kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年01月06日

ブレアが休暇を切り上げるほどの「危機」

ちょっと大ごとになってるっぽいのでちゃんと記事を読みたいんだが、あたしゃ風邪で集中力が30秒しか持たない。断片的に読んだだけで把握できる話ではないので、重要なところは記事リンクだけ。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/6230971.stm
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,2-2532493,00.html
http://politics.guardian.co.uk/northernirelandassembly/story/0,,1983341,00.html

ブレアがフロリダでの休日を1日繰り上げて急遽帰国した。「北アイルランド和平プロセスの危機」が発生したため。(とにかくブレアは自分の業績がゼロに等しくならないようにするだけで必死である。)

昨年11月のストーモント議会(と、その前のセント・アンドリューズ合意)で今年3月の議会選挙などなどが具体的に決められ、北アイルランド和平プロセスは最終段階へと向けて動き出した。(最終段階とは、つまり、自治議会と自治政府の復活であり、自治政府でのユニオニストとナショナリストの権限分担=パワーシェアリングである。)

ここでの争点は大きく言って2点。まずはユニオニスト最大政党DUPが、シン・フェインとのパワーシェアリングを受け入れるかどうか。それから、ナショナリスト最大政党シン・フェインが、「法と秩序」つまり北アイルランド警察を受け入れるかどうか。

昨年11月のストーモントの直後、DUPの内部分裂が伝えられた(No Surrender派、つまり「何が何でもシン・フェインとのパワーシェアリングだけはダメ、ぜったい」派と、それを是認する派とが激しく対立)。

シン・フェインは、とにかく自治政府のために動いてきた。IRAの武装闘争停止や武器の放棄などを積み重ねてきたのはそのためだ。でも警察(と司法)にはひどくやられた記憶がまだ生々しい。「法と秩序」を根本的に信用できない。

DUPのリーダー、イアン・ペイズリーは「内部分裂などない」と、まるでサハフ情報相のようなことを言ってのけていたが、そのへん、どう出るかわからんところだろう。ただ、冷静に考えれば、DUPの反主流派には政治的な行き場はないから、ビッグ・イアンさえ「よろしい、シン・フェインとパワーシェアリング、しましょう、それしかしょうがないから」と言えば、そっちはたぶん片付く。(といっても党内クーデターとかがあったらシャレにならんが。)とかいってると、ビッグ・イアンがman of peaceみたいですげー違和感。DUPは極右で宗教右翼だが、宗教の要素はイアン・ペイズリーの設立したフリー・プレスビテリアン教会だ。反主流派はオレンジマンに行くかもしれないが、その辺がよくわからん。

一方のシン・フェインは、たぶんDUPより大変だ。反主流派には、理論上、行き場はある。分派しちゃえばいい。あるいはかつて分派した人たちに合流すればいい。で、分派したあとは政治的な力はほとんどなくなるかもしれないけれども、「政治」つまり投票箱にさえこだわらなければ、力は持ち続けることができる。理論上。つまり、the Troublesをまた引き起こすという選択肢がある。理論上。何しろ「北アイルランド警察」は、その名称がRUCであろうがPSNIであろうが、とにかくBritsなのだ。

シン・フェインは警察との関係について討議する場を設けており、党の指導部は説得を続けているが、それでも既に何人もの離反者(3月に予定されている選挙でシン・フェインの候補として立たない/選ばれない現役のMLA)が出ている。それが「警察」の問題と関係あるのかないのかは、こっちもまたサハフ情報相状態なのでよくわからん。

シン・フェインの指導部は、「自治復活は統一アイルランドへの第一歩」と考えているが、それを「中途半端な自治で妥協し、統一アイルランドという大義を捨てること」と考える向きもある。

ガーディアンの記事より:
One recently deselected Sinn Féin assembly member, Davy Hyland in Newry and Armagh, has already quit the party in protest. Another, Geraldine Dougan in Mid-Ulster, yesterday threatened to follow him. Any decision by Sinn Féin's imminent special conference to "support policing and the judiciary while still under British control, in any shape or form", Ms Dougan said, would render "membership of that party ... untenable for me as an Irish republican".

Gerry Adams, Sinn Féin president, refused to be drawn into a detailed statement on the developing split within his party, but said senior officials would meet next week to re-examine their position.


タイムズの記事より:
Gerry Adams, Sinn Fein's president, apparently expected his move to be welcomed by the Democratic Unionist Party. Instead the Rev Ian Paisley, its leader, issued a new year message calling Sinn Fein's decision overdue and "begrudging", and saying that he would judge their deeds, not their words. With unprecedented internal dissent from hardliners opposed to changing their position on policing, Sinn Fein responded by threatening to backtrack on its conference, saying this was "predicated on a positive response" from the DUP and the British and Irish Governments.


ピーター・ヘインは楽観しているらしい。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/6233221.stm

ベルテレさん:
Paisley, Adams face test of nerve on policing
Friday, January 05, 2007
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/article2126339.ece

うわー、こりゃかなりの駆け引きだ。数年後に専門書みたいなので取り上げられそうな。ベルテレにはJeffrey DonaldsonとJim Allister の名前はあるけど、ナイジェル・ドッズは出てこないのね。

※この記事は

2007年01月06日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 00:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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