kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2012年12月16日

稀に見るほどの誤報また誤報の嵐〜米コネティカット学校銃乱射事件の初期報道の混乱について、整理と考察

15日早朝(日本時間)に入ってきた、米学校銃乱射事件は、米大手メディアの報道のどこを見ても誤情報だらけという、すさまじい状況だった。それを(できる限りで)整理してある。

米コネティカット州学校銃撃事件、当初報道は誤報の山だった!(付:容疑者プロフィール概要)
http://matome.naver.jp/odai/2135559768291776501


なぜそのようなことになったのか。ひとつには「速報性重視」という業界の事情があるだろう。入ってきた情報について、十二分な事実確定プロセスを取る前に、「速報 Breaking」として出すこと。(今回やたらと、シングルソース多くないですか?)

それとは別に、「言語」というものにつきものの「ズレ」。

ヒトには、言語で与えられた情報を、内容は変えずに言葉を換えるという能力がある。「雨天決行」を「雨が降ってもやります」と言い換えるような単純な例もあれば、一定の論理が絡んだ言い換えもある。

「私には兄と弟がいる」場合、「兄とは住まいが別だ」と言われたら、「弟さんとは同居なのだな」と考える。「人をイヌ派とネコ派に分けた場合、兄はネコ派で、弟は……」と言われたら「イヌ派なんだな」と思う。「3人きょうだいのうち、大学院に行かなかったのは私だけだ」と言われれば「ではお兄さんも弟さんも大学院に進んだのだな」と結論する。

「ガラスを割った犯人は事件現場から歩いて10秒のところに車を停めた」ケースで、「事件現場にはバールのようなものが落ちていた」が「車の中から金属バットが見つかった」場合、犯人がガラスを割るのに使ったのは金属バットではないと判断する。

「休戦協定が結ばれた」場合は、「戦争は終結した」のだし、状況に応じ、「30年におよぶ戦乱にようやく終止符が打たれた」的な表現でそれを語る場合もある。「ライター writer」の仕事では、その「言い換え」がいかに正確に、幅広くできるかが重要な要素のひとつだ。逆に、私が書いた物を勝手に書き換えられて「違う!」となることもある。(例えば、「セーター」は常に「ニット」や「トップス」に置き換えられるわけではないし、「鍵をかける」と「ロックする」は《意味》は同じだけれども、常に置換可能というわけではない。)

そういう「言い換え」の結果が、しかし、「事実」とは乖離してしまうこともある。「両親の一方は東京都出身である」という情報と、「父の江戸言葉が……」という情報が別々に語られているとき、人はそれらを統合して、「それではお母さんは東京都出身ではないのだな」と判断する。

しかし実際には、お父さんは「東京都出身」ではないが「江戸言葉」を使える人で、お母さんが東京都出身なのかもしれない。お母さんは「江戸言葉」を使うかもしれないし、使わないかもしれない。

こういうところで、情報がずれていく。

あるいは、英語の "I don't know" という間投詞のフレーズ……さしたる「意味」などない、「間をつなぐ言葉」……。これが「間投詞」でない場合。

They have lived here, I don't know, like six or seven years?
「彼らはここに住んでますよ。長さは私にはわからないけれど、6,7年ですかね」
「彼らはここに住んでますよ。たしか、6,7年になりますね」

話者がどちらを意図しているのかは、テクスト自体は語らない。文脈があって確定される。あるいは話者に真意を質さなければ確定されない。

というところで話を元に戻すが、15日の早朝、「平和」なはずの米東海岸から衝撃的なニュースがあった。学校に銃撃があった。銃撃犯は死んだ。ニュースの中身は、最初は「怪我人」だったはずなのに「死者1人」になり、そうして様子を見ている間に「死者12人」になり、「死者27人」になった。

現場ではまだ何もわかっていない段階だろうと思った。それどころか、怪我人が出ていれば、誰がどこにいるのかを把握するだけでも手一杯だろう。

そんな中で、米メディアの報道は次々とTwitterの画面の中に入ってきた。「NBCの取材では……」、「CNNの報道で……」、「NYTの記事が……」。

140字の断片として伝えられる情報。「コネチカットの銃乱射、容疑者の親の片方がニュージャージーで死んでいるのが発見された」「銃撃犯の母親で、コネチカットのニュータウンの学校の教師だった人が、殺された人の中にいることが確定」「銃撃犯は、母親が教えているクラスを襲った」……「容疑者は自宅で父親を撃ち殺し、母親の勤務先の学校にいって母親を撃ち、それから母親の学級の子供たちに発砲したと思われるとBBCスタジオのアナウンサー。」

事件発生から6時間。これらは「それまでにわかったこと」のはずだった。「確認されたこと」のはずだった。

それらが、間違っていた。誤報だった。

「誤報箇条書き」のツイート。





何よりまず、「銃撃犯の名前」として米メディアが報じていたものが、間違っていた。実際に銃撃を行なって、死体になって転がっているのは「アダム」だったが、警察が発表する前に、匿名で内々にメディアに話をした警察官が、「ライアン」だと名前を間違えていた (he was mistakenly identified by a police official) というのだが、「間違えた」というより、銃撃犯が携行していた身分証の記載に「釣られた」のかもしれない(ライアンはアダムの兄で、アダムはライアンの身分証を持っていた、との報道があった。ただしこれも、「正しい」のかどうなのか、わからない)。アダムの自宅はコネティカットにあり、ライアンの自宅はニュージャージーにある。

母親は学校で撃たれたのではなかった。自宅で死んでいた。これが「銃撃犯の自宅で死んでいた」と表現され、メディアは「銃撃犯のライアンの自宅、つまりニュージャージーで死んでいた」と解釈し、そう伝えたのだ。

