「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

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2007年01月07日

【リトビネンコ事件】「容疑者特定間近か」という日本語の報道の元記事

6日土曜日の夜、次のような記事が出た。
毒殺容疑者の特定間近か 英紙、KGB元職員示唆
2007年1月6日(土)23:10 共同通信
http://news.goo.ne.jp/article/kyodo/world/20070106a3740.html

【ロンドン6日共同】6日付の英紙インディペンデント(電子版)は英警察筋の情報として、ロシアの情報機関、連邦保安局(FSB)元中佐リトビネンコ氏の毒殺事件で、ロンドン警視庁が容疑者を特定しつつあると報じた。

同紙は容疑者名を報じていないが、FSBの前身の旧ソ連国家保安委員会(KGB)元職員ルゴボイ氏とロシア人企業コンサルタント、コフトゥン氏の可能性を示唆。リトビネンコ氏は昨年11月1日に両氏とロンドン市内で会った後に体調を崩した。・・・後略・・・

※「後略」とした部分には、英国とロシアとの間には犯罪人引渡し条約がなく、ロシア側は今回の事件では容疑者の身柄送致を認めない方針なので、リトビネンコをロンドンで殺害した人物がロシア人であった場合、英国で裁判に持ち込むことは困難である、という内容の記述がある。

上に引用したのは共同通信の記事だが、読売新聞時事通信でも同様の記事を出している。3記事とも、ベースはインディペンデントの報道だ。

というわけで、見るべきはまずインディペンデントの元記事ですな。
Litvinenko inquiry closes in on suspected killers
By Jason Bennetto, Crime Correspondent
Published: 06 January 2007
http://news.independent.co.uk/uk/crime/article2129960.ece

※以下長いんで、先にポイントを1行でまとめておくと、「タイムズが11月下旬からずっと報道してたことを、現在インディが報道している」ということになると思います。

記事を書いているのはCrime Correspondent、つまり刑事事件担当の記者(国際部などではなく)。スコットランドヤードから情報を得たので書いたんでしょう。

インディの記事の大筋は、共同、読売、時事の記事のとおり。ただ、日本語での短い記事には収まらなかったと思われる情報もある。あと、日本語での記事では「インディペンデントは人名を出していない」というようなことが書かれているものもある(と思う)けど、実際には出ている。(インディ記事の第4パラ参照:It emerged yesterday that traces of polonium-210, were found at a restaurant that is understood to have been used by at least one of the suspects - Andrei Lugovoi.)(<変なところにコンマが入っているのは原文ママ。)

以下、インディ記事の概要(というか記事の内容の説明:原文とはかけ離れています)。太字にするのが共同などの日本語の記事にない情報。(全部太字にすると読みづらいので、その話が始まる1文だけ太字にしときます。)

リトビネンコ事件で捜査当局は容疑者特定に近づいているが、訴追の可能性はますます低まっている。捜査当局が視野に入れているのは、元KGB将校と、元ソ連軍兵士の2人のロシア人ビジネスマン。両者とも、何も違法なことはしていないと強く主張している。

昨日、レストランからポロニウム210の痕跡が発見されたことが判明したが、このレストランは、容疑者のうち少なくとも1人、つまりアンドレイ・ルゴボイが使っていたと考えられている(is understood)。

しかし、ある捜査当局者が「うまく進展している」と述べているように捜査は進んでいるにせよ、警察の上層部は訴追できる可能性はほとんどないと考えている。ある上層部の話では、「ロンドンの裁判所(オールド・ベイリー)で裁判を行なえる見込みは、『極めて低い』と『まったくない』の間だ」。

英国の捜査関係者がロシアを訪れた際、ロシア当局が妨害的な態度であったことが知られている。スコットランドヤードは、ロシア人容疑者の引渡しは行なわれないと告げられており、また、既に尋問した人物に対して再度の事情聴取を行なうことはできないとも告げられている。リトビネンコが体調を崩した日に会ったロシア人ビジネスマン2人にはスコットランドヤードは既に事情を聞いているため、再度の事情聴取はできない。ただ、別の証人や容疑者への尋問のために、捜査当局が再度ロシアに飛ぶことは可能である。

