 2007
The Guardian
http://technology.guardian.co.uk/weekly/story/0,,2049769,00.html
大筋の内容:
サイバースペースでは時間の流れが速いため、実世界での1ヶ月と3週間と5日は、とてつもなく長い時間に感じられる。しかし、スティーヴ・ジョブスがレコードレーベルにコピー防止の撤廃を求める内容の "Thoughts on Music" を発表してから、EMIがDRMなしのダウンロードを開始すると発表するまでには、1ヶ月と3週間と5日がかかった。
EMIの発表は今週行なわれた。ロンドンで行なわれた発表の会見ではEMIの社長Eric Nicoliとジョブスが壇上に並び、今回の決定はまさに画期的であると賞賛した。DRM廃止を求めてきた人々はコピー防止技術の死を大歓迎し、サイバースペースではDRMの墓の周りで人々が狂喜乱舞している。しかし、である。
一見したところ、これで誰もが勝った(得をする)ように見える。つまりレコードレーベルは相互運用性を気にすることなく消費者に商品を売ることができ、iPodを使っている人はiTMS以外からも楽曲を購入することができ、アップル社はiPodを持っていない人にも楽曲を売ることができる。iTMS以外の小売業者は大レーベルからダウンロード販売をすることができるようになる。そして、最も重要なことに、消費者はもうiPodでなければ聞けないといった状況から解放される(うまくいけば)。
EMIは、同社が保有するすべての楽曲からコピー・プロテクトを解除し、それらを現状より高音質にしたものが、すべての小売業者に入手可能となるとしている。iTunesではDRMなしで高音質の楽曲が99ペンスとなり【注:単純に今日のレートで換算して220円程度】、DRMありの現状の音質の楽曲は79ペンスのまま据え置かれる。
ジョブスは今回のことがDRM全体にとってどういう意味を有するかについて強気である。彼が言うには、ほかの大手レーベルもほどなくEMIに追随することになり、年内にはiTMSの500万曲の半分がDRMなしでダウンロードできるようになる。
今回のことは、DRM反対論者が長く掲げてきた意見――WippitやeMusicといった音楽ダウンロード業者もそれを熱心に訴えてきた――を正当なものとする第一歩であり、音楽販売業者からは概ね歓迎されている。7Digital社の創業者Ben Druryは「非常によいニュースだ、これまでは楽曲を購入しなかった非常に多くの人々をこれからは顧客とすることができる」と語る。「マイクロソフト社のWMA DRMはMacではダメだったが【注:こちらさんに詳しい】、これでEMIの楽曲をMacを使っている人たちに売ることもできるようになる。またLinuxを使っている人たちにも。こういった人たちは数としては多くはないかもしれないが、無視はできない(It's a significant minority)」
しかしながら、今回の動きに懐疑的な声を上げる人たちもいる。彼らはアップル社の動きが本当にすべての人にiTunesを開くものとなるのかを疑問視している。Jupiter ResearchのMark Mulliganは、「iTunesのDRMフリーの楽曲は、AAC形式で、大多数の音楽プレイヤーはこの形式をサポートしていない。ジョブスは非常に賢く立ち回っている」と言う。「Appleは独占的なDRMは外したが、それでもAACのおかげで消費者はまだ自由に動けるわけではない。」
とはいえ、すべての人がこれを問題だと考えているわけではない。AACはmp3ほどの汎用性はないにせよ、Appleだけでしか使えないというわけではまったくない。AACという形式を最初に広めたのはiTMSだが、SonyやNokia、マイクロソフトやRealといった企業もこの形式を受け入れている。
さらに言えば、音質にうるさい人々は、AACはほかの圧縮形式よりはるかに音がよいと言う。カナダのCommunications Research Centreの独自の調査によれば、同じビットレートで圧縮しても、AACはそのほかの形式よりも音質がよい。
また、長期的な好影響という点も見逃せない。大手レーベルの保有するすべての楽曲がDRMフリー化されれば、権利の制限(コピーガード)にかかるコスト(労力と費用)もなくなるだろう。エンコーディングの作業も、新しいスキームの考案も、また自分のプレイヤーでは再生されないという消費者のサポートも必要なくなる。
とはいえ、確かに何らかの政治は働いていた。アップル社のiTunesとFairPlay DRMは、欧州では大変に厄介な問題となっていたのである。特にノルウェーでは、iTunesはiPodと一体になっており競争を阻害しているとの激しい批判が巻き起こり、Apple社は延々と訴訟が続くかもしれないという懸念を抱くようになっていた。このことがこの2月のジョブスの文章(Thoughts on Music)に影響したことは確実だ。そして、今週EUは大手レーベルとアップル社に対し異議告知書(Statement of Objections)を送った旨を発表したが、今回のEMIの決定でそういった批判の声がおさまることも予想される。
