「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

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2007年01月10日

グアンタナモの英レジデントはMI5がCIAに売った/カシオの腕時計をしてればテロ容疑者

間にデイヴィッド・アーヴァインの訃報が入ったのでずれてしまったし、元記事が数日前の記事になってしまったけれども、グアンタナモのTipton Threeについての記事の続き。

Tipton Threeは3人とも英国籍(パキスタン系英国人)で、彼らの「救出」は英国という国家のメンツにも関わることだったのだが、住居は英国にあっても国籍が英国にない人たち――「レジデント」のステータスの人たちの「救出」については、英国は「わが国のことではない」という態度をとってきた。

年末のまとめ記事みたいなのでリンクしておいたらけっこう多くの方が閲覧してくださったようなのだが、MI5のために過激派とつながりを持ったのに、MI5からCIAに引き渡され、3年余りもグアンタナモに拘束されている人たちがいる。彼らは「英国人」ではなく「英国のレジデント」だ。

英国の「レジデント」は英国の市民権・パスポートは持っていないので、英国政府もなかなか動かない。動こうとしないのか動けないのかはわからないが、とにかく動かない。2006年3月にようやく方針を転換して、当時外相だったジャック・ストローが米国政府に対して要請を行なったが、5月には、High Courtが「彼らはレジデントだから英国政府の助けは得られない」との判断を下していた。裁判も受けられないまま何年も拘置されているというだけで十二分に異常事態だが、MI5がいわば手先のように利用していた人物が、MI5のために過激派と関わるようになり、過激派と関わっていたからCIAに拉致され、英国は動かないというのは、単なる異常を超えて、まさにカフカ調の「不条理」だ。

グアンタナモの収容施設がもうすぐ開所5周年になるので、年明けからグアンタナモについての記事が増えてきているのだが、7日のサンデー・タイムズはこの件がようやく進展しそうだと伝えている。
Guantanamo set to release MI5 go-between
Dipesh Gadher
January 07, 2007
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,2087-2535239,00.html

一方でオブザーヴァーは楽観していない。
Guantanamo man 'losing his sanity'
David Rose
Sunday January 7, 2007
http://observer.guardian.co.uk/uk_news/story/0,,1984513,00.html

法的なバックグラウンドを含め、非常に詳しいのがインディペンデント・オン・サンデー。(長いのでまだ読んでいない。)
Five years of Camp X-Ray: Why are two British residents still in Guantanamo Bay?
By Marie Woolf, Political Editor
Published: 07 January 2007
http://news.independent.co.uk/uk/politics/article2132551.ece

Bisher al-Rawi(38歳)はイラク国籍の英国レジデント。サダム・フセイン政権のイラクから家族で脱出し、1985年からずっと英国に住んで、名門の寄宿学校の卒業生である。彼は在住年数も長く、英国籍を取得しようと思えばできるのだが、いつかイラクに戻ることを考え、バアス党に没収された土地や家屋の権利を失わないためにイラク国籍を保持し続けている。(詳細

彼はMI5と「過激派」の宗教指導者との間に立ってMI5のために動いていたが、3年ほど前のある日突然拉致されて、米CIAによる尋問と拷問を経て、グアンタナモに連れて行かれた。それから3年あまりの間、彼と、彼とともに拉致された英レジデントは、裁判という手段も奪われたままの状態で、グアンタナモのキャンプに拘置されている。

サンデー・タイムズの記事によると、al-Rawiの弁護団に対し、英政府筋から、4ヶ月以内に身柄が解放されるという話があったそうだ。

オブザーヴァーの記事にもサンデー・タイムズの記事にもあるが、al-Rawiの精神状態はかなりまずいことになっている。オブザーヴァーの記事によると、彼の精神状態はSecure Housing Unit (SHU) psychosisの兆候をはっきりと示しており(これはがっちり固められた刑務所に拘置された囚人に見られる精神の病的な状態である)、サンデー・タイムズの記事によると、自傷の危険性がある。

サンデー・タイムズの記事によると、英LibDemのフロントベンチャー(要職者)のEd Daveyが、今週の国会での質疑でブレア首相に対し、al-Rawiの問題をブッシュ大統領に働きかけるよう要請することになっている。

