「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2013年05月26日

EDL (イングランド防衛協会) について (3)

EDL_DudleyII-7EDL (English Defence League: 写真は2010年にダドリーで撮影 by Rude Cech, CC BY-NC-ND 2.0) に関し、その基本的な性質と成立の経緯(および、彼らを成立させた「イスラム過激派」の活動について)、そして結成初期、2009年の活動と報道について、2度にわたって書いた。また、まさにこの土曜にブリストルで行われた「デモ」についても書いた。

この上で、前提として改めて明確にしておきたいのは、EDLは決してそれ単体では存在しない主義主張の団体である、ということだ。つまり(「トミー・ロビンソン」の言い分を額面通りに受け取るならば)「イスラム過激派の活動を阻止する」という主義主張は、「イスラム過激派」なしには存在しえない。そして「イスラム過激派」の主義主張を「ヘイト」であると位置づける彼らのレトリック ("The hatred is affecting us - it's a disease sweeping the country, and it needs stopping") は、「自分たちの主義主張は『ヘイト』ではない」(「『ヘイト』とは《連中》のやることである」)という(誤った)ロジックを伴っている。

むろん、こんなレトリックや(誤った)ロジックは、彼らの外見を見、彼らの発する声を聞けば、即座に底が割れる。EDLのロゴ入りのポロシャツやパーカーか、サッカーのイングランド代表のユニフォームなどに身を包んだいかついスキンヘッド集団は、固まって集団外の人々を威圧し、街頭に集まったときに右手を斜め前にまっすぐに伸ばし手のひらを下に向ける「ローマン・サリュート」をし、フットボール・チャントを歌っている。これらは、フットボールが今のように「オープンでフレンドリー」な娯楽になる前の「排外主義」、「ヘイト」の《記号》そのものである。(EDLはその《記号》化しているものを脱構築し取り戻す活動であるかのような言説もなくはないが、実際のデモの光景を見れば、そんな「高尚な」話ではないことはわかると思う。イングランドの《記号》を「取り戻し」たいのならEDLなどにやらせんでも、ワールドカップやユーロでその辺で楽しくやってるイングランド人に任せておけばよいわけで。)

フーリガン戦記フーリガン戦記
ビル ビュフォード Bill Buford

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例えば、2012年7月にリヴァプールで行われた集会は、20世紀初頭に労働組合運動で活動したアイルランド人(リヴァプール生まれ)のジェイムズ・ラーキンの誕生祭にある意味「カウンター」として仕掛けられたもので、アイリッシュ・ナショナリズム/リパブリカニズムの支持者の中にEDL(当時、北アイルランドのユニオニスト勢力との関係は既に明らかになっていたと思う)が乗りこんで行って、"No Surrender to the IRA" など反リパブリカンの歌をがなり立て、IRAであるかないかにかかわらずそこにいる人たちに向かって「アイルランドへ帰れ、この人殺し集団め!」と怒鳴り散らすというひどいものだった。北アイルランド紛争を知らない、10代の子供までが「IRAは人殺し」と声をあげてカタルシスを得ていたようだ。

そういった「極右」性、「ヘイト」集団としてのEDLについては、それだけで独立した検証と論考ができるだろう。

本稿で注目したいのはそういうこととは別に、EDLが有している奇妙な「オープンネス」(の演出)である。

上述したリヴァプールでの集会についてのアイリッシュ・タイムズの記事(2012年7月23日付け)から。
One Muslim man in his early 20s sighed in despair as he was accused by an obese black teenager of being “an IRA murdering scum”.

つまり、ラーキンの生誕祭に来ていたムスリムの20代の青年が、太った黒人のティーンエイジャーから「IRAの殺人鬼」と罵られた、というのだ。

北アイルランド紛争で「カトリック野郎!」との罵倒は普通にあったけれども(イアン・ペイズリーの「ローマ教皇は反キリスト」発言にあるように、プレスビテリアンのローマ忌避がベースにあるので)、ムスリムを捕まえて「IRA」呼ばわりするというのは新しい。ほとんどコメディである。というか、これは実際にアイルランドの言語圏では「コメディ」化していて、EDLといえば「誰彼かまわずIRA呼ばわりしてドヤ顔をしている連中」という「キャラ」が与えられている場すらもある(ごく狭い範囲かもしれないが)。

さらにこのエピソードで注目されるのは、その罵倒をしているのが「太った黒人のティーンエイジャー」という点だ。

それだけではない。

Jewish? Gay? Join us, white extremists say
By Robert Verkaik , Law Editor
Saturday 27 November 2010
http://www.independent.co.uk/news/uk/politics/jewish-gay-join-us-white-extremists-say-2145003.html
A white extremist organisation is forging links with Jewish, Sikh and gay communities to fuel prejudice and fear and hatred of the Muslim community, it was claimed today.

