kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2013年04月12日

故人を美化するプロパガンダ……「マーガレット・サッチャーはフェミニストだったんだよ!」、「な、なんだってー」の件

モリッシーの「ねえ、いつ死ぬの、いつ死ぬの」の歌より、全然穏当だと思うのだが、ある曲の曲名がunmentionableになっているらしい。日本時間で12日午前1時50分のツイート。


Channel Fourのアカウントが「iTunesのチャートで1位」などという「ニュース」になるのかならないのか微妙な件をニュース扱いしながら(曲名を明示できないのだろう、わざとらしく)遠回しに書いている曲の名は、"Ding dong the witch is dead." 1939年の映画、『オズの魔法使』でとても若いジュディー・ガーランドが歌ったこの曲が「全英チャート4位だ」というツイートも、私の見ている画面に流れてきている。

偶然だが、著作権が失効した古い映画を毎週金曜24時にネットで上映している午前0時の映画祭さんで今月かかっているのが、この『オズの魔法使』だ。金曜日から土曜日に日付が変わったあとで、私も彼らとは全然別の文脈で、ドロシーたちのこの歌を聞いているだろう。

さて。誰かが死ぬと、「死んだ人のことは悪く言わない」という圧力が働く。それについて「日本独特の精神文化である(キリッ」的な言説が一時流行ったが、「日本には四季がある」ことが「四季があるのは日本だけ」を意味するのではないのと同様に、「故人に(最低限の)敬意を示す show some respect to the deceased」のは日本だけではない。英語圏で広く共有されている理由説明として、「大切な誰かを失ったばかりの、故人の家族を思って」という、実に人間らしい思慮にあふれたものがある。マーガレット・サッチャーとて例外ではない。

※ただし「ママ」を失ったばかりの人物の1人はマーク・サッチャー(胡散臭いことこの上ない人物で、数年前、赤道ギニアのクーデター計画への参画で有罪になったことが大きく報じられた)だが。また、マーガレットは「家族の価値」を強調し、「私生活では働き者の良妻賢母」と評される(気持ちの悪い言説だね、これ。ヴィクトリア朝かよ)らしいが、晩年マーガレットがアルツハイマー病をわずらってから付き添った娘のキャロル・サッチャーは、今年の夏に60歳になるが、一度も結婚したことはない。

一方、そういう「故人を悪く言わない」という「空気」の中で、許されるのは故人を讃える言葉のみという状態について「少なくとも、公的な存在である人物について批判が許されないというのはおかしい」と論じているグレン・グリーンウォルド(米国の法律家。ウィキリークスやブラッドレー・マニングについてのオンラインの発言で彼に接している人は多いだろう)の論説記事も、私の目に入った範囲でのことだが、広く共有(シェア)されていた。

またその一方で、@PennyRedのような筋金入りまくりの左翼の人が、「言いたいことは山ほどあるけれど、Twitterで済むことではないし、今日はそれを言う日ではない」と言っていたりもする。他方、Ding dongと騒ぐ声もどこからか聞こえてくる。それを悪趣味だ、これだからサヨクは……と、くさす声も聞こえてくる(グリーンウォルド記事の冒頭にも具体例がある)。私の見ているTwitterのTLは、なかなか、ハイド・パークのスピーカーズ・コーナーじみている(スピーカーズ・コーナーの存在とその意味を私に知らせてくれたのは、確か文部省検定の、つまりごく一般的な、中学の英語の教科書だった)。私はこれを、好ましく思っている、というのが「優等生」的に仕上げた感想文だ。

さて、マーガレット・サッチャーについて、その死の直後から、それら「個人の感想」とは別のレベルでインターネットで展開されたのは、圧倒的に、醜悪な修正主義であった(それが「修正主義」であるという言葉を見つけるまで、私は少々の時間を必要とした。あまりの物量ゆえに、完全に処理能力を失っていた)。

先に参照したグリーンウォルドの論説文でも、次のように指摘されている。「要点は、公的な存在であった人物(およびその人の政治)を称賛する人々は、沈黙などしはしないということだ。逆に、当該人物の死によって引き起こされた感情をこれでもかこれでもかとばかりに利用しつくしながら、故人について美辞麗句を並べ立てているのだ」
... the key point is this: those who admire the deceased public figure (and their politics) aren't silent at all. They are aggressively exploiting the emotions generated by the person's death to create hagiography.

http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2013/apr/08/margaret-thatcher-death-etiquette


単なるhagiographyであればいつものことだし、さほど気にならないと思うのだが(スティーヴ・ジョブズについて「マウスという入力装置もジョブズがいなければ存在しなかった」みたいなのが出ても、ただ笑みを浮かべて「信者乙」で処理できていた)、今回見られるのは、その意図もあからさまな修正主義である。それらの言説は、事実に即していないという点で「デマ」と言ってもかまわないくらいだ。

その中で最も目立っていたのが、「フェミニストとしてのサッチャー」というプロパガンダだ。そのことは既に少し書いた(リンク先のエントリの末尾)が、本稿ではそれについて、さらにまとめておきたい。