また捜査当局は、リトビネンコが毒を盛られたのは当初報じられていたよりも数日前である可能性を調べている。

また、警察は、11月1日の夜にリトビネンコが倒れたときまでの出来事について、詳細なタイムラインを作成している。捜査官らは当初、リトビネンコは最初にピカデリーのスシ・バーで毒を盛られたと見ていた。彼はここでイタリア人のマリオ・スカラメッラに会っており、このスシ・バーは最初にポロニウムの痕跡が発見された場所である。

ただし現在、捜査当局はリトビネンコはその数日前に毒を盛られていた可能性を捜査していると見られる。捜査当局は、11月1日の前の彼の動きや会合、特にロシア人との会合について、詳しく調べているからだ。

捜査当局は、リトビネンコは2度にわたって毒を盛られた可能性――つまり、1度目の数日後、11月1日にミレニアム・ホテルで毒を盛った、という可能性――があると考えている。

検死解剖での毒物検査では、放射能のグラフの山が2箇所見られた。このことは、リトビネンコが2度にわたって毒を盛られたことを示唆する。2度目の攻撃はほぼ間違いなく、ミレニアム・ホテルのパイン・バーで行なわれている。このホテルの従業員8人が、検査の結果、ポロニウム210に陽性であった。また、ティーカップ1客からも反応が出ている。

リトビネンコが2人のロシア人――元KGB大佐のルゴボイと、ドミトリ・コフトゥンに会ったのは、このホテルである。もう一人のロシア人、ヴァチェスラフ・ソコレンコもまた、このグループの一員だったと伝えられている。【<ソコレンコ本人は否定。「顔は合わせたかもしれないが、私はすぐに家族のところに行った」という説明をしている。】

ホテルでのミーティングの後でリトビネンコは自宅に戻り、その夜、具合が悪くなった。

ルゴボイは10月16日にロンドンに渡航し、その後3軒のホテルに滞在したが、そのすべてから放射能が検出されている。また、ルゴボイが利用した2機の航空機の機体からも、ポロニウム210が検出されている。

さらに、新たにメイフェア地区ドーヴァー・ストリートのイタリアン・レストランからもポロニウムの痕跡が発見された。このレストランは、11月1日以前にルゴボイが食事をした場所であると考えられている。ルゴボイは、自分ははめられているのだと主張している。

最後の「イタリアン・レストラン」については、6日の当ブログ記事を参照。また、5日のthe Times記事によれば、このレストランは魚料理専門の(名前が「ペスカトーリ」、つまり「漁師(の)」)家族経営の店で、オーナーは警察が予約簿を見せてほしいと言ったので予約簿を見せたそうだ。(警察は「だれそれという名前の人が予約してませんか」とは言わなかったようだ。)予約簿には3人の誰の名前もないが、予約なしで来店する客もあるので、それだけでは何とも言えないとのこと。

それから、「2度にわたって毒物を盛られていた」というロンドン警視庁の見方、これは検死報告だけでなく、11月1日当日のリトビネンコの行動がまずはスシ・バーでスカラメッラと会い、その後ミレニアム・ホテルでルゴボイらと会ったということが固まったところからも来ているのかも。つまり、スシ・バーにいたときは既に、ポロニウムにやられて数日経過していた、という線があるのかも。何しろ、スシ・バーとホテルと、あとリトビネンコが仕事で立ち寄った先や彼の自宅をのぞいては、ポロニウムが発見されているのはすべてルゴボイらの立ち寄り先ばかりだ。(しかしあまりに明らかな証拠を点々と残す暗殺者というのも、にわかには信じられないのだが。)

それから、注目すべきは、ミレニアム・ホテルのバーの「ティーカップ1客からも反応が出ている」という点。これ、「teacup polonium」および「"tea cup" polonium」をキーワードにGoogle Newsで調べてみたんですが、12月10日ごろのAP配信記事で「テレグラフが、ホテルのティーカップ1客と皿洗い機についての放射能検査を行なっていると報じた(Britain's Daily Telegraph newspaper said police were testing a teacup and dishwasher at the hotel for signs of radiation.)」とあるものですね。

