kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年01月16日

「連合(Union)」をめぐるニュース3題

某元首相の「日本は単一民族国家」という見解(@20年前)のことは「そりゃ違うってば」と思っているのだが、「外国」(<とあえてひとくくり)のニュースを日々読んでいると、「異なった集団が集まってできていることが目に見えてわかる国家」がこの世界にはたくさんあるということを改めて知らされる。

「イラクはアラブ人のシーア派とアラブ人のスンニ派とクルド人(のスンニ派)の国家で、イラク戦争により分裂の危機にある」とか、「ベルギーは北部のフラマン語圏と南部のフランス語圏で対立が見られる」とかいったことはこれまでにブログでちょこちょこっと書いてきた。「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教……」の旧ユーゴスラヴィアがどういうふうに解体していったかということも、それについて書けるほどには知らないのだけれども、一応は知っている。アメリカ合衆国の「衆」の字は見た目どおりの意味ではないようなのだけど(旧URLでの過去記事とか参照)、その合衆国では、自分たちの存在したことを常に強調していかないと存在しなかったことになってしまうという神経質な戦いを続けている集団(group)がいる。

そして、「異なるnationの連合体としてのひとつの国家」ということでは英国(ないしイギリス)、つまりUK = the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland(グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国)を忘れちゃいけない。Great BritainにはEngland, Wales, Scotlandの3つの「国」がある。UKとは、イングランドとウェールズとスコットランドと北アイルランド(とマン島など)から成る連合王国である。(「合衆王国」ってのはびっくりしたけどね。)

今年2007年は、1707年のActs of Union(連合法)によってイングランドとスコットランドが連合して(両国の議会が統一されて)から300年となる。(ウェールズはその前にイングランドと合同というか合併済。)現在のUKのUnionの形ができてから300年、ということだ。1月16日は連合法がスコットランド議会を通った日であり、ぴったり300周年の日である(It was on January 16, 1707 that the Scottish Parliament passed the Act of Union and put an end to itself)。

この「連合王国」の「連合(Union)」についてのニュースが、今週3件伝えられた。

最初は次期労働党党首と目されるゴードン・ブラウン財務相が「連合は危機にある」と述べたこと、2番目は1956年に驚愕の「連合」計画があったことが、当時の資料の開示で明らかになったこと、3番目は「自治」をめぐる世論調査の結果である。

本題に入る前に基本的なことを少し。

「自治」という言葉はいろいろな場合に用いられるが、イングランドとスコットランドの場合、それぞれ別個のnationが、対等の立場で「連合(unite)」している。スコットランドはイングランドに征服されたわけではなく、1603年のUnion of Crownsで同じ人物を国王として戴くようになった後も、両国は別々の国(country)だった。それが、政治レベルでも連合(合同)したのが1707年で、つまり今年は現在の「英国」という国家の誕生から300年、ということになる。(いったん組み入れられてのちに一部を残して独立したアイルランドの連合=事実上の併合は1801年だが。)

一方で、現在の「英国」では、スコットランドは「自治議会」と「自治政府」(トップはファースト・ミニスター)を有する。

UKではブレア政権発足から数ヵ月後の1997年9月のレファレンダム(住民投票)でスコットランドとウェールズに自治議会を設置した(「地方分権(devolution)」と呼ばれる)。スコットランドの議会はScottish Assembly、ウェールズの議会はNational Assembly for Walesという。(で、ほんとは北アイルランドの議会Stormont Assemblyもあるのだが、あれはまたちょっと別なコンテクストがあるので、ここでは割愛する。別な島だし。)

この辺の話は1998年のルモンド・ディプロやクレア・レポートに詳しい。
http://www.diplo.jp/articles98/9804-2.html
http://www.clair.or.jp/j/forum/forum/sp_jimu/122_2/INDEX.HTM

なお、スコットランド自治議会賛否のレファレンダムについては、1998年に大修館書店の雑誌で発表された杉本優さんの文が詳しい(だけでなく非常におもしろい。自治反対の保守党が「何を血迷ったか」担ぎ出した人物とは! 人々を「賛成」に駆り立てたものとは!)。
http://www.koiwascotland.plus.com/scot/japanese/fu05060.html

関連する話は、私も過去にブログで書いてはいるのだが、適当に終わらしてしまっているので、あんまりまとまった記事にはなっていない。
http://ch00917.kitaguni.tv/e221283.html

制度とは別に、感情の面での「ナショナリズム」の表れの例としては、2006年にワールドカップのときに、スコットランドで「イングランド・サポ」が殴られるなどしたというちょっとなんだかなーという話があった。
http://nofrills.seesaa.net/article/24546957.html

