kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年01月08日

【リトビネンコ事件】ポリトコフスカヤ殺害との関係を仄めかそうとするサンデー・タイムズ

7日のサンデー・タイムズに、「リトビネンコと関係のある大物が『毒を盛られたが生き延びた』」という記事が出た。

Tycoon linked with Litvinenko 'survived poisoning'
John Elliott and Jon Ungoed-Thomas
January 07, 2007
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,2087-2534532,00.html

この記事、どういうふうに位置づけたらいいのかちょっとわからないのだけれども、とりあえずこんな話もありますよ、ということで。

『毒を盛られたが生き延びた』という「リトビネンコと関係のある大物」とは、アレクサンドル・レベデフ(Alexander Lebedev)。『フォーブス』誌の「世界の大富豪」のリストで194位というお金持ちで、ロシア国会議員にして、元KGB(またか!)。ただしこの人は、リトビネンコのような組織犯罪対策でもなければルゴボイのような要人警護でもなく、国際部。ということは、スパイ小説に出てくるような「KGB工作員」だったのかなあ・・・古い教会の壁の穴を使って機密書類とかの受け渡しをしたりとか・・・年齢は46歳、ということはソ連崩壊のときに30歳くらい。

サンデー・タイムズの記事によると、レベデフは1980年代に在ロンドンのソ連大使館でKGBの諜報員として働き、退職後は銀行のコンサルタントに転進、のちに小さな銀行を買い取って金融業に進出し財を成した。ミハイル・ゴルバチョフと近しい友人である。

現在はアエロフロートの株式の31パーセントを保有しているほか、独立系の新聞、『ノヴァヤ・ガゼータ(Novaya Gazeta)』紙の株式を昨年買い取った。(ゴルバチョフとレベデフの2人で同紙の49パーセントを保有しているそうだ。)

『ノヴァヤ・ガゼータ』といえば、アンナ・ポリトコフスカヤが多くの記事を書いていた新聞だが、この新聞に書いていたジャーナリストは、この3年間で3人殺されている。ゴルバチョフとレベデフは、クレムリンから独立した立場のこの新聞をサポートするために株式を買い取った。この買収について、編集長は極めて好意的に受け取っているWikipediaにリンクされてるロシアの記事によると、株式の買取はポリトコフスカヤ暗殺直後らしいのだが、アメリカのメディアの書評記事には「昨年6月」とあり、ちゃんと調べないとはっきりわからない(が、調べるのがめんどくさいのでとりあえず放置)。

というわけで、レベデフと『ノヴァヤ・ガゼータ』、およびアンナ・ポリトコフスカヤのつながりははっきりとうかがえる。

ではリトビネンコとの関係というのは何なのか。まさか「元KGB」つながりって話じゃないよね(^^;)・・・と思ったら、そうではないけど、どうなんだろう、これ。
Lebedev bought a stake in the investigative newspaper Novaya Gazeta last year. The newspaper published Litvinenko's claims in 2001 that Russian security services were behind a series of apartment bombings in 1999 that were blamed on Chechen separatists.

レベデフは昨年、『ノヴァヤ・ガゼータ』の株式を買った。この新聞は2001年に、チェチェン分離派の犯行とされる1999年のモスクワの連続爆弾事件は、ロシアのセキュリティ・サービスが黒幕なのだというリトビネンコの主張を掲載した。

・・・この程度で、Tycoon linked with Litvinenkoですか。(^^;) いくら「見出しは派手に」であるにせよ、これは強引だ。エゴール・ガイダルがアイルランドで急病で倒れたときに、アンドレイ・ルゴボイ(リトビネンコが倒れた日にロンドン市内で会っていたロシア人)がかつてガイダルの身辺警護をしていたという事実を根拠に、「リトビネンコとガイダルの急病に接点が!」と騒いだのも、タイムズだった。(いや、正直言うと、タイムズだけじゃないけれどさ。)