定義論争をしている余裕はないが、少なくとも英語圏で共有されている定義・概念としては、「フェミニスト feminist」、「フェミニズム feminism」とは単に「女権拡張」、「強い女」を言うのではない。

サッチャーの死後、最初に出た「フェミニスト」言説のひとつが、米国のオンライン・メディア、Slate.comの次の記事だ(不思議なことに、「サッチャーはフェミニスト」と言ってる見出しは、英国のメディアではなく米国のメディアで大量に出たのを私は観測している)。日本時間で4月8日23:20の配信、つまり死亡が明らかになって2時間半ほど後のことだ(最初の訃報が流れてきたのが同日20:48、各メディアで報じられ「いつものTwitter rumourではない」ことが誰の目にも明らかになったのがその20〜30分後)。


※類例はげんなりするほどあったが(例えばBuzzFeedがベネディクト16世について映画のキャラに似ているとはしゃぐような感覚でプロパガンダをやっている)、ここで引くのはSlateだけにする。

一方で、今回最も評判のよかったインディペンデントのオビチュアリー(故人の業績や人となりを1本の文章としてまとめるもので、「死亡の事実を伝えること」が目的の「死亡記事」ではない)は、Slateの記事の2時間前、4月8日21:26に配信されているが(要人についてのオビチュアリーは、多くの場合、予定稿が準備されている。マーガレット・サッチャーは数年前から何度も卒中で倒れて病院に入っており、各紙予定稿はがっつり準備されていただろう)、そこには明確に次のように述べられている。
In all the years she was in Downing Street, she allowed only one other woman a seat in the Cabinet. This was Janet Young, who was leader of the Lords from 1981 to 1983. Thatcher was in some respects very feminine, particularly in the endless care she took over her clothes and complexion, but she was no feminist. She preferred to work with men, preferably men who behaved flirtatiously, like her court favourite, Cecil Parkinson. The politician to whom she owed most was the long-serving, long-suffering Sir Geoffrey Howe - but he had no masculine charisma, and in the end she could hardly bear the sight of him.

【要旨】首相在任中、サッチャーが入閣させた女性は一人しかいない。1981年から83年にleader of the Lordsをつとめたジャネット・ヤングである。サッチャー自身は、ある点では非常に女性らしい人であった(特に服装やお肌の調子については常に気を配っていた)が、フェミニストではまったくなかった。一緒に仕事をするなら男性と仕事をするのを好んだ。特に、セシル・パーキンソン(→注:Wikipedia)のように気のあるそぶりを見せる男性を重用した。サッチャーに最も大きな貢献をしたのはサー・ジェフリー・ハウ(→注:1983〜89年の外相。Wikipediaに写真あり)であったが、ハウ自身に男性的なカリスマは皆無で、最終的にはサッチャーはハウのことを視界に入るのも耐え難く思うようになっていた。


また、「有名人の名言」を集めたサイトを見れば、サッチャーが「女性の権利を拡大すべきという考え方」についてどう思っていたか確認できる。
I owe nothing to Women's Lib.
http://www.iwise.com/Margaret_Thatcher/Feminism_quotes


メリル・ストリープが主演した映画が公開されたときには、オンライン・メディアのHuffington Post UKには次のような記事が出た(Posted: 11/01/2012 00:00)。
Why Margaret Thatcher Is No Feminist Icon
by Jenny Anderson
http://www.huffingtonpost.co.uk/jenny/margaret-thatcher-feminism_b_1196544.html
Every time I hear Margaret Thatcher called a feminist, a little bit of feminism inside of me dies. Margaret Thatcher detested feminism. I know this because she told us, "The feminists hate me, don't they? And I don't blame them. For I hate feminism. It is poison." How can you possibly be credited as being a part of and moreover a role model for something that you so publically hate? You aren't a feminist by default; it's a mindset, a way of thinking. Thatcher was incredibly successful in what is still a predominantly male world but just because she is a woman and achieved great things in her career does not make her a feminist. During her 11 years in office Margaret Thatcher had just ONE woman in her cabinet, Baroness Young. She ignored the plight of women in politics and society as a whole. Of course according to Thatcher, "There is no such thing as society."

【要旨】マーガレット・サッチャーがフェミニストと呼ばれるのを耳にするたびに、わたしの中のフェミニズムが少しずつ死んでいく。マーガレット・サッチャーはフェミニズムを唾棄していた。次のような発言を見れば、明白なことだ。「フェミニストはあたくしのことを蛇蝎のごとく嫌ってますでしょ。だからといって文句をつけようっていうんじゃありませんよ。あたくし、フェミニズムなんていうものは大嫌いですから。あれは、毒です」。本人がここまで公然と嫌悪感を表明しているものについて、その一部であるとか、言うにこと欠いてロールモデルであるとか、どの口が言うか。人ははじめっからフェミニストであるのではない。フェミニズムとはマインドセットであり、ものの考え方である。確かに、サッチャーは現在も続いている男社会の中で信じがたいほどに成功した。けれども成功した人物が女性だったからというだけで、その人物がフェミニストになるわけではない。11年の首相在任中にマーガレット・サッチャーが内閣に起用した女性はたった1人、バロネス・ヤングだけだ。サッチャーは、政界であれ一般の社会であれ、女性たちの苦難というものは無視したのだ。ただし、サッチャーによれば「社会などというものはございません」ということだが。