で、スコットランドの議会には立法権がある。防衛とか外交とか社会保障とかエネルギー政策とかいったでかい話に関するものはUK全体のものとしてウエストミンスターの議会(英国会)がやるのだが、教育とか食品衛生とか課税とかいった話に関するものは、スコットランドでは、スコットランドの議会が決めている。

しかし、イングランド(とウェールズ)はそういった独自の立法府というものを持たない。イングランド(とウェールズ)で法律を整備したいときは、ウエストミンスターの議会で法案提出やら審議やらといった過程を経て進める。(ウェールズの議会は「条例」のような形式での立法権を有するが、「法律」はウエストミンスターで決める。)

というわけで、「スコットランドは身の回りのことについては自分たちで法律を決めているのに、イングランドではそれができない」ということが、ときどき「問題」になる。イングランドだけにしか関係しないことでも、ウエストミンスターで審議するとなると、スコットランドやウェールズや北アイルランドの議員にも諮らなければならないからだ。一方でイングランドの議員はスコットランドの立法には関わることはできない。

2006年2月には、一部議員(主に保守党)から「イングランドについて決めるときには、イングランド以外の議員は除外してはいかがか」との声があがったが、ブレア首相はその案を検討するつもりはないと述べた。また、イングランドの自治議会を立ち上げるべきではないかという声もある(昨年10月:ガーディアンのCiFに読者コメントつきで議論が)。現在の英国政府は、「そんなことをしたら連合が解体してしまう」として、それらの意見に反対している。

政治を離れたところ、例えばフットボールのサポさんたちの歌うアンセムでも、「God Save the Queenではなく、イングランド独自のアンセムを」という意見は、ワールドカップやらEUROやらのたびに出る。

というのが基本的なアウトラインだ。(長いが。)

そういう中、
1)ゴードン・ブラウンは「連合が危機にある」と述べて、なんか気合十分って感じ
2)イングランドにも自治議会を、という考えが多数派だということが世論調査の結果判明
という話と、
3)1956年に英国とフランスの(!)連合計画が実在した、ということが資料から判明
という話が、連続して出てきた。

1)のブラウンの発言は、フェビアン協会でのスピーチで「ナショナリストがUK解体の機会をうかがっている」とかいうことを述べたというもの。これはブラウンがスコットランド人であるというコンテクストで読まなければならないニュースだろう。(しかし、いったいぜんたいこの人は北アイルランドをどう考えているんだろう。「ユニオンが危機」って言い方は、まるでDUPなんだが。)

BBCは過激な見出しをつけている。「UKの存在が危機に――ブラウン氏」って。
UK's existence is at risk - Brown
Last Updated: Saturday, 13 January 2007, 20:12 GMT
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/politics/6258089.stm
The chancellor told the Fabian Society that some groups were "playing fast and loose" with the union of England, Scotland, Wales and Northern Ireland.

He said the UK was a country "built on shared values" which served as a "model for the rest of the world".

...

"It is very important to recognise that Britishness and Britain itself is not based on ethnicity and race," he said.

"It is founded on shared values that we hold in common: a commitment to liberty for all, a commitment to social responsibility shown by all, and a commitment to fairness to all."

ブラウンの「values」の論はこれまでにも何度か繰り返されてきた。ニュース記事で見ただけだが(演説のスクリプトは読んでいないが)、「(『我々』とは価値観の異なる)過激なイスラム主義」への牽制であるにしても、随分勇ましいなあという印象だ。だが、それ以上のことは現段階では何とも。(演説そのものを読んでないから。)

というか、「自由」とか「公正」とか「社会的責任」というものをBritishnessと言われてしまうと、世界中にBritainがありそうな気がするのだが。ブラウンのこのレトリック、SNP牽制という以外の目的がわからないし、SNP牽制であるにしては大袈裟すぎるような気がする。

ま、第一には選挙対策(今年はスコットランド議会の選挙がある)、第二には「スコットランド人の私がUKの首相になる」という前提での「この国を守る」という発言なのだろうとは思いますが。

2)の「イングランドにも自治議会を」という世論調査は、BBCのNewsnightという時事番組(平日の夜に放送)が行なったもので、調査対象はイングランドの883人、ウェールズの543人、スコットランドの537人。この結果がなかなかおもしろい。

Most 'support English parliament'
Last Updated: Tuesday, 16 January 2007, 04:41 GMT
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/politics/6264823.stm

調査では、イングランドでは61パーセントが、スコットランドでは51パーセントが、ウェールズでは48パーセントが、「イングランドの議会(English Parliament)」設置に賛成している、という結果が得られた。

また、今年で300周年となるUnited Kingdomが、「今後300年続くかどうか」という質問には、イングランドで23パーセント、スコットランドで17パーセント、ウェールズで20パーセントが「イエス」と回答したが、それぞれ49パーセント、51パーセント、50パーセントが「あと100年も続かないだろう」と回答した。

