Real IRAのシェイマス・マッケンナが死んで、水曜日に厳戒態勢の中、葬儀が行われた。葬儀は特に何ごともなく終わったという。
1997年、シン・フェインが「和平」路線を選択してゆくなかで、その路線に反対する(あくまでも武装闘争で政治的目的を達するべきであるとする)人々が、Provisional IRAから離脱し、分派組織を結成した。俗に言う "the Real IRA" だ。
現在もまだ武装活動を継続中である彼ら(とはいえ、組織としては別の組織との合併を経て、既にthe Real IRAではなくthe 'New' IRAという、固有名詞なのか普通の形容詞なのか判別しづらい1語を名称に含む組織となっているが)の名前を広く世界に知らしめたのは、1998年8月15日のオマー爆弾事件である。今年6月にG8サミットが開かれたファーマナ州の小ぢんまりとした都市の「商業施設を標的に」行われたこの卑劣な攻撃で、たまたまそこに買い物に来ていた人たち、たまたま店の前に爆弾を置かれた人たちや、交換プログラムで北アイルランドを訪問し、たまたまそこを歩いていたスペインの小学生など、29人が尊い命を奪われた。(うち1人はおなかに双子の赤ちゃんがいた女性なので、31人と数える人たちもいる。)
この爆弾テロについては、しかし、英当局は刑事訴追に失敗した。1人、電気工の人が爆弾製造に直接かかわったとして起訴されたのだが、「証拠不十分」で無罪となっている(当時の北アイルランド警察の証拠品の扱いはひどかった)。それ以外は、誰一人起訴されていない。29人も死んだ事件であるにもかかわらず、だ。
当局が「失敗した」のか、うまくいなないように意図的に工作したのかはわからない。少なくとも情報機関が「協力的な態度」ではなかった(←5年前のエントリ。今も状況変わってない)ことは確かだが、その背景には「北アイルランドのダーティ・ウォー」、すなわち(サッチャー政権下で進められていた)「武装組織の内部に情報屋を入れておく」という英国政府のやり方があると考えられる。これは、100年経過してようやく真相が明かされれば御の字という類の「極秘事項」だ。
こうして刑事訴追の目がなくなったあと、事件被害者の家族たちは、「実行した組織に対する損害賠償を請求する」という民事訴訟の手続きをとった。2008年12月の当ブログ過去記事より:
http://nofrills.seesaa.net/article/110692246.html
マッケヴィットの家族らは「冤罪」だとしてキャンペーンを続けている。つまり、マッケヴィット夫妻(マイケルと、妻のバーナデット。彼女はボビー・サンズの妹である)がProvisional IRAとシン・フェインの方針に反対し独自に立ち上げた32 CSMは、Real IRAとは関係がない、という主張だ。(あくまでも「主張」だ。……
オマー爆弾事件のご遺族は、マッケヴィット (Michael McKevitt) のほか、シェイマス・マッケンナ (Seamus McKenna)、リーアム・キャンベル (Liam Campbell)、コルム・マーフィー (Colm Murphy)、シェイマス・デイリー (Seamus Daly) の5人を、オマー爆弾事件で訴えている。
こうしてReal IRAの創設メンバー、5人が民事で訴えられた。
以降、はてなブックマークでOmagh bombingのタグで管理していたメモからたどるが、2009年6月にこの民事訴訟でマイケル・マッケヴィット、リーアム・キャンベル、コルム・マーフィー、シェイマス・デイリーはliable、シェイマス・マッケンナはnotという判断が下された。このときにマッケンナについて、オマー爆弾事件に関与しているとは認められないと法廷が判断したのは、マッケンナに不利になる証言(爆弾事件に関与しているとの証言)を行なったのが、仲たがいしていた妻によるものであったからだ。つまり、検察側はマッケンナに対し、それ以上に有力な証言者を法廷に連れてくることができなかった。
(このあと、さらに1人が「爆弾事件に責任を問うことはできない」という法廷の判断を得ている。マイケル・マッケヴィットはまだ獄中にある。)(しかしオマー爆弾事件のその後は、本当に複雑で、とても追いきれない。)
という具合で、このシェイマス・マッケンナという人は、1998年8月15日の爆弾事件に関与しているかどうかについては、客観的には立証できない、というのが最終判断になっていたが、Real IRAの創設メンバーであることには違いはない。
そういう人が、先週、仕事中に屋根から地面に転落した。(シェイマス・マッケンナは60歳に届こうという年齢だが、建設作業員として現場で働いていた。)
Omagh bombing suspect on life support after falling off roof
Henry McDonald
guardian.co.uk, Saturday 13 July 2013 00.21 BST
http://www.guardian.co.uk/uk-news/2013/jul/13/omagh-bombing-suspect-falls-off-roof-mckenna
Omagh suspect in a coma after fall
Ken Foy Crime correspondent – 13 July 2013 07:00 AM
http://www.herald.ie/news/omagh-suspect-in-a-coma-after-fall-29417540.html
ガーディアンによると、転落してその場でもう回復の望みはない状態だったようだが、マッケンナは臓器移植に登録しており、移植先が決定するまでしばらく生命が維持されていたようだ。(アイルランドというのは不思議な国で、こういう「新しい技術」に関してはあらかじめ法的・宗教的規制がなかったせいか医療現場も積極的だが、生命の誕生、ことに妊娠中絶となると……今月、昨年の悲劇的な出来事を受けてようやく、ほんの少しだけ前進したのだけど、それも「前進」なのかどうか微妙という。)
マッケンナが生命維持装置につながれた状態であることを報じるガーディアンの記事にあるが、マッケンナはオマーで29人を殺した爆弾を車で現場まで運んだチームの1人と考えられていた。爆発後、ボーダーを超えてDundalkに戻った彼は、組織の会合に顔を出すこともせず、パブで飲んだくれていたという。
せめて、マッケンナが何か書き残していて、それがあの爆弾に家族や友人を奪われた人のところに届けられていてほしい。
Death confirmed of republican Seamus McKenna, after a fall in Louth on Wednesday. Was suspect for Omagh bomb, though cleared by a judge..
