
11月5日である。TwitterのTrending TopicsにBonfireNightとか5th of Novemberが入る日だ。ボンファイア・ナイト。
以前にも書いていると思うのだが、「ハロウィーン」は「英国」の習慣ではない。英国の一部にはその習慣のある地域もあるが、少なくとも近世以降、国家としてのイングランド(あるいは連合王国)は、ハロウィーンは行なってこなかった。
なぜか。ひとつには「イングランド国教会 Church of England」の存在である。ここではハロウィーンは本題外なので、詳細はまたの機会としたいが、元々が「異教」の習俗であるこの祭りを、イングランド国教会は奨励しなかった。
もうひとつには、少なくとも近代以降のイングランドの人々にとっては、ごく近い日付でもう一つの「祭り」が行われることが大きかった。
"Remember, remember, the 5th of November" のはやし歌で知られる「ガイ・フォークス・ナイト」である。
http://en.wikipedia.org/wiki/Guy_Fawkes_Night
ガイ・フォークスについても、日本語圏ではひどいデタラメが流布されているが、別に「ガイはナイス・ガイのガイ」ではないし(guyは単に「男の人」を言う俗語。「奴」、「野郎」的な。miserable guyとか、lonely old guyとかいう感じの「ネガティヴな」表現でも使われる)、「色男の代名詞」でも何でもないし、「ガイ・フォークス・ナイト」が彼を「ヒーローとして記念する」祭りである、という事実もない。断じて、ない。むしろ、英国の古いスラングではguyといえば「みすぼらしいなりをした男」の意味であり、決して「イケメン」の意味ではない。
11月5日の「ガイ・フォークス・ナイト」は、1605年のガイ・フォークスらによる謀反の計画が失敗に終わり、謀反の首謀者が無事に逮捕され、処刑された(翌年1月末)ことを記念する祭りである。
http://en.wikipedia.org/wiki/Guy_Fawkes
譬えて言えば、2010年5月にパキスタンでオサマ・ビン・ラディンが殺されたときに、米国のいくつかの都市の広場などで星条旗を持った人々が「USA! USA!」と歓喜の声を上げていたようなものである。あの騒ぎを「ビン・ラディンを讃えていた」とは言わないように、英国(特にイングランド)での11月5日のお祭りも「ガイ・フォークスを讃える」ものではない。
(不思議なことに、これを何度説明しても理解しない人がいるらしい。commemorateという英語を「記念する」と"翻訳"して「記念するからにはよいものだ」と解釈するからだろう。)
ところで、1605年の「ガイ・フォークスのガンパウダー・プロット」の顛末は、単に「謀反が失敗し、謀反首謀者が逮捕・処刑された」だけではない。
当時の国王ジェイムズ1世はプロテスタントの国王だった(イングランド国王に関して「プロテスタント」というとき、重要なのは教義ではなくむしろローマとの関係性である)。この国王に対し、カトリックの一団が暗殺を企て、火薬をため込むなどしていたことが発覚し、首謀者のガイ・フォークスという男が逮捕されたのが11月5日である。つまり、「プロテスタント対カトリック」の構図である。
http://en.wikipedia.org/wiki/Gunpowder_Plot
ガイ・フォークスの「ガンパウダー・プロット」から60年ほども経過した(間に「ピューリタン革命」を挟んだ)1670年代には、イングランドのカトリック教徒が国家転覆の陰謀を企てているという「噂(デマ)」が、反カトリック煽動と相乗しつつ広まり、全国的パニックを引き起こすなどの現象も見られた。(これ、EDLのやってた「忍び寄るシャーリア」の煽動によく似てるんだよね。)
セクタリアニズムは、英国(イングランドであれ連合王国であれ)には、目立たないかもしれないが、現代に至るまで脈々と流れている。より正確には、「国教会か、非国教会か」で待遇がまるで違っていた。「非国教会」には国教会(アングリカン)以外のプロテスタント諸派も含まれる(メソジスト、クエーカーなど)。1828年に「審査律」が廃止されるまでは、非国教徒は公職につくことができないなどの差別を受けていた。カトリックが「解放」されるのは1829年の「カトリック解放令」を待たねばならなかったし、その後も社会的差別は残った。
今でもそれが濃厚に出るのが(北アイルランドやグラスゴーのサッカーのダービーは別の文脈として)、11月5日の「謀反人火あぶり祭り」である。むろん、多くの地域ではそういった「意味」はそぎ落とされ、単に「近所の人々が集まって花火を見て焚火をする恒例行事」になっているかもしれないが、Lewesのように、「歴史的」な形を保っている地域もある。
……というようなことを、昨年、「NAVERまとめ」のページで書いた。
今更訊けない、「ガイ・フォークス」、11月5日の「ボンファイア・ナイト」って?(主にイングランド)
http://matome.naver.jp/odai/2135215889397535501
今年は、アントニー・バージェス(『時計仕掛けのオレンジ』の作者。カトリックである)についての文章が回ってくるなどしているので、それも読んで、上記に付け加えようと思っている。
なお、ハロウィーンとの比較だが、ハロウィーンが英国の文脈では(=欧州全体に拡大しないでください)「非国教徒、特にカトリック」の習俗であった一方で、ガイ・フォークス・ナイトはもちろん、「国教徒による、国教徒のためのイベント」であり、時期的にわずか数日しか離れていないこともあって、ハロウィーンは「日蔭」の存在であった。
今でこそ、英国(特にイングランド)でも「ハロウィーン」は一大イベントとなり、BBCなど英国のメディアでも「ハロウィーン」を大きく取り上げているが、それは2000年代以降のことである。私自身、90年代にはカムデンやオックスフォード・ストリートのような商業地域でハロウィーンのグッズを売っている店を見て「珍しいね」とロンドナーと話したことがある(話をした相手は Not for me というようなことを言っていた)。
例えば2009年10月31日付けの "Increase in Halloween spending" という報告:
Halloween used to be a fairly low-key event in the UK but recently it has turned into a multi-million pound industry.
Spending has increased from £12m in 2001 to an estimated £235m in 2009.
ハロウィーンに際し、2001年のおよそ20倍の金額が、2009年には費やされている。
2010年にBBCがまとめた記事が、この点についてよりわかりやすい。
BBCのサイトでHalloweenで検索すると記事がどっさりヒットするが、それは比較的最近のことである。

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※この記事は
2013年11月05日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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