12月11日のタイムズ記事で、「リトビネンコの殺害後1ヶ月以上を経過し、何度も洗った後に、ミレニアム・ホテルのティーカップからポロニウムが見つかっていると報じられた(Evidence of the substance was reportedly found in a tea cup at the Millennium Hotel more than a month after Litvinenko was killed and countless washes.)」とあるのだけれど、このタイムズ記事は主題が別の話(HPAは「ポロニウムは体内に摂取しない限りは危険ではないし、洗えば落ちるから大丈夫」と言っているが、それは本当はどうなのか、という話)で、ティーカップからの検出についての事実の説明はない。

まあ、とりあえず「カップから検出」が事実だとすると、そのカップのお茶にポロニウム210が入れられていて、リトビネンコがお茶を飲んだ、というストーリーができる。では彼はホテルのバーでお茶を飲んだのかどうか。

病床のリトビネンコを見舞った(<確か)ユーリ・シュヴェッツは、「リトビネンコは、自分の目の前で淹れられたわけでもないお茶を飲んだ。プロとしてはあるまじきことだと本人は後悔していた」と述べている。つまり、シュヴェッツの話によれば、リトビネンコはお茶を飲んだ。

しかしその場にいたルゴボイは、スコットランドヤードの事情聴取のかなり前に、タイムズなどの取材に答えて、「テーブルの上にはお茶や酒が出ていたが、アレクサンドルは何も注文せず、何も飲まなかった」と述べている。また、執拗に茶を勧めていたとかいう話については、彼は「ロシア人だから誰かが来たら『まあ、お茶でも飲め』と言うのは当たり前だ」というような反応をしていた(<記憶に頼っています)。

んー。まあ、警察は当事者だけではなく、バーのスタッフとかからも話を聞いているはずなので、ほんとはもっと詳しいことがわかってはいるのでしょう。

インディ記事は、この後、ルゴボイ、コフトゥン、ソコレンコの3人の「11月1日にミレニアム・ホテルでリトビネンコと会ったロシア人たち」、およびマリオ・スカラメッラ、レオニード・ネフツリン(LEONID NEVZLIN、カタカナは適当です)についてのまとめを記載している。

ルゴボイについては、特に目新しい情報なし。この人についてはけっこう早い段階で、かなり詳しいプロフィールみたいなのが報じられている。下記参照。
http://nofrills.seesaa.net/article/29294154.html

コフトゥンについては、彼の前の妻の家@ドイツからポロニウムが検出されているため、ドイツ当局の捜査対象になっていること、そのポロニウムはロシアからドイツ経由で英国に持ち込まれたとドイツ当局は見ていることなどが書かれている。

ソコレンコについては、元ソ連軍兵士で、現在はprivate security officer(<どう解釈していいのかわからん)だということ、リトビネンコと面識はないとしており、あの日はアーセナル対CSKAモスクワの試合を観戦するためにエミレーツ・スタジアムに行ってしまったと述べている、といったことが書かれている。

んー。エミレーツ・スタジアムからもポロニウムが出ているのだけれども、スタジアムに行ったのは誰なのだろうか。ソコレンコ(とその家族)だけか、それともルゴボイもコフトゥンも一緒だったのか。CSKAモスクワというのは、Central Sports Club of Army Moscowのことだから、ソコレンコっていう人が「元ソ連軍兵士」なら、そのつながりで熱烈なサポだとしてもまったく謎はない。

というか、このソコレンコという人の名前が英メディアに出てきたときの不思議な感じとか、「ルゴボイのビジネス・パートナー」としかわからなかったこととか、実は「ルゴボイの本当に近い友人(幼馴染)」だったりとかいったあたりも「謎」な感じ、なのだが、これは「メディアの情報の出し方」とか「書き方」による部分が大きい。

例えば、2006年12月11日時点でのBBCのまとめによると、「ソコレンコは元KGB将校で現在は警備会社の社長(Vyacheslav Sokolenko - an ex-KGB officer who currently heads a security firm)」で、ここでもう情報が混乱している。1月5日のインディには「The private security officer and former Soviet soldier」とあり、「元KGB」とは書かれていない。こういうときは日付の新しい方が正しいと考えられるのだけど・・・それもこの場合は3週間くらい間があいているから、後の情報のほうが正確だろう。にしても本当は「元ソ連軍兵士」だった人のことを「元KGB」と報じていたとしたら、まさに、事実より何より、「元KGB」でメディアが勝手に大騒ぎ、という雰囲気が。(「東洋人と見たらカンフー・マスターと思え」のような。)

