「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2013年02月21日

【訃報】ケヴィン・エアーズ (BBC Radio 6Musicでの追悼)

昨晩、帰宅してお茶なんぞ入れてふにゃふにゃと神経をチルアウトさせていたときに、Kevin Ayers RIPという文字列が目に入った。

え、と思って検索して、画面を見た。見間違いではなく同姓同名の誰かでもなかった。








それらを一か所に。

【訃報】ケヴィン・エアーズ死去 (;_;)
http://matome.naver.jp/odai/2136138215023391101


で、BBCラジオの6Musicでは、訃報が確定されて6時間とかそれくらいで放送開始のギデオン・コーの番組で、ケヴィン・エアーズが特集された。
http://www.bbc.co.uk/programmes/b01qrmhz

番組は、放送から7日間はいつでも、世界のどこからでも(在英でなくても)プレイバックできる。以下、その聞き方。



番組パーソナリティのギデオン・コーの写真の左側にあるスピーカーのアイコンを押せば、そこで再生が始まる。その脇にある四角を2つ重ねたようなアイコンを押すと、プレイヤーがポップアップの別窓で出る。

メイン・プレイヤーの下部にあるMusic Playedのところでは、番組でかかった楽曲(音源)のクリップ(30秒以内)が聞ける。(一部、聞けないものもある。キャプチャー画像では3局目のSteel Pulseが聞けない。)これらのクリップは、番組自体の再生可能期間(7日間)が過ぎても聞けるはず。

番組は全体で3時間。日本時間では午前6時から始まったのを、最初はワインのグラスを掲げて聞いていたのだが、そのうちに寝落ちしてしまった。

番組パーソナリティのツイート:



"Mess at my Mum's House" は「えっ、そんなことが」というか、距離感が全然違うんだよね。当たり前だけど。昔、イングランドで知り合った同世代の子が「うちのおばが、昔【超有名大ロックスター】のグルーピーでさあ」みたいなことを普通にしゃべってたのを聞いたときの、「距離感」というより「距離の違い」を思い出すような。

Twitterではこんなのもあった。




それからBBC Radio 4ではロバート・ワイアットがインタビューでケヴィンを追悼している。これもウェブで聞ける。







※この記事は

2013年02月21日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















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