しかし実際には「銃撃犯」はコネティカット在住のアダムで、母親が死んでいたのはコネティカットの自宅でだった。

同時に、「母親は襲撃された学校の(臨時雇いの)教諭だ」という報道が14日付のNYTや、WaPoで流れた。それらの取材の情報源は、「近所の人」だった。(ただし、学校側や行政当局には、彼女がこの学校で雇用されていたという記録はないという。)

そして、詳細にどういう経緯だったのかは私には到底わからないが、「犯人は学校で仕事中の母親を銃撃した」ことになり、ゆえに、「自宅で倒れていた親とは、父親のことだ」と判断された。

嘘だった。父親は何年も前に母親と離婚して、今は別の州に暮らしている。死んでいない。

つまり、当初は、「息子のひとりが自宅で親(父)を殺し、学校でもう一人の親(母)を殺して、子供たちを銃撃し、自分も自殺した」という、「一家心中」のような話(に加えて、「ニュージャージーの兄の家で兄を殺した」という説も流れた)だったのだが、それは情報が誤っていたからで、実際には「息子の一人が自宅で母を殺し、(なぜか)学校に乱入して子供たちを銃撃し、自殺した」という事件だった。

それに加え、使われた武器(死んだ銃撃犯が携行していた武器)の情報も誤っていた。「拳銃2丁」を携行し、「アソルトライフル1丁」を車に置いていたはずが、検死官の報告で「犠牲者は全員、ライフルで撃たれていた」ことが事実として確定された。(この間に、拳銃ではそんなに撃てないほど銃弾の数が多いということも指摘されていたが、その指摘の背景は私は把握していない。)つまり、「車にそのライフルがあった」というのは、完全な誤報だった。(※追記:The assault rifle was found in the carの訳のつもりだった「車にライフルがあった」との記述を「そのライフル」に修正。見つかったのはBushmaster .223 calibre

犯人が学校に入った経緯も、おかしかった。当初は、「校長が、自校の教員の息子であるアダムを認識して、中に入れた」と報じられていた (The principal had buzzed Mr. Lanza in because she recognized him as the son of a colleague. Moments later, she was shot dead ...)。これも誤情報で、実際には犯人は無理やり学校の中に入った。

こんな感じで、何もかもすべてが誤っていたような状態だ。

だから、日本語圏で報道されたことの中にも、誤情報がたくさんある。米メディアの報道をリレーしていたBBCでもそれは同じで(というか、翻訳のタイムラグがない分、BBCの方が米メディアの語法の影響をまともに食らっている)、事件を時系列で整理した記事は、どんどん手が入れられている。それも新たに判明した情報が追加されているだけでなく、次々と書きかえられている。NYTやWaPoなどを根拠として書かれていたのに、アップデートで消去されている「誤報」が、あちこちにある。

書き換えがどのくらいなのかを、15日の11:42の状態(左)と22:09の状態(右)のキャプチャ貼り合わせ(たまたまタブを開きっぱなしにしていたのでキャプチャできた)で確認できるようにしてある。右の図は、その概略。大雑把に、セクションごとに色を付けてみた。左が旧記事。右が新記事で、それぞれ同じセクションは同じ色をつけてある。

これだけ、情報が増えている。同時に、訂正もされている。

この事件について、発生当初にフォローしていた人は、知識のアップデートが必要だ。

というわけで、下記の「まとめ」をお役立ていただければと思います。

米コネティカット州学校銃撃事件、当初報道は誤報の山だった!(付:容疑者プロフィール概要)
http://matome.naver.jp/odai/2135559768291776501


でも、うにゃあ、もう私もわけわかりません。アダムがこの学校の卒業生(あるいは通っていたことがある)とかいう情報もある。

でも一番気になっているのは、アダムが「自閉症」で「アスペルガー」で「人格障害」だったという、兄ライアンの話だ。そうならば医療の記録があるだろうし、記録があれば必ずそう報じられる。

しかし、その確定が全然来ない。

むろん、殺された20人の子供たちと6人の大人たちの身元の特定に24時間かかっている状態で、死んだ犯人のことなど取材が追いつかなかったのかもしれないし、記事にする優先度が高くなかったのかもしれない。

でも、簡単に事実と確定しそうなことがなかなか確定しないというのは、どのようなことであれ、非常に落ち着かないことなのだ。



Update:

「この子はIQが高くて」…子供20人をライフルで射殺した男と、真っ先に撃ち殺された母親の関係とは
http://matome.naver.jp/odai/2135579214309131001


両親の離婚の条件を事細かに記した法廷の文書を、ワシントン・ポストが読んでいますが、アダムが治療対象となるような精神病だったという記述も、それをうかがわせる記述もないようです。

私が見た範囲では、「アダムは薬を飲んでいた」と述べているのは、ナンシーさんが出かけるときに兄弟の面倒を見ていた近所の人(BBCの記事での証言)だけなのですが、その「薬」がどういうものか……精神科医が処方するような薬かもしれないし、いっそビタミン剤かもしれないし、いわゆる代替医療の砂糖玉かもしれない。そういうことはわかりません。

また、このニュータウンという町はカトリックの多い地域なのだそうですが、ランザさん一家の宗教的側面は私が見た範囲では報道されておらず、「日曜日には教会に行くような人」だったのかどうかすらわかりません。

事件後はカトリックの教会で人々が祈っている写真を見ましたが(それと、Westboro Baptist Churchという過激なカルトみたいなエヴァンジェリカルの人たちが、God hates Rome的なピケを張りに行くと脅しているという話も聞きましたが)、「宗教」の要素を見たのはそのくらいです。

※この記事は

2012年12月16日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 23:55 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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