Bisher al-Rawiのケースについては
http://www.unbossed.com/index.php?itemid=1257
が読みやすいまとめ記事になっている。

Wikipediaでは:
http://en.wikipedia.org/wiki/Bisher_Amin_Khalil_Al-Rawi

彼と一緒に拉致され拘束されたJamil al-Bannaについては:
http://en.wikipedia.org/wiki/Jamil_al-Banna

この2人がグアンタナモに送られた経緯についての記事が、2005年12月18日付けでThe Sunday Timesに出ている。

MI5 'colluded with CIA' over suspect sent to torture jails
Dipesh Gadher
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,2087-1938203,00.html

インディペンデントが2006年3月にAl-RawiとAl-Bannaと弁護士の会話などからまとめた記事として掲載したのとほぼ同じ内容だが――つまり、彼ら2人がガンビアで身柄拘束されたのは、MI5が「アブ・カタダとつながってる連中がいる」とCIAにタレこんだからだという内容と、「拷問」の事実――、このサンデー・タイムズのほうがインディペンデントよりも短くて読みやすい。その分内容は少し少ない。

2005年12月18日付サンデー・タイムズの記事の概要:
現在グアンタナモ湾に拘置されているBisher al-Rawiの弁護団が、CIAに情報を流していたとして英国政府を非難している。物議をかもしている米国の「特別講演(extraordinary rendition:特例拘置引き渡し)」に英国が関わっているのではないかとの疑念がまた巻き起こりそうだ。

米国の「特別講演」では、被拘束者の身柄が、CIAによって密かに飛行機で別の国に移送されるが、その移送先では尋問の際に拷問が行なわれている可能性がある。「特別講演」が明らかになって以降、欧州各国で調査が次々と行なわれている。CIAの飛行機が英国の空港を利用したことも何度もあり、英国政府は人権団体や野党政治家から批判を浴びている。

Bisher al-Rawi(37歳)はイラク国籍で、1985年から英国に在住。彼のビジネスパートナーのJamil al-Banna(43歳)はヨルダン人で、2000年に英国で難民申請が通った。2人は3年前にガンビアで身柄を拘束され、CIAによってアフガニスタンを経由して、2003年3月にグアンタナモへ移送された。

彼らはアルカーイダとアブ・カタダ(急進的なイスラム教宗教指導者で、「ウサマ・ビン・ラディンの欧州大使」との異名をとる)とつきあいがあるとされている。アブ・カタダは現在、故国ヨルダンへの強制退去をペンディングにして、英国の拘置所にいる。

グアンタナモでは、ある尋問担当者がal-Bannaに対し、「なぜお前はアメリカに腹を立てているのだ? CIAに連絡をしてきたのは、お前の国の政府なんだぞ。お前とBisherはガンビアにいるので、捕まえにくるように、と英国政府から連絡が入ったんだ。英国はわが国にすべてをあずけている。英国はCIAにお前たちを売ったんだよ」と告げた、と、al-Bannaは英国人弁護士のClive Stafford Smithに語ったが、この(尋問担当者の)言葉は、最近になって米国防総省で機密指定をとかれた尋問の記録と、概略としては同じである。

Al-Rawiの主張によると、彼はロンドンでMI5からアプローチを受け、アブ・カタダとの間に立つ無報酬の役割を引き受けた。2001年終わりにアブ・カタダが行方をくらましたのは、Al-Rawiが新しいフラットを見つけてアブ・カタダを入居させたのだと本人が認めている。しかし彼は、アブ・カタダの居場所はMI5のハンドラーに告げてあったとも主張している。

昨年(2005年)、Al-Rawiは、グアンタナモでの軍事法廷に3人のMI5エージェントを証人として要請した。英当局は協力を拒んだ。だが、その同じMI5エージェントは、グアンタナモでAl-Rawiを「何度か」尋問していた可能性がある。

Al-RawaとAl-Bannaは、ピーナツオイルの精製工場を立ち上げるために、2002年11月にガンビアに飛んだが、その際出発地のガトウィック空港(ロンドン)で拘束され、疑わしい電気製品について警察の尋問を受けた。その疑わしい電気製品が充電器だということが判明し、2人は解放された。