こういうことをやるから、「メディアは基本的に信用できない」ということになるんだけどね。ま、タイムズはわかった上であえてやってるに違いない(商売だし!)。

ではレベデフが「毒を盛られた」件についてはどうなのか。ここはサンデー・タイムズの記事から、関係する部分の概要を。
アレクサンドル・レベデフが「毒を盛られた」のは8ヶ月前のこと。自宅では放射能検査が行なわれたが痕跡は発見されず、レベデフの体調も持ち直した。

Tatler誌のインタビューで語ったところによると、レベデフは「毒を盛られた」あとに13ポンド(だいたい6〜7キロ)ほど体重が落ちたが、毒物の源については結局わからなかった。彼自身は、モスクワのレストランでの食べ物に毒が盛られていたと信じている。

・・・これだけ。

上のところではうまく日本語にできていないんですが、英文の書き方からすると、「毒を盛られた」と言っているのは本人だけらしい。で、「自宅では放射能検査が行なわれたが痕跡は発見されず」ということだけでも、リトビネンコ事件とは直接はつながらないはずだし、これもまたよくわかんないなあ。

ていうか、放射線病の症状(髪の毛が抜けるとか、白血球が減少するとか)はあったのだろうか? 「あった」とは書いていないけど「なかった」とも書いていない。

6〜7キロの体重減少は、本人が元々わりとぽっちゃりした人だから(フォーブズでの写真を見るに)、食中毒(食物の毒素とか細菌とかによるもの)でしばらく食事が取れず、高熱を出して寝込んだ、とかいったときには、特別なことじゃないような気もする。

何よりわけわかんないのは、レベデフのインタビューをしたのが『タトラー』だという点。Tatlerといえば、ハイソでセレブなライフスタイル・マガジンだよね? それともほかにTatlerというメディアがあるのだろうか。

まあいいや。ここまできたら、サンデー・タイムズの無駄に勇ましいだけで内容が薄い記述を楽しむしかない。

さらに生命を狙われる危険があるにもかかわらず、レベデフはロシア政府内部での「層を成したマフィア的腐敗」と対決する必要について攻撃的な姿勢をとる。

彼はプーチン大統領に反対してはいないが、腐敗した官僚やビジネスマンの訴追を促進する方向での司法改革を求めている。

んー。結局、サンデー・タイムズはレベデフのことをdissidentとして描きたいんですね。この人、プーチンの政党に属する人で、dissidentとは程遠いと思いますけどね。。。ってか、この記事には、レベデフがプーチンの政党(United Russia)の所属だっていうことが一言も書かれてない! Lebedev has enjoyed a rapid rise to riches. とかいう感じで「レベデフとは」という人物紹介みたいな記述はあるのに(つまり、読者がこの人のことは知らないという前提で書いているのに)。

うはー。うっかり地雷踏んじゃったな。読んでもしょうがないよ、この記事。。。でも、レベデフという名前をググったらサンクト・ペテルスブルクの新聞のこんな記事が見つかったので、よしとしよう。

記事の最後の1パラグラフ、非常に収まりが悪いのだけど、書かれていることはメモしておきたいので。
Yuri Felshtinsky, who co-wrote Blowing Up Russia, the book that investigated the 1999 apartment bombings, with Litvinenko, said he did not believe anyone at Novaya Gazeta had been specifically targeted over the book. He said it was more likely that assassination attempts were linked to other investigations, including those into government corruption.

リトビネンコのBlowing Up Russiaの共著者であるYuri Felshtinskyは、『ノヴァヤ・ガゼータ』関係者がBlowing Up Russiaのせいで標的にされたとは思わない、と述べている。暗殺計画は、政府の汚職などほかの調査(報道)に関係している可能性のほうが高い、と彼は言う。

つまり、『ノヴァヤ・ガゼータ』の報道、特に殺されたポリトコフスカヤの報道と、リトビネンコの言説を等価に扱って、「(チェチェン戦争での非人道的行為を告発してきた)ポリトコフスカヤが殺されたのと同じように、(チェチェン戦争の影でうごめくFSBの実体を告発した)リトビネンコも殺されたのだ」と主張することについて、リトビネンコの共著者のYuri Felshtinskyはかなり懐疑的なんだな。

むー。

※この記事は

2007年01月08日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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