この数ヶ月のことを、BBCのMark Devenportが「もしも」の視点からまとめている。ああ、なるほど、と納得させてくれる記事だ。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/6414717.stm
選挙一週間前の時点でも「○○議員、党本部の方針に反対し、離党」といった報道がいくつか(or いくつも)あった。となるとリパブリカンの反主流派・非主流派の受け皿が気になるけど、そこまでつっこんで報道を追えるほどの知識も時間も私にはない。
が、ガーディアンにひとりの有名なリパブリカンの反主流派・非主流派のことが出ていたのでちょっと読んでみた。1981年のハンストで死ぬまで断食していた10人のひとり、パッツィ・オハラのお母さんである。
パッツィ・オハラはINLAの義勇兵だった(IRAではない)。彼は1957年、デリーのパブ兼食料品店のおやじの息子として生まれた。一家の息子たちは1971年から75年のインターンメント(礼状なしの逮捕・起訴容疑なしの拘束:今で言えばグアンタナモ式)で次々と身柄を拘束され、拘置施設に放り込まれた。むろんそういうことがあったのは彼の家だけではなく、若きパッツィは武装主義を選ぶ。彼の母方のおじいさんは第一次大戦で英軍兵士として欧州で戦ったが、戦後故国に戻ると独立戦争で(映画『麦の穂をゆらす風』参照)、英国の治安部隊(タンズやらオークスやら)が暴れていた。そこで彼は軍人としての恩給を拒否し、リパブリカン運動(=共和主義運動=王政の拒否=反英闘争)に入った。彼は1939年に死去したが、その娘がパッツィ・オハラのお母さん、ペギー・オハラである。
http://larkspirit.com/hungerstrikes/bios/ohara.html
The 76-year-old dissident taking on Sinn Féin
Owen Bowcott, Ireland correspondent
Thursday March 1, 2007
http://www.guardian.co.uk/Northern_Ireland/Story/0,,2023860,00.html
【大意】
ペギー・オハラは76歳。非/反主流派リパブリカン運動の指導者的存在である。真っ黒に染めた髪を頭のてっぺんで結い上げた彼女は、警察との協力に反対し、たとえ選挙に勝ったとしてもストーモント議会の議席は拒否する構えである(※abstentionismを参照。つまり「ガチガチのリパブリカン」)。
その彼女が今度の選挙に立つ。立候補は初めてだ。
デリーの自宅の応接間は、息子のパッツィを偲ぶ神殿になっている。パッツィはINLAのメンバーで、1981年のハンストで死ぬまで断食をした。ペギーの立候補は、パッツィという犠牲を裏切った者たちに対抗するためのものだと彼女はいう。
3月の選挙は、北アイルランド始まって以来、最低の盛り上がりだといわれる。争点は水道料金のことや、政治的主義主張の最も極端なところにいる「拒否派(rejectionist)」のことである。徴収金額のことが争点になるのは、政治が正常化している証拠だと歓迎されている。そしてこの選挙は、ストーモントで各政党が(=ユニオニストとナショナリストが)パワーシェアリングすることを認めるものである。DUPがその第一の敵であるシン・フェインに対し前向きな姿勢を見せるのかどうか、DUPはなかなかはっきりさせようとしていない。このためいつものような歯切れの良すぎる言葉は聞かれない。DUPのイアン・ペイズリー党首は有権者に対し、ただ私の判断を信じてほしいと言うだけである。
選挙の結果、DUPとシン・フェインの2党が最大政党となることはほぼ確実な情勢であるが、選挙は比例代表制で行なわれるため、少数のマージナルな勢力が与える影響は大きなものになるかもしれない。そして今回の選挙では、非/反主流派のリパブリカンが――CIRAやRIRAの政治組織など――、初めて、シン・フェインに対抗する候補者を立てるのである。(※「RIRAの政治組織」というのは32 CSMのこと、「CIRAの政治組織」というのはおそらくRSFのこと。)
デリー、フォイル川の西岸の一帯では、シン・フェインやSDLPのポスターと並んで、ペギー・オハラのポスターがあちこちに張られている。
かつてはアメリカでPIRAの資金集めをしていたマーティン・ガルヴィンが、現在では彼女の応援に乗り出している。彼の金で新聞広告を買い、ウェブサイトを開設し(※検索したらすぐに見つかりました)、3万部のリーフレットを印刷して配った。