このように、「サッチャーはフェミニストではない」というはっきりとした説明は多く存在しており、それをサポートするファクトの存在も誰にでも確認でき、「サッチャーはフェミニストではない」というのは長く共有されてきた認識・常識であったにもかかわらず、死後、上記Slate記事のような「フェミニストとしてのサッチャー」という言説が出てきたのである。

その究極の1本が、米大統領バラク・オバマのツイート。ばかばかしいので日本語化はしない。エンベッドもしない。(「あなたのソーシャルメディア担当のブレーンは、この程度ですか」という感想を私も共有している。)
https://twitter.com/BarackObama/status/321269768457953280

2011年のノーベル平和賞を受けたリベリアの大統領、エレン・ジョンソン・サーリーフの発言も、どうやらその文脈にあるようだ(BBCの書き方の問題かもしれないが)。



※サーリーフ自身の権力掌握が問題含みであり、彼女を過剰に称揚すること自体がおかしなことだという指摘は、ノーベル平和賞のときになされていた。

これらの発言は、贔屓目にみれば、「女性が成功することが何ら異常な事態ではないという認識を社会に定着させた She normalised female success」というサッチャーの功績を肯定的に評価したものと言えるかもしれない。オバマのツイートには、アラブの女性たちから「よく言ってくれた」という賛同のメッセージが何件もつけられている。「女性の権利」がどの程度認められているかという点で根本的に状況が異なる社会で、「男社会で成功した女」が単にそれだけで偶像化されるということは、それ単体では何ら責められることではない(だが、それを「西側の男」が言い「アラブの女」が喜んでいるというのは、二重三重にもの悲しいことだ)。

しかし、サッチャーの時代から30年も経過した2013年のアメリカで、大統領が彼女について「これから社会に出るティーンエイジャーのお手本だ」と称揚することが妥当だとも思えないし、バラク・オバマという人が本当にそこまで無知で何も考えていないとも思えない。サッチャーは、ネルソン・マンデラを「テロリスト」と呼び、南アのアパルトヘイト政策撤廃を求める英国の運動を叩いた人物なのだ(ブレア政権で北アイルランド担当大臣などを歴任したピーター・ヘインは、かつてこの運動のリーダーのひとりだった。逮捕歴あり)。

こういった異様な状況の中で、「サッチャーはフェミニストなどではない」という事実を改めて指摘し強調する文も大量に書かれた。たぶん、後からは検索できないほどだ。(あとからは検索できなさそうなときは誰かが「まとめ」を作る/storifyするものだが、今回は本当にうんざりしてしまって誰もやっていなくても不思議ではない。)

そのひとつが(そして物量に圧倒されている私が見出しだけでなく記事そのものを読むことができた唯一の記事が)、ガーディアンのハドレー・フリーマンによる下記記事である。

Margaret Thatcher was no feminist
Hadley Freeman
The Guardian, Tuesday 9 April 2013 20.00 BST
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2013/apr/09/margaret-thatcher-no-feminist

こういう悪質な修正主義が、こういうタイミングで出る、ということを記録しておくために……と思って書き始めたが、皮肉なことに、これがまた、誰が読むんだというくらいに長くなってしまった。

ハドレー・フリーマンの記事については、ページを改めよう。

サッチャーをめぐる修正主義は「フェミニズム」のほかにも、「南アのアパルトヘイト撤廃に貢献した」、「環境保護を考えていた」(単に石炭産業をぶっ潰しただけじゃないか)というものが目についた。

よりがっさりした修正主義的な評価としては「自由と民主主義を推進した」というものがあり、それについては「国際関係」筋のほうぼうから矢が飛ばされている状態だが(個人的には、その話は北アイルランドだけで手一杯、目いっぱい、オナカイッパイである)、元New Statesmanで現HuffPoUKのメフディ・ハサンの文章がとても読みやすい。

Was Thatcher A 'Champion of Freedom and Democracy'? Don't. Be. Silly.
Posted: 09/04/2013 08:46
by Mehdi Hasan
http://www.huffingtonpost.co.uk/mehdi-hasan/was-thatcher-a-chamoion-o_b_3042342.html?utm_hp_ref=tw

生前にではなく、人々が感傷的で感情的になっている死の直後というタイミングで行われるこの情宣は、感情の動きに付け込むという点で、非常に悪質だ。「混乱に乗じて国を切り売りし、私腹を肥やしたオリガルヒ」である故ボリス・ベレゾフスキーが、生前たびたび、「オリガルヒ」であることをストレートに述べない形で「ロシアの富豪で、反プーチン活動家」と呼ばれていたのよりも悪質であると思う。

※この記事は

2013年04月12日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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