その1週間後、2人はガンビアへと飛んだが、このときもまた現地Bunjul空港で情報機関員に拘束され、米国側に引き渡された。「(米国)大使館の者だと名乗っていました」とAl-Bannaは昨年の軍事法廷で述べている。「黒い服を着ていました。頭も黒い布で覆っていました。」

彼のこの説明は、CIAの「特別講演」ユニットの特徴と一致している。フライトログによると、CIAが運航しているガルフストリーム機(登録はN379P)が、2人の逮捕された日に、Banjul空港にいた。(現在までに)この同じ飛行機は、英国の5箇所の空港に着陸している。

Al-Bannaとal-Rawiは1ヶ月ほどガンビアで拘置され、それからカブール(アフガニスタン)の悪名高い「暗黒の牢獄」(確か、一切光がなくて、エミネムとかの音楽が大音量で流れている感覚遮断の拷問のための監獄)と、バグラム空軍基地へと移送された。

バグラムでAl-Bannaは、アブ・カタダに不利になる証言をすれば、1000万ドルと米国のパスポートをやろうと言われた。それを断ると、尋問担当者が「これからロンドンに行くんだが・・・お前の女房だが、ヤっちまおうかな。お前の女房は俺の女になるんだ。子供たちにももう二度と会えんかもしれんな、お前」と言った。腹を立てたAl-Bannaは、尋問担当者につばを吐きかけた。すると血が流れるまで顔を平手で殴られたという。

Al-Rawiは、カブールからバグラムへと移送されているときに、米兵が目のところを殴った、と主張している。また尋問担当者らが、ヨルダンに送るぞ、ヨルダンでは証拠を引き出すために「電気ケーブル」を使うんだ、と脅した、とも主張している。

両者とも、グアンタナモで米国の情報機関員によって繰り返し尋問された。Al-Bannaは、冷房を一番強くして凍えるような寒さの尋問室に、1日に14時間入れられていたと主張している。

MI5を管轄する英内務省はコメントを拒んだ。米国務省は「われわれが行動するときは、法にかなったように行動する」と述べた。



「拷問」というと「天井から吊り下げて鞭で叩いて、気を失ったら水をざばーん」とか「爪をはぐ」とかいったものが思い浮かぶかもしれませんが、それらの直接的暴力はもちろん、感覚遮断(「暗黒の監獄」)、言葉による心理的圧迫(「妻を寝取る」宣言など)、異常な低温、これらすべて「拷問」です。

この短い記事には書かれていないけれど、眠らせない、トイレに行かせない(その場でさせる)、座らせない、同じ姿勢のままずっと立たせる(特にスプレッド・イーグルの姿勢を取らせることが多い)、犬をけしかける、性的行為を強要する(自慰、同性間の性交渉を含む)などといったことも「拷問」です。ただしそれをabuseとかmistreatment(虐待)と呼んで、tortureとは呼ばないという政治的判断がある場合もあります。(イラクのアブ・グレイブ刑務所での一連の事態については、tortureという語は、公式には用いられていません。大メディアでもほとんど用いられていません。)

このサンデー・タイムズの記事では、見出しでも本文でもはっきりとtortureという語を使っていますが、この用語法の背景にはおそらく「CIAの秘密フライト」の暴露があります。



Wikipediaでグアンタナモに拘束されている人たちの一覧を見てみたら、非常にたくさんのサブカテゴリがある。細かくカテゴリを立てたのは「正当な法的処遇」を求める人たちの熱意ゆえかもしれないが、Wikipediaでサブカテゴリの数に圧倒されたのは初めてだ。

それらの中には、「カシオの時計を身につけていたことで拘束された人たち」とか、「あるゲストハウスに滞在していたとして拘束された人たち」といったカテゴリもある。意味がわからない。

問題の「カシオの時計」は特定のモデルで、この時計を使った時限爆弾の例があったから「危険物指定」されているらしい。Wikipedia記事によると、カシオ計算機(日本法人か米国法人かはわからないが)では「特別な時計ではない」と説明している。実際、これは何ら特別な時計ではない。型番でGoogle画像検索すればわかるが、この時計を「証拠」として扱うことは、「現場に残されていた繊維はユニクロの白のフリースの繊維だった」という事件で、「ユニクロの白のフリース」を着ている人全員をしょっ引くようなものだ。

