kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2007年03月26日

ストーモント・アセンブリーの権限が復活。

さて、いよいよデッドラインというわけで、ストーモント・アセンブリーの権限が復活された。

Stormont assembly power restored
Last Updated: Sunday, 25 March 2007, 23:01 GMT 00:01 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/6493691.stm

ただし、1日以内にユニオニストとナショナリストから成るpower-sharing executive(国家で言えば「大連立政権」のようなもの)が実現しなければ、アセンブリーの権限は剥奪され、再びウエストミンスターのダイレクト・ルールとなる。

で、このpower-sharing executiveの最も重要な部分、つまりファースト・ミニスター(国家で言えば「首相」)と副ファースト・ミニスター(同「副首相」)が、ほんとにこのまま進むのなら、それぞれ、DUPとシン・フェインということになる。というわけで、この件についてはodd coupleとか「ありえない結婚」とかいった比喩でずっと語られてきているのだが(特に数週間前の選挙以降は語られる頻度が増えた)、ユニオニストのプロパガンダもナショナリストのプロパガンダもちょっとは見てきたしちょっとは本も読んできた部外者としては、上記BBC記事にくっついている写真(コラージュ)とかみると、「うはっ、ほんとありえない」と思うのが正直なところだ。

BBC記事によると、
If a power-sharing executive is formed, it will have four DUP ministers, three Sinn Fein, two UUP and one SDLP.

というわけで、大臣職はDUPから4人、シン・フェインから3人、UUPから2人、SDLPから1人が選ばれることになる。これはこないだの選挙結果を反映しての配分だが、SDLPの1というのは、こうして見せられるとなんだかショッキングですらある。1998年のPeace At Last!の盛り上がりを、ダイアルアップ回線でBBCをチェックしてちょこっとでも見ていたから。(当時は従量課金制で、自宅でネットつないですぐにNTTのテレホーダイに入ったものの、テレホの時間帯になるとアクセスポイントにつながらないことが多かったから、ほとんど読めてはいなかったのだが。<「ほとんど死語」がいろいろ。)

脈絡ないんだが、先日、BBCの「今日は何の日」で見かけて強烈な印象を受けたIRAの言葉を貼り付けておこう。1976年3月15日、ロンドンの地下鉄に爆弾を仕掛けようとしている男(IRA義勇兵)を見つけ何とかしようとした地下鉄の運転手が、その男に射殺されるという事件が発生したときのものだ。記事の右側のコラムの「後日談」のところから引用する。

http://news.bbc.co.uk/onthisday/hi/dates/stories/march/15/newsid_2543000/2543605.stm
The day after this incident a man was injured when a bomb exploded on a tube train at Wood Green, in north London.

Days earlier the Provisional IRA in Dublin, calling itself the Army of Ireland, said: "We now issue a solemn warning to the British public. You have given the IRA the label of terrorist... Now we will act as terrorists."

つまり、運転手が射殺された翌日、ウッドグリーン(ピカデリー・ライン)駅で爆弾が爆発、1人が負傷した。何日か前にダブリンのPIRA(自称「アイルランドの軍」<ゲール語)は「われわれは英国の一般の皆さんに警告する。あなたがたはIRAにテロリストとのレッテルを貼り付けた・・・ではわれわれはテロリストとして行動しよう」と述べていた。

2007年にこういう言葉がつむがれていることも、割り込みで、付記しておこう。
There's bullet holes where my compassion used to be
And there is violence in my heart
...
You can label us a consequence
Of how much you have to learn

-- Nine Inch Nails, "My Violent Heart" (2007)


それから30年と少し。英国(とアイルランド共和国)の法律上、IRAの「特定テロ組織」の指定はそのままだが、当のPIRAが武装闘争活動を停止、武器をすべて使えない状態にし、そして、当時PIRAでばりばりに武装闘争を行なっていた(というか指揮していた)マーティン・マッギネスが、今、副ファースト・ミニスターになろうとしていて、ファースト・ミニスターになろうとしているイアン・ペイズリーは、30年前は「反カトリック、反IRA」の急先鋒の煽動活動家だった。

変われば変わるものだ。(最近この件ではこればっかだが。)

なお、DUPはなんかごにょごにょ言っているらしく、UKのピーター・ヘイン(北アイルランド担当大臣)は「1日でダイレクト・ルールに戻すこともできる」と、両者の間で瀬戸際作戦が展開されているようだが、ほんとにどうなることやら。

Speaking on Sunday, Mr Hain said: "Success tomorrow would be devolution, failure would be dissolution. I don't at the moment see any other way, I only see it our way.

"If there is another way if the parties have got their own way then they need to jointly agree it and come back to me pretty quickly, because otherwise the law kicks in and there's nothing I can do about it."

http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/6493691.stm

# なんかこの英語、リズムとかが無駄にかっこいい。


※この記事は

2007年03月26日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 11:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

この記事へのトラックバック





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。