つまり「反ムスリム」であるため、「ムスリムでなければ誰でも歓迎」ということになっているという研究結果が2010年、EDLの結成から1年半ほどあとに出されている。

このインディペンデントの記事は、ティーサイド大学のナイジェル・コプシー教授の報告書(Faith Mattersの依頼で作成されたもの)を紹介しているが、その報告書の中で教授は、旧来の「極右」集団と異なり、EDLにはthe Jewish Division, LGBT Divisonなどがあり、同性愛者の権利や女性の権利、身体障碍者の権利を推進していくという構えをとっているという事実を指摘している。

この「見かけ上の多様性」は、少ないながら、記録もされている。2012年7月にブリストルで行われたEDLの行動では、レインボー・フラッグをまとったEDLの活動家の姿が撮影されている(同じ日に、EDLとは無縁のPride系のイベントがあったので、写真が何だか本当にカオスなのだが……)。
http://www.vice.com/read/edl-fascists-antifa-police-lgbt-bristol-gay-pride

なお、これらの「多様性」、「寛容」のそぶりは、イスラエルのプロパガンダと奇妙にも合致するということも指摘しておかねばなるまい。いわゆる「ピンク・ウォッシュ」である。例えばガザ封鎖の非人道性を批判すると「でもイスラム教徒はゲイに不寛容でしょう? 同性愛者を鞭打つ彼らのどこが人道的なのでしょうか。私たちはそうではありませんよ」と言うことによって相対化してしまうという無茶苦茶な論法。(最近、さすがに下火になっていると思うけれども。)

このように少なくとも見た目としては、「開かれた草の根運動」、「イスラム教の宗教支配はいやだと考える普通の人々」の集まりという体裁を有するEDLは、それを額面通りに受け取れる幸せな人にとっては、「新しい運動」的な何かに見えているのかもしれない。

実際、EDLの運動(と呼べるものかどうかはまた厳密な検討が必要だが)は、それ自体は「ネオナチ」思想から生じたものではないし「ネオ・ファシズム」の組織をルーツに持っているわけでもない。「ホロコースト否定論」のような小理屈の世界ではなく、フットボール・フーリガニズムのわかりやすい、直情的な、力と声の大きさの世界だ。(と言い切るのも乱暴だが。)

コプシー教授の報告書は、下記でダウンロードできる。表紙込みで全38ページ。滅茶苦茶濃いが、私が不確かな知識でえっちらおっちら書いてるものを読むより、こちらを読んだほうがみなさん、幸せになれると思います。(^^;)
http://faith-matters.org/component/content/article/40-publications--reports/201-the-english-defence-league-challenging-our-country-and-our-values-of-social-inclusion-fairness-and-equality

一方で、EDLが結成されたときには行動を共にしていたが、やがて抜けてしまったらしい人が書いたと思われるこの本(このシリーズの第一回目の末尾にリンクしているが)。Amazon.co.ukに投稿されているあるレビューがとても率直なように読めるのだが、こんなことが書かれている。
[The author] also details the behind the scenes leadership struggles as when they quickly formed they had no real leaders. ... He details how, from the time they unfurled an Israeli flag to wind up the anti-fascist PLO supporters, they became hijacked by Zionists. ...

つまり、組織が急にできあがったときには指導者と呼べる者は誰もいなくて、水面下では主導権をめぐる争いがあったこと、そして、EDLに対抗デモをしかける「反ファシスト」勢力がPLO支持(原文ママ:そっち寄りの立場で言わせてもらうと、「PLO」じゃないわな……)だからという理由でイスラエルの旗を掲げてみたら、シオニストにハイジャックされた(原文ママ)のだということ……。

この本の著者は、古い「極右」(反ユダヤ主義)の人なのかもしれない。あるいはレビューを書いた人がそういう人で、本の記述からそういうことを読み取ったのかもしれない。



追記:この点に関して適切なキーワードで画像検索などすると、えらいカオスで半笑いするしかなくなる。なにせ、EDLという名称とイングランドの旗とイスラエルの旗が組み合わされたような図像を前に、ローマン・サリュートをキめてるスキンヘッド(ボーンヘッドと言うべきか)がいたりするわけで。

EDLの紋章がおでこに入ったバラクラバなど、もとからこの界隈はいろいろとカオティックなのではあるが。

※事項はWootton Bassettの件を書くつもり。

※この記事は

2013年05月26日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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