なお、このBBCのまとめには、「ソコレンコの渡英の目的は(商談などではなく)サッカーの試合の観戦だけ」という本人の説明も添えられている。

スカラメッラについては、特に新情報なし。ただ、イタリア議会の調査委員会(ミトロヒン委員会)のために、リトビネンコからしっかりした情報を得たがっていたということは明示されている。(スカラメッラは「プロディがKGBのスパイだ」という説のしっかりとした裏づけがほしかった。)

ネフツリンというのは、元ユコス幹部(ナンバー2)。ロシア当局は、この人がリトビネンコ毒殺を命令した可能性が高いと見ている。この人とリトビネンコ事件との関連については、
http://nofrills.seesaa.net/article/29799820.html
とか、
http://nofrills.seesaa.net/article/30541281.html
とか参照。(特に下のURLが詳しいかも。)

ロシアはネフツリンを起訴しているが(ユコスの競合相手に対するcontract killing、つまり殺し屋を雇って標的を殺したなどの容疑がある)、彼は2003年にイスラエルに逃げて同年11月にイスラエルの市民権を取得しており、身柄拘束もできないし、したがってロシアでの裁判もできない。
http://en.wikipedia.org/wiki/Leonid_Nevzlin

ちょっと深読みすれば、ロシアがリトビネンコ事件の容疑者(ルゴボイと、おそらくはコフトゥンも)の英国への身柄引き渡しはしないという方針を固めているのは、「西側対東側」の図式にあてはめると(「東側」を「ロシアのナショナリズム」とした場合)、「ネフツリンのような売国奴を引き渡そうとしない『西側』の目に物見せてくれるわ、はーっはっは」的なこと、なおかつ「プーチンはロシアを守る」的アピール、なのかもしれない。

まあ、そこまで考えずとも、英国はアフメド・ザカーエフ(ロシアの言う「テロリストの親玉」)や、ベレゾフスキー(彼らオリガルヒは「ロシアの国富を切り売りして私腹を肥やした許しがたい悪」と見られている)の政治亡命を受け入れ、両者の身柄引き渡しに応じない英国政府に対して、ロシア政府が「上等!」な気分でいるということには疑問の余地はないだろう。「そっちがそうならこっちはこうですよ」というか。

ただの殺人事件(手法はあまりに常軌を逸しているが)が政治化される。リトビネンコ事件に限らず、そういうことはときどきあるのだが(ベルファストでのロバート・マッカートニー殺害事件のように・・・2年前のこの事件は現在も未解決で、現在進行中のシン・フェイン党での「警察」に対する方針の決定に対する圧力の材料のひとつとして作用している。IRAは「犯人はわかっている」のに、その身柄を警察に渡そうとはまったくしていない)、政治化されてしまうと、報道はどんなに読んでも(あるいは読めば読むほど)わけがわからなくなることがある。判明した事実より、憶測や推測の方が、量として多く流れるからだ。

というわけで、今回、テレグラフでもタイムズでもなく、インディが「容疑者特定間近か」の報道をしていることは、ううむ、というか。(リトビネンコ事件のメディア報道の中心にいるはずのタイムズでは「容疑者特定」についての記事は、6日時点では、ない。といっても最初期の段階で「ルゴボイが怪しい」を一生懸命に報じていたのがタイムズなので、今更「ルゴボイが容疑者」と報じる理由もないのかもしれないけど。)



タイムズといえば、12月31日付でサンデー・タイムズに次のような記事が出ている。ネフツリン関係でもある。

Litvinenko murder may be linked to mystery Russian poisonings
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,2087-2524334,00.html

内容:
(ロンドンの警察じゃなくて)モスクワ検察が、リトビネンコがポロニウム210で殺されたことと、ユコスをめぐる抗争に巻き込まれたロシア人ビジネスマン2人、つまりプーチン大統領のボディーガードだったことのある(a former bodyguard to President Vladimir Putin)Roman Tsepovと、元ユコス幹部のAlexei Golubovichの殺害事件との関連に注目している。