「ゲストハウス」の方はちょっと考えれば何となく意味はわかる。2004年のファルージャ攻撃のときに何度となく繰り返された「ザルカウィの隠れ家を爆撃」と同じこと――つまり、武装勢力が(アルカイダであれタリバンであれ)常宿としていたか、隠れ家としていた宿に宿泊したことのある男はすべて容疑者とみなす、というアメリカン・ウェイだろう。

「カシオの時計」について、
http://motherjones.com/news/feature/2006/07/detainee_sidebar.html
に掲載されている軍事法廷の記録を少し見てほしい。まったくひどいから(質の悪いコントの台本みたい)。ちなみにこれは、2004年7月から2005年1月に、各人に対し1度だけ行なわれた「戦闘員」かどうかの審理(?)の記録である。
More than a dozen detainees were cited for owning cheap digital watches, particularly "the infamous Casio watch of the type used by Al Qaeda members for bomb detonators."
安価なデジタル時計、特に「アルカーイダのメンバーが時限爆弾に使ったタイプの、悪名高いカシオの腕時計」を持っていた、として拘置されている人が12人以上いる

detainee 651, usama hassan ahmend abu kabir: I have a Casio watch due to the fact that they are inexpensive and they last a long time. I like my watch because it is durable. It had a calculator and was waterproof, and before prayers we have to wash up all the way to my elbows.
囚人番号651、usama hassan ahmend abu kabir
カシオの時計は持っていますが、それは安くて長持ちするからです。耐久性が高いのでこの時計が好きなのです。電卓もついているし、防水です。礼拝の前にはひじのところまで水で洗わなければならないので(防水は必要なのです)。

detainee 298, salih uyar: If it is a crime to carry this watch, your own military personnel also carry this watch. Does this mean they're just terrorists as well?
囚人番号298、salih uyar
この時計を持っていることが違法行為だというのなら、あなたがたの軍隊の人たちもこの時計を持っていますが、ということは米軍の人たちもテロリストだということになるのでしょうか。

detainee 228, abdullah kamel abudallah kamel: When they told me that Casios were used by Al Qaeda and the watch was for explosives, I was shocked.... If I had known that, I would have thrown it away. I'm not stupid. We have four chaplains [at Guantanamo]; all of them wear this watch.
囚人番号228、abdullah kamel abudallah kamel
カシオはアルカーイダが使っている、この時計は爆弾のためのものだと言われたときには、ショックを受けました・・・それを知っていたら、捨ててしまっていたでしょう。私はバカではありません。(グアンタナモには)4人の牧師【原文の直訳:ほんとは「イマーム」だと思う】がいますが、全員がこの時計を着けています。

detainee 154, mazin salih musaid al aw f i: Millions and millions of people have these types of Casio watches. If that is a crime, why doesn't the United States arrest and sentence all the shops and people who own them? This is not a logical or reasonable piece of evidence.
囚人番号154、mazin salih musaid al aw f i
このタイプのカシオの腕時計は、何百万という人たちが持っています。もしそれが違法行為だというのなら、どうしてアメリカはこの時計を持っている店や人をすべて逮捕して裁判にかけないのですか。これは、理屈で考えても道理で考えても、証拠になるものではありません。

「安くて耐久性に優れ、多機能」という長所ゆえに人気があって、このカシオ製品は入手しやすいのだろう。amazon.com(アメリカの)とか見ると「ジョギングに最適」とか「カヌーでびしょぬれになっても壊れない」とかいうレビューがついてるわけで、アメリカでジョガーやカヌーイストが愛用してるのなら、パキスタンでもアフガニスタンでも建設作業員や商店主が愛用していても不思議はなかろうに(カシオはグローバル企業なのだから)。

テロリストも使えば米軍兵士も使う安価で丈夫なデジタル時計は、見た目がイスラム教徒っぽい奴がパキスタンやアフガニスタンで持ってるときは「テロ用」で、そうでないときは「ただの多機能時計」か。

2006年夏のレバノン爆撃で、幹線道路をめちゃくちゃに破壊したときのイスラエル軍の説明が「あれは武装勢力が使う道路だから」だったことを思い出す。

※この記事は

2007年01月10日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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