「このキャンペーンの先頭に立っているのは私なのよ」と語るペギー・オハラは、卒中から回復しつつある過程にある。「息子のため。パッツィのためにやっているんです。私はあの子が死ぬのをベッドの傍らで見取ったんですから」
シン・フェインは体制側に「身売り」したのだと彼女は言い切る。「闘争の結末が警察の支持だなんて、あの子たちが知っていたら、くだらない、意味がないと思ったでしょうね」(以下略)
アメリカ人のIRAのファンドレイザーが開設したペギー・オハラのサイトを見れば旗があるのですぐにわかると思いますが、彼女の所属政党はもちろんINLAの政治部門、IRSPです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Irish_Republican_Socialist_Party
IRAのファンドレイザー、つまりシン・フェインの人が、INLA側のIRSPの候補者の選挙運動にお金を出すというのは、保守党をサポートしていたはずのメディア王がいつの間にか労働党の応援団長になっていたとかいうのとはわけが違う。メディア王の場合は、大雑把にいえば、そこにカネとか利権とかの甘い蜜があるから鞍替えするのだけれども、主義主張がコアにあってカネはその後であったリパブリカニズムでここまで大胆なサイドチェンジっていうのは、いろいろ状況を考えると「彼らは昔の彼らではない」ということで見限った、という話だから。
おそらく人数としてはそんなに多くないところでの出来事だろうけれども、たぶんとても深い話があるんだろう。主義主張、原理原則の話であり、状況の変化の話であり、「組織」の権謀術数の話でもある。ペギー・オハラの出馬声明を読むと要点がはっきりとわかるだろう。
それからもうひとつ。先日アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞した「映画版でのディープ・ソートの声」こと大女優デイム・ヘレン・ミレンが主演した数多くの映画の中に、1996年のSome Mother's Sonという映画がある。監督は後に『ホテル・ルワンダ』を作ったテリー・ジョージ。この人は北アイルランドの人で、若いころにINLAの活動に関わって逮捕・投獄を経験している。
http://imdb.com/title/tt0117690/
この映画についてはそのうちにアップしたい記事が下書きのフォルダに入りっぱなしになっているのだが、まあとにかく、現在簡単に見られる映画ではない。USでもUKでもDVDのリリースはなくVHSのみで、VHSももう廃盤である。日本で見るにはNTSCのUS版が必要だが、amazon.comあたりで探せば中古のNTSCのVHSが出ているからまったく入手不可能というわけではない。(それでも字幕というありがたいものはない。)
ともあれ、この映画は1981年のハンストを題材としたフィクションで、獄中でハンストを行なったリパブリカンの義勇兵(IRAとINLA)の母親2人の目と行動を通して、1981年の北アイルランドを描いている。
その母親2人のうちの1人、女学校教諭のカスリーンを演じているのがヘレン・ミレンなのであるが、政治的なことにはまるで関わっていなかった彼女が、いつの間にかIRAに入っていた息子の投獄とでたらめな裁判を通じて知り合ったもうひとりの母親、アニーは、がっちがちのリパブリカンである。
映画の「アニー」には何人かのモデルがいるだろうが、そのひとりはおそらく、ペギー・オハラだ。
※この記事は
2007年03月07日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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http://news.bbc.co.uk/2/shared/vote2007/nielection/html/258.stm
なお、投票方法は "At their favourite candidate, voters mark a one, at their next favourite a two and so forth down the list. They can vote for as few or as many candidates as they wish." というものです。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/6421921.stm