Roman Tsepovは2年前に経口摂取した謎の物質で被曝し、死亡した。彼の症状はリトビネンコの症状と似ていたという。

Tsepovの事件に注目したのは、12月3日のサンデー・タイムズだ。Tsepovはプーチン大統領がサンクト・ペテルスブルクの副市長だった1990年代初めに、プーチンのボディーガードを派遣していた警備会社を経営していた。のちに、ユコスの株主とロシア政府との間の交渉に介入するために、クレムリンのコネを使ったといわれている。

2004年9月、彼はひどい食中毒でサンクト・ペテルスブルクの病院に運びこまれ、リトビネンコと同様に、典型的な放射線病の症状(脱毛、白血球の減少など)を示し、死亡した。どのような物質が症状を引き起こしたのかは今もわかっていない。

Alexei Golubovichは、家族もろとも、水銀でやられそうになったが難を逃れた。2006年8月に彼は、殺害計画の背後にいるのはレオニード・ネフツリンであるとインタビューで述べた。

彼はユコス関連の仕事でネフツリンと仲違いしており、ロシア検察は、水銀の蒸気が「車やアパートメント、別荘、モスクワおよびロンドンのオフィスで発見されている」と述べている。

Golubovichは2006年にイタリアで逮捕されたが、ロシアへの身柄引き渡しには抵抗し、免れた。彼は逆に、ユコスによる金融詐欺についての情報を持っていると主張している。

ロシア検察庁は先週、ネフツリンがリトビネンコ事件に関与している疑いがあると発表したが、ネフツリン側はこれを「クレムリンから疑いを逸らそうとする汚いトリックだ」として一蹴した。

ネフツリンとリトビネンコは、死の3ヶ月前(だから8月か)にテルアビブで会って、ユコス事件について話をしている。ネフツリンは「3ヶ月くらい前になるが、アレクサンダーから電話があって、イスラエルに来ているのだがという。そこで、急なことだったが、彼と会った。彼は、ロシア政府と直接協力して行なわれた犯罪行為についてのFSBの書類を持っていた。ユコスを再国有化するための違法な企てについてのものだった」と述べている。

ネフツリンは、ユコス解体とクレムリンとのかかわりをあまりに知りすぎたので口を封じられたと考えている。ユコスはこの夏に破産し、その資産は現在、大部分を国家が所有する企業に受け渡されている。

というわけで、珍しく(!)タイムズがモスクワからの情報をほとんどそのまま伝えている記事。

これによると、つまり、「プーチン政権」対「反プーチン政権=ユコス、オリガルヒ」というのが大まかな枠ですね。その枠をセットしているのは誰か、ということはひとまずおいておくとしても。「反プーチン政権=ユコス、オリガルヒ」の側には、ベレゾフスキー(在英)、ネフツリン(在イスラエル)らがいる。リトビネンコもそう。

で、2004年に謎の物質による放射線病で死亡した"Roman Tsepov"については、とりあえず検索してみると、ちょこちょこと出てはきますが(ユコスやオリガルヒがジューイッシュだから、例によって「陰謀」系のサイトも検索結果のなかに出てくるのでそこは注意)、ユコスのホドルコフスキーの支援サイトの記事@2004年7月(つまり死去前)によると、「どっから出てきたのかわからんが、プーチンの代理を名乗る謎の人物」扱い。

つまり、モスクワ検察としては、「Tsepovはユコスから怪しまれていた」=「Tsepovを殺したのはユコス側」=「ネフツリンが怪しい」というストーリーがひとつあって、「ネフツリンはリトビネンコにも会っていた」+「リトビネンコとTsepovは似たような症状で死んだ」=「ネフツリンがますます怪しい」というストーリーに発展している・・・ということかな?

12月3日のサンデー・タイムズにあるように、Tsepovという人は敵の多い人だったようです。彼の会社の名称はBaltic-Escort(Baltik-Eskortという綴りもある)。死亡時の記事は下記。
http://www.jamestown.org/edm/article.php?article_id=2368580

# しかしこの事件、あえて種を蒔かんでも、水をやらんでも、「陰謀論」がすくすくと育ちそうな。。。という事件であることにはまったく変わりはない。ここまで「陰謀論」が育ちそうな条件がそろっていると、今後捜査当局が何をどう発表しても、受け取る側とすれば「○○の陰謀だとすればつじつまが合う。なぜなら・・・」という話にもなりそうな。

※この記事は

2007年01月07日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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