こりゃ、ブラウンが「UKが危機に瀕している」と言うのも当然なのかもしれない。ただその反論の論拠が「共通のvalues」では、いかんともしがたいんではないかと思うが。(むしろ、コメディだ。「あなたってブラピに似てるわね・・・目が2つで鼻が1つで口が1つで耳が2つというところが」的な。)

イングランド、スコットランド、ウェールズの3つのnationが分かれた場合の経済的利益については、イングランドでは24パーセントが「不利になる」と答え、25パーセントは「得をする」と答え、44パーセントは「変わらない」と答えた。

スコットランドでは、分かれたら「より悪くなる」との回答が37パーセント、「よりよくなる」との回答が31パーセント。

ウェールズでは49パーセントが「より悪くなる」で、「よりよくなる」はわずか14パーセントだった。

また、「UKが解体したとしても何も変わらない」という回答は、イングランドで76パーセント。

・・・というこの世論調査については、16日のNewsnightでディベートが予定されている。ウェブでも下記URLから見られると思う。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/programmes/newsnight/
http://news.bbc.co.uk/2/hi/programmes/newsnight/debates/

と書いたところで新記事到着・・・ブレアは「イングランド議会はうまくいきっこないし不要」との見解だそうです。
English parliament 'unworkable'
Last Updated: Tuesday, 16 January 2007, 13:25 GMT
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/politics/6267305.stm

3)の「1956年の英仏の『連合』計画」だが、1967年の「またもやドゴールが英国にNON」(英国のEEC加盟前の駆け引き)とかを思うと、「なーんだ、結局『トームッとジェリ〜、なっかーよくーけんかしな♪』だったのかー、やられたー」感にあふれた話だ。(<言いすぎだろ。)プレスの報道もそういうのを狙っていそうな雰囲気がする。

記事は下記URL(@はてなブックマーク)にクリップしてある。(こういうネタで一番おもしろおかしいのは右翼のテレグラフです。)
http://b.hatena.ne.jp/nofrills/Anglo%2dFranco/

BBCのRadio 4でUnlikely Marriage(ありそうにない結婚)として番組が組まれた。音声DLできます。
http://www.bbc.co.uk/radio4/history/document/document_20070115.shtml

というわけで、とりあえずBBC記事。
When Britain and France nearly married
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/6261885.stm

記事によると:
国立公文書館(National Archives)で公開された文書(現物画像)から明らかになった英仏の「連合」計画――1956年9月10日、フランスのギィ・モレ(Guy Mollet)首相が英国のアントニー・イーデン首相との会談のため訪英した。会談の目的は「エジプト」対策。

この年の7月、エジプトのナセル大統領はスエズ運河を国有化していた。スエズ運河は、英仏両国にとってはドル箱(通行料)。やばいやばいとあせった両国は、まさか侵略戦争に打って出るわけにもいかないので、エジプトと敵対していたイスラエルを巻き込んでドンパチ開始。これが同年10月末から数ヶ月続いたスエズ危機(スエズ戦争、また第二次中東戦争)。
http://en.wikipedia.org/wiki/Suez_Crisis

この戦争の結果、英仏は負けてスエズ運河を失い(両国がひそかにアテにしていた米国は、ソ連を挑発しないようにと停戦を勧告した)、イーデンは英国で「稀代のアホ」の地位を獲得する。ちなみに翌57年には、米国はアイゼンハワー・ドクトリンで「中東の平和と安定には米国が必要」との立場を明示し、以後現在に至る。BBCでは、スエズ危機で英仏(とイスラエル)が敗退したことで、この「連合」の案も立ち消えになったのだろう、としている。

まあ、幻の英仏連合計画@1956年9月が実現していたとしても、スエズ危機の顛末はおそらく変わらなかっただろう。

モレ首相の訪英当時、イスラエルとヨルダンが対立しており、フランスはイスラエルと、英国はヨルダンと同盟関係にあった。一歩間違えば、イスラエルとヨルダンの国境でフランス軍と英軍が戦うことにもなりかねない情勢だった。(ちなみにそのときはまだ、現在のEUのような連合体での英仏の結びつきはなかった。)

モレ首相は英国好きだった。特に二度の大戦で英国がフランスを助けたこと、英国が福祉国家としての制度を確立したことで、英国をレスペクトしていた。

当時、フランスは「何としてもナセルはつぶさねばならぬ」と考えていた。1つにはスエズをめぐる「不穏な」動き、もう1つにはナセルの汎アラブ主義の影響の大きさ、具体的にはアルジェリア独立戦争(1954〜1962年)でのアルジェリア独立派へのエジプトの支援が問題だった。