今回の決定にあたって、EMIの側には単なる「よいことをしよう」という以上の動機があった。ロビー・ウィリアムズやコールドプレイといった著名アーティストを抱えているのに同社の業績は思わしくなく、ビートルズなどはデジタル音源を拒否している(レディオヘッドもファンの熱心な要望が数年続いた末ようやくデジタル化に同意するまでは拒否していた)。月曜の発表にあたり、デイモン・アルバーンのthe Good, the Bad and the Queenのライブパフォーマンスを行なうなど斬新な試みで注目度を高めようとしていた。
今回の決定が示唆することは多く、また行く通りにも解釈できようが、実際にどのようなことになっていくのかはある程度の時間を置いてみることが必要だろう。すべてのレコードレーベルがEMIの後を追うわけではないし、すべての消費者が自分の望むものを手に入れられるわけではない。それでも、専門家の間ではほとんど全員の意見が「これは正しい方向である」ということで一致している。Screen Digestのアナリスト、Dan Cryanは「まったく疑問の余地なく、これは興味深いことであり、よい方向への動きを促進するものとなりうる」とコメントしている。
というわけで、AppleとしてはEUの独占禁止委員会(のようなもの)からの警告にこれで対処でき、EMIとしては業績が厳しい中、収益改善の決定打としたい考えもあってのことで、単に「コピープロテクトはないほうがみんなのため」という話で動いたわけではない。書くまでもない当たり前のことだが。この記事にはかかれてないけれども、iTMSなどでのDRMフリーの楽曲の価格がDRMありのものの価格より高く設定されていること自体に反発する意見は英語圏のブログとかでけっこう見る。「DRMフリーを何か特別なものと位置づけている今回の決定は、本当のDRMフリーではない」という感じ。
また、5日の発表によると、マイクロソフト社のZuneでも、EMIが提供するDRMフリーの楽曲の提供を開始する。(具体的な日時などは発表されず。)
http://www.drmwatch.com/ocr/article.php/3669946
※ここは相当に懐疑的なトーンですが。
んで、記事中にも出てきているのだけれども、現在すでにDRMフリーで楽曲のDLができるサービス(ガーディアン記事の末尾に一覧あり)というのもある。例えばeMusic(http://www.emusic.com/)は「月額9.99ドルで30曲まで」といった料金設定、ファイル形式はmp3でビットレートは192kbps。DL用のソフトを入れる必要がある。winampをダウンロードすると「eMusicで50曲無料お試しダウンロード」というのがバンドルされているから(DL時に選択しないことも可能なはず)それで試してみるといいかも。(自分でeMusicのサイトを訪問すると無料お試しは25曲。)
ほかにガーディアン記事に出てくるのは、Wippit(http://www.wippit.com/)が「1曲いくら」でビットレートは172kbps、7Digital(http://www.7digital.com/)も「1曲いくら」でファイル形式はWMAもあればAACもありmp3もあり。
7DigitalではGBQのアルバムのDRMフリーのmp3を扱っていますが、これはEMIのDRMフリー化の第一弾としてリリースされたもののようです(digitalmusicnews | paidContent)。1曲あたり£0.99、アルバム全体(12曲)で£7.99、多分日本のクレジットカードでも大丈夫です。
eMusicは、この件についてまだプレスリリースに何も出てない。
ダウンロードはしなくていいから、ただパソコンを使ってる間に聞きたいという場合は、finetune(http://www.finetune.com/)とかlast.fm(http://www.last.fm/)など。
finetuneは自分のプレイリストを作って「ラジオ」的に使う(1つのプレイリストは45曲以上、1アーティストあたり3曲まで)。たとえばこういう感じ。
last.fmのラジオはてきとーにtagを入れるとそのtagのついた曲が次々と流れるとかいう趣向(例えばelectronicaと入れるとこういう感じ)。要ユーザー登録(ユーザーネームとメアド、PWだけだと思います)。日本語サイト(http://www.lastfm.jp/)もあるけど日本語サイトではラジオが使えないと思うので、英語サイトでどうぞ。
※この記事は
2007年04月06日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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# トラバをいただいた記事が私にとって関心のあることだったらそのままにしておいたんですが、EMI所属の「Cなんちゃら」は好きではないと何度言えばいいのだという気分になってきてるんで(「ほにゃららというバンドが好きだ」は何度でも言えるけど、「好きではない」は多くの場合何らポジティヴなものをもたらさないので、なるべく書きたくないし書かないようにしているのだけど)、すみませんけど削除で。