kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2013年03月13日

BBC ホワイトシティの円形ビルよ、さようなら、今まで番組をありがとう。

「ネット時代、パーソナルなレベルで情報が活発に行きかうようになり、流れも形も変わった。これに対応していくため、より小回りの利くスリムな組織に生まれ変わらねばならない!」……的なスタイリッシュな言辞につつまれた「リストラ」が、英BBCで進められて数年。

ついに、ホワイトシティのBBC Televsion Centreが、ある開発業者に売却されることが決定したのが昨年7月。

2012年秋以降、BBC TV Centreからは、ひとつまたひとつと番組が拠点を移していった。例えばNewsnightは昨年10月にホワイトシティでのスタジオに別れを告げた。この「最後の放送」の締めくくりが、おしゃれさんすぎて、もうほんとにしびれる。さすがギャヴィン。
http://www.youtube.com/watch?v=hstl2zYRZO4

(しかしNewsnightの新スタジオは、まっすぐ歩いて5分かかるかどうかというくらいに近くにあるのだが。)

……という件の「まとめ」。

さようなら、ホワイトシティのBBCテレビ・センター。今まで番組をありがとう。
http://matome.naver.jp/odai/2136305083545589701


BBC TV Centreは、1960年にGraham Dawbarnという建築家によって設計・建設された。最初からテレビ局のスタジオ&放送設備として設計された建物としては世界で最も初期の例で、思想としては膨大な情報を1つに集め、1か所から世界に配信していくというイメージがあったようだ(どこかの解説音声より)。その特徴的なパノプティコン型……もとい、円筒型の中央棟の「全面ガラス」の姿は、「BBCの顔」としてなじみ深い存在だ。
http://www.bbc.co.uk/historyofthebbc/collections/buildings/television_centre.shtml

そういった点の詳しくは「まとめ」をご参照いただくとして、その「アイコン」的な建物からのBBCの退去が佳境に入っている。

A farewell to TV Centre
11 March 2013 Last updated at 13:15 GMT
http://www.bbc.co.uk/news/technology-21744409

BBC News TechnologyのRory Cellan-Jonesさんが、この建物での最後の日(前の週の金曜日)にハンディカムを持って建物内を移動した映像と、解説の記事。

This is a week tinged with sadness and nostalgia for those of us who have worked for BBC News for many years. It is the last week when television news bulletins will come from Television Centre at White City, before the TV teams join the rest of the news operation at New Broadcasting House.

ホワイトシティのBBC TVセンターからBBCがニュースを放送するのはこの週が最後だった(BBC Newsはロンドン中心部のBroadcasting Houseに移る。おもしろいのは、この「新しいスタジオ」が、築年数でいえば、ホワイトシティの建物よりずっと古いということ。ただし2000年代にリノベートされているので必ずしも「新しい」とか「古い」とは言えない)。

Television Centre is now rather battered and down-at-heel, but it was once an impossibly glamorous place. My first visits were as a child in the 1960s when my mother, a production assistant in the Drama Department, brought me in for lunch in a canteen where actors in costume and other celebrities might be sitting at neighbouring tables.

I joined the television newsroom as a sub-editor in 1983, and for much of the last 30 years TV Centre - or the Fun Factory as some of the camera crews dubbed it - has been my home.

「(退去が進んだ)現在、かなり荒廃した有様になっているが、このTVセンターはかつてはあり得ないほど魅力的な場所だった。私が初めてここに来たのは1960年代のことだ。まだ子供だった。母がドラマ部の制作助手をしていたので、息子の私を連れて社食でお昼を食べた。衣装を着けたままの俳優さんたちをはじめとする著名人が、隣のテーブルに座っているかも、という環境だった。私自身がニューズルームに加わったのは1983年、サブ・エディターとしてだった。それからの30年というもの、TVセンターは、カメラ担当の何人かはそれを"ファン・ファクトリー"と呼んでいるが、私の拠点だった」

そんなロリーさんが、この建物で仕事をする最後の日、自分のフロアからニューズルームを経由して「フィリング・ステーション」(お茶と軽食のある社食, tea bar)に移動するまでを、カメラに収めた映像を編集し、歴代のBBC Newsの音楽とニュースの音声クリップと重ねたのが下記:



最初の方の、いかにも「60年代」という音楽を聞くとモンティ・パイソンしか思い出せないくらいに貧困なアタマの私でも、胸に迫るものがある。なんでだろう。

きっと、昔「聞き取り教材」とかで使ったものを思い出しているんだと思う。(私は日本で生まれ育ってそこらへんの公立校で教育を受け、大学に進んだだけなので、英語は「できる」んじゃなくて「努力を重ねて、ある程度、できるようにした」のであるが、その過程でBBCニュース全般とCBSのダン・ラザーは欠かせない存在だった。)

それから、この建物といえば2001年3月4日のあれですよ、あれ。



ホワイトシティのBBC TVセンターの前にReal IRAがカーボム。警察が爆破処理をしたが、ホワイトシティの建物からは放送できず、この日は「臨時にウエストミンスターのスタジオからお伝えします」という前置きで始まるニュース。手前で警察が爆破処理している向こうを、電車が走ってるんですよね、高架を。電車止めてなかったんだなあ、と。距離はあるにせよ、衝撃波があるだろうに……。ちなみにBBCの建物への被害はガラスが割れるなど、深刻ではないにせよ、かなり出ています。

で、「まとめ」の3ページ目にはあれこれ映像を入れてあるのですが(中でも中学生が見学したときの報告の映像はいいですよ):
http://matome.naver.jp/odai/2136305083545589701?&page=3

最後に、2012年のクリスマスでのプロジェクション・マッピングの映像:



というわけで、さようなら、BBC TVセンター。今まで番組をありがとう。

さようなら、いままで魚をありがとう (河出文庫)さようなら、いままで魚をありがとう (河出文庫)
ダグラス・アダムス 安原 和見

ほとんど無害 (河出文庫) 宇宙クリケット大戦争 (河出文庫) 宇宙の果てのレストラン (河出文庫) 銀河ヒッチハイク・ガイド (河出文庫) 新 銀河ヒッチハイク・ガイド 上 (河出文庫)

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※でもなんか、この建物、リノベートされたあとの「オフィス」部分はBBCにリースバックされるっていう話なんですが……。「オフィス」といっても撮影スタジオは撮影スタジオとしてリノベートされるそうだし。
http://www.bbc.co.uk/news/entertainment-arts-21338374

※この記事は

2013年03月13日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