というわけで、英仏の「連合」というかなり思い切った提案がフランス側からなされたのだという。しかしイーデン首相はこれを断った。そして何と、フランスをコモンウェルスに加えることを検討してはどうかと考えた。

うっひゃー。(@_@) 「(両国対等な立場での)連合は無理であるにせよ、仏国がわが国の女王を元首として戴くのであれば一考の余地あり」ってことでしょ? いったいぜんたいどーして、フランスが英国王を国家元首として戴くコモンウエルスに入るだなんて思ったんだか。

ただでさえ1950年代って話がややこしいのだが(東西冷戦に汎アラブ主義にイランのモサデク政権にアルジェリア独立戦争に……レバノンとかヨルダンとかも複雑だし)、50年も経過して明らかになったこの「変な話」で、ちょっと全体像が見えやすくなったような気がする。

なお、フランス側ではこの件についての記録は残っていないようで、この書類を今回初めて見たソルボンヌの現代史の教授は、椅子から転げ落ちそうになったのだそうです。「あまりにすごい。フランスがコモンウェルスに加わり、英国王を王として戴くなどありえない。50年代だからまだしもそれより後だったら、モレ首相は訴えられていたかもしれない。」

フランスのナショナリストのJacques Myard議員は、「モレ首相のことは高く評価していたが、考え直そう・・・」とか言っている。(「ドゴール主義者というよりドゴール崇拝者」だとかつてNHKのインタビューに答えていたド・ヴィルパンさんのご意見もうかがいたいものだ。)

しかし、イーデンの提案で一番すごいのはこれだね。どう解釈していいのかよくわからんのだけど。
"That the French would welcome a common citizenship arrangement on the Irish basis"


BBC記事の恨みがましいところを引用しておこう。最後のほう。
Instead, when the EEC was born the following year, France teamed up with Germany while Britain watched on. The rest, it seems, is history.

げははは。「『英仏連合』案が首相間で持ち出された翌年、EECが誕生し、フランスはドイツと組み、英国は蚊帳の外だった」。

今読んでいる北アイルランド紛争についての本に、「紛争」の根のひとつは、英国(イングランド)が常に、アイルランドを欧州大陸の「敵」のバックドアにさせまいとしてきたことだ、とある。つまり、自分の庭にしておきたかったということだ。いわく、スペインとの戦争(無敵艦隊のころ)は同じカトリックということでスペインの勢力がアイルランドに入り込んで来ることを警戒し、フランス革命では共和主義(リパブリカニズム)がアイルランドに革命をもたらすことを警戒し(エドマンド・バーク参照)、といった具合。20世紀にはアイルランドのナショナリストがドイツとつながっていたこともあった。(ドイツとアイルランドの関係については、ソースは割愛しますが、英語で検索すれば資料は簡単に見つかります。)



UKは、Great Britain(ブリテン島)のEngland, Wales, Scotlandと、Ireland(アイルランド島:Eire)の北部6州、すなわちNorthern Irelandの連合体に、ひとりの国王(KingもしくはQueen)をいただいた国家である。(ちなみに連合王国の国王はオーストラリア、ニュージーランド、カナダ、ケニアなどコモンウェルス諸国の元首でもあるが、そこらへんは長たらしくなるので割愛。)

そういえば「フランスの影響下から抜けたいルワンダがコモンウェルス入り」の話はどうなったのかなぁ。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/africa/6200027.stm
http://www.economist.com/world/africa/displaystory.cfm?story_id=8533675

※この記事は

2007年01月16日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 23:35 | Comment(2) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
英仏連合の話は、へぇー、こういうことがあり得た世界に自分は生きてきたのか(当時はまだ生まれていなかったけど)と、ちょっとびっくりしました。

個人的には、「ソ連も消えたし、イスラエルだって消えておかしくないじゃないか」というイランのあの人の話が急に説得力を帯びてみたり…
Posted by うに at 2007年01月17日 08:35
>うにさん
どうもです。私は「英仏連合」の話を読んだときに、数秒間、"Never say never." という言葉が頭をぐるっとしました(ロイヤリストとハグするジェリー・アダムズの写真なども重なり)。でも考えてみれば、フランスとドイツの関係は "Never say never." の典型例かなあ、と思ったりもします。

> 個人的には、「ソ連も消えたし、イスラエルだって消えておかしくないじゃないか」というイランのあの人の話が急に説得力を帯びてみたり…

ははは。。。あの人の発言は説得力があるのかないのか・・・究極の脱構築? (^^;)

イランでのNever say neverの最もはっきりした例は、現在のイランとイラクの(ひそかな?)関係・・・とちょっと思いました。
Posted by nofrills at 2007年01月18日 22:07

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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