kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年02月26日

flickrのツールに見る、canとmayの間の深い溝。

※以下、はてダに投稿したのと同じです(はてダのほうは注とかついてます)。



かつてロンドンで、教科書に載ってた通りの「英語のお決まりフレーズ」がいかに「丸暗記」に過ぎないものであるか、現地の人(属性はAnarcho Punk)から教えられた。「こういうのを『生きてる英語』っていうのね」とお目目キラキラでいられるほどの余裕がない場合には、自分の知識が「丸暗記」に過ぎないということをリアルに思い知らされるのは、けっこうきついものだ。ともあれ、そういう「生きてる英語」のひとつとしてはっきり覚えているのが、canとmayの違いである。

うちらの世代は、中学んときに、英語の教科書でもテストでも、Can I 〜? = May I 〜? と、あたかも常に置換可能なように習ってきたと思う。どちらも「相手に許可を求める」ときのお決まりフレーズだが、実際には常に置換可能ではない。「失礼してタバコを一服してもよろしいですか」は "Can I smoke?" ではなく "May I smoke?" という。授業中やテスト中に急にトイレに行きたくなったときは、"May I go to the toilet[bathroom]?" であって、"Can I go to the toilet?" ではない。どちらも、 "Of course you can, but you may not." という返答がありうるのである。

Flickrのフォーラムから:
http://www.flickr.com/forums/help/34111/
www.flickr.com/help/blogging/#55 [* flickr user help]

How do I post photos to my blog?
... you can blog any public photo you see on Flickr. When you're looking at a single photo, for example, www.flickr.com/photo.gne?id=23754, you'll see a "Blog This" button above it. ... Click the "Blog This" button for the photo you want to post. If you've set up your blog, you can post immediately by adding a title and body for the post. There's a link to your blog as well so you can check that the entry looks OK.


この、you can blog any public photo you see on Flickr. という記述をめぐって混乱が見られ、混乱しているスレ主さんに対し、別のメンバーさんが:
Yes, it states you can but not you are allowed to do.

とか
Perhaps it should be changed - "can" probably means "it's possible to", rather than "you may" or "you are allowed to", but it can be taken either way. Given that that's where most people would go to get the "official" line, that's where it needs to be clarified.

とレスをしている。

つまり、ここで問題となっている you can blog any public photo you see on Flickr. という記述は、「Flickrにアップされているパブリックな写真はどれでもブログすることができます(が、常に許可なくそうしてよいとは限りません)」と解釈すべき、ということである。

Flickrには、「自分がflickrにアップロードした写真が、よそで勝手に使われている」という問題に悩む人たちのフォーラムがある。上に引用したのは、そのフォーラムで「私の写真を勝手に使ってるフザケた奴がいる」というスレで名指しにされた人が困惑して立てたスレである。スレ主さんは、flickrにデフォルトでついている「Blog Thisボタン」を使って自分のブログに他人の写真をブログってきたという。ちなみにスレ主さんはネイティヴ英語スピーカーではないかもしれない(居住地はEU)。

canとmayの話からちょい脱線するが、ここでの根本的な問題は、flickrサイドが「Blog Thisボタン」をなぜ用意しているのかがユーザーにはわかりづらい、というかどうとでも取れるという点だ。

例えばこのポストに、「Flickrのスタッフから別スレでコメントがついた。"blog this" ボタンはユーザーにとって便利なようにというものであり、ボタンがあるからといって写真を使う許可を与えているという意味ではない。もし写真が "all rights reserved" ならば、撮影者の許可が必要だ、とのことだ」とある。

ならば、you can blog any public photo you see on Flickr. ではなく、you can blog any CC licensed photo on Flickr without asking for permission. You also can blog any other public photo you see on Flickr using the Blog This button, but make sure to ask the photographer if it is okay with them. くらいは書くべきなのである。というか、単に昔のまま改訂してないだけだろうが。

Flickrのすっげー初期(2004年)、まだflickrがカナダの小規模なベンチャービジネスだったころは、photo sharingというコンセプトは、ある程度クローズドなコミュニティ(会員限定サービス)で「みんなでみんなの写真を共有して楽しみましょう」ということでうまく機能していたし、サービス利用者(会員)も写真とかアートの世界とかで経験がある人たちが多かったのか、「他人の写真を盗用する」という問題はまず見かけなかった。(私は2004年10月からFlickrを利用している。)「誰も盗用なんかしない」という前提で全然OKだったのだろう、そのころは。で、Flickrのサービスは、現在も、そのころの理念に基づいて設計されたもののままで、限りなくオープンである。

