保守党とかUKIPとかの人が言うんであれば、「はいはい」でなおかつ「またか」なのだが、今回そう言っているのは労働党の人だ。それもそこらへんの平議員でもブレアライトでもない。時期労働党党首確実と言われて数年を経過し、今年ついに党首になりそうなゴードン・ブラウン財務大臣だ。
Migrants should volunteer - Brown
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/politics/6399457.stm
BBC記事の右のコラムにリンクがいくつもあるのだけど、この人はこれまでも何度も「英国らしさ Britishness」というものを強調してきた。
おそらくこの人は「英国の美点が社会から消えつつある」というリアルな懸念を抱いているのだろう。それを口にすることが社会にアピールすると踏んでいるのかもしれない。そして、それ自体は別に悪いことではないかもしれない。
しかしゴードン・ブラウンの「英国らしさ」発言は、メディアで報じられている範囲では、「移民」に関連した話で出てくるか、そうでなければ「イングランドとスコットランドの連合」の話で出てくるかなのだ。(ゴードン・ブラウン自身はスコットランド人である。)
「イングランドとスコットランドの連合」の文脈でBritishnessを言うのは、スコットランドのナショナリスト(独立主義というか連合解消主義)への牽制であろう。しかし、「移民」に関してことさらにBritishnessを強調するのは、それよりももっと複雑な背景を有している。
BBCの記事に引用されているブラウンの発言:
"... I believe when there is now so much mobility between nations and countries, when we feel strongly that being a British citizen is something to be proud of, then we should emphasise that citizenship is more than a test, more than a ceremony.
"It is a kind of contract between the citizen and the country, involving rights and responsibilities that will protect and enhance the British way of life. Citizenship means there are common rules and accepted standards."
「国家間の人の移動がこれほど活発になり、英国の市民であるということは誇るべきことであると私たちが感じているのだから、市民権というものは試験やセレモニー以上のものであるということを私たちは強調しなければならない。それは市民と国との間の一種の契約であり、英国らしい生活様式を守り受け入れる権利と責任の問題である。市民権とは、共通したルールがあり(社会に)受け入れられている(浸透している)基準があるということを意味する。」
日本でもまた閣僚から「日本は大和民族がずっと統治してきた同質的な国」という発言が出たばかりだが(この同じ人物が、人権をあたかも贅沢な食事であるかのように扱って「人権メタボリック症候群」とかいう造語をでっち上げたのも噴飯ものだが)――日本の社会がhomogeneousであることと、「大和民族がずっと統治してきた」ことが事実であるとしてそのことと、一体どのような因果関係があるというのか――、このブラウンの発言は、非論理という点で本当に抜きん出ている。
例えばここでいう「私たち」とは誰のことか。「ある価値観を共有している私たち」とすれば、果たしてその「私たち」が「英国の国民」(かつては「臣民 subjects」と呼ばれていた)であると言い切る根拠は何か。「英国的な価値観」を持っていれば、犯罪を犯さないのか。もっと現実的な文脈に即して言えば、「英国的な価値観」を持っていれば「テロ」はしないのか。
昨年10月にランカシャーで元BNPの議員候補だった人物が爆発物系のものを自宅に溜め込んでいて逮捕されたが(この事件、初公判が今月あったんで、あとでアップデートします)、ああいうのは何だ、「非国民」か? SOHOネイルボム事件のコープランドとか、昨年タルス・ヒルで「パキスタン系英国人」の経営する小規模な個人商店に火炎瓶で放火して回っていた「英国人」もそうなのか?
また、例えば、英国で学校教育を受ければ人は「英国的価値観」を持つのか。「英国的」とされる宗教(!)を(形だけでも)信仰していれば――というより「英国的ではない」と(誰かによって)考えられている宗教を信仰していなければ――「英国的価値観」を持っているということになるのか。
そもそもその「英国的価値観」とは何か。
前に書いたような気がするが、ゴードン・ブラウンの言う「英国的価値観」とは、民主主義であるとか法の遵守とかいったものであり、多重の意味で、さして「英国的」なものではない。(それらが本当に「英国的」だというのなら、民意を無視し国際法の解釈を屁理屈で乗り越えたトニー・ブレアをはじめとする現在の閣僚の多くは「非英国的」である。もちろん、ゴードン・ブラウンも含めて。)(ちなみに、私はイラク戦争前の状況を「きわめて英国的」と思っていた。彼らが「非英国的」というのは私の主張ではない。)
また、「移民は英国的価値観を共有していないのだから、市民権取得の条件として奉仕活動の義務化を」という意見の裏側には、たまたま「移民」ではない英国人の家に生まれただけで(あるいは英国で生まれただけで)英国の市民権を自動的に手にする人たちは、生まれながらにして「英国的価値観」を有するという(「トンデモ」な)前提がある、とツッコミを入れざるを得ない。論理上。
ただでさえ、市民権取得には「英国について」のテストが課されており、さらには今年の4月からは英永住権取得にも「英国について」のテストが課されるようになるのだ。(ブラウンの演説でもそれは踏まえていて、だからこそ「市民権はテスト以上のものだ」と言っているのだが。)テストはお勉強すればできちゃうから、コミュニティ・ワークで行動とか人格を判断しようって? どこの就職面接ですか。※
「移民は英国が何たるかをわかっていない」と主張するのであれば、同じテストを英国の、生まれながらの英国人が通う学校でやってみて、その結果を踏まえてから主張してほしい。英国に生まれていようがいなかろうが「英国が何たるかをわかっていない」人物が英国の市民権を有するためには、「英国が何たるか」をわからせるために奉仕活動を強制するという立法活動をしてほしい。
できねぇだろ。「英国的」じゃなさすぎて。
なんかもうほんっとわけわかんない。
ちなみに、この発言についてLibDemのキャンベル党首は「新聞の見出しを狙っているだけでしょう」とコメントしている。私もそうであることを祈るのみだ。だから「もうっ、目立ちたがり屋さんなんだからっ、ゴードンってば」ということにしておく。
なお、言うまでもないことだが、市民権を獲得する前の「移民」は立法に対する発言力は持たない。選挙権はないのだ。だから国が決めたことには何も言わずに従うことか、従わずに市民権を取らないことのどちらかしか、実際にはできない。
【追記】末尾に「※」のある段落、単純ミスを修正しました。(2月28日夜)
※この記事は
2007年02月27日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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謎なのは「英語力」なんですが、数年前遊学中にケンブリッジのFCEを取ってるんですよ。これがまだ有効なのか、それとももう一度英語テストを受けなければならないのか(だとすれば腹立つ)、HOに訊いてみないとだめですね。
「英語力」とこのブラウン君発言、朝食中にニュースで流れてお茶を吹きそうになりました。
だから、もう日本に帰っちゃおうかと時々思うんですよね。仕事も軌道に乗ってきたし、相方には悪いんですが・・・。
専門家(法律家)のサイトを見てみましたが、最後のパラグラフに「HOの発表を待たないと正確なところは不明」みたいに書かれています。(昨年12月の記事。)
http://www.gherson.com/node/88
ブラウン発言については、うーん、ほんとに何と言っていいのかわかりません。政権交代すればという話でもないし(交代すれば保守党、orz)。ただ日本はもっとごにょごにょしてると思います(「教育基本法」周り参照)。