— Michael O'Toole (@mickthehack) July 14, 2013
マッケンナの葬儀は、アイルランド共和国のラウス州レイヴンズデイルで、今週水曜日に行われた。Real IRA関係者の葬儀だから、多少なりとも、いろいろと厳戒態勢だったようだ。(昨年、ダブリンでの「抗争」で殺されたダブリンReal IRAのリーダーの葬儀が「軍葬」化し、弔意での発砲が行われるなどして、かなり物議をかもした。)
Funeral of Omagh bomb suspect Seamus McKenna in Louth
18 July 2013 Last updated at 09:32 GMT
http://www.bbc.co.uk/news/uk-northern-ireland-23343164
A major security operation was put in place in County Louth on Wednesday for the funeral of a man suspected of being involved in the 1998 Omagh bombing.
...
Armed checkpoints were set up on the approach roads to St Mary's Church in Ravensdale and cars were searched.
ライオット・ポリスだけでなく、ヘリや騎馬警官隊が出動するほどのものものしい雰囲気の中であったが、葬儀は何ごともなく(「軍葬」化せずに)行われたそうだ。
BBC記事には写真は出ていないが、UTVに葬列の写真がある。数百人規模だろう。
葬列の先頭の方で両脇を固めているおそろいの野球帽は、たぶんアイルランドの警察の要員。
ベルファスト・テレグラフは写真3枚のスライドショーで、トップに墓地の写真を掲載している。棺が到着する前のものだろう。手前がライオット・ポリス、壁を挟んで向こうに墓地。白いシャツに黒いズボンは組織関係者。墓地内の警官、がっつり武装してる様子。
BTのスライドショーの写真の2点目を見ると、棺にトリコロール旗はかけられていない。
ほかに見つけることができたのは下記の写真だけ。棺が確認できる写真はBTスライドショーの2点目のほかにはなかった。
マッケンナの死について、ニュースサイトでも、公開されているソーシャル・ネットワークでも、大した量の言葉は見つからない。RNUが "Seamus was an ardent supporter of the continued insurgency in Ireland as well as the political position of the Republican Network for Unity." との追悼文を出していることから、いろいろと読み解くことはできるが、いずれにせよ、死んだ人物、既に「過去の人」である。
The Journalの記事のコメント欄にそこそこ言葉はあるが、内容はあまりない。
http://www.thejournal.ie/seamus-mckenna-omagh-suspect-funeral-994922-Jul2013/
Twitter検索結果から:
Seamus McKenna's death reminded me of this time in 1998. Bombings by RIRA/CIRA were an almost weekly event prior to #Omagh
— John Mooney (@JohnMooneyST) July 17, 2013
今週、一連のオレンジ騒動の中で、北アイルランド特有の「紛争」のメンタリティの問題について、誰かが「責任を逃れようとする者は、必ず誰か他人のせいにする」と呆れていた。オレンジ・オーダーのパレードが荒れたのは(暴れた奴らのせいではなく、暴れを阻止できないリーダーたちのせいでもなく)パレードを禁止した「パレード委員会」のせいだし(「連中はIRAに支配されている!」の陰謀論にまで亢進している)、11日のボンファイアに隣接地域のカトリック教会から持ってこられた聖母マリア像がくべられようとしていたのは「カトリック地域からボンファイアに投げ込まれた」せい(そんなことが可能なら五輪の投擲競技で金メダルが取れる)。
同じように、(ディシデント・)リパブリカン側には「何もかも警察の弾圧のせい」という言説がある。
(ディシデント・)リパブリカン側の言説は、この数年で随分見えなくなってしまったのだが(アンダーグラウンド化したというか、FBで外部非公開の場でなされることが多くなったのではないかと思う)、それでも断片的に、「警察に弾圧されている」という声は聞こえてくる。
それだけを見て、「うぬー、弾圧、けしからん!」と思う人は……いないだろう。いないことを祈る。
※この記事は
2013年07月20日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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