ちなみに、当時はユーザーの写真のコピーライトのデフォルトも「CCライセンス 2.0」だった。私はCC支持なんで、それがいけてると思ったのもあってFlickrに登録したんだが、今はデフォルトだとall rights reservedになってるみたいね。だから初期のデフォルトがCCだったころからの「Blog Thisボタン」が現状と合わなくなってるんだろうと思う。

しかし、Flickrを始めたludicorpがYahooに買収され(買収のときもけっこうな騒ぎになったなぁ。。。「Yahooが中国で検閲をしている」というのが大問題で)、Yahoo IDを持っている人はデフォルトでFlickrも使えます、みたいになると、メールなどのサービスのためにYahoo IDを取っただけで、自分で写真を撮ることには興味のないような人でも、Flickrのアカウントを持てるようになってしまう。となると、「とりあえず使ってみよう」的な軽い気持ちで、他人の写真を自分のパソコンにダウンロードして、プールしておくつもりで自分のアカウントにアップする、ということも起こり始める。

といっても、たいがいは悪意のない人で、あまりに初心者すぎて(始めてから数日とかで)「FAVEボタン」があることを知らないとかいうケースすらあるようだが(自分が「これは後からいつでも見たい」と思ったFlickr上の写真は、FAVEに指定すれば、クリッピングしておける)、よくわからない。

まあ、「盗用だ!」と言っている人たちの中には、公開APIを利用したウェブサービスのことまで「盗用」と断言する人たちもいるんで(特に彼らに読解できない言語のものは槍玉にあげられていたり (^^;)。



それからflickrには現在もうひとつ「問題」が浮上している。サービス運営側がFlickrのサービスを完全にYahooと統合することにしたため、これまで昔のFlickrのIDでログインできていたのが、3月半ばからはYahooのIDじゃないとログインできなくなる。昔のFlickr IDでのログインを可能にしておくコストがけっこうでかいんだろう。それに、現在のFlickrはすっかり大きくなって、ごく少数のユーザーを何としてもつなぎとめておかなければならないというふうでもなく、「YahooのIDはいやだ」という少数者の抵抗もむなしく、今回の全面移行となったのだろうと思う(憶測)。

私もあきらめてYahooのIDを別に取得したが、一般的にいって、YahooのIDなんか今さら希望の文字列で取れるはずもない。FlickrでIDの切り替えを迫られているのは全員がYahoo買収前からのFlickrユーザーで、その当時にYahoo IDを持っていたとしてももう使っていない(パスワードを覚えていない)とか、もう使いたくない(昔の名前にまつわる昔の思い出にはもう耐えられない、など)とかいう感じで、しかも希望の文字列ではIDが取りづらい。というわけで、きわめて個人的な問題があちこちで出ているようだ。むろん、ハードコアなアンチもいる(いろいろあったからねぇ)。

それから、Flickrにはかなり個人的な写真をアップしている人たちがけっこういる。自分の写真、家族の写真、友人の写真、家の中の様子、そのほかいろいろ。それがYahoo IDとつなげられると、まさに "Big Brother is Watching You" なことになりかねない、という事情もあるようで(特に北米で)。

で、Yahoo IDを取ったあとのFlickrアカウントとYahooアカウントのマージのハウツーってのも、何かあんまりわかりやすくなくて評判がよくない(案内メールを読みながら、案内メール文中のリンクをたどっていけばいいんだけど、別ウィンドウ開いて何かを先にやっちゃったりすると失敗するらしい)。

というわけで、Flickrを辞めてほかに移るという人たちもいます。移転先検討中という人たちの持ち寄りスレもあったり。あと、zooomrに引っ越した人もいます。

ごく何人かだが、2004年とか2005年から知ってる人が、Yahooによる買収を原因としてFlickrをやめてしまった。今回もまた誰かやめちゃうかもしれないなあ。

私が登録して何枚か写真をアップしたあとで、Flickrの運営の人(Ludicorpの人)から「あなたのこの写真、このグループに投稿してみては? グループ、楽しいですよ」ってわざわざメールが来て、びっくり&感激したのだけど、ここまで大きくなってしまうと、そういうのはもうないだろうな。。。



ついでなんで私の最近のFlickr投稿写真から。こういうわけで、テーマは脱構築。なんちゃって。
avant-garde
Two dogs
Red, white and blue
de-constuctioning my language

ああそうだ、flickrっていえばこれも。Squared Circle(正方形にぴったりおさまる正円形)というグループのへヴィーユーザーのレオさんのオリジナル・ムービー。4分くらい。

http://www.youtube.com/watch?v=nYWNsqwSRYo


3分20秒くらいに出てくる「C」がロンドンの「C」に見えたりしたんだけど、違うかなあ。

※この記事は

2007年02月26日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 18:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | flickr | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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