「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2012年12月23日

クリスマスの奇跡








【内容】
つい今しがた、本物のクリスマスの奇跡を目撃した。友人のシェイマス・アハーン神父のところにお邪魔していたところ、若い女性がドアを叩いた。ある高齢の方を知りませんかという。その女性は、フィングラス(ダブリン北部)で500ユーロが入った財布を見つけて、落とし主を探しているのだという。シェイマスが(心当たりの人に)電話をかけると、女性は泣いてしまった。無事に持ち主の元に返せて、本当にうれしいのだという。彼女は2時間かけて、落とし主を探していたそうだ。

ツイート主のショーン・ムーニーさんは、英サンデー・タイムズの駐アイルランド記者(拠点はダブリン)。普段はパラミリタリー組織に関するツイートが多く、私の北アイルランドのリストの中でも最も殺伐としたツイートを読ませてくれる人だ。

一方、ベルファストからはこんなほっこりするニュース。(旗だの脅迫だの爆弾騒ぎだのは、少しの間、忘れてください。)

Airport flashmob spreads festive cheer at Belfast homecoming
21 December 2012 Last updated at 13:31 GMT
http://www.bbc.co.uk/news/uk-northern-ireland-20807844

11月に、北アイルランドの観光局が「1名様に当たる、クリスマス呼び寄せキャンペーン」というのをやった。外国にいる家族・親族の里帰りの旅費がタダになるというものだ。端的にその人を呼び寄せたい理由を書いて応募した人々の中から選ばれたのはRoisin Munroeさんの家族だった。

米オハイオ州に暮らすRoisinさんと2人の子供たちは、そうして、飛行機でベルファスト国際空港に到着した場で、盛大な出迎えを受けた。



Roisinさんは18歳だった1992年にアメリカに移住した。北アイルランドには両親と、3人の兄弟と7人の姉妹がいる。家族を連れての里帰りはずいぶん長いことできずにいて、少なくとも6年は、親と直接会っていないという。「話なら電話でできるし、顔ならSkypeなり何なりで見られますが、ハグだけは実際に会わないことには」。子供たちにとっては、祖父母との対面はほぼ初めての状態(上の子は、記憶がつく前に会ってはいるそうだ)。

そうして、大西洋を越え、ロンドンで乗り継いでベルファストに到着した親子は、Joy to the Worldを歌うフラッシュモブ(空港の利用客や職員に溶け込んでいた Belfast Community Gospel Choir のメンバーたち)に出迎えられた。

The trip home was organised at very short notice, and the flashmob greeting was kept secret from the family, but Roisin said she had her suspicions.

"I knew there was something up when we got on the Aer Lingus flight from London to Belfast because we were treated like VIPs, and when I gave in my tickets, they said 'oh no, you're not sitting at the back of the plane, you're up front' and they waited on us hand and foot and made us feel special."

"When I saw all my family at the airport I was just completely overwhelmed. I couldn't stop crying, I couldn't even get a word out," Roisin added.


そして、両親と、合計10人の兄弟姉妹とその家族(写真を見ると、すごい人数。兄弟姉妹とその配偶者だけで20人、それぞれ子供が一人ずつとして30人、プラス両親と帰郷したRoisinさんたちで35人か)と感動的な再会を果たしたRoisinさんのビデオはYouTubeで話題となり、彼女の電話には米国の友人たちから「ビデオ見たよー。号泣しちゃった」といったメッセージがひっきりなしに着信しているという。
"It's having such a massive ripple effect across the water. Nothing better could have happened at any better time of year."


このゴスペル・クワイアについて:
http://www.bcgc.biz/
Belfast Community Gospel Choir (BCGC) is Northern Ireland's first and only multicultural gospel choir.

「スケジュール」のところを見ると、メソジストの教会で歌った翌週はプレスビテリアンで、その次は聖公会、その次はショッピングモール……みたいに並んでいる。

※この記事は

2012年12月23日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 06:00 | TrackBack(0) | 雑多に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















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